★特許法126条、訂正の要件、請求の範囲の実質的変更、新たな技術課題の追加

H11.10.13 東京高裁 H10(行ケ)178 ジャンパー用チップ部品実用新案

平成10年(行ケ)第178号審決取消請求事件(平成11年9月22日口頭弁論終結)

     原      告  ローム株式会社

     被      告  アオイ電子株式会社

(事案)

 無効審判中における訂正が訂正前の明細書に記載されない考案の目的・効果を有する登録請求の範囲となっているから、実質上実用新案登録請求の範囲を変更する場合であるとして、訂正が違法であると認定した審決を取り消した事案

(判旨)

 本件明細書において、審決が本件請求項(請求項1)に追加された新たな技術課題であると認定した技術課題とその解決のための訂正構成は、訂正前の請求項2(本件請求項の従属項)の記載及びその構成態様に関するものと認められる前示実施例の記載によって既に示されており、かつ、該技術課題は、訂正前の本件請求項においてもこれに内在するものといえるのであるから、本件訂正は、訂正前の実用新案登録請求の範囲に、たまたま実施例に記載されていたにすぎない構成を付加することにより、訂正前の考案の目的とは全く別個の新たな目的を追加するような場合とは異なるものであって、実用新案登録請求の範囲を変更するものに当たらないと解するのが相当である。

(判決文の抜粋)

第2 当事者間に争いのない事実

 1 特許庁における手続の経緯

   原告は、名称を「ジャンパー用チップ部品」とする登録第1897697号考案(昭和61年3月14日出願、平成3年5月17日出願公告、平成4年4月7日設定登録、以下「本件考案」という。)の実用新案権者である。

   被告は、平成8年11月6日に原告を被請求人として、本件考案の実用新案登録を無効とする旨の審判の請求をし、平成8年審判第19004号事件として特許庁に係属したところ、原告は、平成9年10月28日、明細書の実用新案登録請求の範囲及び考案の詳細な説明の各記載を訂正する旨の訂正請求(以下「本件訂正請求」といい、本件訂正請求に係る訂正を「本件訂正」という。)をした。

   特許庁は、同無効審判の請求につき審理したうえ、平成10年4月24日に「登録第1897697号実用新案の登録を無効とする。」との審決をし、その謄本は同年5月13日、原告に送達された。

 2 実用新案登録請求の範囲の請求項1の記載

  (1) 設定登録時の記載

    基体表面に複数の互いに独立な導電部を並設し、これら導電部のそれぞれの両端に導電部と一体となる電極部を、互いに隣接するものと電気的に独立して、基体側面に並設し、かつ前記基体側面には、各電極を区切る凹部を設けてなるジャンパー用チップ部品。

  (2) 本件訂正に係る記載

    基体表面に[、]複数の互いに独立な導電部を並設し、これら導電部のそれぞれの両端に導電部と一体になる電極部を、互いに隣接するものと電気的に独立して、基体側面に並設し、かつ前記基体[の両]側面には、各電極[部]を区切る凹部を設けてなる[ジャンパー用チップ部品であって、前記各導電部は、前記基体の両側縁間にわたって連続して延びるように基体の表面に形成された第1の金属膜上に、当該第1の金属膜よりも電気抵抗の小さい第2の金属膜を重層して形成してなり、前記第2の金属膜は、前記第1の金属膜の両端部を除いた部位に形成されている]ジャンパー用チップ部品。

 (注、下線部分が訂正個所である。)

※ ホームページ上では訂正個所は〔 〕で表示

第4 被告の反論の要点

 1 審決の認定・判断は正当であり、原告主張の取消事由は理由がない。

 2 取消事由(実用新案登録請求の範囲の変更についての判断の誤り)について

  (1) 原告は、訂正が実質上実用新案登録請求の範囲を変更する場合の一として、訂正後の考案の目的・効果が訂正前の明細書に記載されず、又は明細書・図面から当業者が容易に推知することができないものである場合を挙げるが(第3の2の(2)())、実質上実用新案登録請求の範囲を変更しないといえるためには、該目的・効果が、訂正前の明細書に考案の目的・効果として記載されていたことを要するものと解すべきである。

    しかるところ、本件明細書の請求項1に記載された考案は、「基板への装着の手間が省け、基板上に必要とされる装着のためのスペースが小さく、導電部間の静電容量が基板ごとに一定となるジャンパー用チップ部品の提供」(甲第2号証3欄9〜12行)を目的とするものであり、電気抵抗を減少させるための構成を備えていないことは明らかである。

