クリスマス記念
恋人がサンタクロース


 むかぁし、むかし。
 あたしがまだ子供だったころ、隣に住んでいた年上のお姉さんが言った。
 ――アスカ。実はねぇ、今夜、サンタクロースがうちにくるのよ。
 ――なにいってんのミサト。さんたなんているわけないじゃない。あれはおはなしのなかだけのことでしょ。
 あたしはムキになって言った。
 ミサトはにやりとして
 ――ふっふっふぅ。あんたも、お・と・なになればわっかるわよん♪
 ――おとな? あたしはもうおとなよ!
 
 あれから数年。
 あたしは――
 大人になったのだろうか?
 

 

 

 

 

 

 

 

 

 
 


 2000年クリスマス記念

恋人がサンタクロース


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 
「ええ!? なんですってぇ!!!」
 あたしは思わず、携帯電話に向かって叫んでいた。
「前から約束してたじゃない! それが今日になって『予定が入った』ですってぇ?」
 手にもっている電話が、怒りでブルブルと震えている。
「わかったわ。わかったわよ! もういいわ!
 あんななんかとは絶好よ! ぜ・っ・こ・う!!!
 二度と口なんかきかないからっ!
 外で見かけても、ずうぇっったい声をかけないでね! いいわねっ!」
 あたしは、携帯電話を握りつぶすところを、危ういところで思いとどまった。
 むかむかむかむか。
 あー、むかつくぅ!
 この怒り、いったいどうしてくれよう。
「ア、アスカ? 今の電話、碇――君?」
 あたしは無言で親友の顔を見た。
 顔がぴくぴくと引きつっている。
 それもそのはず。
 ここは喫茶店。
 金曜日のティータイム。
 狭いながらも、人気のこの店は、ウェイティングが出るほど込み合っていた。
 それでもあたしの怒りは収まらない。
「そうよ! 今日の日は、もうずぅーーーーーーーーーーーーーーーーーと前から約束していたのよ!」
 あたしは『ずうぅっと』というところを、過剰なまでに強調した。
「で、でも、アスカ。碇君、忙しいからだめかもしれないって言っていたじゃない」

