2008年10月11日第35回日母集会 ワークショップ 抄録
「前置・癒着胎盤の取り扱い」
第1席 疫学 (我が国の総合周産期母子医療センターにおける前置胎盤に関する実態調査(多施設共同研究) 大阪府母子医療センター 副院長 末原則幸先生
1) 対象
2001年から2005年の間、日本の23の総合周産期母子医療センター
2) 頻度
前置胎盤症例報告数 1018例
頻度 1.3%(2.8%〜0.6%)
3) 胎盤付着部位
子宮前壁付着 25.3%
子宮後壁付着 73.2%
その他    1.5%
4) 子宮切開創への付着が疑われた症例率 20.8%
(荒木常男の補足、前回帝王切開の子宮切開創のことと考えるが)
5) 帝王切開のタイミング
緊急帝王切開 50.6%
6) 分娩の動機
出血 40.6%
陣痛 6.4%
破水 2.8%(荒木常男の補足、この症例は部分前置胎盤ということになるか)
7) 手術時の出血量
1999ml以下 778例(76.6%)
2000〜17000ml 240例(23.6%)
4000〜17000ml  45例(4.4%)
8000〜17000ml  9例(0.9%)

8) 出血量 4000〜17000ml  45例の臨床像
初産婦  6例
経産婦 39例
帝王切開の既往例有り 26例(57.8)
今回子宮摘除術実施例 32例(71.1%)
* 輸血状況
輸血なし  3例(7%)
輸血有り  42例(93%)
内2例は自己血のみ
同10例は自己血+保存血

9)全症例について
*全症例(1018例)の内、子宮摘除術を実施した例数 60例(5.9%)
内、摘除術を予定していた症例数  6例
帝王切開の術中に決定した症例数  31例
再開腹して子宮摘除術を実施した症例数 12例
その他  11例
*子宮動脈等の塞栓術実施例 10例
内、5例は子宮摘除術が併用された
同、5例は子宮を温存できた。
* 子宮動脈結紮術の実施例 7例
内、6例は子宮摘除術が併用された。
*輸血状況(462例で自己血貯血が行われていた)
輸血なし ?例(?%)
輸血有り 433+α例(?%)
内332例は自己血のみ
同101例は自己血+保存血
*胎盤剥離が困難であった症例数  ?
内、術前に予測された症例数   例(26.9%)
同、予測不可能症例       例(73.1%)
*癒着胎盤が予測された症例数  ?例
内、30%は、胎盤をはがすことなく、子宮摘出等の処置がなされた。

第2席 癒着胎盤の術前診断
長崎大学教授 増崎英明先生

検討1 摘出子宮から、組織学的に癒着胎盤を確認された例(組織学的癒着胎盤)は術前に診断可能か否か。
検討2. 子宮は温存できたが、術中に胎盤剥離面より多量の出血があり、癒着胎盤の存在が疑われた例(臨床的癒着胎盤)が術前に予測可能か否か。
結果
(症例数の記載はないが)組織学的に癒着胎盤を確認された例(組織学的癒着胎盤)では、以下の所見が全例で認められた。
1. 帝王切開の既往がある。
2. 術前の超音波検査で以下の5項目の所見がすべて存在する。
@胎盤は子宮前壁付着
A胎盤内のlacuna 像
B胎盤を覆う子宮筋層の菲薄化
C 胎盤後方のclear space の消失  
D子宮漿膜と膀胱が接する部位の血流の増加

また、子宮を温存しえた例のうち、上記の超音波所見の認められた例は、そのほかの前置胎盤より出血量が多かった。
以上の結果より、
1.帝王切開の既往を有する癒着胎盤のうち、重症例(嵌入胎盤ないし穿通胎盤)については術前の超音波検査で予測可能であろうと考えられた。
2. しかし、軽度の癒着胎盤や前置胎盤と無関係に生じた癒着胎盤については、その術前診断はなお困難である。
(荒木常男の意見、前回帝王切開で前壁前置胎盤なら、癒着胎盤の可能性は何%になるのでしょうか。その率によっては、このような症例は人的、設備的に豊かな医療機関にあらかじめ転院が好ましいと考えられます。それから、この検討ではカラードップラー法は利用されたのでしょうか。その方法による所見に特徴はあるのか興味があります。また、経腟エコーは利用されているのか、この方法は無効なのか、知りたいところです。)

