痴漢の話


これは中学時代のお話である。当時、私立の中学に通っていた僕は、毎朝一時間かけて都心まで登校していた。

電車でである。そして、K君と同じ車輛に乗るのが常であった。

毎朝、この通勤通学ラッシュはイヤだった。

ある朝、他の乗客にもまれながら電車に乗っていたときのこと。

K君がしきりに目で合図を送る。

彼の背後には、ちょっと
かわいいカンジの女のコと、その後ろに中途半端にハゲたおっさんが電車に揺られていた。

すぐにわかった。彼は、
「この女のコが痴漢にあっている!」といいたいのだ。

僕からおっさんまではK君越しに手が届く範囲なのだが、ここからではラッシュなのでひどく視界が狭い上身動きも取れず、彼女のどこが触られてるのかまではわからない。

しかし、勇気あるおれは言った。

あとからその女のコと友達になりたかったからである。


「おっさん、痴漢なんてみっともない真似するなよ!」


自分ではヒーローになったつもりで、かなりかっこよくいったつもりだった。

おっさんはびっくりしたあと、何も言わず俯いていた。周りがじろじろとおっさんを見る。そして次の停車駅で降りていった。

僕は得意満面で、その女のコからお礼を言われるのを待っていたのだが、不思議なことに、彼女はなにも反応がなかった。

結局そのまま下車駅までなにもないまま過ぎてしまった。

「あ〜あ、あの女のコ、痴漢から助けてあげたのに結局なにも言わんかったな。結構かわいかったのに」

おれがそういうと、K君はちょっともじもじしながら、


「…お尻触られてたの、僕なんだ」


そう、たしかにやつもホモから見たらかわいい顔をしていた。

教訓「先入観は捨てろ」


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