「それでもっ!」

 あたしはテーブルに勢いよく手をついた。
 弾みで、コップの水がこぼれる。
「今日は一年に一度のクリスマス・イブなのよっ!」
「ア、アスカ、ちょ、ちょっと落ち着いて」
 ヒカリが、真っ赤になって涙声で訴える。
 見回すと――店内の注目が集まっていた。
 全部ひっくるめてまとめてキッと睨み返すと、一斉に視線が逸らされた。
 喧騒が耳に戻ってくる。
 ようやく、あたしはトーンダウンした。
「いつものことよ、アイツ。例の研究室。
 超古代考古学なんて、何が面白いんだか」
 あたしはドスン、と音がするくらいの勢いで椅子に座った。
「でも、世紀の発見なんでしょ。碇君の研究室?
 月曜の学会の発表の準備で忙しいって」
「発表するのも注目を浴びるのも教授なのよっ。シンジなんていいように使われているだけじゃないっ。
 あんのバカはそれがわからないのよっ」
 あたしは再び怒りがめらめらと湧いてきて、ヒカリの目の前でこぶしをぎゅっとにぎり締めた。
「しょうがないじゃない。
 実際に発見したのは碇君でも、グループでの作業なんだから。
 研究室の成果の発表は、教授が表に出るものよ。
 碇君の研究室の教授は、その世界で名が売れているって言うし――。
 それに碇君は、まだ学生でしょ」
「そ、それにしたって――」
 あたしは口を濁した。
 わかっている。
 わかっているわよ。
 そんなこと。
 言われなくたって、ずぇーんぶわかっているンだから。
 いくらシンジが第一発見者と言っても、研究室のみんなの努力が無ければ、シンジの発見はありえなかったわけだし、シンジを指導した教授がいなかったら、そもそも発見はなされてなかったであろうことは、想像に難くない。
 わかってる。
 わかっているけど。
 でも。
「――彼女でしょ」
 ヒカリが目を細めて言った。
「な、な、な、な、何のことよ?」
「とぼけてもだめ。同じ研究室にいる、綾波さんのこと、気になるんでしょ」
 ぐっ。
 あたしは返答に詰まった。
 綾波さん、っていうのは、シンジと同じ研究室に所属している女の子。
 アメリカの大学を飛び級(スキップ)で卒業したあと、わざわざシンジの研究室に入るため、日本にやってきた。
 国籍は日本みたいだけど、何処か神秘的な雰囲気がする。
 あたしはシンジの研究室の集まりに参加して、何回か一緒に食事をしたり、遊びに行ったこともある。
 同姓のあたしから見ても、かわいらしい。
 おとなしくて、慎ましやかで、あたしとまったく正反対。
 それだけならばいいのだけれども、シンジが最近、何かと彼女の話題を持ち出す。
 いい気持ちはしない。
 あたしの知らないところで、シンジが他の女の子と仲良くなるなんて。
「大丈夫よ」
「な、何がよ」
「だから、大丈夫だって」
「だ、だから何よ」
「わかっているでしょ」
 まったく、この子にはかなわない。
 あたしの考えていることは、何故かお見通しのようだ。
 昔っからヒカリには隠し事はできない。
 あたしは首をすくめて見せた。
「わからないけど――わかったわ」
「アスカらしい」
 ヒカリはくすくすと笑った。
「で、その、やさしい親友としては、クリスマス・イブに振られて寂しいこのあたしを慰めてくれるってわけね」
「え? ええっとぉ」
 ヒカリの顔色が変わった。
 あたしは目ざとくそれを見つけた。
「あによぉ。今日は予定ないって言ってたじゃない?
 それとも――急な予定でも入ったのかなぁ?」
 あたしは目を細め、意地悪く言った。
「よ、予定って程のことではないのよ。うん。だ、だってあいつがどうしてもって言うから。あ、あたし、ほら暇だったし。た、たまには外でご飯を食べるのもいいかなあって。それだけよ。本当に。べ、別に付き合うとかそう言うんじゃないからね。あ、あいつも暇そうだったし。アスカ達は予定があるっているから、お互い暇人同士で、寂しいねって言って、そ、そしたら、あいつがいい店知っているっているから――」
「鈴原ね」
 ヒカリは、一瞬で顔を真っ赤にした。
 瞬間湯沸し器みたいで、あやうく噴出しそうになった。
 まあ、毎度のことだけどね。
「いったいいつからそういう話になっていたのかしら?
 もしかして知らなかったのはあたしだけ?
 親友として寂しいなぁ」
「ち、違うのよ。ほ、本当に、ご飯をだべるだけなんだから。き、昨日急に決まったのよ。あ、あいつが『明日、暇?』って聞いてくるから、あ、あたしは本当に何も予定が無くて、しょ、正直に言ったまでであって――」
「はい、はい、はい。わかった、わかった、わかりました」
「あ、アスカぁ。ちゃんと聞いてってば。あたしは本当に――」
「ヒカリ」
 あたしはヒカリの台詞を遮った。
 彼女のきれいな黒い瞳が潤んでいる。
 それを見つめて――あたしは飛び切りの笑顔で微笑んだ。
「よかったね」

 

 

 

▲▼▲

 

 

