A.論文名:外来肛門手術におけるモルヒネ添加仙骨硬膜外麻酔の効果と副作用
所属:荒木産婦人科肛門科
著者名:荒木常男
B.邦文抄録 目的:外来肛門手術における、モルヒネ添加仙骨硬膜外麻酔の効果、副作用と適切投与量を検討した。
方法:1989年3月から1998年12月の間、290名の患者記載の術後1日目アンケートにより吐き気、嘔吐、無痛時間、掻痒感、排尿困難などを調査した。患者はモルヒネ2mg群(64名)と1mg群(226名)に分けられ、結果の有意差検定は5%の危険率にて t 検定で行った。結果:1mg群での無痛時間平均は15.2±9.0時間、自尿開始までの時間平均は9.8±5.6時間、副作用の発症率は頭痛4%、酔う感じ15%、吐き気14%、嘔吐4%、掻痒感23%、排尿困難44%であった。他方2mg群では、無痛時間は18.5±8.1時間、副作用は吐き気38%、嘔吐19%で、1mg群と有意差を認めた。結論:モルヒネ添加仙骨硬膜外麻酔での適切モルヒネ投与量は、快適な術後鎮痛の為には1mg(0.02mg/kg体重)と考えられた。戻る
C.索引用語
モルヒネ、仙骨硬膜外麻酔、肛門手術
D.本文
はじめに:筆者は耳原総合病院産婦人科勤務時、Wang氏らの報告1)を知り、1981年9月より産婦人科開腹手術におけるモルヒネ添加腰麻(モルヒネ0.2mg添加)を行い、その術後鎮痛の有用性を確認していたが、開業後1989年以来、M.Behar氏らの報告2)を参考にして、外来肛門手術において、モルヒネ添加仙骨硬膜外麻酔を活用してきた。今回、この効果と副作用と集計し、その結果、成人への投与量は1mg(0.02mg/kg体重)が快適な術後鎮痛の為には適切と考えられる結果を得たので報告する。
1.対象 1989年3月より1998年12月までの期間、当院で外来肛門手術に際して、モルヒネ添加仙骨硬膜外麻酔を行い、一定様式のアンケートに記入があった症例290例。その肛門疾患別患者数は表1.に、性別患者数は表2.に、その平均年齢、平均体重、女性率は表3.に示した。当初モルヒネ2mg投与を行い、副作用の軽減を期待して、のち1mg投与に移行した。両群の疾患、男女構成をχ自乗検定で検定を行った結果、5%の危険率で疾患構成には偏りを認めたが、男女構成には偏りを認めなかった。
2.方法 患者に病名、手術名と麻酔方法を文書で説明し、合併症は口頭で説明した。手術同意書を受領の上、モルヒネ添加仙骨硬膜外麻酔を行った。
1)仙骨硬膜外麻酔の方法
体位:腹臥位、器具:10mlデイスポ注射器(3.2cm長の22G短針付き)、薬剤量:塩酸モルヒネ2ないし1mgを1%リドカイン10mlに添加して仙骨硬膜外に投与し、更に1%リドカイン10mlを追加投与した。(2002年からは2%キシロカインポリアンプ10mlに変更しています。)
手技:母指触診により仙骨裂孔を確認し、その中央を穿刺点として約45度の穿刺針ー尾骨側皮膚平面角度で2〜3cm刺入した。仙骨硬膜外腔の確認は仙尾靭帯を貫く感触、薬剤注入に抵抗のない事、皮下注射所見のないことで行った。血管注入の無いように吸引試験は行ったが、test dose は行わなかった。
2)腰部硬膜外麻酔の併用:臀部筋の弛緩を目的に、224人(2mg群29人、1mg群195人)には仙骨硬膜外麻酔に先立って、以下の方法で腰部硬膜外麻酔を施行した。22G先曲がり硬膜外針でL3-4,ないしL2-3間で穿刺して、生理食塩水を用いたloss of resistance法により硬膜外腔を確認し、針先端孔を頭方に向けて1%リドカイン10〜12mlを注入した。
3)前投薬:ほとんどの例で麻酔直前に硫酸アトロピン0.5mgを臀部に筋注した。
4)補液:ラクトリンゲル液500mlで血管確保した。
5)モルヒネの仙骨硬膜外腔への再投与 
麻酔後約3時間以内で手術創部の痛みを患者が訴えた場合には、再度モルヒネ1mgを生食ないし1%リドカイン約5mlに希釈して仙骨硬膜外腔に注入した。(女19人、男4人)この場合、無痛時間などの計算は再投与の時刻から起算した。
6)導尿:2mg群では導尿は行われなかった。1mg群では169/226(約75%)で術後約2時間に、導尿が行われた。7)退院時指導:術後3〜4時間で患者は医師より手術結果と術後24時間の経過を記載する表4.のアンケート用紙等の説明、術後の臥床や消炎鎮痛剤として、メフェナム酸500mgを痛みの自覚時に内服すること等の指示を受けた後、家族の運転する車かタクシーで帰宅した。
