NEON GENESIS EVANGELION FAN FICTION
KISSの温度 「S」Edition

 アスカ、ないちゃだめだよ
 だ、だってぇ。ぐすっぐすっ
 しょうがないなぁ、アスカは泣き虫で
 くすん、くすん
 ほら、はんかち
 あ、ありがと、シンジ。ちーん
 洗って返してね……
 う、うん
 さ、あるこう。いつまでも僕たちが帰ってこないと、お母さんたち、きっと心配するよ
 で、でも、ここがどこだかわかんない……
 だからあるかなきゃ。もう少しすると、帰るみちが、わかるかもしれないよ。だから、もうなかないで
 うん、もうなかない
 よし、それじゃ、いこう!
 
 あたりはみわたすかぎり、背の高い木々に囲まれています。
 太陽の明るい光も、あまり届きません。
 ここは、山の中。
 ふたりは、迷子になってしまったのです。
 シンジくんとアスカちゃんはまだ5歳。
 本当は、もう少しで彼らの知っている道に出られるのですが、まだ気がつきません。
 二人は、お互いの手をしっかりと握って、一生懸命歩いています。
 さっきから、ずっと歩いているので、足がとても疲れています。
 おなかもすいてきました。
 でも、シンジくんは、弱音を吐きません。
 だって、僕があきらめてしまったら、きっとアスカは困ってしまう
 と、シンジくんは思ったからです。
 
 どのくらい歩いたでしょうか。
 突然、二人の目の前がひらけました。
 そこは木々がなく、山の中にぽっかりとあいた広場みたいでした。
 そしてそこから、シンジくんとアスカちゃんが住んでいる街が見えます。
 
 やったよ、アスカ!
 うん!シンジ、よかった!
 
 二人は手をつないで、その街の見えるほうへ走っていきました
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 


Luna Blu 弐萬ヒット記念
NEON GENESIS EVANGELION FAN FICTION

KISS の温度

「S」 Edition



 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「ほらっ!シンジ!起きるのよ!」
 僕は目をこすりながら、ベッドに半身を起こした。
「ようやくお目覚めね」
「……アスカ?」
「そうよ。何いってんの。こんなかわいい幼馴染が毎朝起こしにきてるのに」
 僕は、ため息をついた。
「自分で自分のこと、かわいいっていう……」
 ぼそっと僕は言った。
「な、なによ」
「昔のアスカは泣き虫だったけど、おとなしくて、ホントにかわいかったのになぁ」
「なんですって!」
「ほら、すぐに暴力をふるう」
「ううっ」
 アスカは振り上げたこぶしを握り締めたまま、部屋から出て行った。
「早く着替えるのよ!」
 
 
「いきなりなによ。昔のこともちだして」
 学校へ向かう途中、走りながらアスカが聞いてきた。
「夢を見たんだ」
「夢?」
「うん。ほら、いつだったっけ?僕とアスカが、裏の山で迷子になって、街じゅう大騒ぎになったことがあったろ」
「そういえば、そんなこともあったわね」
「そのときの夢でさ。僕たちは、二人で山の中を歩いているんだ」
「ふーん」
「その頃のアスカって、泣き虫で、いっつも泣いていたよね」
「……昔はね」
「あの時もアスカは泣いていたけど、がんばって歩いたもんな」
「い、今じゃ、シンジの方が方向音痴だけどね」
 僕はちょっとむっとして、声を張り上げた。
「あーあ、あのころのアスカは泣き虫だったけど、本当にかわいかったよなぁ。それがいつのまにか、こんなにたくましくなって……」
「なんですって!」
 隣を走っていたアスカが、いきなり僕にヘッドロックをかけてきた。
「あ、アスカ! い、痛い、痛い!」
「どうだまいったか!」
「が、学校に送れちゃうよ」
 その時、予鈴のチャイムの鳴る音が聞こえた。
「まずいわ、シンジ!」
「だからいっただろ」
 僕は、アスカにかけられた技のあとをさすりながら、うらめしそうな目で見つめた。
「走るわよ!」
 アスカは、そんな僕のことはおかまいなしに、駆け出した。
 
 
 
 
 
