KISSの温度「」Edition
2nd


 赤木リツコ博士が、自分のデスクの上で何か作業をしている。
 いつもは端末に向かって忙しなくキーボードを叩いている手が、今日は慣れないペンを持ってぶつぶつ言いながら何かを書いている。
 聞き耳を立てると、「碇指令が……」とか「最近全然……」とか「ごぶさた……」とかが聞こえる。
「赤木博士」
「わぁ。驚いた! レイ、いきなり耳元で話し掛けないで。
 一体、何時入ってきたの?」
「声をかけましたが返事が無かったので。勝手に入らせてもらいました」
 視線を机の上に移動させると、小さな紙切れのようなものがいっぱい散らばっている。
「赤木博士。それはなんですか?」
「な、なんでもないのよ、レイ。ちょっと気分展開に……」
 と、博士は、慌てて片付けだした。
「『肩たたき券』『腰もみ券』……」
「あ、ああ、見たのね。仕方が無いわ。これはおばあちゃんにあげるつもりだったの。
 レイは知らないかもしれないけれど、こういう遊びがあるのよ。
 私が小さい頃、良くこれをおばあちゃんにあげたわ。
 これをもらった人は、いつでも好きなときにこのチケットを使えるの。
 そして、あげた人はそのとおりにその人にしてあげる。
 例えば『肩たたき券』だったら、肩を叩いてあげるのよ」
「『耳掃除券』『膝枕券』……」
「あ、そ、それは――」
「『なでなで券』『いいこいいこ券』」
「うっ――」
「『○○券』『▽△券』『#$%券』」
「わぁ! レイ。女の子がそんなことを口に出して言ってはいけません!」
「でも、そう書いてあった――」
「か、書いてあっても、そんな恥ずかしいことを言ってはいけないの」
「恥ずかしいことなんですか?」
「うっ」
「そんな人にも言えないようなことを、おばあちゃんにするんですか?」
「そ、それは」
 赤木博士は黙ってしまった。
 何故か耳まで真っ赤になっている。
「赤木博士が答えてくれないならば。みんなに聞いてきます」
「わぁ。待って。待ちなさいレイ」
 赤木博士は慌て、先回りしてドアの前に立ちふさがった。
「先ほどこの部屋で見たことは他言無用です。いいわね?」
 私が何も言わず赤木博士を見つめていると、ちょっと強い口調になって言った。
「レイ、返事は? これは命令よっ」
「命令――? わかりました」
 赤木博士は、はっとした顔で私を見た。
「ごめんなさい。言い方がよくなかったわ。
 レイ。そういうことは、あなたがもう少し大きくなったら教えてあげるわ」
「大きくなったら、ですか」
「ええ、そうよ」
「はい。わかりました」
 良く見ると、赤木博士は顔に暗いタテ線を入れて、肩を落として、ぶつぶつと言っている。
 「でも、私に性教育なんて……。でもレイもそろそろそんな年……」
 ―― そうだ。
 ふと、私は思いついたことがあったので、赤木博士の部屋を辞した。
 
 
 
 明日はバレンタイン。
 この日は、女の子から好意をもつ男の子へチョコレートを送る日。
 この前読んだ本に、そう書いてあった。
 当然、私は碇クンにチョコレートを送る。
 そしてその本にはチョコレートだけではなく、プレゼントもあわせて贈ると、効果倍増と書いてあった。
 私は、効果倍増を狙うため、プレゼントを考えていたのだが、先ほどの赤城博士の部屋にヒントがあった。
 明日が楽しみだ。
 
 
 
 バレンタイン当日。
 私は、碇クンと一緒に下校。
 二人っきりで帰るのは、久しぶり。
 邪魔モノはいないの。
 碇クンが拉致されないように、予め校内の至る所に赤毛サル用のブービートラップを張ったのが功を奏したわ。
 この為に、今日は早起きして、まだ暗いうちから作業していたの。
「綾波、顔が真っ黒だよ」
 って、碇クンが言ったけれど、これは勲章なの。
 
 帰り道、公園に寄る。
 夕焼け。
 日が長くなってきたとはいえ、冬の夕暮れは早い。
 外で遊ぶ子供達の姿も、もう見えない。
 いよいよ、渡す時がきたわ。
 私の胸はまるで小鳥の様に、震えている。
 いそいそと、かばんの中からチョコレートを取り出した。
 綺麗に縁取られたメッセージカードと一緒に。
「碇クン、はい」
「あ、ありがとう。綾波」
 碇クンは微笑んだ。
 私は、その笑顔に顔を紅くする。
「あ、ポストカードが付いてる。これは――?」
「それはチケットよ」
「チケット?」
 カードの内容を見た、碇クンの表情が固まった。
 まるで、渋谷駅前のモヤイ像みたい。
 凄く喜んでくれたのね。
 嬉しい。
 
 そのカードには、大きな字でこう書いたの。
 
 
 
 『唇』
 
 
 
 ひゅるりら〜〜〜〜
 
 
 
 私と碇クンの間に、木枯らしが吹いた。
 何故?
 
「あ、綾波。これは、何?」
 碇クンの台詞の後ろに、「汗」マークが付いている。
「好きなときに使えばいいわ」
 私は、紅くなる頬を押えた。
「そ、そう、良く分からないけれど ―― じゃ、じゃあ、これ」
 こんな公園の中でなんて。
 碇クン、大胆。
 でも、チケットは絶対。
 わかったわ。
 
 私は碇クンに近づき、少し背を伸ばした。
 碇クンの唇がすぐ目の前に見える。
 
 
 ぷちゅっ♪
 
 
「うわぁぁぁぁぁ!」
 碇クンはとっさに100m位飛び下がった。
 うふ、照れ屋さん♪
 
 
 


あとがき
 バレンタイン記念第一弾です。
 第二弾は明日にでも。

2001/2/13
なお

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