    また、本件明細書の請求項2に記載された考案は、請求項1記載の考案の「導電部は、基体表面に形成される第1の金属膜上に、第2の金属膜を重層して形成してなる」との態様であって、第1の金属膜、第2の金属膜が特定の金属に限定されているものではなく、また、それらの重層も第2の金属膜が第1の金属膜の両端部を除いた部位に形成されているというような限定もないから、電気抵抗を減少させるという目的を達成するための構成として記載されているとはいえず、まして、電気抵抗の低減及びはんだ付けの確実性という技術課題を解決する構成として記載されているものでないことは明らかである。請求項2記載の考案の上記態様は、「基板への装着の手間が省け、基板上に必要とされる装着のためのスペースが小さく、導電部間の静電容量が基板ごとに一定となるジャンパー用チップ部品の提供」との目的を達成するための一態様であるにすぎない。本件明細書には、請求項2記載の考案の実施例として、「基体表面3に形成される銀−パラジウム合金よりなる第1金属膜7上に、銀よりなる第2金属膜8が重ねて形成されている」(甲第2号証3欄41〜43行)導電部6を具えるものが記載されており、この記載に関連して、その重層構造は「導電部6の電気抵抗を減少させる」(同4欄1行)、「銀−パラジウム合金は、はんだの付着性がよい」(同欄2〜3行)というような説明があるが、請求項2記載の考案の実施例のうちのあるものが、そのような効果を奏することがたまたまあり得ても、請求項2記載の考案自体として、そのような目的・効果をもつとはいえないのである。

    したがって、「ジャンパー用チップ部品のハンダ付けを確実ならしめる一方、導電部としての電気抵抗を低く抑える」ことは、本件明細書の請求項1、2記載の考案の目的・効果として記載されていたものではなく、これに新たな技術課題を解決する構成を付加しなければ、訂正後の明細書に記載された考案とはならないから、該訂正が実質上実用新案登録請求の範囲を変更するものであることは明白である。

  (2) 原告は、訂正が実質上実用新案登録請求の範囲を変更する場合の一として、訂正後の発明の目的・効果が訂正前の発明に内在し、若しくはその前提として包含され、又はその目的・効果に付加し、若しくはその延長線上にあるということができないものである場合を挙げたうえ(第3の2の(2)())、本件明細書の請求項2の記載により、導電部を2層構造とするものが請求項1記載の考案に含まれていることが明らかにされており、このことから、請求項1記載の考案が電気抵抗の低減及びはんだ付けの確実性という目的を内在させていたということができる旨主張するが、誤りである。

    上記(1)のとおり、請求項2記載の考案の「導電部は、基体表面に形成される第1の金属膜上に、第2の金属膜を重層して形成してなる」との構成は、「基板への装着の手間が省け、基板上に必要とされる装着のためのスペースが小さく、導電部間の静電容量が基板ごとに一定となるジャンパー用チップ部品の提供」との目的を達成するためのものであり、それが、電気抵抗の低減ができる態様も含んでいるというにすぎず、請求項2記載の考案自体として、電気抵抗の低減及びはんだ付けの確実性という目的・効果を有するものではない。したがって、原告の上記主張は、その前提において既に誤っている。

