鶴の恩返し
〜それが妖怪あかなめだった場合〜


 
男は東京から少し離れた田舎に住んでいました。

一人ぐらしの貧しい人なので生活は寂しくて苦しく、普段は誰も訪ねてきません。

だから家のなかは掃除されることもなく、ものすごく汚いままでした。

しかしその夜、家の戸をとんとんと叩く音が聞こえました。

こんなに遅い時間のに誰が家に来たのかと思って戸をあけてびっくりしました。

美しい娘が立っていて、道に迷いましたので男の家に泊まらせてくれと頼みました。

男は泊めてやりました。次の夜も娘は泊まらせてくれと頼みました。また男は泊めてやりました。

その次の夜も同じように娘は男の家に泊まりました。

そのあいだに、汚かった男の家はものすごくきれいになりました。

特に、便所と風呂はみずあかも取れて見違えるくらいにキレイになりました。

男はそのうつくしい娘に女房になってほしくなって、夫婦になりました。

二人は貧乏でしたが、幸せで明るい家庭でした。近所の人たちは、二人の幸せを喜んでいました。

しかし、長い冬が続いてお金も食べ物もなくなり、二人はもっと貧しくなりました。

ある日、女房は近所の家に掃除婦として働きに出ることになりました。つまりダスキンです。

男は最後のお金で、雑巾とモップを買いました。
掃除に出るとき、男も手伝いに出たのですが、女房は男に頼みました。

『絶対にのぞいてはいけません』

男は約束をしました。

女房は閉じられた戸の向こうで一人で風呂・便所の掃除を始めました。

半日のあいだ、そのままずっと仕事をしていました。

女房はつかれきって出てきましたが、風呂と便器はもののみごとにきれいになっていました。

その仕事がとても見事だったので、とてもよい給料をもらいました。

そのお金のおかげで生活ができましたが、冬は長く、お金も食べ物もなくなってしまいました。

そこで、女房はもう一度掃除婦として働きにでることになりました。

またのぞかないように頼みました。半日待っても戸は閉められたままです。

夕方になって疲れた女房が出てきました。それでも風呂のみずあかはすべて取れ、そして便器にこびりついた汚れもすべてきれいに落ちていました。

前回よりもよい給料がもらえました。

女房のおかげで幸せになったのに、男はもっとお金がほしくなりました。

それに、近所の人たちもいろいろな質問をしました。サンポールも使わずにどういうふうに女房がそんなにすばらしい便所掃除ができるのでしょう。

それは不思議なものだと皆は思いました。男はお金が欲しくて、欲しくて、それにどのように掃除をするのか知りたくて、女房に新宿駅の便所の掃除を頼みました。

疲れた女房はお金がそんなに必要ではないと思ったのに、しぶしぶ掃除にでることにしました。

『絶対にのぞいてはいけません』

と言ってから、戸を閉めて女房は掃除を始めました。男は本当に女房がどのように掃除をするのか知りたかったのです。

もうがまんできなくて、合い鍵を使って戸を少しだけ開けました。でも、見えたのは女房ではありませんでした。

フ、フランキー堺!!

ああ、あの時の____

男は思い出しました。

むかし、吉祥寺の場末の居酒屋で、1500円の飲み代が払えずに困っていた彼が、バイトの大学生にいじめられていたのを見かねて、立て替えてあげたのでした。

「大丈夫ですか?」

「いやいや、ほんとにありがとう。いまは世の中不景気だからね。妖怪業界も大変なんだよ。鬼太郎とかぬらりひょんとか強敵が多いからね。あ、私、“妖怪あかなめ”といいます。よろしく」

___


男はどうやら声を漏らしてしまったようでした。

実は妖怪『あかなめ』(フランキー堺似・推定50歳・おそらく糖尿病)が自分の舌で風呂と便器をなめていたのです。

なぜそんなにキレイに掃除ができるのかがわかりましたがそのとき『あかなめ』(フランキー堺似・推定50歳・おそらく糖尿病)が男のことに気がつき、女房の姿に戻りました。その姿はまさに今朝ディープな『おでかけキス』をした自分の女房でした。

びっくりした男に女房が説明しました。

助けられた『あかなめ』(フランキー堺似・推定50歳・おそらく糖尿病)が娘のすがたになり、その貧しい若い男のために、自分の舌を使ってまで掃除をしていたのでした。

でも男は約束を破って女房の本当の姿を見てしまったので、もう一緒にいることは許されません。

しかし男は約束を破ったことを後悔する前に、呆然自失としていました。

そして次の日、首をつった男が家で発見されました。

警察は、自殺と断定しましたが、机のうえに散らばった数本の歯ブラシと一度に使われたと見えるアクアフレッシュ3本、そして男の歯茎が血まみれになっている理由がわかりませんでした。

教訓『知らぬが仏』



あかなめ:風呂場のあかをなめる妖怪で、誰もいない夜に出る。別にあかをなめるだけで何もするわけでわないが、妖怪が家の中に入ってくるというのは気持ち悪いことである。

そこで、あかなめさんにきていただかなくても良いようにするには、風呂桶をきれいにしなくてはいけない。

 
 
メインページインデックスへ戻る
お遊びページインデックスへ戻る
大人のための童話集インデックスへ戻る