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インタヴューに答える森都馬(モリトーマ)氏



この記事は、関西学院大学生協書籍委員会によるものです(一部変更されています)

――現在工学部の助教授でいらっしゃいますが、子どもの頃からそういった理系の学問の方がお得意だったんでしょうか?

●得意と思ったことはありません。ただそれよりは国語とか社会が苦手だったのは確かです。固有名詞を正確に記憶するということにあまり価値があるとは思えなかったんです。覚えればもうそれだけのことだという気持はありました。

――小説を書こうと思われたきっかけは?

●ちょうど3年か4年前に子どもの中学受験があったんでバイトをしようかと思ったのがきっかけです(笑)。まあそれだけというわけではないですけどね。結構大きな理由の一つです。
 それまで小説を書いたことは一切ありませんでした。「冷たい密室と博士たち」が最初に書いた長編だったんですが本当にあれが始めてでしたね。短編も書いたことがなかったんです。なにしろ読んだこともほとんどなかったぐらいでしたから。あまり本が好きではありませんので。でも書く分にはワープロもあるし。手で書くんだったら絶対やってませんけどね。そんなふうに家で躰を動かさずに一番効率の良い仕事は何かな、というわけで書き始めたんです。それが3割ぐらいの動機かな。あとはたまたまうまくいったという感じでした。

――それではミステリィというジャンルをお選びになったのはどうしてですか?

●それはミステリィが一番売れるからです。今日本で売れている小説の8割から9割がミステリィだと認識しています。
 もっともほかのジャンルの物を書こうという気持ちはありましたが、デビューして認めてもらうためには、文学賞のように何か賞を取る必要があります。それがミステリィであれば、出版社の方にとっても売れる、売れないという判断が比較的しやすい。でも、今ミステリィ以外のものを書きたいというわけでもありませんよ(笑)。ミステリィは僕にとって非常に書きやすいだけです。型にはまっているから、おきまりの展開になりますし、あまり考えなくても書けるジャンルだと思います。

――それでメフィスト(講談社発刊のミステリィ専門誌)に応募されたのですね?

●それも本当にたまたまだったんです。メフィストとかそういった雑誌があること自体知りませんでしたし、何しろ講談社ノベルスの存在すら知りませんでした。ノベルズという言葉があの形式の本を示すということを知らなかった。もともと僕は文庫本しか読みませんし、それも海外作品ばかりでしたから、日本の作家の作品もほとんど読んでいませんでした。京極夏彦という名前も知らなかったくらいですよ。それぐらい無知でした。
 だから自分の本ができるとき、縦書きになるんだと知って驚きましたね。最初は横書きに書いていたはずなのに、ゲラが届いたとき縦書きになっていたのでびっくり。編集者の人に「横書きにしてください」と言ったら「それはできません」と言われたりして。

――(笑)

●だから萌絵が計算するときなんか本当にどう書こうかと思いましたね。
 あと、作品中によく電子メールが出てきますけれど、あれも縦書きになるといろいろと狂っちゃいました。

――海外の作品ではどんなものを読まれますか?

クイーンが好きですね。あとカーでもクリスティでもヴァン・ダインでも古典はほとんど読んでます。その中で一番好きなのは「Xの悲劇」かな。初めて自分のお金で買ってミステリィと知らずに読んでね。すごかったですよ。

――クイーンの代表作ですね。

●子どもの頃だから、ミステリィなんてものがあるなんて知らなかったし、だけど一番解らなかったのは、探偵が事件をなかなか解決してくれないことでした。何か言おうとしても、そのまますっと姿を消しちゃったり(笑)。あれ、いったいどうしたんだろうって思って(笑)。どこかで読み方間違えたりしたのかなって思ってね。学校の国語の先生に聞きに言ったんですよ。そしたらとりあえず最後まで読んでみなさいと言われました。
 もうすぐ「ミステリィ工作室」という本が出ますから、それを読んでもらえれば何が好きか分かりますよ。海外66冊と国内34冊選んであります。

――助教授の方のお仕事との両立は大変ではありませんか?

●たしかに時間はかなりとられます。だから僕の場合は、家にいるときはほとんど書くようにしています。夜の10時から2時か3時までが小説に充てる時間ですが365日毎日小説の仕事をします。執筆ばかりではありませんけどね。1日も休みません。そのかわり大学では一切書きませんし、土曜日や日曜日の昼間に書くこともまったくありません。こんな風に時間で分けてるんです。

――では、小説を書きはじめる以前は元々どういった時間だったのでしょうか?

●模型が好きだったので、ずっと模型を造っていたんです。だから小説を書き始めてから3年ほどになりますがその間、模型造りはぜんぜんやっていません。そのうち模型造りをもう一度始めようと思っているんですが、そうすると小説のペースがドッと落ちるかもしれませんね。そうなるのは一応2年後の予定なんです(笑)。そのときには現在休部中の模型のクラブも始めるつもりです。

――本当にお忙しそうですね。

●確かにデメリットは多いです。でも仕事というのはそんなものだと思ってます。

――次の作品のタイトルをホームページで発表なさっているように創作ペースがお早いようですがトリックなどはいつお考えになるのでしょうか?