「シンジ、早く早く」
「そんなにあわてなくても、まだ大丈夫だよ」
 息を切らせながら、階段をかけ上げがるアスカのあとを追う。
「シンジが遅いのっ」
 アスカは笑いながら廊下を走っていった。
「おっはよー」
 元気良く教室に入っていくアスカに続いて、僕も急いで教室に入った。
 教室に一歩足を踏み入れたとたん、みんなの視線が一斉に僕たちに注がれた。アスカもいつもと違う雰囲気を察したらしく、怪訝そうな顔をして教室中を見渡した。
「あ……」
 ふと教壇の方をみると、黒板に大きな字で、自分達の名前が書かれているのが見えた。黒板の真中に相合い傘が書かれてあって、傘の柄の右側に「シンジ」、左側に「アスカ」の名前が見える。
 その隣には、幼稚園児が書いたような絵があった。それは、男女が抱き合っているような絵で、どうやらそれも僕とアスカらしく
「スキスキ」 とか
「ちゅ〜」
 などと、お世辞にも上品だとはいえない言葉が一緒に書かれていた。
「だ、だれよ!こんな事書いたの!」
 アスカは教室の中を振り向いて言った。
「俺が、来たときにはもうあったぜ」
 クラスメートの一人が、ニヤニヤしながら言った。
「でもよ、ほんとのことだからいいじゃん」
「なっ……」
「だって今日だって、校門の前でいちゃついてたじゃんか」
 どっと教室中がわいた。
 見られてたのか。
 そりゃそうだよな。あんな学校の真ん前でやれば。
 僕は、顔が真っ赤になるのがわかった。
 アスカのほうを見ると、耳の先まで真っ赤になっている。アスカは反論しようとしているみたいだったが、動揺しているらしく、うまい言い訳が出てこない。
「これこれ、何事かね」
 その時、なんとものんびりとした声が聞こえた。教室の入り口を見ると、担任の老教師が立っている。
「あ……」
 それまで騒がしかった生徒たちが、クモの子を散らすように自分の席についていく。椅子の音が教室中に響いた。
 アスカはすばやく黒板に走りよって黒板消しをつかむと、乱暴に落書きを消しはじめた。
 僕も教壇に上がり、アスカと並んで消しにかかる。
 教室中から「くすくす」という忍び笑いが聞こえてきて、僕の心臓の鼓動は早鐘を打った。アスカのほうをちらっと見ると、口を一文字に結んで一心不乱に消しているように見えた。
 すべてのいたずら書きを消し終わると、僕達は一目散に自分達の席へ向かう。席に戻るとき、クラスメートの視線が痛かった。
 
 
 
 僕はその日、一日中授業に身が入らなかった。
 
 
 
 
 
 
 
 放課後になった。
 僕は家に帰るため、教室を出て昇降口へと向かう。
 いつもはたいていアスカと帰るんだけど、今日は一人で先に帰ってしまったみたいだ。
 僕自身も、朝のことがかなり尾を引いていて、一日中アスカの顔をまともに見ることができなかった。
 でも、今までもアスカとの仲をからかわれたことはあったけど、あんなひどいいたずらをされたことは初めてだ。
 いろいろなことが混ざり合って整理がつかないまま、いつのまにか帰宅する時間になっていた。
 
 
 
「よ、碇」
 僕は昇降口で呼び止められた。
 声のした方を見るとクラスメイトのムサシがいた。朝、僕達をからかった張本人だ。僕は、ちょっといやな顔をして見せた。
「おいおい、そんなににらむなよ」
 ムサシはおどけてみせる。
「や、朝の件でな、ちょっとおまえの耳に入れておこうと思ってね」
 にやにやしながら、近づいてくる。
 また、僕とアスカのことをからかうつもりなんだ。
 僕はムサシを無視して、通り過ぎようとした。
「おい、まてよ」
 ちょっととがった口調で、通り過ぎようとする僕の腕をつかんだ。
「何?」
 僕はしかたなく返事をした。不機嫌の要素を多分に含んだ言葉で。
 ムサシは、やれやれとでも言うような顔をして話し出した。
「ひとつ聞くが、おまえら、ほんとにつきあってないのか?」
「なっ! そ、そんなわけないじゃないか!」
 今朝のことが思い出されて、つい言葉に力が入ってしまう。
「へえ、違うのか。でも端から見てると、まるっきり夫婦みたいだぜ」
「ぼ、僕とアスカは夫婦なんかじゃない」
「でもな、どうみても、いい仲にしか見えないんだけどな」
「やめてよ!」
「なあ、ホントのところは、好きなんだろ、惣流のこと」
 ムサシは相変わらず、にやにやしながら僕をからかいつづけている。
 その顔を見ているとだんだんといらいらしてきた。
「な、どうなんだ?」
「僕はっ!」
 かーっと頭に血が上り、顔を真っ赤にして怒鳴った。
「僕は、アスカなんか、だいっきらいなんだよ!」
 そのとき、僕の視界入ってきた、見慣れた金色のものがゆれた。
 