第5 当裁判所の判断

 1 取消事由(実用新案登録請求の範囲の変更についての判断の誤り)について

  (1) 本件明細書(甲第2号証)には、実用新案登録請求の範囲として、前示争いのない「基体表面に複数の互いに独立な導電部を並設し、これら導電部のそれぞれの両端に導電部と一体となる電極部を、互いに隣接するものと電気的に独立して、基体側面に並設し、かつ前記基体側面には、各電極を区切る凹部を設けてなるジャンパー用チップ部品。」(請求項1)との記載及び「前記導電部は、基体表面に形成される第1の金属膜上に、第2の金属膜を重層して形成してなる実用新案登録請求の範囲第1項記載のジャンパー用チップ部品。」(請求項2)との記載があり、考案の詳細な説明には、「考案が解決しようとする課題」として、「従来のジャンパー用チップ部品は、1つの導体部が分断されてできる一対の導体部間を接続するものであり、1個で1つの電気的接続が行われるものであった。しかるに、複数の導体部が並設されいる場合に、これら導体部を分断して、他の導体部を通すように配線パターンが設計される場合があった。この場合には、分断された導体部間を接続するためには、1つずつ上記ジャンパー用チップ部品を基板上に装着しなければならず、手間がかかる不都合があった。また、基板上に一つずつジャンパー用チップ部品を装着する際に、これらを互いに密着させて装着すると、相隣るもの同士で電極部又は導電部が接触し、回路が短絡される危険があった。このため、各ジャンパー用チップ部品間に距離をとって装着せねばならず、装着のための基板上のスペースが大きくなる不都合もあった。さらに、ジャンパー用チップ部品の装着位置に多少のずれがあるため、各ジャンパー用チップ部品の距離が基板ごとによって異なり、ジャンパー用チップ部品の導電部間の静電容量が一定とならない不都合もあった。この考案は、上記不都合に鑑みなされたものであり、基板への装着の手間が省け、基板上に必要とされる装着のためのスペースが小さく、導電部間の静電容量が基板ごとに一定となるジャンパー用チップ部品の提供を目的としている。」(甲第2号証2欄10行〜3欄12行)との記載が、また、「考案が解決しようとする課題」(注、「考案の効果」の誤記であると解される。)として、「この考案のジャンパー用チップ部品は、・・・プリント基板等の分断された並設の多数回路をジャンピングするのに、各導電部の電極をプリント基板等のパターンに一度に接続することが可能となり、接続の際に回路毎に個別のジャンパー用チップ部品を用意したり、連結線を切断する等の手間が省け一度に多回路を簡単にジャンピング接続し得る利点を有する。また、1個ずつジャンパーチップ部品を装着する場合よりも、その装着に必要な基板上のスペースを小さくすることができ、また、各導電部間の距離が常に一定であり、導電部間の静電容量が基板ごとに一定である利点も有している。また、はんだ付けされたフイレの確認が容易となる上に、電極間の短絡も起きにくくなる。」(同号証5欄23行〜6欄15行)との記載があるが、その実施例中には、「各導電部6は、基体表面3に形成される銀−パラジウム合金よりなる第1金属膜7上に、銀よりなる第2金属膜8が重ねて形成されている(第2図参照)。このように導電部6を重層構造としているのは、導電部6の電気抵抗を減少させるためである。銀−パラジウム合金は、はんだの付着性がよい等、取扱いの面では利点があるが、その抵抗率は比較的高い。そこで、銀−パラジウム合金よりなる第1金属膜7上に、抵抗率の低い銀よりなる第2金属膜8を重ねて形成し、導電部6の抵抗値を低く抑えている。」(同号証3欄41行〜4欄7行)との記載もあり、図面第2図には、第1の金属膜7上に第2の金属膜8を、前記第1の金属膜の両端部を除いた部位に、形成することが示されている。

    これに対し、本件訂正は、実用新案登録請求の範囲の請求項1を、前示争いのない「基体表面に、複数の互いに独立な導電部を並設し、これら導電部のそれぞれの両端に導電部と一体になる電極部を、互いに隣接するものと電気的に独立して、基体側面に並設し、かつ前記基体の両側面には、各電極部を区切る凹部を設けてなるジャンパー用チップ部品であって、前記各導電部は、前記基体の両側縁間にわたって連続して延びるように基体の表面に形成された第1の金属膜上に、当該第1の金属膜よりも電気抵抗の小さい第2の金属膜を重層して形成してなり、前記第2の金属膜は、前記第1の金属膜の両端部を除いた部位に形成されているジャンパー用チップ部品。」との記載に訂正するものであり、さらに、訂正明細書(甲第11号証)によれば、請求項2を省き、考案の詳細な説明中の「考案の効果」には、本件明細書の前示「この考案のジャンパー用チップ部品は、・・・電極間の短絡も起きにくくなる。」との記載に引き続いて「しかも、導電部は、基体の表面に形成した第1の金属膜上に第2の金属膜を重層して形成したものであるため、導電部の抵抗値を低く抑えることができる。この場合、第2の金属膜は第1の金属膜の両端を除いた部位に形成されているので、第1の金属膜としてはんだ付着性の良い素材を使用することにより、ジャンパー用チップ部品のハンダ付けを確実ならしめることができる一方、第2の金属膜は電気抵抗率が小さいため、導電部としての電気抵抗値を低く抑えることができる。」(同号証5頁12〜18行)との記載を付加するものである。

  (2) これらの本件明細書及び本件訂正に係る明細書の各記載によれば、本件明細書の請求項1に記載された考案は、「基板への装着の手間が省け、基板上に必要とされる装着のためのスペースが小さく、導電部間の静電容量が基板ごとに一定となるジャンパー用チップ部品の提供」を目的として、該請求項1記載の構成を採用したものであること、本件訂正は、前示本件明細書の請求項1に記載された考案に訂正構成を付加し、その導電部を限定するものであって、実用新案登録請求の範囲の減縮を目的とするものであるが、訂正構成の付加の目的は、「ジャンパー用チップ部品のハンダ付けを確実ならしめることができる一方、導電部としての電気抵抗値を低く抑える」ことにあることが認められる

