NEON GENESIS EVANGELION FAN FICTION
サンタと天使が笑う夜


「アスカ、いる?」
 玄関のドアが開く音がすると同時に、あいつの声が聞こえてきた。
 あいつと付き合いだして、もう3年になる。付き合うきっかけはなんだったのか覚えていない。付き合い始めたのは、確かあいつが大学を卒業するのと同じ位だと思う。あいつは今、大学の研究室に残って研究を続けている。毎日、研究室で忙しいんだけど、クリスマス・イブということで、今日は豪勢に食事でもしよう、ということになり、どこかに連れて行ってくれる約束をしていた。
 あたしが今住んでいるところは、あいつのマンションなんだけど、あいつと付き合うようになって、あたしが転がり込んだ。あたしは10年前と同じ、相変わらず家事全般が苦手で、今も家事一切はあたしの相棒がやっている。女として時々これでいいのか、と思うときはあるが、家事に関して無関心と言うわけではない。しかし何故か好きになる男は、いつも家事が得意だったりする。
「アスカ、大丈夫?」
 あいつが部屋の扉を開けて入ってきた。
「ごめん、メールさっき見たんだ。午後からずっと実験でメール読めなくて ……」
 彼は息を弾ませて、部屋に飛び込んできた。
「具合はどう?」
「うん。だいぶ楽になったわ」
 ベッドから体を起こすと彼に向かって言った。
 あたしは、今朝から具合が思わしくなく、朝、職場に顔を出したが、午後になって体調がひどくなってきたので、早く帰らせてもらった。帰る時、あいつ宛てにメールしておいた。
「そう。でも、まだ顔色が良くないね。その様子だと今日はおとなしく寝ていた方がよさそうだ。レストラン、キャンセルしとくよ」
「ごめん。前からの約束だったのに」
「いいさ、また今度行けば」
 あいつは笑って言った。
「寒いね。お茶でも飲もうか?」
 あたしはうなずいた。
「プリンス・オブ・ウエールズ?」
 あ、今、香りのきついものはうけつけないや。
「ごめん。ココアがいいな」
「珍しいね」
「うん。匂いが鼻についちゃって ……」
 あいつは、わかったと言って、ダイニングへ向かった。
 
 しばらくして、あいつはトレイに二人分のカップ乗せて持ってきた。わたしはカップを1つ取り、口を付けた。あたたかいココアの優しい味が、体全体に浸透していく。
「おいしい」
「それはよかった」
 彼は、嬉しそうに言った。
「ああっ、そうだ!」
 彼が突然大声を出した。普段はあまり感情を出さない彼にしては珍しく、あたしは驚いた。
「ど、どうしたの?」
 でも、その次の彼の一言は、本当にあたしをびっくりさせた。
「雪だよ雪! 雪が降ってるんだ!」
 
 
 
 
 