 
「さてっと」
 どうするかな。
 ヒカリは何度も何度も謝って、愛しい彼氏(ヒカリに言わせると(まだ)彼氏じゃないそうだ。くすくす)の下へ行ってしまった。
 あたしはスケジュールはーー。
 当初の予定だと、夕方にシンジと待ち合わせて、買い物して――ほとんどは昨日のうちに買ってあるから、今日は生鮮食料品だけ買うつもりでいたんだけど――
 やめたっ。
 あいつがいないんじゃ、料理する気にもなれないわ。
 かといって、外で一人で食事するのも味気ないし。
 ――帰るか。
 今日中に処分し(食べ)ないといけないものをあるし、処分しないまでも火を入れておかないといけないものもあるから。
 あたしは、空を仰いだ。
 西の方を見ると、冬の太陽が早くも沈みかけている。
 薄い雲が茜色に染め上がっていた。
 陽の光を受けて赤くなった街は、どこか異国の雰囲気が漂い、なんだかとても寂しくなった。
 至る所にクリスマスのイルミネーションが施され、街頭ではサンタが最後の追い込みに忙しい。
 行き交う人も、みんな幸せそうに見える。
 冬の寒さから身を守ることを口実にして、カップルが仲良く寄り添っている。
 再び怒りがむらむらと湧いてきた。
 理不尽な怒りだとはわかっていながらも、気持ちは押さえ切れない。
 あたしは、すっと息を吸い込んだ。
「――シンジの」
 今ごろあいつは――あの子と――。
「シンジの――シンジの、ぶわかぁぁ!
 あたしの声が、空しく街にこだました。

 

 

 

▲▼▲

 

 

 
「ただいま――」
 いつもの習慣。
 部屋の電気をつける
 もう外は真っ暗だ。
 ほんのすこしばかり、地球の自転軸が夏に近づきはじめたとはいえ、依然、夜の支配する時間のほうが圧倒的に長い。
 寒い。
 エアコンをつける。
 外にいたときは気づかなかったが、部屋の中に入ると寒さが身にしみた。
 コートを脱がず、じっと部屋に飾ってあるクリスマスツリーを見た。
 これが元凶――か。
 柄にもなくクリスマスなんて。
 冷蔵庫を開け、一本の白ワインを取り出す。
 今日のために用意した、GAVI de GAVI。
 シンジが好きなワイン。
 あたしは無造作にオープナーで空け、グラスに注いだ。
 ダイニングテーブルの椅子に座る。
 一気にあおる。
 ――好い飲み方じゃないな。
 あたしは可笑しくなって、続けてグラスに注いだ。
「あ、あれ?」
 目の焦点がぼやけた。
 まさか、グラス一杯のワインで酔うわけない。
 目をこする。
 はらはら、と何かがテーブルに落ちた。
 涙?
 あたしは――泣いていた。
 
 あたしはめったなことでは人前では泣かない。
 シンジにも泣き顔を見せたことはない。
 でも――
 時々、たまらなく寂しくなる。
 この世界で、たった一人の存在。
 そう思うときがある。
 理由はわからない。
 そういう時は、心に隙間ができたみたいで、何をしても、どうしても埋まらない。
 ううん。自分で埋めようとしないのか。
 そこから、やさしさの温度がどんどん漏れていく。
 あたしの心は、どんどん冷たくなっていく。
 それが、悲しい?
 わからない。
 わからないの。
 ――わからない、わ。

 

 

 

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 夢を見た。
 夢の中のあたしは、まだほんの小さな子供だった。
 ――ピンポーン。
 誰かがやってきた。
 ――アスカ、アスカ。もしかしたら、サンタクロースさんよ。
 ママが嬉しそうに言った。
 あたしは、急いで玄関まで出て行った。
 そこには
 赤い帽子、赤い服。白いおひげのサンタがいた。
 あたしは本当にびっくりして、ただ口をあけて呆然とした。
 サンタは何も言わず、あたしにおおきなプレゼントをくれた。
 
 ――ママ、ママっ。
 ――なあにアスカ。
 ――今ね、今ね、サンタさんが。
 ――そう、サンタさんが来たのね。
 ――うん、そう。サンタさんが来たの。あたしにプレゼントって。
 ――アスカはいい子だからなぁ。サンタはちゃんと見ていてくれてたんだね。
 奥からパパが出てきた。
 ――パパっ。パパっ。サンタさんが――。
 ――うん。よかったね。アスカ。
 