 それは、アスカだった。
 
 僕は、はっとしてアスカを見つめた。
 アスカは、僕の方を見ていた。
 
 
 見つめあっていたのは、ほんの数秒のことだったのかもしれない。
 
 アスカの蒼い瞳が、弱々しく揺れたような気がした。
 そのとたん、アスカは身を翻し、行ってしまった。
「あ……」
 僕は、呆然として見送るしかなかった。
 アスカ、転ぶんじゃないかな?
 僕は、およそこの場にそぐわないことを思ったりしていた。
 本当は、すぐに追いかけた方がいいに決まってる。
 追いかけて、アスカごめん、今のは本当のことじゃないんだよ。ちょっとからかわれて、むしゃくしゃしてたんだ。だから本気にしないで。僕はアスカのことが……
「……おい、碇」
 ムサシが恐る恐ると言った感じで声をかけてきた。
「追いかけなくてもいいのか」
 僕はムサシを睨みつけた。
「まあ、まてよ」
 おどけてみせたが、僕の怒りが納まらないと見たのか、態度を一変させた。
「わかった、謝るよ。からかって悪かった」
 僕は、怪訝そうな顔をした。僕の顔は今、多分眉がへの字になっているだろう。
「何、変な顔をしてるんだよ。今のは俺が悪かったって」
 いまさら謝られても、もう取り返しがつかない。わざとムサシから視線をそらした。
 でも、いくらからかわれたとは言っても、何もあそこまで言うことはなかった。きっと、アスカを傷つけたに違いない。
 そう思うと、ず〜んと落ち込んできた。
「実はな、朝の件でお前を呼び止めたんだがな」
「そうだ。あんないたずらをするなんて、ひどいじゃないか」
 ムサシはこんどこそびっくりしたようで、小さな目をまん丸にした。
「おい、まさか今朝のやつ、俺がやったと思っているんじゃないだろうな」
 今度は、こっちが驚く番だった。
「……違うの?」
「違う違う!ひどいやつだな。今までずっと俺がやったと思ってたのか?」
 僕はうなずいた。
「そうか。あの状況じゃ、俺がやったと思われても、しかたがないかもな」
 ムサシは苦笑した。
「と言うことは、惣流も俺がやったと思い込んでるのか? それはまずい!」
 今度は顔を青くした。
 もしかしてムサシって、実はアスカのことが……。
「今日は結構動揺していたからよかったが、今度会ったらぜってー後ろから蹴りを食らわされるぜ!」
 僕は、がっくりと肩を落とすと同時に、心の中で思いっきりうなずいた。
 ムサシが、僕を見つめて同情的に言った。
「おまえも、苦労するな」
 うんうん、といいながら、僕の両肩をばんばんとたたいた。
「じゃ、誰がやったの?あんなこと」
 僕はムサシの手を払いのけながら言った。
「多分、惣流のファンクラブのやつらじゃないか?」
「ファンクラブ?!」
 僕は素っ頓狂な声をあげた。
「知らなかったのか? ファンクラブったって、未公認のやつだけどな。あたりまえだけど」
 初耳だった。
 アスカのファンクラブがあるなんて。
 ムサシは、にやりとした。
「や、実は今朝のやつ、気になってな。俺なりに調べたのさ」
「調べたって……」
 僕は目を丸くした。
「今日、一番最初に教室にきたやつは、マユミだったんだ」
 クラスでもおとなしくて一番目立たない子を、脳裏に思い浮かべた。
「そのときにはすでにあの落書きはあったらしい。さすがにやばいと思って消そうとしたらしいんだが、すぐにほかのやつらがきて騒ぎ始めて、消すに消せなくなったらしい。ほら、マユミってああいうやつだろ。まあ、勘弁してやってくれ」
 まるで、マユミの保護者みたいな口調でムサシが続けた。
「でな、じゃあ昨日のうちに書かれたもんだとして、最後に教室を出たやつを探したんだよ。そしたらたな、ビンゴだった」
 ムサシは声を潜めて言った
「そいつを見たのは実はマナなんだけどな。クラブで遅くなって、たまたま教室の前を通りかかったんだってよ。そのときにクラスじゃないやつらが俺達の教室から出てきたらしい。マナは、暗かったし、顔をはっきりと見たわけじゃないからわからないと言っていたが、どうも3年生らしいんだ」
「それが、ファンクラブの……?」
「そうゆうこと。ま、状況証拠だけだけどな」
 ムサシは、首をすくめた。
「でも、なんで、そこまで……」
「お前、惣流と一度も口きいてないだろ。今日」
 僕は、うつむいた。
「朝、俺がからかわなけりゃ、多分そんなことにならなかったんじゃないかって思ってな。なんだか責任感じちまって」
 僕は顔を上げてムサシを見つめた。
 ムサシは笑いながら頭をかいた。
「ま、俺にできることはやっとこうと思ってな。あとで惣流に殴られないように」
 ムサシは笑った。
「それより、お前、やっぱり惣流のこと追いかけたほうがいいぜ」
 まじめな顔になってムサシは言った。
「お前が惣流のこと、嫌いだって言ったのだって、ちょっと照れくさかったからだろ?」
 僕はうつむいた。
「たとえ百歩譲って、お前らが付き合ってなくても、少なくとも、惣流はお前の友達だよな?」
 なんで、そこで百歩譲ってくれなきゃならないんだよ。
「その友人に対して、あれはないぜ」
 僕は返答に詰まった。
 確かに……そうかもしれない。
「ま、ちゃんと仲直りしてくれ。俺のせいで別れたなんて、目覚めが悪いからな」
 ムサシはそれだけ言い残して行ってしまった。
 一人残された僕は、しばらくそこを動くことができなかった。
 
