MASTERPIECES of ISLAMC ARCHITECTURE
イスファハーン(イラン)
ザーヤンデ川
( ハージュ橋と アッラーヴェルディ・ハーン橋 )

神谷武夫

ハージュ橋


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イスファハーンのザーヤンデ川

 国土の大半が砂漠のイランに 大河は無いが、イスファハーンには ザグロス山脈から流れ来る ザーヤンデ川(ルード)が通って、町の水源となっている。川は 100kmばかり東の ガヴフニ湿地で消失し、海までは届かない。
 イスファハーンの古い市街と、シャー・アッバース1世のつくった新市街は この川の北側に位置するが、王は 南側にヘジャール・ジャリーブという名の 大庭園と宮殿を造営した。さらに、イランの多くのアルメニア人を 対岸に移住させて、ここを ニュー・ジョルファと呼んだ。これらのアルメニア人は キリスト教徒であり続けられることを条件に、イスファハーンの商業活動を担って発展させたのである。

シャフレスターン橋

33アーチ橋(アッラーヴェルディ・ハーン橋)

 こうして ザーヤンデ川の北部と南部とを結びつけるための橋が必要とされた。もちろんササン朝ペルシアの昔から イスファハーンには いくつもの橋があったのだが、それらの大半が、より堅固で しかも美しいものに建造し直されたのは サファビー朝の時代であった。

橋の建造

 橋の建造技術を最も発展させたのは、古代ローマであった。ヘレニズム時代の各地の石造橋が 今でも使われていることが多いのは、頑健なアーチ構造で作られていたからである。
 ペルシアは 橋の建造技術を古代ローマから受けついだ。材料は基部のみ石造とし、上部は ペルシアの主材料であるレンガに置きかえ、堅固にして魅力的な橋を多く造った。しかし ペルシアの橋が担った機能は、単に人や物の運搬路だけではない。
 降水の少ない砂漠的気候において、川は唯一の水源となることが多いので、川の水の流れを調節して、これを都市および近郊の田畑の灌漑水路へと導く必要があった。多くの橋は、そうしたダムの役割をも果たしたのである。

  
33ア-チ橋(アッラ-ヴェルディ・ハ-ン橋)

 シャー・アッバース1世がつくった イスファハーンの新市街には、南北にまっすぐ伸びる大通りがある。幅が 47mもある、庭園のようなこの並木大通りに沿って 多くの四分庭園(チャハルバーグ)が造園されたことから、この通りもまた チャハルバーグ大通りと呼ばれる。
 この通りが ザーヤンデ川と交わるのは 川幅が最も広い所なので、橋もまた長大なものとなり、全長が 295mにおよんだ。同王に仕えた将軍の アッラーヴェルディ・ハーンが建造したことから その名が冠せられているが、橋脚に 33の大アーチが並ぶことから、33アーチ橋(スィー・オ・セ橋)ともよばれる。 路面は、17世紀において すでに歩車分離が行われ、しかも両側の歩道には 日差しを遮るべく 屋根がかけられている。
 その架構は、大アーチの橋脚 1基の上に3連のアーチを載せているので、全部で 100あまりのアーチが一直線に連なり、まことに壮観である。そして この歩道部分は、単に歩くためだけでなく、ここから 川と町の眺めを楽しむための 滞留スペースでもある。


ハージュ橋

ハージュ橋の立面図と平面図
(From A.U. Pope "A Survey of Persian Art")

 これを さらに発展させたのが、少し下流に シャー・アッバース2世が 1650年に建造した ハージュ橋 である。ここでは 水面に近い下階部分も、歩車分離した上階の歩道部分も、両端と中央が 六角形状に張り出して望楼となっている。市民は ここで眺めを楽しみ、おしゃべりをして 社交の場としたし、時には 王侯が橋全体を使って 宴会の場にもした。
 そうした複合的な用途の橋として、古ロンドン橋や フィレンツェのポンテ・ヴェッキオにも連なるもので、イスファハーンの橋には 店舗はないものの、下階や橋のたもとのテラスには 茶店(チャイハーネ)が設けられたし、今も そう使われている。アーチの上の壁が 彩釉タイルで装飾されているのも、単なる実用的な橋でなく、交通と遊楽を合体した施設を目ざしたからである。

  


ハージュ橋の路面と下階

 ハージュ橋は 周辺の土地の灌漑のための ダムの役割も果たし、下階に水量調節の設備が組み込まれている。レンガ造のアーチが連なる姿は キャラヴァンサライやマドラサと何ら変わらないが、橋脚でしぼられた水流が 勢いよくほとばしり出ている時の姿と水音は、都市に ダイナミックな景観を与えることとなった。

( 2006年『イスラーム建築』 第1章「イスラーム建築の名作」)



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