エッセィ

弱味に漬け込んだ美味しいミステリィ
森博嗣Selection LOST HIGHWAY(by DAVID LYNCH)

/☆Go Back☆/

 お隣の三重県までハイウェイを飛ばして映画を観にいく。市内の繁華街にある映画館よりずっと綺麗で立派だし、ホールが8つもある。第一信じられないくらい空いているのだ。「エヴァンゲリオン」だろうが、「もののけ姫」だろうが、シートは1人で優に5席は使えるくらいの人口密度。最高に人が多くてせいぜい40人くらい。もちろん、駐車場も近くて無料。おまけにボーリング場やゲームセンタもあるし、ショッピングモールも実に巨大膨大で馬鹿でかい。そういう穴場へ1カ月に1度の割合で奥さんと二人だけで出かける(子供は当然留守番だ)。このようなアメリカンスタイルじゃないと、LOST HIGHWAYは楽しめない(嘘です)。

 ところで、今まで観たすべての映画の中から森が一つだけ選ぶなら「第三の男」なんだけど、それはちょっと年寄りくさいかなって弱気になって、最近観た映画を思い出す。もともと「I.アジャーニ命!」の森なので、「悪魔のような女」が順当かな、それとも「J.フォスタ万歳!」の森なので、駄作「コンタクト」に汚れなき清き一票を入れようか、など思案。「なんか忘れてへんか」と6秒ほど静止ののち、「あそうそうLOST HIGHWAYがあったやんか!(関西弁か)」「これ、むちゃくちゃ突出しとるから逆に忘れとったわ(笑)」「うん、観たら記憶を消されてしまうでな(しんみり)」「誰と誰が会話しとるねん!」みたいな魔法的な詩的私的素敵ムーヴィなのだ(意味不明)。

 思い出した。この映画を観るまえに、実は市内のデパートでD.リンチ展があった。写真とビデオのとても素晴らしい展示だったのに、なんとなんと観客は森と奥さんの二人だけだった。「このプライベートな雰囲気がたまらないね」なんてジョーク が出たほど。バブルが弾けて、ツインピークスも忘れられちゃったのかあ・・。

 あのさ、映画って基本的に狡いよね(急に馴れ馴れしい口調)。だって、映像があるし(当たり前やん)、音楽もあるし、役者が(文字どおり)生きているし・・。ここぞという決め的なシーンで、気合いの入った音楽でもさらっと流されたら、涙も出るじゃんか(どこの言葉だ)。これって、ムツゴロウ動物王国と同じで、人の弱みにつけ込んで(漬物じゃないよ)いるんだ。

 数時間で「まとまり」を見せないといけない点が、映画の場合ちょっとした制約だから、これが、緻密な本格ミステリィに向かないって言われてるけど、良いミステリィ映画を観ると、「緻密」とか「本格」なんて言葉、吹っ飛んじゃうだよなあ。森には、LOST HIGHWAYは完全・完璧なミステリィだった。

 他のメディアに変換できない価値が、やっぱり欲しいわけで、リンチの映画は、映画以外には考えられない「鮮」があったりするから美味しい。うん、やっぱり映画は狡いぞ、って思ってしまう。でも、そんな狡い映画をもっと観たいし、弱味にもっとつけ込んで欲しい。だから、またハイウェイを爆走しよう。

 

(1998.5、「ダ・ヴィンチ」に掲載)


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