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H11.10.28 東京高裁 H10(ネ)2983 「知恵蔵」レイアウト編集著作物平成一〇年
(ネ)第二九八三号 著作権使用料等請求控訴事件(原審・東京地方裁判所平成七年
(ワ)第五二七三号)判 決
控 訴 人 鈴 木 一 誌
被 控 訴 人 株式会社
朝 日 新 聞 社主 文
本件控訴を棄却する。
控訴人の予備的請求を棄却する。
当審の訴訟費用は控訴人の負担とする。
(事案)
「知恵蔵」(90−93年度版)の装丁などを担当した控訴人がほぼ同一と考えられる装丁で「知恵蔵」(94,95年度版)を発刊した被控訴人に対して損害賠償等を求めた事案。装丁の担当者が編集著作権を有するか。
(判旨)
本件レイアウト・フォーマット用紙の作成も、控訴人の知的活動の結果であるということはいえても、それは、知恵蔵の刊行までの間の編集過程において示された編集あるいは割付け作業のアイデアが視覚化された段階のものにとどまり、そこに、選択され配列された分野別の「ニュートレンド」、「新語話題語」、「用語」等の解説記事や図表・写真を中心とする編集著作物である知恵蔵とは別に、本件レイアウト・フォーマット用紙自体に著作権法上保護されるべき独立の著作権が成立するものと認めることはできない。
(判決文の抜粋)
事 実
(中略)
二 基礎事実
当事者に争いのない客観的な事実関係は次のとおりである。
1 控訴人は、ブックデザインを専業とする者である。被控訴人は、日本有数の全国日刊紙の発行者であり、これ以外にも多種類の出版物を刊行する総合出版社であって、平成元年から年度版用語辞典「知恵蔵」を刊行している。
2 控訴人は、昭和六三年八月から九月にかけて、被控訴人から、刊行を企画していた年度版用語辞典のブックデザインの依頼を受け(口頭による。本件業務委託契約)、被控訴人から刊行された一九九〇年(平成二年)版から一九九三年(平成五年)版の知恵蔵のブックデザインを担当した。
3 控訴人が受託した業務の内容には、レイアウト・フォーマット用紙の作成と、それに基づく本文基本デザイン、扉などの個別紙面や別冊付録等のデザインと装丁とが含まれていた。決定、採用されたレイアウト・フォーマット用紙と、それに基づく本文基本デザインは、組版コンピューターにプログラミングされた。
4 その後、被控訴人は、右のレイアウト・フォーマット用紙とは別のレイアウト・フォーマット用紙(控訴人は、控訴人が作成したレイアウト・フォーマット用紙とほとんど同一のものと主張している。)を使用して割付けをした一九九四年版及び一九九五年版知恵蔵を出版した。
三 編集著作権に基づく控訴人の主位的請求原因(原審からの請求の原因)
1 当事者
原判決三頁八行目から四頁九行目までに示されているとおりである。
2 知恵蔵の製作に関する控訴人の創作活動
(一) ブックデザイナーは、本の装丁(書体の選定・大きさや装画の趣きと配置によってカバー・表紙等の外形を整える)ばかりではなく、本文全体を対象に活字の組みや図版と余白の配置、目次の姿等を統一的に構成し、更には用紙の選択、印刷方式や製本の方式の提案等を行い、出版物の創作過程に編集者が保有していない独自の視角から編集作業と不可分かつ総合的に関わり、出版社と対等・独立した職業となっているが、控訴人は、編集著作物たる知恵蔵の紙面、「かたち」を決定している要素・素材につき、創作的な選択及び配列を行った。
(中略)
(五) 素材の配列における控訴人の創造性の核心的な部分は、四段組み・一行一八字のAパターン及び五段組み・一行一四字のBパターンの創作、決定とその配列に存する。その詳細は、原判決九頁一行目から二〇頁一行目までに示されているとおりである(そこで「本件知恵蔵」とあるのは、被控訴人刊行の知恵蔵のうち、控訴人が関与した知恵蔵を意味する。)。
3 控訴人の編集著作権の準共有
(一) 著作権法一二条一項は、「編集物でその素材の選択又は配列によって創作性を有するものは、著作物として保護する。」と規定する。知恵蔵のような用語辞典の場合、書き方、見出し、レイアウト等、紙面上で利用者の読みやすさを獲得するための技術が駆使され、そのためには素材を収集し、分類し、選別し、配列するという一連の知的創作行為が必要となる。著作権法は、素材については何も限定を付しておらず、編集可能なものであれば編集著作物の対象となっていいはずである。そして、前記2で述べた素材の選択及び配列は、すべて控訴人の知的創造活動によるものであり、その結果として作成された知恵蔵(の各紙面)は、控訴人の創作に係る編集著作物として保護されるべきである。