 
 
 
 
 僕の家は、第3新東京市のはずれ近くにある。
 アスカの家とは、距離にして100mくらいしか離れていない。
 地理的に学校からの帰り道は、どうしてもアスカの家の前を通ることになる。
 アスカの家に寄ろうと思ったけど、やっぱりなんとなく照れくさいのと「大嫌い」と言ってしまった負い目が僕の決断を鈍らせた。
 二階のアスカの部屋を横目で見ながら、結局アスカの家に寄ることなく、自分の家に帰った。
 
 
 
 僕の家から、裏手に小高い山を見ることができる。
 これが昔、アスカと迷った山で、そのときは街じゅう大騒ぎになったらしい。
 らしいというのは、僕はそのときのことをあまり覚えていないからなんだけど。
 ただ、アスカと見た街の灯だけはやけに印象的で、今も覚えている。
 
 その山自体は、さほど大きいものではない。
 迷子になったあと、しばらく登ってはいけないと言われたが、僕達は親の目を盗んで、たびたび遊びに行った。
 山の中は、僕達にとってまさに宝の山だった。
 アスカと二人で秘密基地も作った。
 木にぶら下がっているつるをつたって、ターザンの真似事もした。
 時には、怪我をすることもあったけど、とても楽しかった。
 そういえば、そんなことは今朝まですっかり忘れていた。
 
 そしていつのころか、その頂上付近に小さな公園が作られた。
 その公園でも遊んだけど、僕は公園ができる前の方が好きだった。
 
 
 
