1979年、機動戦士ガンダムの放送が開始された。 ガンダム以前のロボットアニメはそのほとんどが「正義のロボットが悪を倒す」ものだった。 30分枠の中に毎回違う敵ロボットが登場し、そして倒される、というパターン。 人間関係のドラマは無視され、地球側ないし主人公側の組織は必ず正義なのであった。 いくつか、ボルテスV、ゴッドマーズなどが人間の心情をドラマに組み込んでいたが、それでもやはり従来の枠組みから離れるものではなかったのだ。 ガンダムは違った。 陰気な主人公。 仮面をつけたライバル。 宇宙→地球→宇宙と舞台が変えつつも、矛盾のないストーリーの展開。 現実的なテクノロジーに裏付けされた世界観。 第一回の放送終了後も何度も再放送され、僕らはガンダムの世界に魅了されたのだった。 そして、機動戦士ガンダムの時代から4年後に機動戦士Zガンダム、ガンダムZZ、92年には物語の終局たる「逆襲のシャア」が登場したのだった。 僕らは、ガンダムの魅力の虜となった。 アライソ君は、ガンダムの魅力にとりつかれた一人だった。 【秘密】 ある日彼は僕に秘密を打ち明けてくれた。 休み時間のトイレに呼び出された僕は、「まさか、そんなことはあるまい・・・」と少しばかり危惧しながら彼のあとをついていった。 彼はシャツをめくりあげた。 胸のあたりにマジックで六角形が描かれていた。 僕: 「・・・?」 アライソ君: 「コクピットだよ」 僕: 「・・・ふ〜ん」 意味がわからないよ 【七夕】 小学校の図工の時間。 その時間は七夕の飾り付けをするのが図工の時間の内容だった。 クラスの後ろに笹を飾り、さらにそれに飾り付けをするのだ。 色とりどりの折り紙を短冊にして各自が願い事を書くことになった。 子供の願い事、というのは非常に無邪気なものだ。 いや、無邪気でなくてはならないと思う。 僕は短冊に願いごとを書いた。 「ガンダムのパイロットになりたい」 今にして思えば微笑ましい願い事だ。 アライソ君も短冊を取り付けていた。 僕: 「何書いたの?」 アライソ君は少し照れながら、短冊を僕に見せた。 「ジオングになりたい」 ジオングはジオン軍が開発したサイコミュ搭載の最強モビルスーツである。 彼の願いはモビルスーツに乗りたい、とかパイロットになりたい、というものではなく、ロボットになりたい、というものだった。 確かに彼なら、自分の手首を切り落として、針金でつなぎ、 「有線サイコミュ♪(笑)」とか言い出しそうなところもあった。 僕: 「・・・。ふ〜ん」 僕が釈然としない顔でそれを見ていると、何かに気付いたのか、アライソ君は短冊を取り外して何かを書きなおしていた。 アライソ君は再び短冊を笹の葉に取り付けた。 そこには、 「パーフェクトジオングになりたい」 と書いてあった。 僕の疑問にはまったく答えるものではなかった。 僕: 「がんばれ・・・」 【クイズ】 学芸会というものがある。 これはクリスマス会、あるいは七夕会、引っ越す子供のためのお別れ会などの名前を伴って、年に数回レクリエーションのために行われる。 グループごと、あるいは気に入った者同士で何かステージを担うのである。 コント、寸劇、手品、さまざまな出し物があるが一番手っ取り早いのがクイズだ。 そのときの学芸会では、僕とアライソ君、セイラ似のA子、存在感の薄いB子の4人が出し物をすることになった。 A子: 「じゃあクイズでいいよね。今からあんたたち何か20個くらい考えなさいよ」 アライソ君はA子に命令されて、うれしそうにそれに従っている。 今日のこのホームルームは学芸会準備に割り当てられていた。 A子とB子が画用紙に「楽しいクイズあたっく」などとレイアウトを書いていた。 アライソ君: 「制式番号当てクイズってどう?」 モビルスーツには制式番号というのがある。たとえば、 RX−78−2 : GUNDAM2号機 MS−06 : ZAKU 僕らはよくモビルスーツの名前を出しては制式番号を言い合う、というクイズを出し合っていた。 しかし、ガンキャノンやガンタンク、あるいはZガンダムや百式といった有名なものであれば僕にもわかるのだが、 アライソ君: 「ジュアッグ」 僕: 「え?そんな端っこのほうのなんてわからないよ・・・。MSN−04?」 アライソ君: 「おしいけど外れー。正解はMSM-04G。じゃあゾゴック」 僕: 「・・・わからないよ」 アライソ君: 「ぶー。正解はMSM-08 じゃあアッグガイは?」 テレビの本編にも登場しないモビルスーツの制式番号を、彼は覚えていたのだった。 人の脳のメカニズムはまだ解明されきれていない。 しかし、記憶のメカニズムはある程度解明されつつある。 どうやらそれはいくつかの酵素の配列に起因しているらしいのだ。 人間の記憶というのは、限界があるらしい。 いや、正確に言うと「忘れる」という機能が必要であるとのことだ。 モノゴトを忘れることができない人は、具体的な事象を抽象的な事象に置き換えることができないのだという。 つまり、本を読んでも、文字が写真のように記憶に残るだけで、内容を理解できないのだ。 いずれにせよ、通常われわれの記憶力は有限なのだ。 彼は必要以上に記憶力をムダ遣いしていた。 人生においては、アッグガイの制式番号は何の役にも立たない。 そんな彼の携帯電話は赤い色で、「シャア専用」とマジックで書かれているのだという。 通常の3倍通話できるかどうかは定かではない。 |