その男、アレキサンダー



 


アレックス。

本名はアレキサンダー・リチャードソン・四世。

彼の家はロンドンで300年以上続く銀行を経営している。

その血統は江戸時代よりも長い歴史を内に紡いでいるということだ。

ちなみに彼の従姉妹の一人はベルギーの王室に嫁いだという。

世の中にはいるのだ、こういう人が。

そして欧州にはまだこういった中世の匂いを残す社会構造が残っていることである。

僕の場合。

三代さかのぼった時点ですでにどこかの「農民」だったということしか分からない。

アレックスもまた、シャハーン、ショーンに劣らず極めて優秀だ。

イギリス王室御用達の学校であるイートン・パブリックスクール(1440年創立)を卒業後、オックスフォードで金融を学び、そのまま自分の父が引き継いだ銀行で働いている。

そんな彼がお金持ちであることは言うまでもないだろう。

むしろ彼こそが真の「イギリス紳士」であり、僕はニセモノ以外の何者でもないのだ。

彼の物腰は品性があり、彼の話す英語はクィーンズイングリッシュそのものだった。

ひとつ彼を悩ませるものがあるとすれば、それは「嫁さがし」なのかもしれない。

彼は31歳になるのだが、いまだに結婚の予定はないのだという。

きっとアレックスのような紳士にふさわしい淑女はめったにいないのだろう。

*****

ウォール街から何ブロックか歩いたところに「Gentleman's Club」なるものがある。

日本語に訳せば「紳士クラブ」。

だが実体は単なるストリップバーだ。

アメリカのストリップバーは、日本のストリップ劇場にバーがついたもので、当然ハダカのウェイトレスにおさわりは禁止だ。

そこらじゅうに屈強な用心棒がいて、おイタをするとそのままハドソン河に投げ込まれるのだという。

雰囲気もどちらかというとあっけらかんとしていて、妖艶なイメージは皆無だ。

ショーパブみたいなものかもしれない。

そこにそういったものがあるというのは知っていたが、どういったものであるのかわからなかったので一人で入る勇気はなかった。

しかしある金曜日のこと、

シャハーン: 「What do you say to joining us? We are going to the Gentleman's Club this evening.」(夕方ストリップバー行くんだけど、一緒に行く?)

聞くと、彼もアメリカのストリップバーは初めてであるらしい。

シャハーンの目は爛々と輝いていた。

アレックスと同じイギリスから来たとは思えない。

: 「Oh! Yeah, you bet!」(行かないはずがないだろ!)

そういう流れがあって、僕ら3人はその日の夕方、ストリップバー・ドールズへ向かったのだった。

3人とは、僕とシャハーン、そして当然ショーンである。

ドールズへ向かう途中。

彼らは、とてもエキサイトしていたのだろう、

シャハーンショーン: 「OPAAI, OPAAI, Oma--o, Oma--o」(オパーイ、オパーイ、オマ●コ、オマ●コ

と叫びながらスキップしていた。

一人はタフツ大学出身の28歳のエリート。婚約者のいるアルメニア人。

かたや一人は、次世代のウォール街を支えるバンカーであった。

日本語が間違っている、というより社会人として、いや人として間違っていた。



僕らバカ3人がドールズのドアを開けると、もうそこは「出来上がった男たち」で一杯だった。

音楽、笑い声、嬌声。

乗り遅れるわけにはいかない、とばかりにとりあえずビールでも注文しようかと思った時、

ん?

視界の隅に見慣れた顔を発見した気がした。

最初は見間違いかと思ったのだ。

いや、まさか・・・。

上半身ハダカになったアレックスはウェイトレスの巨乳に顔をうずめてハッスルしていた。

シャハーンショーン: 「Alex...」

本物のイギリスの紳士は紳士クラブで、紳士ではなくなっていた。

僕ら3人の顔には、哀しみに似た表情が浮かんでいた。





教訓「男は、男である」





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