 
 
 
 ――アスカ、そんなところにいると風邪をひくぞ。
 ――いいのっ。サンタさんをまってるんだから。
 その次の年のクリスマス・イブ。
 あたしは玄関でサンタクロースが来るのを待っていた。
 ――あなた。アスカはね、サンタさんにだっこしてもらうんだって。
 ――そうか、アスカはサンタに抱っこしてもらいたいんだ。
 ――うんっ。あたしいいこだから、だっこしてもらうのっ。
 そして、その年もサンタは来て――あたしは抱いてもらった。
 幸せだった。
 抱いてもらったとき、泣いてしまったけど。
 とても、とても幸せだった。
 
 
 
 
 
 いつの頃からだろうか?
 サンタクロースはいない、なんて思うようになったのは。
 
 
 
 
 
 あれは、パパとママの部屋でかくれんぼをしていたとき。
 クローゼットに、サンタクロースの服を見つけた。
 
 
 
 
 
 その次の年から、あたしのところにはサンタは来なくなった。
 
 

 

 

 

 

▲▼▲

 

 

 

 

 
 どうやら、ダイニングのテーブルに突っ伏して、寝てしまったようだ。
 目をこする。
 もう、1時だ。
 シンジはまだ帰ってこない。
 十代最後のクリスマス・イブ。
 終わっちゃたのね。
 別にいいんだけれど。
 そんなミーハ―でもないし。
 でも、
 あいつは今、あの子と――。
 
 
 
 ピンポーン
 呼び鈴が鳴った。
 あたしは反射的に立ち上がり――立ち上がったとたん、軽い脳貧血を起こしてよろめいた。
 テーブルの上を見ると、ワインが一本空いている。
 ――そんなに飲んだっけ?
 くらくらする頭を振って、玄関に向かう。
 入り口の電燈を灯し、扉を開ける。
 冬の寒気が、一気に吹き込んできた。
 あたり一面、真っ白。
 ――雪?
 思うまもなく。
「メリークリスマス、アスカ」
 目の前に立っている人物を確認する。
 赤い帽子、赤い服。白いひげ。
 
 
 
 
 
 サンタクロース?
 
 
 
 
 
 
 
 まだ夢の続き?
 さび付いている脳を働かせ、頭を振ってもう一度よく見ると――。
 そこにはサンタクロースどころか、白い雪を頭と肩に乗せ、寒そうに震えているシンジがいた。
「シ、シンジ?!」
 そのシンジの出で立ちに、あたしは驚いた。
「ど、どうしたの? 一体その格好――」
 あたしは絶句した。
「うん、大雪でね。交通機関があらかた止まっちゃって」
 改めて外を見ると――雪が降っている。
 大きな牡丹雪だ。
 風はなく穏やかだが、それでもしんしんと降り続いてた。
「と、とにかく入りなさいよ」
「アスカ」
「な、何よ?」
「これを受け取ってほしいんだ」
 シンジはコートのポケットから小さな四角いものを取り出し、あたしの目の前に差し出した。
 胸の奥が『どくん』て鳴った。
「一年後――」
 そう言って、シンジはうつむいてしまった。
 一年後?
 一年後って――。
「まだ僕のことを好きでいてくれたら――」
 あたしが――シンジのことを好きでいたら?

