花咲かじいさん

 

日本の警察の検挙率は諸外国に比べて著しく高いという。それは警察の高い捜査能力に加えて、民間の犯人協力への姿勢やメディアの影響力が高いから、とも言われている。また、おそらく日本の警察能力が比較的高い原因のうちの一つに、そもそも犯罪率が低いということも挙げられるだろう。実際アメリカなど凶悪犯罪が多発する地域では警察能力のキャパシティが犯罪数に比べて著しく劣っており、充分に対応できないという現実がある。翻って日本では凶悪犯罪自体の数が少ないために、充分な人材をもって対処できるという利点がある。

しかし、警察にも2種類あって、その両方が同じようにひなたにいるわけではない。一般に見る警察はいわゆる県警や府警、そして警視庁管轄の警官だが、実は公安警察という警察組織も存在する。これは主に危険思想団体や左翼活動などをつねにマークするといった、予防警察行為のための組織である。以前共産党幹部宅に盗聴機を備え付けた疑いがあったのも、公安警察であった。

Pは公安警察に10年間勤務するベテランである。これまではずっと左翼活動者を担当してきたが、つい一年半前から、某新興宗教団体をマークするように命じられた。危険思想も宗教もイデオロギーといった点では似ているが、行動パターンはまったく違う。国家治安の視点からすれば、危険思想や左翼活動は現在の国家システムを破壊もしくは変更することを目的にしているため、案外行動パターンは読めるのだが、宗教というのは何を考えているのがわからないところがある。一種不気味な存在だ。

ある日、一斉の家宅捜査命令が下りた。全国に散らばる当該宗教組織の事務所、倉庫、家屋のすべてについて調査せよ、というのだ。まずその目的は武器弾薬などの銃刀法違反疑惑を確定することだった。

「おい貴様ら、どこに拳銃を隠してる?○△組から100挺のリボルバーを買ったのは知ってるんだ。」

「それから、×○化学から劇物生産のための原材料を仕入れたことも確認してるんだ。」

「いいかげんに吐いたらどうだ?」

しかし、これらの脅しにもかかわらず、彼らの神に対しての忠誠心は異常ともいえるほどかたくなで、一向に口を割る気配はなかった。

しかし、ベテランのPにはわかっていた。部下にこう命令したのである。

「おし、おまえら、『裏庭』を掘れ!」

その裏庭は実はその宗教団体の所有するところではなかったのだが、位置的にも充分に可能性のあるところだったのである。

その言葉に一人の信者が叫んだ。

「この『国家のイヌ』が! 我々の偉大な意思がわかってたまるか」

 

案の定、裏庭から大量の武器弾薬と劇物薬品、および大量の金塊まで発見された。それに驚いたのは当該宗教団体だけではなかった。裏庭の持ち主までもが彼Pの探索能力に驚いたのであった。

実はこういった場合、「埋蔵物のもつ価値のうち、最大20%までの報労金」が土地所有者の手に入るのである。この場合は多数発見された金塊のうち最大1/5までがタダで土地所有者の手に入る可能性があった。しかし、警察の手によって掘り起こされてしまった今では、権利を主張することはもはやできない。

その裏庭の持ち主であった悪いおじいさんは悔しがった。どうしてももう一回ヤツの驚くべき嗅覚をもって金塊を探し出せないだろうか。悪いおじいさんは謀略を張り巡らせることにした。悪いおじいさんには暴力団とのつきあいがあった。よし、やつらに頼むことにしよう。

普段、公安警察は暴力団に関しては担当をしていない。それは地域警察の暴力団担当課がする仕事になっている。したがって、Pが黒塗りのベンツにさらわれたとき、なぜ自分がこのような目に会うのか、まったく皆目見当がつかなかった。そして気がついたら薄暗い倉庫のなかで縛られていたのだった。

「Pさんよ。一つ頼みたいことがあるんだが」

そういって、悪いおじいさんは淡々としゃべり始めた…。

話を聞き終わって、Pは無理難題だと思った。前回裏庭からブツがでるとおもったのは、長年の経験とそれに裏付けられたカンがあったからだ。そんな、「このじじいの持つ土地のなかから宝物をさがせ」、

なんてできるはずがない。このジジィはなんか勘違いしている。おれは超能力者じゃない。しかし。ここで引きうけなければ、どうなることかわかったもんじゃない。キ○ガイは何をするかわかったものじゃない、というのは公安警察をやってきていて充分にわかったことだった。

「いいだろう」

Pはうなずいた。

そして連れて行かれたのはだだっぴろい山林だった。Pはもうヤケクソになっていた。

「こっちだ。ここにある。ここを掘れ。」

その指示にしたがって、悪いジジィの乗るショベルカーが土を掘り崩していく。

何か出てくれ!

そのPの願いが通じたのだろうか。ショベルカーに手応えがあったらしい。

「フフフ。ありがとよ」

悪いジジィは降りて中身を確かめる。

顔つきが曇った。

ジジィが手にしたそれは、紛れもなく山林に捨てられたエロ本の山だったのだ。

Pの血の気が引いていく。おれは殺されるのか?やはりこんな山林で金塊を探せ、というほうが無理なのだ。どんなにがんばったって、できることじゃない。おお、神様、これからおれはどうなるのだ?

Pが神に祈りをささげていると、ジジィが言った。

「ワシはこれがほしかったんじゃ。」

手には薄汚れた「SM全書」が握られていた。いつのまにか顔はホクホク顔になっていた。

ジジィは金塊なんかより、こっちのほうが宝ものだったらしい。

 

備考「捨てる人あれば拾う人あり」

 

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