浦島太郎
〜それが現代の竜宮城だった場合〜


 
浦島太郎(50歳・妻子あり)は企業法務を中心とする敏腕弁護士だった。

企業法務とは、個人の人権救済を中心とするような刑事・民事専門の弁護士と違い、企業経営や企業の権利・義務を取り扱う、企業顧問弁護士のことである。

彼はこれまでにもいくつもの難解な事件を担当してきたが、いずれも立場が悪かったにも関わらず裁判などでは勝利をおさめており、現在では何社かの大企業の顧問も担当している。

ある日のこと、彼は新聞で次のような記事を目にした。

亀井グループ、産業廃棄物を違法投棄か?!

亀井グループは戦前から続く地方財閥の一つで、浦島弁護士の住む地方では知らぬ者のない名家であった。

新聞によると、亀井グループはここ数年に渡って、化学工場からでる有機廃棄物を汚物処理しないまま海中に放棄していた疑いをかけられていた。

「・・・おかしいな?」

浦島弁護士は、これまで亀井グループの顧問は引きうけたことはなかったが、それでも地域経済に密着した企業法務家なので、亀井グループが誠実に廃棄物プラントを建設し、行政の指示に従がっていたことは知っていた。

しかし現在、亀井グループはマスコミにあおられた住民らの非難にあって、会社の前でデモなどの営業妨害まで受けている。

このままの勢いでいけば裁判所が賠償金命令を出したり、廃棄物処理施設のムダな拡充を命令したりするおそれさえある。

チャンスだ。

浦島弁護士は、亀井グループの社長に電話をかけた。

*****

数日後。

亀井「いや〜、ほんとに助かりましたよ。」

浦島「いえいえ、弁護士として当然のことをしたまでです。」

事実無根の記事を掲載したマスコミ数社を営業妨害などで訴えたのち、行政側の施設巡回、現状の確認を依頼、そして騒動はいつのまにかおさまったのである。

亀井「ところで浦島さん、明日の晩はお時間、ありますか?」

おそらく、事件が落着したのでそのお祝い、ということだろう。

浦島弁護士は、亀井の誘いを受けて次の日の晩は空けておくことにした。

次の日の晩、亀井は浦島弁護士を数件の高級なお店に連れていった。

まず、赤坂の「ふぐや」。

一皿数万円もするような「ふぐさし」を食べたのち、なぜかすっぽん雑炊がでた。

次にいったのは銀座のスナック「オクトパシー」

「たこ」のような顔をしたママが面白かったが、他に働いていた女性は皆美しかった。

そして亀井は最後に、浦島弁護士を吉原に連れていった。

日本最大のソープ街である。

その店の名前は「竜宮城」。

すっぽん雑炊のおかげか、そのあとのスナックでのいやらしい会話が原因か、50歳で久しぶりだというのに、浦島弁護士はかなり元気だった。

浦島弁護士は自分の元気な下半身を見て、20年前のスタミナ抜群の時代を思い出していた。

そして思った。

ワシはまだいける!

彼が待合室の亀井と別れて、案内された部屋は亀井が指示していた通りのVIPルームであった。

5人は大の字になって寝れるような巨大なベッドと、バーカウンターがついている部屋。

そして彼はここで、言葉ではいいつくせない快楽を味わうことになった。

部屋で待っていた女性はぜんぶで7人。

絵にも書けない美しさをともなった女性ばかりであった。

*****

もう夜明けであった。

亀井はこの豪遊にいくら使ったのだろう。

そんなことを茫洋と考えながら、浦島弁護士はシャツを着、ズボンをはいた。

7人の女性はハダカのまま、大きなベッドでかわいらしく寝ていた。

どこかで見たような顔もそのなかにあった。

テレビででも見た顔なのだろうか?

彼は起こすのもかわいそうだとおもい、そのままにして部屋を出た。

店のデスクにきたとき、そこには女性のオーナーが浦島を待っていた。

和服の似合う日本女性であった。

あら、もうお帰りですの? もう少しゆっくりしていらっしゃればよろしいのに。

浦島弁護士は、ここにいたいのは山々なんですが、仕事がありますので、とにこやかに断った。

女性オーナーは、料金は亀井からもらっている旨を告げ、駅までのクルマを用意する、と言った。

そして、奇妙なことに、浦島弁護士にA4サイズの封筒を渡した。

これは絶対に開けてはいけませんよ。

一瞬、真剣な顔をして、女性オーナーは言った。

どういうことなんだろう?

ソープランドからもらう、開けてはいけない封筒。

彼は、クルマのなかでは開けるのを我慢した。

そして電車に乗ってからも我慢した。

電車から降りて、自分の家に帰るまでも我慢した。

その封筒の中身を確認したくてたまらなかったのだ。

彼は、自分の書斎に入ってから、とうとう我慢できなくなった。

ペーパーナイフを入れて、封を開けた。

中に入っていたのは七枚の履歴書だった。

その一枚を見て、愕然とした。

何分、何時間立ち尽くしていたのかわからないが、もしかしたら実際には数秒のことだったのかもしれない。

浦島弁護士は、呆然とした顔つきのまま天井にネクタイで作った輪を引っ掛け、そしてそれに首を載せ、踏み台のイスを蹴り飛ばした。

死体が発見されるのはその日の午後のことである。

彼の死体の手には一枚の履歴書が握られていた。

そこには昨年家出したままの娘の写真が張られていたのだった。

教訓『だから開けちゃダメって言ったじゃない』



【解説】
本来、浦島太郎の物語にはいくつかの見方がある。例えば『開けてはいけない玉手箱』をパンドラの箱と同一視して、タブーを超える恐怖を描いたものとするもの。あるいは、人知を超える存在を仮定した上で、対比的に人間のはかない一生を描いたものとするもの。また、竜宮城での女性差別的行為の反作用として年寄りになってしまうという見方など。

しかしここではあえて、「因果応報」という捉え方をしてみた。すなわち、快楽の裏には必ず苦痛がつきものであって、その真実は常に何がしかにカバーされている、ということではないか。

ここでは浦島弁護士はA4サイズの封筒に納められた薄っぺらなカバーをはがしてしまったために、その真実を知ってしまったのである。

真実は常に哀しみの向こう側にある、そういうことなのだろう。(00/01/17)

 
 
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