●書き始めるときはほとんど何も決まってないんです。だからトリックなんかは書きながら考えています。メモもとりませんから。

――作中でよく密室を扱っていらっしゃいますが、何か特別な思い入れがおありですか?

●いや、実はあまりないんです(笑)。何せ型にはまっているんで、トリックに困ったら密室が一番分かりやすくていいかな、と思って。不思議なことってほかにあまり思いつかないんですよ。すいませんね。期待を裏切るかもしれません(笑)。

――トリックなどは一つの娯楽性とお考えですか?

●というよりは道具ですね。僕の場合は素人なんで、ある程度骨組みみたいなものを作っておいてから肉付けしていくようにしているつもりですけど。まあ、書いているうちに読者が退屈するかなと思ったら、殺人がおきるようにしています(笑)。今書いているのは1章の15%ぐらいまで進んだんですが、まだ誰が殺されるのかすら決めてないし、トリックも考えてません。毎日書いているうちに思いつきますから、その中から適当なのを選んでいます。ただワープロを使っているわけですからね、いくらでも前に戻れるんですね。このトリックについてはあの部分に伏線を張っておこう、と思ったら手書きとは違って簡単です。そんな風にあっち書いたりこっち書いたりしてるから、伏線が仕組まれていると思われるみたいですね。

――「犀川・萌絵」シリーズは最初から10作と予定されていたんですか?

●最初は5作の予定だったんです。学内を舞台にして、登場人物紹介みたいな感じにしたかったんです。それで徐々に外に舞台を移して、ちょっとした天才を出して、次にすごい天才を出したかったんですけど、結局はそのすごいの(真賀田四季博士のこと)が、最初に来ちゃったので。これで終わるのもまとまりが悪いなあと思ったので、あと5作を付け足すことにしたんです。ほかにも、最初の長編5作についてはもう書きためてあったので、前の作品に次の作品の伏線を張ることもできました。それに来年に出るぶんでも書きためてあれば、付け足しはできますからね。後々の作品でこういった登場人物を出そうと思ったら、書きためた分にも少し出しておこうか、という様にですね。だからあんなのは別に緻密だとは思っていませんし、論理的だとか理系ミステリィだとか言われるのだって少し筋違いではないかと思います。

――では森さんは論理というものをどの様にお考えになりますか?

●論理というのは数学や論文にあるようなもので、ミステリィにあるのは演説ですよね。言論的といってもいいかもしれない。ミステリィでは、探偵自らが捜査をせずに自分の頭脳だけで結論を導くこと、つまり外に出ていろいろと行動を起こさずに推理する、これを論理的といっているんです。でも一番論理的なのはおそらく警察の操作方法ですよね。地道に証拠を集めて、こういったことはありえない、という様に一つずつ消していく方法が本当の意味で論理的だと思います。だからミステリィに出てくる探偵がやってるのは論理的じゃない、抜け穴ばかりなんです。

――登場人物が物事を表現する場面を書くのに数字をお使いになることが多いですよね。

●ああ、確かにそうですね。でもそれが一番判りやすいんじゃないかな。「しばらくかかった」なんて書くよりは、「2分ほどかかった」と書く方が明確でしょう(笑)。自分が変わっているというのもあまり思いませんし。自分は自分のリアリティで小説を書いていますから。でも、それは多分ほかの作家の方のを読まなかったからだと思います。最近になってようやく日本の小説を読むようになったんですけど、リアリティがない人いますよね。たとえばここの廊下に死体があったとします。それを見て悲鳴をあげる人なんて女性でもほとんどいないと思いますよ。みんな何をすれば良いか冷静に判断して動くでしょうね。雪の山荘に閉じ込められたってもうちょっと冷静じゃないかなと思います。昔の作品がそうだったから、それが常套というかお約束になっちゃってるんでしょうね。だからそう書かないのが自分なりのリアリティです。でも意識して書くことだってありますよ。おもしろいかなあと思って。

――犀川先生の意味なしジョークなどもそうですか。

●うん、意味のないものほどおもしろいと思ってますからね。ミステリィでも本当におもしろいのはオチがないものだと思うんですよ。たとえば「占星術殺人事件」のようにトリックがすごくて有名な作品があったりすると、そのトリックだけが人に伝達されていく。そのトリックのことを聞いた人は「ああそういう話か」で終わっちゃうんですね。作品を読んだ人にしかわからない魅力が伝わらないんです。ミステリィのおもしろさっていうのは、オチやトリックだけじゃなくて言葉では表現できない部分にあるんじゃないかと思います。「ドグラ・マグラ」なんかは特にそうですよね。そういうのを書評家が言葉にしてしまった時点で単純化されてしまうんです。何かあるテーマを描いた作品があったとすると、彼らはそのテーマがあるからこの作品はすごいと書くんですよね。でもそうじゃないですよね。だったらそのテーマを描いてさえいればどの作品でもおもしろいということになる。ミステリィでも同じです。みんなトリックやオチにおもしろさがあると思い込んでる。それだったら「頭の体操」みたいにトリック集を読んでいれば良いですよね。そこだけ取り出しちゃうとつまらくなるのに。
 作家はもちろん書評家も解っているでしょうけどね、言葉で表現できる部分しか伝えようがない。ですからこうなっちゃうんです。

――では、森さん御自身の作品を例にあげるとオチはどう扱われているのでしょう?