(二) 本件レイアウト・フォーマット用紙(原判決九頁一〇行目並びに原判決別紙「レイアウト・フォーマット用紙A」及び同「レイアウト・フォーマット用紙B」参照)に基づく控訴人関与の知恵蔵の紙面の割付け方針は、控訴人の独占的な編集著作物であり、仮に被控訴人も編集著作権を有するものとしても、控訴人と被控訴人の共有に属するものである。そして、その持分割合は、創作過程における控訴人の寄与の方が圧倒的に大きいが、仮に持分割合が特定できない場合には、双方各二分の一の持分割合となる(民法二五〇条)。
4 本件レイアウト・フォーマット用紙の著作権
(一) 基本主張
レイアウト・フォーマット用紙は、編集著作物たる知恵蔵の作成に不可欠である。そして、控訴人関与の知恵蔵の作成が全面的に本件レイアウト・フォーマット用紙に依拠し、本件レイアウト・フォーマット用紙自体が、控訴人の多年にわたるブックデザイン及びこれに付随する広範な業務から獲得した技術的知見を反映したものであること、控訴人のブックデザインに関する豊かな思想を知恵蔵に適合させるべく創造的に表現したものであることからすれば、本件レイアウト・フォーマット用紙は当然に学術的要素を有する。
また、本件レイアウト・フォーマット用紙は、文字や図形をもって埋められることを予定する一定の大きさの四角形や直線によって区画されており、右の四角形の大きさや数及び位置、直線の位置や到達点、余白の配置等の点で、これを作成した控訴人の個性、学識、経験等の独創性が表出している。
よって、本件レイアウト・フォーマット用紙は図形著作物に該当し、その著作権は控訴人に帰属する。
理 由
一 前提事実の認定
本件業務委託契約締結の際、控訴人が示された知恵蔵の骨格の内容及び一九九〇年版から一九九三年版までの知恵蔵の紙面内容等は、原判決四三頁八行目から四七頁四行目までに認定されているとおりである(ただし、四四頁七行目、四五頁五行目、六行目の「爛」は「欄」の誤記)。
二 編集著作権に基づく請求について
1 著作権法にいう著作物とは、思想又は感情を創作的に表現したものであるが、控訴人が知恵蔵の素材であると主張する柱、ノンブル、ツメの態様、分野の見出し、項目、解説本文等に使用された文字の大きさ、書体、使用された罫、約物の形状などが配置される本件レイアウト・フォーマット用紙及び控訴人が知恵蔵の素材であると主張する柱、ノンブル、ツメの態様、分野の見出し、項目、解説本文等に使用された文字の大きさ、書体、使用された罫、約物の形状は、編集著作物である知恵蔵の編集過程における紙面の割付け方針を示すものであって、それが知恵蔵の編集過程を離れて独自の創作性を有し独自の表現をもたらすものと認めるべき特段の事情のない限り、それ自体に独立して著作物性を認めることはできない。控訴人の主位的請求原因が、一九九四年版と一九九五年版の知恵蔵に使用されたレイアウト・フォーマット用紙は控訴人が制作を担当した本件レイアウト・フォーマット用紙の複製であることを前提とするものである以上、控訴人の主張も、本件レイアウト・フォーマット用紙が、そのまま知恵蔵以外の他の書籍、特に被控訴人以外の出版社刊行の書籍に使用されるものであることを前提にしているものでないことは明らかである。
(注)「柱」とは、版面の周辺の余白に印刷した見出しを意味する。
「ノンブル」とは、頁数を示す数字を意味する。
「ツメ」とは、検索の便宜のために辞書等の小口に印刷する一定の記号等を意味する。
「約物」とは、文字や数字以外の各種の記号活字の総称を意味する。
控訴人は、本件レイアウト・フォーマット用紙は被控訴人から独立したブックデザイナー固有の知的創作物である旨主張する。しかし、年度版用語辞典である知恵蔵のような編集著作物の刊行までの間には、その前後は別として、企画、原稿作成、割付けなどの作業が複合的に積み重ねられることは顕著な事実であるところ、本件における前記一認定の前提事実に照らすと、本件レイアウト・フォーマット用紙の作成も、控訴人の知的活動の結果であるということはいえても、それは、知恵蔵の刊行までの間の編集過程において示された編集あるいは割付け作業のアイデアが視覚化された段階のものにとどまり、そこに、選択され配列された分野別の「ニュートレンド」、「新語話題語」、「用語」等の解説記事や図表・写真を中心とする編集著作物である知恵蔵とは別に、本件レイアウト・フォーマット用紙自体に著作権法上保護されるべき独立の著作権が成立するものと認めることはできない。
2 したがって、控訴人が本件レイアウト・フォーマット用紙の著作権を有することを前提に、本件レイアウト・フォーマット用紙に基づく知恵蔵の紙面の割付け方針が控訴人の編集著作物ないし控訴人と被控訴人との共有著作物であるとする控訴人の主張は理由がなく、これを前提とする主位的請求(利得償還請求及び損害賠償請求)も理由がなく、これらの請求を棄却した原判決は相当である。
(後略)
東京高等裁判所第一八民事部
裁判長裁判官 永 井 紀 昭
裁判官 塩 月 秀 平
裁判官 市 川 正 巳