 

 

 

「結婚、してほしい」

 

 

 

 

 
 突然のことだった。
 頭が真っ白になっていた。
 あたしの覚悟は――

 このまま行けばシンジと結婚するのかなぁ。えへへ。

 なぁんて、なんとなく思っていたくらいだった。
 ええいっ。
 あたしは何理屈をつけてるんだ。
 嬉しくないって言ったらそれは嘘だ。
 嬉しい。
 嬉しいけれど――それよりも
「い、一年後って――シンジ」
「うん。やっぱり教授の手伝いをすることにしたよ。
 一年間、教授――いや、父さんと、南極に行ってくる」

 ――南極。
 前世紀末。あたし達が生まれる前年。
 セカンド・インパクトと呼ばれる、全世界を覆った大災害が起きた。
 南極に巨大な地下空洞があり、そこにある超古代の遺跡を極秘に調査していた国連の調査団。
 人類がその遺跡に接触したのが、セカンド・インパクトの直接の原因と言われている。
 その為、南極は地図上から姿を消した。
 シンジの研究室は、その超古代遺跡を研究するために発足されたもので、全世界の頭脳と知識が集まるところだった。
 予算も潤沢で設備も最新鋭。
 そんな中、シンジはある一つの仮定に基づいて理論を展開し、その超古代文明に関する一つの発見をした。
 その発見とは、専門外であるあたしから見るとちんぷんかんぷんなんだけど、新聞発表によると、地球史、いや、今までの宇宙史までを塗り替えるような、桁外れのものであるらしい。
 但しあくまでも理論上のことで、理論を現実にする為南極において実地調査をし、裏付けなければ、その理論はまさに机上の空論であるとの批判も受けていた。
 しかし、現在の南極は、生身の人間が行けるほど、安全な場所ではない。
 どうやら、危険が伴うらしい。
 でも、あたしは、シンジからそのことを聞いたとき、半分あきらめていた。
 シンジは、優しくて、何でもあたしのわがままを聞いてくれて。
 でも、一旦こうだと決めたことは、絶対に曲げない性質で、父親譲りの頑固といえば、頑固だった。
 それよりもあたしはシンジの身体が心配だった。
 今まで、南極に行った調査団は15年間で数知れず。
 でも、そのことごとくが失敗している。
 未知のウィルスか伝染病か?
 未だ原因は突き止められていない。
 しかし今回の発見は、その恐怖の地、南極を再び人類の前に跪かせることも可能らしい。
 でも、あたしはそんな人類のことよりも、シンジの方が100倍も、1000倍も心配だった。
 南極が人類を拒否するのだったら、そのままにしておけばいい。
 だから将来、シンジが南極に行く、と言い出したときは、絶対に止めようと決心していた。
 でも
「ばかっ。南極なんて行ったら死んじゃうんだからね」
「死にはしないよ。今まで死んだ人はいない。セカンドインパクトの時の葛城調査団は別だけど……」
「そ、それにしたって、そんな危険なところ、シンジが行くことないよっ」
「でも、これはこの研究室に入ったときから、決めていたんだ。――ううん、違うな。父さんがこの研究室の教授になった時から、決まっていたんだ」
「そ、そんな――。なんで、シンジの事なのに、碇教授が出てくるの? シンジの人生でしょ」
「うん。言い方が悪かったね。話せば長くなるけれど、結局、これは僕自身が決めたことなんだ」
 あたしは、ぷるぷると震えていた。
 シンジは絶対に信念を曲げない。
 それはずっと付き合ってきた、あたしが一番良く知っていること。
 理論で責めるのは無理だということはわかっていた。
 わかっていたはずなのに――。
 あたしの目からは、大粒の涙がこぼれた。
 今まで ―― 一度も泣き顔を見せたことが無かったのに。
「か、仮に、無事だったとしても、一年なんて ―― 一年なんて待てないわよっ。その間あたしに好きな人ができちゃったらどうするの」
「うん。それは悲しいなぁ」
「ばかっ。悲しいで済ますなっ」
「ごめん。でも、絶対待っていてくれ、なんて、僕には言えない」
「ばかっ」
 あたしはシンジの胸をめちゃくちゃにたたいた。
「あたしのこと好きなんでしょ? どうなのよ?
 それともどうでもいいの?
