エッセィ

「浮遊工作室から」

/☆Go Back☆/

 とても恥ずかしいことだが最近忙しい。職場の机には3人、我が家の書斎(名付けて、浮遊工作室)には2人のデジタル秘書がガラクタの中に埋もれている。

 マルチタスクを強いられ、思考は電子の別平面(another plane)の上で展開される。脈絡のない、「流れるような美しさ」もないが、今までになかったランダムな自由が確保された新世界である。ここには、文章と文章の間の接続詞がない。セレモニィがない。思考を含めて、我々の周囲の多くのものは実は直線上に順番に並んでいるのではない。まず、この認識を受け入れる。本はどこから読んでもよい。どこから勉強してもよい。だんだん子供になってもよい。

 人間だけにその自由がある。生産しない自由もある。この原稿は、仕事以外の内容を、と依頼された。仕事以外とは何か。「ここまでは仕事」と諦めたりする、あの幻想のことか。人間だけにその幻想がある。仕事以外の森はとりとめがない。まとまりがない。それを書こう。

 小3の息子とはmail(電子郵便)交換をしている。子供といっしょにキャッチボールといった幻想は森にはない。森は一人でドライブする。車にラジオやステレオをつけたことはない。エンジンのサウンドが好きだ。

 ところで、などとわざとらしく接続詞を入れてみると、たちまち発想は限定され、畏縮する。森が趣味と呼ぶものには、実益のあるものは含まれない。健康や人間関係のための努力や、ストレスを解消する行為は能率向上が目的で、生産的であり、高級ではない。品もない。人間だけのものではない。

 模型飛行機を40機ほど作った。1機に平均4カ月の時間と10万円ほどかかる。ストレスはたまり、健康にもよくない。明らかに仕事の障害となる。実は仕事が障害なのだが。何が得られるのか。人間だけの幻想である。つい最近は、黄銅を糸ノコで切出し、ヤスリで削って、ハンダ付けをして、小さな蒸気エンジンを作った。ただ回るだけの幻想であった。イラストは仕事である。自分のために絵を描いたことはない。自分のためのビジョンは完成する以前にピークを超えるからだ。絵というのは音読みである。日本の文化では、グラフィックなものは軽んじられている。ビジュアルなものが大衆の目に入るようになったのは最近のこと。最新技術は、人間の当り前の感覚に近づいているだけ。人間性を追い続けている。

 ここまでの文章で、既に森は数回のカーソル移動をした。接続詞も使った。思考はもっと自由でランダムである。桁外れに、断片的で、唐突で、不躾で、赤裸々で、もっと素敵である。

 仕事のストレスは、仕事で解消する以外にない。ゴルフでストレス解消しているなら、ゴルフは仕事である。趣味のストレスは趣味で、家庭の不満は家庭以外で解消できない。人間はモビールのような階層のやじろべいを持っているが、個々のバランスは独立している。下層のやじろべいのバランスをとるための行為が、上層のやじろべいのバランスを崩すことがあるだけだ。

 無駄なことをしたいと思う。大抵の場合、無駄でなくなってしまう。これがつまらない。せっかくの空き地が、公園整備の工事中で、子供が遊べなくなるのに似ている。

 式を展開しているときに音楽を聴く。音楽はシーケンシャルだから、別平面の羅針盤になる。プログラミングのとき、しばしば思考の限界をさまよう。わからない。わかる。また、わからない。素敵にリッチな経験である。

 どんなことでも、できることはロボットやコンピュータにやってもらえばよい。人間の仕事を奪うなんて発想は、人間の本質を見誤っている。人間は仕事をするために生きているのではない。仕事をしないために生きている。それが、人間だけの目的、幻想だと思う。「働かざる者食うべからず」は低級で危険な現実だ。

 子供に「友達は財産だよ」と教えると、「財産って何」と応える。そのとおり、財産なんて大したものではない。なんと下品な教訓だろう。大人は恥ずかしい。

 森の「浮遊工作室」は、この世界から見ると6畳半だが、飛行機、機関車、建物が並んでいる。スイスの軽便鉄道が走っている。電動工具は完備。世界中のコンピュータとネットする。短波、超短波の発・受信ができる。小学生の時からの科学雑誌、模型雑誌、ラジオ、工作の本、漫画もある。建築、コンクリートの本は一冊もない。 子供は、森が毎日出かけて行く理由を正確に知らない。きっと、この部屋に入りきらない、大きな遊び道具が別のところにあると思っているのだろう。そのとおりだったら素敵だ。けれど、大人の仕事は、子供に見せられるほど、価値があったり、かっこよかったり、自慢できたりするものでは基本的にない。カーステレオのように軟弱な存在なのだ。だから、大人は基本的に恥ずかしい。   

(1992/12/17 某学術専門雑誌に掲載)


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