 帰ってきてからしばらくの間、二階の自分の部屋のベッドに寝転がって、アスカのことを考えていた。
 
 明日になれば、絶対にアスカに会う
 どうやって、アスカにあやまろうか
 アスカ、怒ってないかな?
 もし、口も聞いてくれなかったどうしよう
 
 僕はさっき見た、アスカのことを思い出していた。
 
 アスカ、泣いてたよな
 多分
 アスカが泣くなんて……
 何年ぶりだろうか
 
 そういえば、アスカ
 泣かなくなったよな
 昔は、あんなに泣き虫だったのに
 ホントに些細なことでも泣いていたのにな
 
 アスカ
 いつから、強くなったんだ
 僕の保護がいらないほど
 
 
 取り留めのない、思考のループに陥った僕は
 頭を振り、ベッドから体を起こした。
 
 
 
「かあさん、ごはんまだ?」
 僕は一階にあるキッチンに行って、夕食の支度をしているエプロン姿の母親に問い掛けた。
「まだよ。おなかすいたなら、そこにあるものを食べてて頂戴」
 うなずいてリビングに向かおうとしたとき、電話のベルが鳴った。
「シンジ、出て。今、手が離せないの」
 キッチンから母さんの声がした。
 僕は、リビングとキッチンの間にある電話機に向かい、受話器を上げた
「もしもし、碇です……あ、キョ、キョウコおばさん」
 電話はアスカの母親のキョウコおばさんからだった。
「あら、シンジ君、ちょうどよかったわ」
「は、はい?」
「うちのアスカ、知らない? 今日、夕方一緒に買いものに行く約束だったのよ。それがこの時間になっても帰ってこないなんて、何か用事ができたのかしら」
 どきん
 心臓の鼓動が早くなった。
 まだ、帰ってない?
 時計を見た。もうすぐ6時だ。
 最後にアスカを見たのが、約三時間前。
 あれからてっきり、家に戻っているものとばかり思っていた。
「ぼ、僕探してみます!」
「あら、一緒じゃなかったらいいのよ。ごめんね。そのうち帰ってくるでしょ。帰ってきたら、とっちめてやらなきゃ」
 電話の向こうから明るい声が聞こえる。
 僕は、心が締め付けられる思いがした。
 
 僕だ。
 僕のせいだ。
 
 僕は電話を切ると、そのまま家を飛び出した。
 
 
 
 
 
 気が付くと、駅前のショッピングセンターにいた。
 多分無意識のうちに、アスカの行きそうなところを探そうと思ったのだろう。
 アスカと行ったことのあるお店を、ひとつひとつ見て回る。
 でも、どこにもアスカの姿を見つけることはできなかった。
 そろそろ、太陽が沈む。
 6月なので日の入りは遅いが、時間はかなり遅い。
 もう、中学生が出歩くような時間ではない。
 散々探し回ったが、成果はかんばしくない。
 空を見上げると、いやな雲が広がっていた。風も出てきて、雲の流れが早い。
「雨になるかな」
 僕は、大きなため息とともに、ひとりごちた。
 
 もう一度、アスカの家に電話をかけることにした。
 もしかしたら、もう帰っているかもしれない。
「まだなのよ。ホントにどこに飛んでちゃったのかしら?ごめんなさいね。シンジ君もあの子に用事が会ったの?」
 僕はあいまいに返事をして電話を切った。
 繁華街近くのゲームセンター、公園まで、探す範囲を広げてみた。
 
 ……いない。
 
 学校にも足を向けた。
 夕闇迫る学校はあんまり気分のいいものじゃない。
 
 教室
 屋上
 体育館
 グランド
 
 そのどこにも、アスカはいなかった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 アスカ、どこにいるんだよ。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 どこにいるの
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 アスカ
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 アスカ
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 もしかして
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 僕は息を弾ませ、整備された階段を駆け登った。
 頂上までは、そんなにかからないはずだ。
 僕は一番上まで一気に上るつもりで走った。
 そう、昔、アスカと迷子になった裏山だ。
 今では子供のときに感じたほど、大きくは感じない。
 アスカがいなくなった原因は、僕にあることは間違いない。
 だとしたら、アスカの行き場所はここしかない。
 僕は、直感的にそう思った。
 もし、ここにアスカがいなかったら、もうあてはなかった。
 祈るような気持ちで、頂上まで駆け上る。
 
 
 そういえばアスカが泣かなくなったのって……
 
 
 