 あたしはシンジにとっては、取替えがきくその他大勢の女の子と一緒なの?」
 シンジは両方の手であたしの手を取り、顔を寄せた。
「取替えがきくなんて思ったことは一度も無い。離れたくも無い。
 僕にとってアスカは、かけがえの無い、一番大切な人だ」
 シンジの迫力に押され、あたしはずるずるとその場に座り込んだ。
 ひっく。
 ひっく。ひっく。
「ごめんアスカ。泣かすつもりは無かったんだ。
 正直不安さ。アスカは人気があるし、綺麗だし。
 本当は、一緒に南極に連れて行きたいくらいなんだ。
 アスカのこと、信用していないわけじゃないけれど、アスカが知らない男の人と話しているのを想像しただけで、胸が苦しくなる。切なくなるんだ。
 だから、この南極行きも散々迷った。
 本当に迷ったんだ。
 夜も眠れなくなるぐらい。
 でも、この機会を逃したら、もう二度とチャンスは巡ってこない。
 勝手な言い草だけど、アスカの一年間、僕にくれないか」
 本当は、心なんか決まっている。
 シンジが苦しんでいたことも知っている。
 でも、見て見ぬ振りをしていた。
 あたしはイヤな女だ。
「アスカが、苦しんでいたことも知っているよ」
 顔を上げた目の前に、シンジの優しい笑顔があった。
 すべてお見通し、か。
 それもあたしは知っている。
「――待つわよ」
 あたしは、シンジの腕を引っ張って言った。
「でも一年だけよ。それ以上は絶対に待たないからね」
「ありがとう。アスカ」
 そう言ってシンジは微笑んだ。
 そして思い出したように、さっきの小さな箱をあたしの目の前に差し出した。
 あたしはそれをシンジから受け取り、手にとっておずおずと開けた。
 そこには――
 小さいけれど、真っ白で、とてもきれいな形をした真珠。
 その真珠を冠した指輪が、箱の中できれいに光っていた。
「アスカ、あまり宝石には興味なさそうだから――。
 ちょっと悩んだけど。昔、アスカが真珠が好きだって言っていたのを思い出して」
 目の前の白い宝石が、きらきらと光輝いている。
「――高かったんじゃないの?」
 あたしは上目遣いでシンジを見た。
「え? ん? んーと。そ、そうでもないよ」
 シンジはあはは、と笑った。
「でも、安くはないでしょ? もしあたしが断ってたら、どうするつもりだったの?」
「え? そ、そうか。そうだよね。それは――考えても見なかった」
 あたしは思わず吹き出してしまった。
「自信家」
「じ、自信なんて全然なかったよ。自分勝手だし。断られても仕方がないと思った。でも」
 そう言って、シンジはあたしをじっと見つめた。
「アスカの事、信じてたから」
「そういうのを自信家って言うのよ」
 シンジは照れたような、困ったような顔をした。
 そして――あたしの涙の後に優しくキスをした。
 
 
 あたしは、さっきとは違って晴れ晴れとした顔をシンジに向けた。
 いつまでもうじうじしているのはあたしの性分じゃない。
 こうなったら、覚悟を決めた。
 シンジが出発する時まで、ずっと一緒にいよう。
 そういえば、いつ出発なんだろう?
 まさか来週、ってことはないよね?
「でも、今日はごめん。せっかく料理の用意までしたのに」
「気にしないで。リニア止まっていたんでしょ? シンジの格好、見ればわかるわ」
 シンジのコートにつもっていた雪が、部屋の暖かさで溶けて、あたしまで濡れていた。
 シンジは今気がついたように、ああっ、ご、ごめんっ、と言って急いでコートを脱いだ。
「来てくれて、嬉しかったわ。でも、これからは、あまり無茶しないで」
「うん。でも、せっかくイブに間に合わせようと思って、一生懸命走ったのになぁ」
 シンジは、本当に残念そうだった。
「大丈夫、よ」
 あたしは、シンジの首に抱きついて、そっとその冷たい頬にキスをした。
「クリスマスは――今日よ、サンタさん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

BGM 『恋人がサンタクロース』
by 松任谷由美


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