「田原坂」

 

 

 池波正太郎氏は近年好んで読んでた小説家で、ともすればヒーロー性を帯びて華美になる他氏の小説と違って、綿密な下調べの元に描かれた登場人物の、飾らない等身大とも思えてしまうような、きめ細かい演出が読みやすくて好きであった。今一番好きなものはと聞かれたら私は迷わず「その男」と答える。

 

 

 

 

 題名にある「田原坂」は熊本県鹿本郡植木町にあり、西南戦争時の薩軍と官軍の激戦地となったところであり、我々にとっては鹿児島本線の名撮影地である。小説「その男」ではひ弱に生まれ、我が身に失望し幼少にして自殺をしかけた主人公が、数奇な運命で助けられた幕府の隠密に育てられ、成長していく様が描かれてゆく。田原坂は、のちの主人公が養父・妻を殺された真意を確かめるために薩摩に向かい、西南戦争に巻き込まれていくくだりで登場する。青々とした山に四方を囲まれた同地は、それほど高い山はないものの、自然の城壁が軍事的に有効であったと思われる。

 

 

 

 

 車では難なく通り過ぎてしまえる田原坂、明治10年3月の戦いは冷え込みが激しく、降りしきる雨に悩まされたという。道なき道をぬかるみに足を取られ、斜面を転げ落ち、斬り合い・銃撃を繰り返した両軍の戦いは1ヶ月にも及んだ。

 

 

 

 

 熊本市街に近く、暫定開業の新幹線にリレーする特急が頻繁に駈け抜ける山野。官軍は2週間でやっと横平山の占領に成功する。薩軍の敗走のきっかけとなるここまでで、官軍は2.000人の死者、同数の負傷者という甚大な被害を被ることとなる。主人公は桐野に言われるがまま、西郷の身辺警護にあたり、その運命を見届ける決心をしてゆく。

 

 

 

 

 

 

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