 アスカ、アスカはなんでそんなに泣き虫なの
 だ、だってぇ。うぐっ、うぐっ
 そんなに泣いていると、おめめがとけちゃうぞ
 ほ、ほんとぉ?
 ほんとだよ。それに泣いているアスカってきらいだ
 シ、シンジ、あたしのこときらいなの?
 泣いているアスカはきらいだ
 じゃ、じゃあもう泣かない。ひっく、ひっく
 ほんと?
 うん、ほんとよ、ほんと
 じゃあ、やくそくだ
 うん、やくそく。だから、ずっとあたしのことすきでいてね
 うん、アスカのこと、だいすきだ
 あたしも、シンジのこと、だ〜いすき
 
 
 
 
 僕は、階段を駆け上がりながら、激しい後悔の念にかられた。
 
 僕は、なんてひどいことを言ってしまったんだ。
 アスカ、ごめん
 僕は……
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 頂上付近にある公園は広々としていたが、特に何か設備があるわけでもなく、人気がなかった。見渡しても、人影がまったく見えない。夕暮れ時なので、あたりは暗くなってきていた。
 汗が滝のように流れ、シャツが汗で張り付いている。
 僕は、肩で息をしながらアスカの姿を探した。
 
 僕がいる入り口とちょうど反対方向、街に面している面は手すりで囲まれている。
 そこに、見慣れた金色の髪が風にたなびいていた。
 
 いた。
 アスカだ。
 
 僕は、深呼吸をして息を整えると、アスカに近づいた。
 太陽は山の端にさしかかり、今、正に沈もうとしている。
 湿った風が、僕の体にまとわりついた。
 暗い雲が、上空から圧し掛かってくる。
 雷の音が遠くに聞こえる。
 
「アスカ」
 僕が声をかけると、アスカはびくっと体を振るわせた。
 でも、僕のほうは振り向かない。
 灯りが燈りはじめた、街の方をじっと見つめたまま。
「……アスカ」
 僕は、もう一度声をかけた。
「アスカ、ごめん。その、ひどいこと言って」
 一言一言ゆっくりと、言葉をかみ締めながら言う。
「ホントにごめん。あんなこと言う気はなかったんだ」
 肩にかかる金色の髪が、わずかに揺れたような気がした。
 さっきまで僕達を照らしていた赤い太陽の光は、しばらく前に地平の下に隠れてしまっていた。山頂に吹く風は、日没とともに急速に冷たくなる。
 雷鳴は近づき、鉛色の暗い雲は僕達の頭の上にますます広がって、とうとう冷たい水滴が上空から降ってきた。
 初めは、ぽつりぽつりと。そのうち、大粒の雨になって。
「……アスカ」
「いいのよ」
 雨に髪を濡らしながら、アスカは言った。
「いつもシンジ言ってたじゃない。あたしは乱暴だって。口が悪いしぜんぜんおしとやかじゃないし。そんなの嫌われるの、当然よね」
 水滴がついた冷たい手すりを握り締めたまま、アスカは僕の方を見ないで早口で言った。
 雨音はだんだんと大きく、激しくなっていく。
 街の灯りが滲んで見える。
「あたしが悪いのよ。シンジの気持ちも考えずに、いつでも付きまとって」
「アスカ、ちょっと……」
「ごめんね、シンジ。今まで迷惑だったでしょ」
「アスカ、なに言ってるの」
「もう、シンジに迷惑かけない。もう、迎えも行かない。もう、一緒に帰ることも……」
「ちょっとまってって!」
「だから、いいんだって!」
 アスカは僕の方を振り向いて、びっくりするような大きな声で言った。
「よくない!」
 でも、僕もアスカにも雨にも負けない大声を出した。
「よくないよ!だって僕は!」
 そう、だって僕は!
「僕は、アスカのことが……好きなんだ!」
 アスカはびっくりして、大きな目を見開いた。
「う、うそ」
「うそなもんか!ほんとに、好き、なんだ……」
 最後のほうは消え入りそうな声だった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 ふとアスカの方を見ると、僕のことをじっと見つめている。
 そして大きな蒼い瞳から、きらりと光るものが流れ落ちるのが見えた。
 
 泣いている?
 アスカ?
 
