先日とある家に家庭教師にいったときのこと。 僕はかつてホストクラブでバイトしていたのだが、そのときの上司に頼まれて家庭教師に行っているのだ。 そこの子供は小学2年生(男)と3年生(女)の姉弟。 もともと受験などの目的があって勉強を教えているわけではなく、単に恩に着せて安く家庭教師をさせようとした親の思惑があるのみなので当然その子供たちには勉強する意思などまったくない。 勉強がキライな姉弟なのだ。 無理矢理勉強させられるのだからたまったものではない。 だからいつも勉強する時間になると途端に機嫌が悪くなる。 しかしそんな小学生を教える僕はもっとたまったものではない。 いつも刺殺する寸前のところでがまんしているのだ。 それでもなだめすかして教えている僕は必ず天国に行けるに違いない。 勉強前には必ずといっていいほど彼とユミちゃんのお遊びにつきあうハメになっている。 もはや家庭教師というより単なる子守りといっても過言ではない。 もし時間の神様がいたら「もったいない時間の使い方してごめんなさい」と土下座して謝っているはずだ。 その日、小学2年生の弟は水泳教室の合宿で不在だった。 小学3年生の姉(ユミちゃん)のほうの勉強だけを見ることになっていた。 ユミちゃんは勉強時間を除けば小悪魔的な無邪気さを持つ普通の8歳の子供だ。 いつもヘタクソな絵を僕に見せて喜んでいるくらいだ。 しかしその日は弟がいなかったせいか、少し違った。 絶対に秘密にしてね、と言って、僕を自分の部屋に連れて行った。 何始めるんだ?こいつ。 不思議そうな顔の僕をよそに、ユミちゃんは絵の具セットを取り出し、赤い絵の具と青い絵の具をパレットにしぼりだした。 テレビというのはコワイものだ。 そしてアイドルにあこがれるというのは誰にでもある。 夢は誰にでも見る権利はあるし、誰がそれを止めることができようか。 ユミちゃん「いまからあゆになるね」 そういって、大筆でイキオイよく赤い絵の具を自分のクチビルに塗りだした。 その次は青い絵の具をまぶたに。 目に入らないようには注意したものの、後でかぶれることは黙っていた。 いつもの仕返しという意味ではない。 面白かったからだ。 できた、といってこちらを向いたユミちゃんはもはや小悪魔ではなく、「小」がとれた完全な悪魔になっていた。 少しだけ、ホントに怖かった。 1時間後、ユミちゃんのクチビルは絵の具は洗い落としたのに赤かった。 腫れあがっていたのである。 ***** それからしばらくした後のこと。 その日その家に家庭教師に行くと、今度は姉がいなかった。 習字の稽古があるとかで、弟のヒデタカがいただけだった。 姉が不在のため、一時間ほど漢字と計算の練習をしたあとはまるまる遊ぶ時間ができる。 ヒデタカはうれしそうだった。 僕とは反対に。 ヒデ「ねえねえ、これやって!」 その日ヒデが持ち出したのはいつだったかディスカウントショップの買い物につきあったときに買ってあげた一本100円のフェイスペイントだ。 かつてJリーグが盛り上がっていたときは定価で売っていたのだが、今はもう投売り状態。 そのときに顔に日本の国旗を書いてやり、一緒にサッカー日本代表の試合をテレビで見た記憶がある。 そういって持ち出した『小学2年生』に特集されていたのは未来戦隊タイムレンジャー。 ヒデ「タイムレッドにして!!」 僕はそれを見ながらペイントしてあげた。 目のまわりは黒く、その他の部分は赤く・・・。 顔全体を塗るとどうしてもチューブが足りない。 チューブが切れたのを見るとヒデタカはやはり絵の具を持ってきた。 顔に絵の具を塗るとどうなるか。 僕は知っていた。 しかし、やはりかわいいヒデタカの希望は叶えてやらねばなるまい。 子供の夢というのはささいなことでも壊れやすいものだし、それを叶えてやることが情操教育にはいいに違いない。 普段生意気だから仕返ししてやろうなどという気は一切ない。 数分後。 僕「で、できたよ、一応・・・」 マスクに描くのではなく、顔に赤と黒で直描きするとどうなるか。 そこにいたのはタイムレッドではなかった。 いたのは腸の弱そうなインディアン(正式には腸の弱そうなネイティブアメリカン)だった。 親が帰ってくるまえに元に戻しておいたほうが賢明だった。 ヒデ「友達に見せてくる!」 しかし、そういうと彼は嬉々として家を飛び出していった。 ・・・。 彼が帰ってきたのは一時間もたったころのことだった。 洗面台で顔を洗って戻ってきた彼の顔はやはり、まだ赤かった。 理由は言うべくもない。 この姉弟はよくケンカをする。 そのたびに「おまえなんてどっかからもらわれてきたんだ、お姉ちゃんじゃない!」とか「おまえこそ弟なんかじゃない」と激しく口ゲンカする。 しかし。 このバカっぷりは明らかに同じものだろう。 おまえらは、同じ血を持っているよ。 |