    そして、本件明細書の前示実施例の記載(図面第2図の図示を含む。)には、ジャンパー用チップ部品のはんだ付けの確実性及び電気抵抗の低減という技術課題に対応する構成が記載されており、その構成は、本件訂正に係る訂正構成を具備するものである。また、本件明細書の請求項2が、この構成の中心部分である「導電部は、基体表面に形成される第1の金属膜上に、第2の金属膜を重層して形成してなる」ことを規定することに鑑みれば、請求項2は、請求項1記載の考案のいわゆる実施態様項として、ジャンパー用チップ部品のはんだ付けの確実性及び電気抵抗の低減という技術課題に対応するための構成を付加した態様を記載したものであるものと認められる。

    この点について、被告は、請求項2の記載が第1の金属膜、第2の金属膜を特定の金属に限定するものではなく、また、それらの重層も第2の金属膜が第1の金属膜の両端部を除いた部位に形成されているというような限定がないことを理由として、請求項2記載の態様が「基板への装着の手間が省け、基板上に必要とされる装着のためのスペースが小さく、導電部間の静電容量が基板ごとに一定となるジャンパー用チップ部品の提供」との目的を達成するための一態様であると主張するが、請求項2に記載された構成の技術的意義が、該目的の達成とどのように関連するかが明らかでないのみならず、本件明細書の前示実施例の記載が、請求項2の規定をより具体化したものと認められることからしても、請求項2は、はんだ付けの確実性及び電気抵抗の低減という課題を解決するためのものであると解するのが相当であり、該主張を採用することはできない。

  (3) これに加えて、本件明細書(甲第2号証)の「チップ部品が装着される基板においては、・・・導体部を交叉させねばならない場合があった。この場合には、一方の導体部を分断し、他の導体部はそのまま通し、この他の導体部をまたぐように、ジャンパー用チップ部品を基板上の交叉部分に装着して、前記分断された導体部を電気的に接続する方法が採られている。・・・このジャンパー用チップ部品は、絶縁体よりなる基体表面に導電部を形成し、こ基体表面に(注、「この基体表面に」の誤記であると解される。)連接し、互いに対向しあう基体側面に、それぞれ電極部を形成してなるものである。」(同号証1欄18行〜2欄8行)との記載にあるように、ジャンパー用チップ部品は、プリント基板の導体部(回路)を交差させるため、一方の回路を分断したうえ、その分断箇所の基板上にはんだ付けして設けるジャンパー用チップ部品の導電部を、両側面の電極部を介して回路の分断箇所に接続するものであるから、ジャンパー用チップ部品において、はんだ付けの確実性及び導電部の電気抵抗の低減は、当業者にとって当然考慮すべき周知の技術課題であって、請求項1記載の考案を含むジャンパー用チップ部品にいわば内在する課題であるものと認められる。

  (4) そうすると、本件明細書において、請求項2の記載及びその構成態様に関するものと認められる前示実施例の記載(図面第2図の図示を含む。)によって、ジャンパー用チップ部品のはんだ付けの確実性及び電気抵抗の低減という技術課題とその解決のための訂正構成とが既に示されており、かつ、該技術課題は、請求項1記載のジャンパー用チップ部品においてもこれに内在するものといえるのであるから、本件訂正において、請求項1に訂正構成を付加することは、訂正前の実用新案登録請求の範囲に、たまたま実施例に記載されていたにすぎない構成を付加することにより、訂正前の考案の目的とは全く別個の新たな目的を追加するような場合(訂正後の目的・効果が、訂正前の明細書に考案の目的・効果として記載されていないことに当たる場合)とは異なるものであって、実用新案登録請求の範囲を変更するものに当たらないと解するのが相当である

    この点につき、審決は、「訂正前の実用新案登録請求の範囲の第2項は、同第1項を引用した実施態様の記載であり、考案の実施態様は、実用新案登録請求の範囲に記載された考案の構成に欠くことができない事項を引用し、かつ、これを技術的に限定して具体化したものである・・・ことから、訂正前の実用新案登録請求の範囲の(第2項を含めた)考案の目的は、当然、同第1項のみから把握されるものでなくてはならない。」(審決書10頁4〜13行)と判断するが、該判断は、本件明細書の実用新案登録請求の範囲の記載に関しては、その請求項2が、請求項1記載の考案に既に内在されている目的に係るものであることを見落としたものであって、その限りで誤りであるといわざるを得ない。

  (5) したがって、審決の「第2訂正(注、本件訂正)は、実用新案登録請求の範囲に訂正構成を付加する点において、訂正前の考案の要旨外のものとして新たな技術課題を解決する構成を付加するものというべきであって、・・・実質的に新たな目的を付加して実用新案登録請求の範囲を変更するものである。」との判断は誤りであり、この誤りが、本件訂正が認められるか否かの判断、ひいて本件考案の要旨の認定に影響を及ぼすことは明らかである。