アリとキリギリス
たしかにバブル時代、おれたちの会社は浮かれていた。
毎晩六本木・赤坂に出かけては高級クラブで飲み歩いていた。
ホステスの胸に万札を押しこんで、そのチャンスに胸をさわってみたり、
艶かしい太腿に手を伸ばしたりもした。
スーツはヴェルサーチ
だったし、靴はフェラガモだった。オフの日には、5万くらいのウェスタンブーツはいて、デッドストックもののリーバイス501を
はいてみたりもした。
ソープには二日に一回は出かけ、その度に「4℃」のアクセサリーを買っていった。
これもすべて、バブルのおかげだった。
おれたちの会社は土地にカネをつぎこみ、その投機で粗利を生み出していった。
おそらくその利益率はどこの会社よりも上だっただろう。
しかし、今はどうだ?
着ているスーツは
「紳士服・青山」で買ったツルシだし、靴は「靴流通センター」で買ったビニール製だ。残業してもそれはサービス残業だし、手当てもつかない。
会社のカネで遊ぶどころか、タクシー代も出してくれない。
終電がなくなったらどうしたらよいのだ?
ソープになんてここ数年行ってない。ピンサロすら、だ。
だから吉野家に行っても、卵をつけるかつけないか、思いっきり悩んでしまうんだ。
これもすべてバブル不況のせいだ。
あの後、おれたちの会社は不良物件を大量に抱え、さばききれなくなった。
銀行からの圧力は強いし、かといって、バブル時代投機に走ったことが
あまりにも有名で、数々の取引企業も手を引いていった。
こんなリスキーは会社はごめんということだろう。
おれはいまから、グループ企業の
「アリンコ商事」まで行くところだ。ここは、バブル時代、投機に走らなかったから、まわりからバカにされたが、
今じゃ優良企業だ。バブル後の不況でも、赤字を抱えずにまわりからの
信頼を勝ち得て、取引も順調らしい。
やはり人間、まじめにコツコツ働くのがいいのだろうか?
ここは銀行からの評価も高く、この不況時にも関わらず、銀行がカネを
借りてくれるように頼んでさえいるらしい。
用心深い「アリンコ商事」のことだから、
またどうせ金塊を金庫に隠しているんだろうけど。
そう、やつらは銀行も信用せずに、会社内にカネを貯めこんでいる。
銀行にも見放されたおれたちは、そこにカネを借りに行くことにしたのだ。
「どうも、
キリギリス物産でござい〜」おれは額が床につくくらい、深くお辞儀をしながら、アリンコ商事に
足を踏み入れた。なんたる屈辱感。
が、しかし。返事がない。
奥へ入ってみる。しかし誰もいなかった。
ふと隣に見えたのは、社長室だった。
開けて入ってみると、黒檀の机に突っ伏して倒れている人影があった。
そして、彼の前には積まれた封筒がたくさんあった。
一枚を開いて見てみる。辞表だった。中には、
「こんな仕事のキツイところはやめてやる!」
と書かれていた。う、うう。
社長が気がついたらしい。
顔がミイラのようにげっそりやつれてるところをみると、過労のようだった。
おれは、ポケットからマスクを取り出してそれをかぶり、こう言った。
「おい、救急車呼んで欲しかったら、金庫の番号教えな」
教訓 「まじめに働いても報われないときがある」
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