エッセィ

私はこれで音楽をやめました

/☆Go Back☆/

 音楽を聴きながら何かをすることができない。もちろん、歩いたり呼吸するくらいなら大丈夫だけど、知的作業になると無理だ。どこかで音楽がかかっているだけで、本は1行も読めなくなるし、文章も絵もかけなくなってしまう。そういうふうに森はできている。

 たぶん、音楽を聴く回路が、あとから差し込まれた基板みたいに独立していないから、メイン頭脳であるCPUが直々に音楽解析を担当するわけだ。何がいいたいのかというと、森はそれほど音楽を真剣に聴く。みんな、いい加減に音楽を聴いていないか? 私はそれが問いたい!

 高貴な小学生の頃はクラシックに没頭(お坊っちゃまだったのですね)。それから、ピアノかバイオリンのアクロバティックな協奏曲が好きになり、いつの間にか、エレキギターに心うつりして、ハードロック、プログレッシブばかり聴く普通の高校生に成り下がった。大学ではパンク・ロックに目覚めるという当時お約束のコース。

 しかし、ここで意地を見せた。ついに、オリジナルの曲を作るようになったのだ。ドラム、ギター、ヴォーカルを別々に録音してテープを作る。10曲ほど入ったテープを5、6本リリース(?)。パッケージデザインまでした。今思うと凄いエネルギィだ。自己満足しつつも、友達に聴いてもらったりもする。何をやっても自分は天才ではないか、と感じる年頃なのだ(え? 普通じゃない?)。

 それがどうなったかというと、実は、ダークな結末がある。

 大学の3年生だったとき。テープをとある女性に聴いてもらった。彼女はストーンズのファンクラブに入っていたし、森のサウンドはばっちり趣味に合うはず、との綿密な予測の上である。それが、彼女の感想は一言。

「森さんね、音楽だけはやめた方が良いよ」

 まあ、そんなこんなで、いろいろあったけど、一応、その、なんというか、以来、音楽はきっぱりやめた。テープはすべて処分して今はもうない。車にはカースレテオを付けない。カラオケだって1年に1回しか歌わないことに決めている(実は既に2017年の分まで歌ってしまったけどね)。

 それはたぶん英断だった。森は彼女の判断を信じた。人の意見を素直にきいた森の人生では極めて例外的な事例である。それに、その高貴な彼女も、最近エックスとかシャズナとかTMレヴォリューションとかってのを聴いている、森の奥さんに成り下がって・・。
 

(1997.12、「小説すばる」に掲載)


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