8)アンケート結果の集計方法:結果はパソコンのデータベースに入力し、諸集計値の平均値、標準偏差の計算、t 検定を行った。有意差については|t|>2の場合、5%の危険率で有意差ありとした。
3.結果  1)麻酔後3時間以内に肛門の痛みを訴えた為、再度モルヒネ1mgを仙骨硬膜外腔に投与した症例が7.9%(23/290)認めた。内訳は2mg投与群で2人、1mg投与群で21人であった。再投与からの無痛時間は10.0±8.7時間であった。
2)無痛時間別患者分布表5.図1.に示した。すなわち、モルヒネ2mg投与群では、18.5±8.1時間と1mg投与群の15.2±9.0時間より平均3.3時間有意に長いが、メフェナム酸を内服した人は約42%と、1mg群の約26%より有意に多かった。図1.で明らかなように度数分布はどちらの場合でも正規分布ではなく、5~8時間と21〜24時間の二峰性を呈していた。
3)副作用・合併症の発症率表6.に示した。すなわち、モルヒネ2mg群は、吐き気の発症率が38%と1mg群の14%より有意に増加しており、嘔吐も19%と1mg群の4%より、有意に増加していた。掻痒感は33%で1mg群と有意の差は認められなかった。排尿困難でも有意の差は認めないが、1mg群の方が44%と高頻度に認められた。これは腰部硬膜外麻酔の併用率が1mg群で有意に高いことが影響していると推測された。頭痛発症患者10例中、腰部クモ膜下穿刺の例が9例あるので、頭痛はモルヒネによる副作用では無いと考えられた。まとめると、2mg群では、酔う感じ、吐き気、掻痒感、排尿困難の発症率は約1/3で、嘔吐の発症率は約1/5となり、1mg群より酔う感じ、吐き気、嘔吐の発症率で有意に増加していた。戻る
4.考察1)仙骨硬膜外麻酔の手技について:
仙骨硬膜外麻酔は、1901年フランス人泌尿器科医師のCathelinが、いわゆるカテラン針を仙骨裂孔より刺入し、cocaineによる硬膜外麻酔に成功したのが最初と言われている。この麻酔手技については、くも膜下腔穿刺や直腸内注入、穿刺針の破損を起こさない対策が必要とされる。この対策について、Fortunaら3)は「A 2.5cm 20 or 22G short bevel needle was then inserted through the skin over the hiatus as if trying to reach the umbilicus.」とカテラン針でなく2.5cmの短針を使って、臍に向けた斜め方向の穿刺を行っている。本邦では、岡元ら4)は「我々の方法は、両仙骨角間より1〜1.5cm頭側の皮膚に90度の角度で3.2cmの22G注射針を針先が仙尾靱帯を貫くまで進め、従来のように針を頭側に向けなおし仙骨管内に深く刺入することはしないために、操作が簡単で針の刺入深度はわずか平均2.0cmであり」と報告している。佐々木ら5)は「Jack-knife position のもと仙骨裂孔を刺入点として、一般には22G 3.8cmの注射針を用い30〜45度前後の角度で刺入する。」と報告している。筆者の手技は、穿刺点、深さはほぼ岡元らと同じで、穿刺角度は佐々木らと同じで、先にあげた合併症は経験していない。
2)モルヒネの仙骨硬膜外腔投与の副作用について: Jensenら6)は下腹部以下の手術後患者39人に4mgのモルヒネを仙骨硬膜外に投与し、副作用について、尿閉1人(2.6%)、呼吸抑制0人と報告し、Faragら7)は痔疾患男性GOF麻酔下術後患者17人に10mgの硫酸モルヒネを仙骨硬膜外に投与し、嘔気と嘔吐3人(17.6%)、尿閉5人(29.4%)、掻痒感3人(17.6%)、呼吸抑制0人と報告しており、Faragらの報告は投与量が今回の報告の5倍〜10倍にもかかわらず筆者の副作用発症率より低いものであった。この理由としては、調査方法の違いや術後体動の有無が考えられる。すなわち、アンケート方式の方が患者の苦痛の訴えは多く集計されるし、術後3〜4時間でタクシーなどの自動車に揺られて帰宅すると嘔気や嘔吐の発症は増加すると考えられる。また、当報告の排尿困難には尿閉も含むが多くはすっきり排尿できない場合も包括したので発症率が33%ないし44%と高率になったと考えられた。そもそも、脊髄の排尿反射中枢はS2~S4に存在し、今回鎮痛に必要な作用部分の脊髄レベルと同一であるため、無痛時間と排尿困難持続時間との近似は避けがたいものと考えられた。
3)必要最小限のモルヒネ量はいくらか?
