非ステロイド性抗炎症剤の抗腫瘍効果について。(COX-2阻害剤の血管新生阻害作用と抗腫瘍活性)


1。プロスタグランジンはアラキドン酸からシクロオキシゲナーゼ(COX)の働きで合成される。

プロスタグランジン(Prostaglandins; PGs)はアラキドン酸からシクロオキシゲナーゼ(Cyclooxygenase; COX)の働きにより合成される生理活性物質で、炎症の代表的なメディエーターです。PGsはいわゆる「アラキドン酸カスケード」によって産生されます。すなわち、細胞外から種々の刺激に反応して生体膜のリン脂質がホスホリパーゼA2 (PLA2)により、まず不飽和脂肪酸のアラキドン酸に変換されます。この遊離したアラキドン酸を基質として、脂肪酸酸化酵素であるCOXの作用により、PGG2, PGH2へと変換され、さらに各種細胞に存在する特異的な合成酵素により生理的に重要な4種類のPGs (PGD2, PGE2, PGF2a, PGI2)とトロンボキサン(thromboxane; TX)A2が合成されます。

2。COX-1とCOX-2
アスピリンやインドメタシンのような非ステロイド性抗炎症剤(nonsteroidal antiinflammatory drug, NSAID)はCOX活性を阻害することにより炎症惹起性PGs産生を抑え抗炎症作用を発揮することが知られています。COXにはCOX-1とCOX-2の2種類のアイソザイムが知られています。この2つのCOXは約60%のアミノ酸配列の相同性をもっていますが、それぞれ生体内での役割が異なることが明らかになっています。
COX-1は胃や腸などの消化管、腎臓、卵巣、精嚢、血小板などに存在し、胃液分泌、利尿、血小板凝集などの生理的な役割を担います。一方、COX-2はサイトカインや発がんプロモーター、ホルモンなどの刺激により、マクロファージ、線維芽細胞、血管内皮細胞、癌細胞などで誘導され、炎症反応、血管新生、アポトーシス、発癌、排卵、分娩、骨吸収などに関与しています。


3。癌の予防や治療におけるNSAIDsの効果
ヒト癌細胞でのCOX-2の発現増強としては、大腸がん、乳がん、胃がん、食道がん、肺がん、肝細胞がん、膵がん、頭頚部の扁平上皮がんなどが報告され、NSAIDs服用者における大腸がんや乳がんなどの発症率の有意な低さ(40〜90%)からCOX-2と発がんの機序が注目されています。
例えば、アスピリンを常用している人は、大腸がんで死亡するリスクが半分近くになることが報告されています。がんに関連しているのはCOX-2の方ですが、従来のNSAIDsはCOX-1もCOX-2も阻害するため、多くのNSAIDsががん発生の予防のみならず、がん細胞の増殖や転移を抑制することが報告されています。しかし、COX-1の阻害は生理機能に必要なプロスタグランジンの合成も阻害してしまうため種々の副作用を引き起こす危険があります。そこで近年、COX-1を阻害せずにCOX-2のみを選択的に阻害する薬が開発されています。COX-2の選択的阻害剤であれば副作用が少なく、がん細胞を抑制する強い効果が期待できます。


4。COX-2阻害剤=Celecoxib(商品名セレコックス)の血管新生阻害作用と抗腫瘍活性
シクロオキシゲナーゼ-2 (COX-2)により産生されるプロスタグランジンは、がん細胞に栄養を供給する腫瘍血管の新生を誘導することによって、がん組織の成長促進に関与していることが指摘されています。ヒトの大腸がん、乳がん、前立腺がん、肺がんの生検組織の中にあるがん細胞のみならず、新生した腫瘍血管の細胞においてCOX-2は発現していることが報告されています。一方、COX-1はがん組織のみならず、正常な組織にも広く存在していて生理機能に重要な役割を果たしているので、その阻害は多くの副作用を引き起こします。したがって、COX-2を選択的に阻害することは正常組織への副作用がなく、がん細胞の増殖を抑えることが期待できます。
COX-2がヒトがん細胞の増殖に関わっているということは、マウスに植え付けた肺がんや大腸がんの増殖をCOX-2阻害剤であるCelecoxibが抑制するということから支持されています。がん細胞におけるCOX-2の発現は細胞の増殖や転移や抗癌剤抵抗性と関連していることが報告されています。食道癌、胃癌、大腸癌、肺癌、乳癌など多くの癌の発生に対してCOX-2阻害剤が癌予防効果があることが報告されています。このようなCOX-2の発現の多い癌に対して、COX-2阻害剤は抗腫瘍効果が期待できます。
Celecoxibは強い血管新生阻害作用を持っており、ラットの血管新生の実験モデルにおいて、角膜の血管新生はCOX-1阻害剤では抑えられないが、COX-2阻害剤のCelecoxibでは抑制されたと報告されています。
COX-2とCOX-2が産生するプロスタグランジンは、がん細胞の増殖や血管新生を刺激するなど多くのメカニズムによって、がん組織の成長に重要な役割を果たしていることが多くの研究結果から明らかになっています。血管新生を阻害して腫瘍細胞の増殖を抑制するCelecoxibの活性は、この抗炎症剤がヒトのがんの治療に対する新たな治療薬になることを示唆しており、現在臨床試験が進行中です。
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