第3席 診断−前置胎盤症例における癒着胎盤の画像評価-
今給黎総合病院 土井 宏太郎先生

[目的]前置胎盤症例における、癒着胎盤の画像診断(超音波とMRI)の有用性。後方視的。
[方法]1993年1月から2008年4月間での間、
宮崎大学周産期母子センターにおいて、総分娩数4230例中、
前置胎盤63例(1.5%)中、多胎妊娠と流産症例を除外した、57例。
癒着胎盤の診断は病理学的に行った。
癒着胎盤と超音波検査所見、MRI所見との関連を検討した。
[成績]
57例中12例(21%)に癒着胎盤を発症した。
そのうち、11例は子宮前壁前置胎盤で、かつ(?)既往帝王切開例であった。(11/12≒0.92)
他の1例は子宮後壁前置胎盤であった。
超音波検査で癒着胎盤と関連する所見は以下の3点。
1. Clear zone の消失
2. Placenta lacunae の出現
3. Bladder line の途絶
今回の子宮前壁前置癒着胎盤11例では全例にこれらの3所見を認めた。
後壁前置癒着胎盤では、これらの所見のうち1つを認めた。

1999年以降、超音波検査で癒着胎盤が疑われた14例にMRI 検査を行った。
その結果、MRIで癒着胎盤の可能性があると診断した11例中7例(64%)が癒着胎盤であった。
[結論]
1. 超音波検査で3つの所見全部を認めた場合の陽性的中率は100%。
2. 少なくとも一つの所見を認めた場合の陽性的中率は60%(偽陽性率40%)。
3. 超音波検査で、術前に前置癒着胎盤を確定診断することは困難であるが、前壁の前置癒着胎盤に関しては、疑わしい症例を抽出することは可能。
4. MRI検査では、陽性所見中64%が癒着胎盤で、超音波検査とほぼ同等の陽性的中率。
5. MRI検査は、子宮後壁前置胎盤の症例の場合、超音波検査より有用の可能性がある。
(荒木常男の意見、疑問:
1. この報告でも、前置癒着胎盤と既往帝王切開の相関は高い結果になっています。92%? 既往帝王切開と前壁癒着胎盤の相関が高い理由の分析に興味が出てきます。
2. この報告でも、カラードップラー法は利用されたのでしょうか。また、後壁の前置胎盤の症例では、経膣エコーは利用されているのか知りたいところです。
3. MRIにおける癒着胎盤の診断所見も知りたいところです。)

第4席 手術法の工夫 (1)帝切法の工夫 −子宮底部横切開法の有用性―
福井大学教授 小辻 文和先生

荒木常男の意見疑問。実践例を供覧させてほしい。実践例の結果を提示してほしい。

第5席 手術法の工夫 (2)二期的手術法の有用性
岩手医科大学准教授 福島 明宗先生

[目的]近年我々の施設においても反復帝王切開率が上昇しているが、それに伴い前回帝王切開・前置胎盤症例(PPPC:placenta previa with previous cesarean delivery)も増加し、さらに癒着胎盤症例も増加している。以前より、我々は、癒着胎盤が想定された場合、帝王切開時に胎盤を_離せず一度閉腹し、一ヶ月後を目処に子宮摘出術を施行する二期的手術法を行ってきた。今回、一期的手術法(ポロー手術)と本法と比較検討した。
[対象および方法]1994年から2007年までの間、岩手医科大学付属病院で治療を行った、PPPC+癒着胎盤 14例。
内訳は、子宮前壁に胎盤が主に癒着していた前壁付着タイプ 9例
    子宮後壁に胎盤が主に癒着していた後壁付着タイプ 5例
[結果]過去7年における総分娩数は約400例(年間分娩数のことか?)
反復帝王切開数は7年前の約2倍、前置胎盤症例数は約2〜3倍程度に増加していた。
また、PPPCの場合、75%に癒着胎盤が合併していた。
二期的手術法は前壁付着タイプ(9例)のみ完遂可能であった。

