★特許法44条、二以上の発明、分割要件
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H11.10.28 東京高裁 H11(行ケ)62 電気掃除機特許平成11年(行ケ)第62号 特許取消決定取消請求事件
判 決
原 告 三洋電機株式会社
被 告 特許庁長官 近 藤 隆 彦
(事案)
実施例が一つの原出願からの分割出願が「二以上の発明」を具備するかどうかが争われた事案
(判旨)
ある発明の特許出願の明細書の実施例及び図面に記載されていないからといって、直ちにそこに記載されていないものが当該発明に含まれないことになるわけではない。本件明細書の発明の詳細な説明の欄に「ここで把手部1Aは、曲がりパイプ1から離間して形成したものとして説明したが、曲がりパイプ1自体を握るものであっても構わない。」と明示されているから、実施例及び図面に他の構成が記載されていないという理由で実施例のものである「把手パイプに把手パイプから離間して把手部を一体的に形成し」たものに限定することは、発明の要旨ではない構成を特許請求の範囲の記載に基づかずに本件発明に追加して解釈するものであって許されない
(判決文の抜粋)
主 文
特許庁が平成10年異議第70751号事件について平成10年12月21日にした取消決定を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
事実及び理由
(前略)
第2 当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯
原告は、発明の名称を「電気掃除機」とする特許第2648043号の特許発明(昭和62年2月13日に出願した実願昭62−18859号(以下「原々出願」という。)の変更出願である特願平3−36595号(以下「原出願」という。)を原出願とする分割出願であって、平成9年5月9日に特許権設定登録、以下「本件発明」という。)の特許権者である。
本件発明の特許について、丸尾昭恵等から特許異議の申立てがあり、特許庁は、これを平成10年異議第70751号事件として審理した結果、平成10年12月21日に「特許第2648043号の特許を取り消す。」との決定をし、平成11年2月12日にその謄本を原告に送達した。
2 特許請求の範囲
(1)
本件発明掃除機本体に一端部が接続される可撓性ホースと、該ホースの他端側が接続される接続パイプと、該接続パイプに回転自在に接続される把手パイプと、該把手パイプに接続される延長管と、該延長管に接続される床用吸込具とを備え、前記把手パイプに把手部を形成し、把手部の延長管側にリモートコントロールスイッチを配設すると共に、前記把手パイプに、リモートコントロールスイッチに接続される導電性摺接体を設け、前記接続パイプに、導電性摺接体に電気的に接続され、可撓性ホースに付設された導電線を介して掃除機本体に接続される導電性摺接片を配設したことを特徴とする電気掃除機。(別紙図面参照)
(2)
原出願の発明掃除機本体に一端部が接続される可撓性ホースと、該ホースの他端側が接続される接続パイプと、該接続パイプに回転自在に接続される把手パイプと、該把手パイプに接続される延長管と、該延長管に接続される床用吸込具とを備え、前記把手パイプに、把手パイプから離間して把手部を一体的に形成し、把手部の延長管側にリモートコントロールスイッチを配設すると共に、把手パイプに、リモートコントロールスイッチに接続される導電性摺接体を設け、前記接続パイプに、導電性摺接体に電気的に接続され、可撓性ホースに付設された導電線を介して掃除機本体に接続される導電性摺接片を配設したことを特徴とする電気掃除機。
3 決定の理由の要点
別紙決定書の理由の写しのとおり、本件発明と、原出願に係る発明(以下「原出願発明」という。)は実質的に同一であり、本件発明の出願は、2以上の発明を包含する特許出願の一部を新たな特許出願としたということはできないから、本件分割出願の時に特許出願されたものとして扱うべきであるとしたうえで、本件発明は、原々出願に係る実願昭62−18859号(実開昭63−129557号)のマイクロフィルムに実質的に記載された発明であって、特許法29条1項3号に該当すると認定判断した。
(中略)
第5 当裁判所の判断
1 本件発明及び原出願発明の要旨は、それぞれ決定の認定したとおりであって、これがそれぞれの特許請求の範囲に記載されたものであることは、当事者間に争いがない。
これによると、把手部の構成において、原出願発明が、「把手パイプに把手パイプから離間して把手部を一体的に形成し、」との構成を有するものであるのに対し、本件発明は、「把手パイプに把手部を形成し、」との構成を有するものであるから、原出願発明の採用した「把手パイプに把手パイプから離間して把手部を一体的に形成し」との構成のもののほか、上記構成ではない態様で把手パイプに把手部を形成したものをも含むことは明らかであり、このことは、本件明細書の発明の詳細な説明の欄に「ここで把手部1Aは、曲がりパイプ1から離間して形成したものとして説明したが、曲がりパイプ1自体を握るものであっても構わない。」(甲第2号証2頁左欄32行ないし34行)と記載されていることによっても裏付けられる。
2 ところが、決定は、「本件特許の明細書及び図面にはもっぱら『把手パイプに把手パイプから離間して把手部を一体的に形成したもの』が記載されていることなどを考慮すれば、」(4頁13行ないし16行)として、それ以上の根拠を挙げないままに、「両者の発明は実質的に同一であるといわざるを得ない。」(4頁16行、17行)との結論に至っている。決定の挙げている根拠が事実に反することは上に述べたところから明らかであり、決定がそれ以上の根拠を示すことなく上記結論に至っている以上、決定には、結論に影響を及ぼすべき瑕疵があるものというほかはない。
3 被告は、本件明細書の実施例及び図面に「把手パイプに把手パイプから離間して把手部を一体的に形成し」た、原出願発明と同一のものしか記載されていないことが、両発明を実質的に同一とする根拠になり得るという。しかし、ある発明の特許出願の明細書の実施例及び図面に記載されていないからといって、直ちにそこに記載されていないものが当該発明に含まれないことになるわけではない。まして、本件においては、本件発明の特許請求の範囲に「把手パイプに把手部を形成し」との構成が記載されており、決定も、本件発明の要旨として上記構成を認定しているのみならず、本件明細書の発明の詳細な説明の欄に「ここで把手部1Aは、曲がりパイプ1から離間して形成したものとして説明したが、曲がりパイプ1自体を握るものであっても構わない。」と明示されていることは前述のとおりであるから、実施例及び図面に他の構成が記載されていないという理由で実施例のものである「把手パイプに把手パイプから離間して把手部を一体的に形成し」たものに限定することは、発明の要旨ではない構成を特許請求の範囲の記載に基づかずに本件発明に追加して解釈するものであって、許されないといわざるを得ない。被告の主張は、採用することができない。
4 なお、決定は、原出願の実施例に把手パイプと離間して把手部を形成する構成以外の構成が記載されていたとはいえない旨認定し、甲第3号証によれば、上記認定自体は正当なものと認められる。しかし、原出願の明細書又は図面に記載されている発明であれば特許法44条1項による分割出願をすることができるから、問題とすべきは、原出願の明細書又は図面における本件発明の記載の有無である。したがって、上記記載の有無はともかくとして(この点は、まず、特許庁において審理判断すべきものである。)、原出願の実施例に記載されていないことをもって、直ちに本件発明の分割出願が不適法であるということはできない。
5 以上のとおり、決定には、その結論に影響を及ぼすことの明らかな瑕疵があるから、決定は、違法として取り消されなければならない。
第6 よって、本訴請求を認容することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する。
東京高等裁判所第6民事部
裁判長裁判官
山 下 和 明裁判官
春 日 民 雄裁判官
山 田 知 司