彼女の手料理


僕は食通という人種ではない。普段から適当なものばかり食べていて、

一人暮しを始めてから確実に寿命が縮んでいると確信できる食生活である。

たまに自分で食べ物を用意することもあるが、たいていは

「サトウのごはん」+「ボンカレー」、あるいは スパゲティ+スープスパ といった具合に、レトルトばかりだ。

しかし、ごくたまに気合を入れてつくることもある。

これは、ほんのきまぐれか、あるいは頼まれることがあった場合のみだ。

そういうときはほとんど材料をこれでもかというほどふんだんに使って、

気合の入った味を作り出すのだ。

これまでのところ、付き合った彼女には好評なことが多かった。

さて。とある年の僕の誕生日のことだった。

当時つきあっていた彼女が聞いてきた。

彼女「誕生日には、何がほしい?」

ちなみに、僕は大学生だったが、彼女は高校生だった。

したがって、おカネのかかる要求は言えるはずがない。

たしかに本音では、コンパックプレサリオの拡張メモリが欲しかったのだが、

誕生日にPC部品は受け取りたくない。

そこでこういった。

僕「○○ちゃんの作った手料理が食べたいな」

正直な話、やはり愛情のこもった手料理というのが、一番うれしいものなのだ。

ティーン雑誌によく見かける、「彼女に援助交際をさせてでも欲しいモノ」なんてものは、

存在するはずがない。

後日、彼女は料理の本を持ってきてこう言った。

彼女「どれがいい?」

なかなかおいしそうな料理がならんでいるのだが、どれもむずかしそうだった。

ちょっとしたテクニックが要求されるようなメニューではかわいそうだ。

料理の手順を見比べて、ひとつを選んだ。それは、エビとかぼちゃのスパゲティだった。

ボイルしたエビをオニオンとピーマンとともにガーリックオイルで軽くいためる。

かぼちゃはよく煮て、ふっくらとさせておく。

スパゲティはゆでたあとすぐにオリーブオイルをからめておく。

手順としてはおおよそこんなもんだった。

これならできるはずだ。

僕「おれ、これ食べたいな」

 

当日。

僕は彼女の家に行き、そしてリビングに置き去りにされた。

どうやら、

台所は嵐のようになっているらしく、入室が禁止されてしまったのだ。

レンタルしてきた映画を一本まるまる見終わってしまったから、

優に2時間は待たされたことになる。

スパゲティ、2時間も茹でたら熔けちゃうじゃん。

それでも、努力してくれることがうれしかったりするのだ。

彼女「おまたせ〜」

どうやらできたようだ。

運ばれてきたお皿には、一応かぼちゃらしきものと、

一応エビらしきものと、一応パスタらしきものが載っていた。

僕「…そう。料理は形じゃないよね。味だよね」

勇気を出して、一口食べてみた。

もぐもぐ。

僕はフォークを止め、爽やかな笑顔で彼女に言った。

僕「○○ちゃんも食べなよ」

僕は、彼女が食べているあいだ、フォークを止めて観察していた。

彼女は一口食べて、フォークを置いた。

彼女「うげ。まじぃ」

僕「なあ、ひとつ聞いていいか? これ、何のオイル使った?」

一つたしかに言えることは、これはオリーブオイルではない。

彼女「…サラダオイル」

オリーブオイルがないからサラダオイルを使ったのか?!

オイルならなんでも代用できるというもんではないはずだ。

僕「それからさ、あんまり言いたくないけど、このカボチャ、芯がありまくりなんだ」

彼女「…何で煮たらいいかわからなかったから、焼いてみたの」

たしかにバーベキューでは焼くこともあるが、それは薄切りである。

こんなブツ切り状態で焼いたって芯が取れるものか。

僕「エビ…この歯ごたえが最高だね」

エビは、煮過ぎで味が抜けきっていた(涙)。

フォローのしようがないやん。

彼女「…ごめんね」

僕「いいよ。料理は味じゃない。ハートだよ♪」

(←バカ)

彼女「…じゃああたしの分も食べて」

そして僕の前に彼女の分も差し出された。

僕はふと思った。料理は味じゃない。でもハートでもない。

胃袋を満たせればよいのだ。

ちなみに、僕がこの彼女と結果的に別れてしまったのは、これが原因ではない。

…多分。

教訓「オリーブオイルはサラダオイルで代用できない」


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