一期的手術法(ポロー手術) 二期的手術法
症例数 5 9
総出血量平均ml 11125.2±2427.4 3083.3±668.7
入院期間平均 日 27.2±9.5 47.7±1.8

[結語] 二期的手術法は前壁付着タイプの前置癒着胎盤に対して有効であると思われた。
(荒木常男の疑問、
1. 癒着胎盤の診断はどのように行われているのか。
2. 「二期的手術法は前壁付着タイプ(9例)のみ完遂可能であった。」の意味。
3. 前壁付着タイプにおける、子宮切開部位はどこか。
4. 総出血量は二期的手術法においては、二回の手術時のそれの合計か。
5. 二期的手術法の症例では胎盤の遊離状況はどなっているのか。具体的に言えば、癒着していない部分は遊離が起こり、癒着部分のみ遊離が起きていないのか。また、待機中に子宮出血のため緊急子宮摘除術を行った症例はないのか。

第6席 手術法の工夫 (3)膀胱浸潤症例の手術
岡山大学教授 平松祐司先生

荒木常男の意見:大変困難な手術で、このような症例については、一期的手術はしないほうがよいと考えますが、手術中に剥離出血して来た場合や一旦胎盤は剥離しないで閉腹できても、第8席の症例報告のように待機中に大出血を起して結局緊急子宮全摘出を行わざるを得ない場合もあります。深刻な症例ですね。

第7席 手術法の工夫 (4)化学療法の有用性
秋田大学教授 田中俊誠先生

癒着胎盤を認めた場合、子宮全摘出術を施行するのが一般的であるが、挙児希望が強い症例に対しては、
MTX療法や子宮動脈塞栓術(UAE)などの保存的治療を選択することもある。
 今回、我々が経験した、MTX療法および子宮動脈塞栓術(UAE)を施行して、子宮を温存し得た既往帝王切開術後の前置癒着胎盤の1例を報告する。
 併せて、国内外における癒着胎盤に対するMTXによる治療成績について報告する。
(荒木常男の疑問:最大の関心事は、どのように閉腹後に胎盤を除去したか、です。癒着胎盤でも、MTX療法により、子宮筋層に浸潤した絨毛組織は壊死に陥り、大量の出血なしに胎盤剥離は可能なのでしょうか。もう一つの疑問は、本当にその症例は癒着胎盤であったのかいうことです。)
田中俊誠先生は、日本での、子宮外妊娠における、MTX療法の創設者の一人です。

第8席 出血の対策(1)子宮動脈塞栓術
防衛医科大学校講師 松田秀雄先生

[目的]帝王切開時の子宮動脈塞栓術(UAE)の意義
[方法] 2000年1月から2007年12月の間、当院で経験した、4509分娩中、前置胎盤は107例(2.37%)であった。
そのうちの癒着胎盤症例11例(0.24%)を対象とした。
[成績]
* 11例中 初産婦 3例(27.3%)
      経産婦 8例
* 子宮手術の既往のない症例 5例(45.5%)
同ある症例 6例
* 術前診断のつかなかった症例  3例(27.3%) 
        同ついていた症例 8例
(術前診断のつかなかった群3例はすべて胎盤剥離を試み、大量出血から一期的子宮摘出を施行した)
経腟超音波検査とMRI検査を用いた、術前検査の感度 0.70
       同、特異度 0.90

* 11例の臨床経過
5例:一期的子宮摘出
うち3例は術前診断がついておらず、胎盤剥離を試み、大量出血から一期的子宮摘出を施行
他、2例は術前診断がついていた。
6例:帝王切開時に胎盤剥離を施行せず、胎盤の自然娩出を期待した。
うち、3例は子宮内感染などにより二期的子宮摘出となった。
(他、3例の結末は記述されていないので、子宮保存されたようであるが、不明)
(この6例に対して、子宮動脈塞栓術が行われたようですが、詳細は不明)
* 総出血量の比較

