「人間関係というもの」

 

 

 

 

 

 先日33年ぶりに従兄弟と只見線に蒸気機関車を撮影に行った。ガキの頃はお互いの家に泊まりに行っては、祭りなどを楽しむ仲だったが、大人になってからは法事で会うくらいで、その折りに二言三言会話するくらいだった。そんな法事でたまたま蒸機の話をしたのがきっかけで、先日只見線撮影のお誘いが来た。断る理由もなく出かけたが、往復10時間ほど、車の中での会話が保つかどうかが焦点だった。従兄弟である彼も寡黙であったが、私自身も本当に雑談というものが下手な男で、間が保たない空間が大嫌いだった。だから会社の飲み会など、仕事の愚痴しかでないような場はとても苦手で、その多くが不参加だった。タバコも吸わないから、喫煙場所で談話することもなく、興味があるのは写真と旅行と汽車ぐらい。こんな感じだから、いつしか苦笑するほどにとりとめのない話が全然出来なくなってきていた。

 

 

 

 

 

 

先日、釧路での撮影ツアー参加時でもそうだった。私はこのツアーの情報を知人のK氏の運営するサイトで知り応募したのだったが、彼と会話が続かないことも心の負担になっていた。彼のサイトを見るに撮影する対象はとてもよく似ていて、同じものを嗜好していて共感できる部分が沢山あった。そのオープンな活動姿勢は見事であるなと思っていたので、とても好感をもっていたのだった。しかしだ。いざ本人を前にすると会話がつづかず、気まずくなってしまう。それが悲しかった。嗜好が同じでも、波長みたいなものが違うことで、人間というものはこうも相容れないものなのだろうか。いつも会うときはお互いにそれを打破しようと笑顔で挨拶するのだが、数秒で空気が固まる。次の話題が出てこない。「今回もダメか・・・。」お互いそう思っている。何でいつもこうなるの???

 

 

 

 

 

 

 と思えば、ネットで知り合い、初めて会うにも関わらず、まるで旧知の仲のようにすぐにうち解けてしまうこともある。わずか数人ではあるが、そんな奇蹟の出会いから今でも一緒に撮影に行く友人が存在する。この違いを私は常々不思議に思っていた。

 ホームページでアクセスしてくる人間は、そのほとんどが情報を求めてだ。もともとインターネットの性格がそう言うものであるから仕方がない。ただ匿名性にしたのがそもそも間違いだったのかもしれない。人間のエゴが露出し、誹謗中傷に荒れたサイトは消え去るか、パスワードの元に自由に閲覧できなくなり、本来のインターネットの双方向であった利便性は失われていく。情報が得られればその人との関係は自然消滅。誠に薄っぺらな仮想空間となった。こんな事が問題として何回かあってから、私は新しい出会いに興味をなくし、人間関係をおろそかにし始めた。ちょっとしたはずみで連絡が途絶えた知人に、「最近どう?」なんて連絡もとれなくなっている。勝手に「俺から求める情報がなくなったんだよね。」って線引きして、それでお終い。これが一番悪いのは、わかっているけどやめられない。

 

 

 

 

 

 

 通勤の往復をほとんど寝て過ごす私にとって、唯一のオアシスが「metro min.」(メトロミニッツ)という地下鉄駅で配られるフリーペーパーだった。ここに藤原新也氏という方が2ページほどの短編を寄せていた。そこに登場する人物は、恐らく著者が出会った実在の人物であると思うのであるが、実に人間くさいドラマが簡潔に語られていた。これが面白かった。毎回が楽しみだった。しかし、これほど面白い人間関係が多種に身の回りに起こり得るんだろうか。疑念が生じた。さくらももこの「もものかんづめ」を嫁から勧められて読んだときもそうだったが、これほどのヒューマンドラマが次々と自分の回りに起きたら、ドラマチックだろうなと思う。「ノンフィクションなのかな・・・。」さもすればつまらない色を付けて完結しようとする自分。机の上で想像から作られたものなど、嫁が見た昨夜の「夢の話」を延々と聞かされるような退屈なものだ。フィクションを想像に変える醍醐味も忘れはじめてるのか。

 

 

 

 

 暗いトンネルでその先のまばゆい光を見つめている。そこまで歩いてゆくのもめんどくさくて、闇の中で「きっとあの先はこういう光景で・・・。」なんて想像しているだけで、いつまでも歩き出せずにいる。そんなことを考えていたら、自分が少し見えてきた。先日の小説家さん達と明らかに違うのは、最近の自分は明らかに対人間に興味を持っておらず。その内面に入り込んでゆく努力をしていない。そんなすれ違いだけの接触だから、ドラマなど生まれるわけはないのだ。

 景気が悪く、リストラされてゆく同僚達。最近では数が多すぎて、送別会も追いつかず、気がついたときには居なくなってる。「いつかは自分。」そう漠然と感じながら、何かを変えたいと頭でもがいている。もしかしたら、最近では家族でさえ興味をなくしかけている自分を見ることがある。妻と娘二人はそんな父親の事も知らず「嵐」に夢中。3:1の食卓で、機嫌の悪いときは独り黙々とご飯を食べてる。数年後、自分は家族とも雑談できずにカメラと対話するようになるのだ。ブツブツブツブツ、独り言ともつかないような異音を発しながら、殻の中に閉じこもる。見るも無惨な中年の出来上がり。

 「あぁ、嫌だね〜。」そうならないためには、早くトンネルの外に出てゆかなければ・・・。

 

 結局、従兄弟との只見線は無事終了した。30年以上の歳月をものともせず、往復10時間の空間は穏やかなものであった。いつかK氏との空間もこういうものに出来ることを期待したい。 

 

 

(2009-5月記)

 

 

 

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