この問題の回答の根拠となるデータを山口ら8)は提供してくれている。すなわち、188人の日本人婦人の腹式子宮全摘出術患者を6群(くも膜下モルヒネ投与量0、0.03、0.04、0.06、0.08、0.1mg)に分けて検討した結果、0.04から0.08mg量で60から70%の患者で24時間の完全無痛が得られ、48時間中の嘔吐率は16%であったと。この報告の注入部位はL2-3間であるが、硬膜外腔に投与されたモルヒネの髄液への移行率を4%と仮定すると最小必要の腰部硬膜外への必要最小限のモルヒネ量は1〜2mgとなる。ただし、仙骨硬膜外腔に投与されたモルヒネの髄液中への移行率は不明であるので、仙骨硬膜外麻酔での必要最小限のモルヒネ量は山口らの結果から単純に推定できないが、嘔吐や排尿困難などの副作用の発症率を低くする為には、1mgが適切と考えられた。
5.結語)外来肛門手術において、モルヒネ添加仙骨硬膜外麻酔は、簡単かつ便利で、1mgの投与量で二峰性の度数分布を呈して、平均約15.2±9.0時間の無痛時間があり、有効な術後鎮痛方法と考えられた。
2)但し、2mgの投与量では、副作用として、酔う感じ、吐き気、掻痒感、排尿困難、が約1/3に見られ、嘔吐は約1/5に認めるので、減量した1mg投与においても、これらの副作用を充分前もって患者に説明し、適切な対策(膀胱尿膨満例での導尿、過剰な飲水を控える事、メトクロプロミドなど制吐剤の使用、帰宅時の自動車の安定運転など)をとることが必要である。3)外来肛門手術において、モルヒネ添加仙骨硬膜外麻酔での適切モルヒネ投与量は、快適な術後鎮痛の為には1mg(0.02mg/kg体重)と考えられた。戻る
E.文献
1) Joef K.Wang,Lee A.Nauss,Juergen E.Thomas; Pain relief by intrathecally applied morphine in man. Anestheology ;50:149-151,1979
2)M.Behar,F.Magora,D.Olshwang,et al;
Epidural morphine in treatment of pain.
The Lancet; March 10,527-528,1979
3)Fortuna A:Caudal analgesia;A simple
and safe technique in paediatric surgery.
Br J Anesth ;39:165-170,1967
4)岡元和文,岩倉雄一郎:仙骨麻酔法の検討-簡単で安全な手技と麻酔の広がり-麻酔; 28.3:294-9,1979
5)佐々木一晃、石山勇司、中山豊、ほか:肛門部手術における仙骨硬膜外麻酔 自験例11736例の検討を中心に.臨床外科;40:1405-1407,1985
6)P.J.Jensen ,P.Siem-Jorgensen,T.Bang Nielsen,et al;Epidural morphine by the caudal route for postoperative pain relief. Acta anaesth scand ;26: 511-3,1982
7)H.Farag ;M.Naguib :Caudal morphine for pain relief following anal surgery. Ann R Coll Surg Engl ;67(4):257-8,1985
8)H.Yamaguchi,S.Watanabe,T.Fukuda,
et al;Minimal effective dose of intrathecal morphine for pain relief following transabdominal hysterectomy.Anesth Analg ;68(4):537-40,1989戻る