桃太郎はキビダンゴを腰につけ、おじいさんとおばあさんに言いました。 桃太郎: 「鬼が島にいる鬼は悪者だから、今から退治しに行ってきます」 そして遠路はるばる鬼が島へ向かいました。 途中、犬、キジ、サルをお伴にすることができました。 この世の中には悪い鬼がいるのだ。 私の使命はその鬼を退治することであり、世の中を平和にすることなのだ。 桃太郎は家来にそう言いました。 「鬼は何か悪いことをしたのですか?」 家来のその質問にはこう答えます。 「鬼というのは存在自体が悪そのものなのだよ。」 桃太郎は正義感にあふれた少年でした。 この世の中が平和でないのは鬼が存在するからであり、その鬼を退治すれば平和が訪れる。 そしてその鬼を退治する使命を負ったのがこの自分なのだと。 桃太郎は鬼が島へ向かう船に乗りました。 エンヤトット、エンヤトット。 船をこいでいくと、鬼が島らしき島へ到着しました。 おじいさんに言われたとおりの場所です。 桃太郎: 「さあ、鬼が島の鬼たちよ。今正義の味方、桃太郎が参上した。観念しろ!」 しかし、そこには鬼はいませんでした。 あたりは閑散としています。 もともとはここに砦らしきものがあったらしいのですが、どうやらそれももう廃墟となってしまっています。 廃墟の奥へ進み、砦の中心部あたりへ着いた時。 そこに数十人の人影を確認しました。 落ち着きがなく、右往左往しています。 そしてよく見るとそれは自分と似たような格好をしています。 桃太郎: 「や、あれは誰だ?あれが鬼か?いや、聞いた姿と違うが・・・」 家来にそのことを尋ねようと振り向いたところ、犬、キジ、サルの姿がありません。 桃太郎: 「む、どこへ行ったのだ・・・? まあいい」 桃太郎はその数十人の集団へ乗り込み、気勢を上げました。 桃太郎: 「やあやあ、よく聞け鬼どもよ! 我は桃太郎である。正義の味方である。貴様らを成敗する!!」 すると、集団の中の一人が叫び返しました。 「何を言うか!我こそは桃太郎、正義の味方である。いや、我こそが正義そのものである!」 別の一人も叫びます。 「桃太郎は私だ!貴様らは正義を自称する鬼に違いない。真の正義たる私が成敗してくれる!」 そして、数十人の桃太郎は乱闘を始めました。 必殺ピーチクラッシュ! 必殺ピーチクラッシュ! 必殺ピーチクラッシュ! あちらこちらで必殺技の応酬です。 またたく間にあたり一面、屍で埋め尽くされました。 何人かが生き残り、そしてもう戦えないと思ったのか散り散りに逃げていきました。 同時刻。 吉備の国のお城で。 家来: 「殿さま、犬、キジ、サルがただ今戻りました」 殿さま: 「ほっほっほ、そうかそうか。 99人全員が鬼が島へ渡ったのだな。きっと今ごろは鬼が島でバトルロワイヤルが始まっているに違いない」 家来: 「しかし殿さまも見事なことをお考えなさるもんですなあ」 殿さま: 「そうじゃろそうじゃろ。まったく、最近は『自分こそが正義』だと思い込んでいる輩が多くて困る。それじゃあ法治国家も民主国家も成立せんのじゃよ。それに、今の時代、100%完全な悪というのも存在せぬしな」 家来: 「まったくおっしゃる通りです。100%の悪者がいなくなった今、行き過ぎた正義感こそが害悪ですからなあ」 殿さま: 「そういった行き過ぎた正義感の持ち主は一掃するに限る」 家来: 「ところで何人かが生き残っているようですが・・・。いつものアレをお使いになりますか?」 殿さま: 「もちろんじゃ。ほれ、発射装置をこっちに持て」 家来: 「ご用意致しております。原爆ミサイルの発射装置はこちらに」 殿さまは目の前に差し出された赤いボタンを押しました。 そして、お城の天守閣がパカッと割れて、中から原爆ミサイル・ピーチボーイ34号が鬼が島に向かって発射されました。 |
【解説】 有史以来、人類は戦争を繰り返してきました。 そのすべての戦争において、どちらも自分に正義があると主張し、信じてきました。 自らが悪であると認めるはずがないし、そうであるなら戦争は起きないからです。 となると、戦争が起きる原因というのはもしかしたら、正義感を持っていることに由来してしまうのかもしれませんね。 さて問題です。 吉備の国の殿さまは「行き過ぎた正義」は害悪だとして一掃しましたが、ここには正義はあるのでしょうか?それともないのでしょうか? |