リエは今年19歳になったばかりのかわいらしい女の子でした。
まだ男の人とつきあったことのない純潔な乙女だったのです。 笑顔が優しく、アイドルにでもなれそうなスタイルの持ち主で、サークル内はいうに及ばず、キャンパス中のあこがれでした。 テニスのラケットを振るたびに揺れる顔に似合わない大きめの胸は、男子学生を鼻血で出血死させるほどでした。 そして、当然のようにそのリエのハートを射止めようと奮闘する男は枚挙に暇がありません。 ワタナベ君もその一人でした。 ある日、同じテニスサークルだったワタナベ君は帰り道が同じ方向だったことと、日の落ちるのが早くなったことを口実に『家まで送っていくよ』といって、愛車に乗せようとしました。 しかし、本心ではついでにリエちゃんにも乗っちゃえ、と考えていたのです。 リエは少し考えてから、 リエ「おばあさまからよそのクルマには乗らないように、と言われておりますので」 と断ってしまいました。 ワタナベ君の策略は崩れてしまったのです。 リエ「わたくし、タクシーで帰りますので、ご心配なく」 断る笑顔もかわいいリエでした。 どうやらおばあさまのしつけの厳しいおうちなのだな、と合点したワタナベ君は、次の策略を考えました。 リエちゃんとのデートを取り付けるには、まずおばあさまの機嫌をとることから始めなければ! 将を射んとすればまず馬を射よ、という格言どおりです。 ワタナベ君は、次の日曜日、リエちゃんがサークルの練習があることを確認した上で、住所録を頼りに自宅まで花束を持ってスーツ姿で出かけました。 もう頭のなかでは完全にシュミレーションができています。 昨日の晩、何回も練習しました。 (以下、シュミレーション) ワタナベ「ああ、リエさんはご不在ですか・・・。せっかくこの花束を渡そうと思いましたのに。いえ、特にこれといった理由はないんですが、あまりにも美しいバラの花が目に入ったもので、これは是非リエさんに届けなければと思いまして・・・」 おばあさん「あらまあ、そうですか。せっかく来ていただいたのに・・・。そうですわ、お紅茶でもいかがですか? リエの話も聞かせてもらいたいですし」 そうこうしているあいだにリエが帰ってきて、和やかに会話。 最後にデートの約束さえ認めてもらえれば、今日はそれでOKです。 ワタナベ君は勇気をだして門にある家のベルを押しました。 出てきたのは塩沢ときのように頭のでかい、派手なおばあさんでした。 おばあさんというよりおばば様と呼んだほうがいいのでしょうか。 おばば「あら、なんですの?」 おばばはなめるようにワタナベ君を品定めしたあと、舌舐めずりをしました。 ワタナベ君の悪夢の始まりでした。 *** 人間は文字通り想像以上の出来事、すなわち理解困難な出来事に出会うと、その理解を一時的にストップし、情報の入力を無意識的に止めてしまいます。 本来、人間の行動はすべてある一定の理解しうる程度の枠組みのなかで行われ、理解されていきます。 しかし、理解できないレベルの情報を強制的に理解することを強いられた場合、本能がそのムリを受け入れることができずに、その理解行為そのものを一時的に止めて、脳への負担を軽くしようとしてしまうのです。 これが一種のショック状態です。 ショック状態に陥った人間は理解することを止めてしまっているので当然考えることもできません。 なぜ僕はハダカなんだろう? なぜ塩沢ときが隣にいるんだろう? 彼女が心地よい汗をかいて寝ているのはなぜ? 僕の肌にはねっとりとした粘液がついているのだけど、これはなに? ワタナベ君はジョジョ第2部の最終話でカーズが思考を止めた、というシーンを思い出していました。 どうやら『とき』はシャワーを浴びにいったようです。 ワタナベ君はしばらく、そのままで硬直していました。 もう死んでしまいたい気分です。 しばらくして、低いエンジン音が近づいてきて、そして止まりました。 どうやらクルマがこの家の駐車場に止まったらしいのです。 そのことに気がついて、そしてワタナベ君はハっと我に返りました。 こんなことしてちゃいけない。 すぐに服を着ました。 しかし、なぜでしょうか。 予想よりもかなり早く、ベッドルームのドアが開け放たれました。 そのドアの向こうには、杖をついたおじいさんが立っていました。 しかし、普通のおじいさんではありませんでした。 和服に身を包んだおじいさんの眼光はキラっと鈍く光り、そして4人の屈強な護衛がついていました。 ヤクザ屋さんだったのです。 *** 後日。ワタナベ君の家に、一通の内容証明が届きました。 貞操請求権に基づいて、ワタナベ君の不法行為(=食っちゃったこと)に対して、民法709条慰謝料請求が行われたのです。 夫は妻に対して不貞を働かないように請求する権利があります。 ワタナベ君は(形式的には)これを不法に侵害したことになるので、夫は慰謝料の請求ができるのです。 それがたとえ、事実上不仲だったり性的関係が終わっていた夫婦においても関係ありません。 請求された慰謝料は100万円でした。 もう一つショックだったことがあります。 リエちゃんの家は、その隣のおうちでした。 後日、ワタナベ君の遺体が北海道の釧路の岬で発見されました。 遺書には、人生がこんなにもキツイものだとは思わなかった、とだけ書かれていました。 |
解説: そもそも赤ずきんちゃんは、処女性の象徴であり、それを犯そうとする狼は穢れた男を示すものであった。 そして最後に助けにくる猟師は娘の処女性を守ろうとする父親を表すものだと考えられている。 今回は現代がむしろ男性による恐怖よりも女性による恐怖のほうがはるかに恐ろしいのではないか、という疑問を元に脚色してみた。 つまり、一面的には狼が愚かになってきているのではないか、ということである。 そしてもう一つ。女性は何歳になっても女性である、ということだ。 男性が40歳を超えたあたりから『狼としての男性』を卒業し『無害な父』になってしまうのに対し、女性はいつになっても乙女の心を失わないのではないか。 そういう恐怖も書いてみたかった。 その割には稚拙な文章になってしまったことは残念である。 |