一期的子宮摘出 二期的子宮摘出(UAEや二期的子宮摘出時まで) 胎盤経腟自然娩出 前置胎盤(癒着胎盤なく、帝王切開時に胎盤剥離した症例)
症例数 5 3 3 96?
総出血量g ? (未記載) 6443±6817 ? (未記載) 1248±853

[結論]
胎盤剥離なしでUAEを施行した場合、出血量/時間ではUAEは有効かもしれないが、
総出血量軽減には有効であるかどうか評価は不可能であった。

第9席 出血の対策(2)総腸骨動脈遮断・内腸骨動脈結紮法
埼玉医科大学総合医療センター、総合周産期母子医療センター講師
村山敬彦先生

*前置癒着胎盤の臨床上の問題点
@ 胎盤の癒着の有無をいかに術前診断するか。
A どの程度の癒着胎盤が臨床上問題となる大量出血につながるのか。
B いかにして周術期の出血量を減少させるか。
C 子宮の温存は可能なのか。
* 対象 今回我々は、摘出子宮から病理学的に前置癒着胎盤を診断した37例を検討し、周術期の出血量低減の方法とその有用性について検討した。
*結果

Cesarean hysterectomy Cesarean hysterectomy 二期的子宮摘出を予定するも術中胎盤剥離出血のため一期的子宮摘出 二期的子宮摘出が可能であった症例 子宮温存企図し、胎盤剥離せず、術後化学療法、(穿通胎盤症例) Cesarean hysterectomy
併用血管処置 内腸骨動脈結紮(IIAL) 無し 内腸骨動脈結紮(IIAL) 総腸骨動脈バルーン血流遮断(CIABO)
症例数 17 8 2 1 1 7
平均出血量ml 3590 4991 ? 未記載 1160 17000 1392(350~2500)
備考 術後6週で胎盤剥離の強出血で緊急子宮全摘出施行。 2007年より開始

* 結論
内腸骨動脈結紮や二期的子宮摘出は有効症例を認めるものの、不確実性を伴う。
総腸骨動脈バルーン血流遮断により、術中出血量は劇的に減少したが、遮断による合併症について更なる検討が必要である。
(荒木常男の意見、疑問。2007年の症例について、癒着胎盤の診断は摘出子宮からも行われているが、臨床上は術前診断が必要だが、その診断基準はどのようなものか。2007年からは癒着胎盤と診断した症例は胎盤剥離を全く行わず、子宮摘出を治療方針としているが、その根拠はどのようなものか。

全体をみて、荒木常男によるまとめ。
1. 疫学上、前置胎盤の頻度は1.3%で、そのうち約10〜20%は癒着胎盤である。
2. 前置胎盤症例が前回帝王切開であった場合、癒着胎盤である頻度は6〜20%以上である。
3. 術前の癒着胎盤の診断は、経腟超音波とMRIを用いた方法で、感度0.7, 特異度0.9で、容易でない症例が存在する。
4. 手術中に胎盤が剥離しなければ、胎盤を剥離しないでそのままにしていったん閉腹して、二期的に子宮摘出を施行することも出血量を軽減するために有効である。
5. その場合、術後MTX療法を併用することも有効な可能性がある。
6. 手術中に胎盤が剥離して来た場合、一期的に子宮を摘出しなければならないが、その際の出血量は特別な動脈遮断を行わない場合、5000mlから10000mlの大量出血が起きている。(輸血が不足すれば死亡となる)
7. 二期的子宮摘出術を行う場合における、子宮動脈塞栓術の有効性は認めにくい。
8. 一期的子宮摘出術を行う場合における、総腸骨動脈結紮術の有効性は認めにくい。
9. 一期的子宮摘出術を行う場合における、総腸骨動脈バルーン血流遮断の有効性は明らかであるが、合併症の検討が必要である。
10. 後壁前置胎盤では、胎児娩出の子宮切開部位は、子宮頚部付近で可能だが、前壁前置胎盤では、その部位は体部縦切開になり、子宮温存は次回妊娠時の子宮破裂の危険を考慮すると選択しずらくなる。
2008年8月24日記述。荒木常男 戻る