●うーん、一応全部の作品で考えていますけど、例えば「幻惑の死と使途」だったら登場人物の名前で少し遊んでいるんですが。とまあ、これは一つのオチですけど、これを犀川が西之園萌絵に説明したら失われるものがありますよね。読者はそれなりに納得するでしょうが、萌絵にしてみればそんなことで犯人が決まったわけでもないのに、何をくだらないことを犀川は話すのだ、と思うでしょうね。僕がそういう事を文中で書くと、そのことだけが伝えられてしまうわけです。これはあくまで遊びですから、書かない方が良いということをアピールするために書かないんですけれど。気がつく人だけ気がつけば良いやという感じです。

――うーん…。

●難しいですね(笑)。わかってもらえないかもしれません。

――「笑わない数学者」の結末でも謎の人物が出てきたりしますが…。

●うん、そうですよね。

――あの作品にも結末でそういったオチをつけていらっしゃいますね。

●そうですね、あの作品は、ただトリックに気づいただけの人が、いちばん引っかかっているという仕掛けです。

――ぼくはトリックも気づかなかったんですが…。

●それはそれでいいと思いますよ(笑)。うちの女房も気づかなかったし。アンケートのハガキでもだいたい4割から5割の人は気づいていなかったようです。ハガキを出さなかった人ではもっと比率が高いでしょう。それはすごく幸せな読み方ですよね。ミステリィのマニアはそういう読み方ができなくなっちゃっていますから。作品に入り込めないんです。そういう読み方はミステリィを駄目にしていくんじゃないかなと思っています。SFだってそれで衰退していったようですから。「小説としてはおもしろいけど、SFとしては駄目だ」とかね。長くなりましたね。何の話をしてたんだっけ?(笑)

――非常に天才と呼ばれる人物がよく登場するのはどういった理由によるものでしょうか?

●やっぱり憧れもあるし、書きたいのでしょうね。もう一つは、他の小説にも天才が出てきますけどただの偏屈おやじだったりする(笑)。それは違うんじゃないかなあ、と思ったので、自分なりに解釈した天才を書きたかったというのはあります。

――雑誌で萩尾望都さんと対談されていましたが、萩尾さんはお好きな漫画家の方なのでしょうか?

●ええ、もうダントツに好きです。他にちょっと好きな漫画家さんは大勢いますけど、萩尾先生は別格です。よく萩尾望都も好きだけど、手塚治虫も好きという人がいますが、僕は違います。萩尾先生だけです(笑)。

――萩尾さんの作品の中で一番お好きなものは何でしょうか?

●それはねえ、なかなか挙げづらいんですが、長編だったら、やっぱり「トーマの心臓」でしょうね。短編だったら「ハワードさんの新聞広告」です。皆さん知らないと思いますが。でもどの作品も同じくらい好きですよ。初期の頃から、最近の「残酷な神が支配する」も全部いいと思います。

――ご自分でも漫画をお描きになるとお聞きしましたが。

●今は書かないんですけどね。高校の頃かな。友達に誘われて漫研に入った時期があったんです。ちょうど「トーマの心臓」を読んだ頃でした。それで大学に入ってからはずっと描いてました。それから大学院を卒業するまでの六年間はずっと描いてて、卒業してからすぐ結婚したんですが、それからも2年ぐらい描いてましたね。それで、もうすっかりやめてしまって、それ以来描いたのは、「メフィスト」に少しですね。それももう終わりましたから。

――森さんにとってミステリィの魅力とは?

●もちろん謎が提示されてわくわくする、というのもあるんですが、やはり探偵ですね。「Xの悲劇」がそうでしたが、難事件を解決する探偵の知的能力がなんだか恐かったんです。見てもいないのに、あれはこうだからこれはこうなってこうだ、と推理を組み立てているところですね。詭弁なんですけどね。そういうのが醍醐味だと思っています。

――今後「犀川・萌絵」シリーズをお書きになるご予定は?

●いや、まったくありません。短編はちょくちょく書いてるんですけど。よく「すべてがFになる」みたいなものをまた書いてください、という手紙をいただくんですが、それはもう書いたんですからね。あれはあのまま終わってしまう方が綺麗だと思っていますから。内面を書き過ぎたというのもありますし。でも、わかりませんからね。新シリーズがあまり売れなかったら、編集部から、もう一度「犀川・萌絵」シリーズを書いてくださいって言われるかもしれません。そうしたら、案外ふっきれて書くかもしれない(笑)。

――新シリーズを楽しみにしています。お忙しい中どうもありがとうございました。

          1998/03/08 N大学にて <あんちもん&だいり>

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