「ど、どうしたの?」
 あわてて、僕は言った。
「ご、ごめん。僕、変なこと言って」
「ばか、悲しいわけじゃないわ」
 アスカは、涙の顔で笑った。
 
 きれいだ。
 僕は素直にそう思った。
 そうなんだ。
 僕は昔から、アスカの笑った顔が大好きだったんだ。
 できればその笑顔を、僕一人の物にしてしまいたかった。
 でも、その思いは伝えられることなく、僕の心の中の奥に沈み込んでいた。
 怖かった。
 アスカを失うことが。
 たまらなく怖かった。
 微妙なバランスの上に成り立っている二人の友情。
 それを壊したくなかった。
 できれば、このままでずっといたかった。
 
 僕は弱虫だった。
 いくじなしだった。
 
 アスカの目から、あとからあとから涙があふれてくる。
 僕はその涙の意味を、正確に理解した。
 
 いとおしい
 心が揺さぶられた
 たまらなく、抱きしめたい
 守ってあげたい
 
 ずっと …… そばにいたい
 
 
 僕は右手を伸ばして、雨と交じり合ったアスカの涙を拭いた。
 その手に、アスカは自分の手をそっと重ね、目を瞑り、いとおしそうに自分の頬に当てた。
 
 アスカは僕を見つめ、微笑む。
 
 
 
 
 そして、
 
 二つの影が、ひとつに重なった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 いつのまにか、雨はあがっていた。
 見上げると、澄んだ空に星が輝いている。
 あたりはもう真っ暗だ。
 僕達は、ずいぶんと雨に濡れてしまったけど。
「泣いたらすっきりしちゃった」
 僕の首に腕をまわしたまま、アスカは言った。
「シンジに泣かされるなんて、あたしも落ちたものよね」
「……ごめん」
「ごめんなさい」
「?」
「もういわない。シンジを馬鹿にするようなこと」
 僕の目をまっすぐに見つめ、アスカは言った。
「さっき言ったこと」
「ん?」
「これからもずっと、って」
「うん」
「約束だよ」
 
 アスカは、飛び切りの笑顔を
 僕にくれた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 おまけ
 
 アスカのファンクラブは、僕とアスカが付き合っていることが事実となってしまったので解散することになったようです。
 結局、黒板事件の犯人はわからずじまいでしたが、それでお互いの気持ちがわかったようなもんだから、いいよね。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 おまけ その2
 
 アスカは、昔に戻ったようで、涙もろくなってしまったようです。
 今までは、ずいぶんと気を張っていて、がんばって泣かないようにしていたみたい。
 
 この前
 泣いた顔もかわいいよ
 って言ったら、顔を真っ赤にしていました。
 言った僕も、当然真っ赤だったけど。
 
 これっておのろけなのかなぁ?
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

[終わり]


あとがき
 『Luna Blu』弐萬ヒット記念作品
 KISSの温度「S」Editionをお届けします。
 
 お待たせして申し訳ありません。
 弐萬ヒットから3日ほど過ぎてしまいましたが、やっと本日、掲載することができました。
 って、僕っていつもそうですよね?(^^;
 壱万ヒット記念短期集中連載『pure soul』はどうなったんだというお叱りは、甘んじてお受けします。(^^;
 
 それにしても、今回も短編にしては長いお話になってしまいました。
 サイズを見ると、30Kを超えてしまいましたね。
 う〜む。一話の最長記録を更新してしまいました。
 や、もっと長く書く方はいらっしゃいますけど。(^^;
 
 実は、これを書く前、弐萬ヒット用として、別にお話を書いていたのです。
 で、それをやめてこっちにしたのは、そっちがかなり長くなりそうだったんで、きっと弐萬ヒットに間に合わない、と思ったからでした。
 でも、その目論見はもろくも外れて、こちらも長くなってしまいましたね。
 見積もりが甘いなぁ。
 
 以上。いいわけでした。(^^;
 
 
 それでは、最後に。
 このお話を気に入っていただけたら、とても嬉しいです。
 そして、辛抱強く待っていただけたなら、また次のお話でお逢いましょう。
 
 

2000.6.24
なお

 
 

ご意見・ご感想は なお または、Luna Blu 掲示板 までお願いします。
簡単に感想が送れる フォームもあります。

nao@an.email.ne.jp