 あたしはベッドから降りて、窓に近づいた。窓越しに確かに白いものが降り注いでいるのがわかる。あたしは、急いで部屋の窓を開けた。外の冷気が部屋に入り込む。
 空から、無数の白く小さいものが、舞い降りてくる。空を見上げると、まるで白い虫がふわふわと跳んでいるように見えた。
 彼は、あたしにガウンをかけながら言った。
「去年は、とうとう降らなかったけど、昨日、松代で降ったって言うから、もしかしたらって思ってたけど ……」
 彼は、感慨深げに言った。
「ドイツにいた時は、毎日見ていたわ」
 あの頃、雪が嫌いだった。冬に良い思い出がなかったあたしは、14歳の時、雪の降らない日本に来て、始めて見る夏の風景に驚いた。何よりも重いコートを着なくても外出できるのが気に入った。
「そっか。アスカはドイツにいたんだよね。僕はずっと日本だから、本物の雪を見るのは初めてだ」
 彼は単純に喜んでいたが、冷たい外気が部屋に入り込み、身体を振るわせた。
「寒くない?」
「うん」
 あたしは、寒さも忘れて空から降る小さく白いものに見入っていた。
 雪を見るのは、久しぶりだった。あの後、一時期ドイツに帰っていた頃があったが、やはりドイツは冬だった。雪を見るといろいろなことを思い出す。ママが死んだ時のことも浮かんでくる。昔はママのことを思い出すと、こんなに冷静ではいられなかった。あたしが成長したのか、それとも時の流れのせいなのか。
「体、大丈夫?」
 彼が心配そうに言った。
「お医者様が、大事にしなさいって」
「そう。じゃあもうベッドに戻らないと」
 そう言って彼はあたしの背中に手をかけた。
 あたしは、彼に向かいあった。あたしは彼が帰ってくるまで、ずっと考えていた。絶対に今日、言っておかねばならないことを。そして聞いておかなければならないことを。
「あたしのこと好き?」
「ど、どうしたの?」
「いいから答えて」
「う、うん。好きだよ」
 彼は、照れくさそうに答えた。
「誰よりも」
「あたりまえだろ」
「あの子よりも?」
 彼の視線と、あたしの視線が交差する。
「あの子って ……」
 二人の間に沈黙が流れた。一瞬、時が止まったかのように錯覚した。
 彼は、目を瞑り、しばらくして目を開くと、あたしの目をじっと見つめて言った。
「この際だから言っておくよ、アスカ。本当は今日、食事の後にしようかと思ったけど、今が良いタイミングだ」
 あたしは、彼に両肩をつかまれて正面を向かされた。真剣な表情が目に入る。あたしは、予想外の展開に戸惑い、緊張した。
「アスカ ……」
 彼の口がゆっくりと開かれる。
「僕と結婚してくれ」
 あたしはもはや、彼から目をそらすことは出来ないでいた。
「これが僕の答えだ」
 彼は、まっすぐな目であたしを見ている。
「確かに昔、彼女のことは好きだったかもしれない。でも、僕はずっとアスカといて、アスカと暮らして、一緒になりたいと思ったんだ。
 本当はもっと前に言おうと思っていたんだ。でも、アスカの誕生日も一緒にいられなかったし ……」
 彼はあたしの肩をつかんでいる力を緩めた。あたしは、胸に手を当てて、止めていた息を吐き出した。彼は、あたしのことをじっと見ている。あたしの答えを待っている。
「あのね、あたし、今日、あなたから2つ、プレゼントをもらったわ」
 あたしは、ゆっくりと一言一言、区切るように話し始めた。
「2つ?」
「正確に言うと、1つはもらったのは今日じゃないんだけどね、今日、もらったってことがわかったの」
 彼は要領を得ないような顔をした。あたしは意識的におなかをなでて言った。
「赤ちゃんが出来たの」
 彼は、一瞬呆然とした顔になった。
「あたしは、あなたからもらったもの、2つとも大事にしたい」
 あたしは彼にいきなり抱きしめられた。その細い身体に、どこにそんな力があるのだろうと思う位の力で抱きしめられた。
 ちょ、ちょっと、そんなに力入れたら苦しいわよ。
 彼は、あっと言ってあたしを離した。
「ご、ごめん、で、でもなんていったらいいか ……」
 彼は、彼にとっても予想外の出来事に興奮しているようだった。
「大事にするよ、アスカも赤ちゃんも」
 そう言って、彼は顔を近づけた。
「ちょ、ちょっと待って」
 あたしは、あわてて彼を引き離すと、開いている窓を閉めようと手をかけた。窓の外を見ると、すっかり暗くなっていて、窓から見える街の光がきれいだった。雪もしんしんと降り続いていて、道に積もり始めていた。
「この分じゃ、積もるかもね」
 彼が、あたしの後ろに立ち、言った。
「スキーできるかな?」
「僕、したことないんだけど」
 私と彼は、同時に吹き出した。
 ひとしきり笑った後、あたしは彼に寄りかかった。彼もあたしの肩を抱いた。
「愛してる、アスカ」
「あたしも ……」
 あたしは、彼の腕にもたれかかり、愛しい人の名前を呼んだ。
「愛してる、シンジ ……」
 
 
 
 
 
 
 
 
 


Postilla
 アスカ様お誕生日記念&クリスマス記念小説をお届けします。
 本当は、12月4日に間に合わせようと思ったつもりがなんと20日遅れ。日本で一番遅い誕生日記念小説ではないでしょうか?(笑)
 アスカは『Luna Blu』よりもこちらの出演の方が早くなってしまいました。(笑)
 『Luna Blu』とは違う世界を堪能いただけたでしょうか?
 
 皆さん、ぜひとも感想メールをお願いします。
 ここがよかった、ここが気に入らなかった等、誤字脱字のご指摘でも良いので、どうかよろしくお願いいたします。
 
 さて、次作は『Luna Blu』ではなく、レイちゃんが主人公の読みきりを書こうと思ってます。でも、僕のことだからいつ出来ることやらです。(汗)
 
 感想メールに飢えているnaoでした。
 

1999.12.24
nao

 
 

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