いつかのメリークリスマス


 
 街を染める12月の灯りが
 ゆっくりと灯り始める
 慌しく躍る街を
 誰もが好きになる
 僕は、飾られた色とりどりの灯りを
 ゆっくりと、見上げた。
 
 
 
 
 
 


 2000年クリスマス記念

いつかのメリークリスマス

 

 

 

 

 

 
 吐く息が白い。
 耳がちぎれそうなほど寒い。
 今年の冬は、いつもの年よりも寒くなるという。
 
 走った。走った。
 僕は走った。
 まだ灯りが付いている店に飛び込んだ。
 閉店ぎりぎり。
 間に合った。
 肩で息をしている僕を見て、店員さんが笑った。
 僕は照れ笑いを浮かべて、店の中に視線を彷徨わせる。
 あった。
 君が欲しがっていた椅子。
 暖かい木目。ちょっと古風なデザイン。
 この店の前を通った時
 君はそれをとても気に入ったらしく
 しばらく眺めたり、腰掛けたり。
 短めの髪の毛を振って、こう言った。
 ――ねえ、碇君。これ、うちのダイニングにちょうど良いよ
 その言葉を聞いたとき、これを君にプレゼントしようと思った。
 
 大きな荷物を抱えて電車に乗る。
 クリスマス・イブということもあって、とても混んでいた。
 すみません、すみません、と謝りながら、人ごみの中へ分け入った。
 冬だというのに、汗が吹き出てきた。
 やっとのことで自分の居場所を確保する。
 目の前を見ると、お母さんに連れられた小さな女の子が笑っていた。
 僕は、なんだか幸せな気分になって、微笑んだ。
 
 電車を降りて、歌いながら線路沿いを家へと少し急いだ。
 荷物は重かったけれど、彼女の喜ぶ顔を想像して、僕は一人くすくすと笑った。
 家のチャイムを押す。
 ぱたぱたと足音が聞こえ、ドアが開いた。
 夕食の準備の最中らしい。
 エプロンをしている。
 僕は誇らしげにプレゼント見せた。
 君は、とても喜んだ。
 その笑顔があまりにもうれしそうなので、
 思わず君を抱きしめた。
 
 灯りを消した。
 BGMはKenny.Gのクリスマスソング。
 部屋を染める蝋燭の灯を見ながら
 君と僕は、テーブルに向かい合って座った。
 
 ――離れることはないよね。
 言った後で、
 急に僕、何故だかわからず、泣いた。
 君は僕の頭を胸に当て、やさしく抱いた。
 僕は包まれるように君に抱かれた。
 
 
 いつまでも手をつないでいられるような気がしていた
 何もかもがきらめいて、がむしゃらに夢を追いかけた。
 喜びも悲しみも全部、分かち合う日が来ること
 思って微笑み合っていた
 君がいなくなることをはじめて怖いと思った。
 
 人を愛すると言うことに気が付いた
 いつかのメリークリスマス。
 
 
 いつかの――
 
 
 あれはいつの頃だっただろうか。
 いつから君がいなくなってしまったのか。
 
 立ち止まっている僕のそばを
 誰かが足早に通りすぎる
 荷物を抱え
 幸せそうな顔で
 
 
 
 あれは誰だったのか
 あの人は
 あの、優しい顔は――
 
 綾波?
 
 違う。
 
 
 
 母さん?
 母さんなのか。
 
 
 母さん。
 何処にいるの?
 ねえ。
 僕を置いて、どこへ行ったの?
 答えてよ
 ねえ、答えてよ
 母さん。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 
 
 暗い部屋の中で、無機質な電子音が規則的に鳴り響く。
 少年の身体から伸ばされた無数のチューブが、人工的な生命を維持するために、グロテスクな器械に繋がれている。
 半年前に少年は眠りについた。
 耐えうることができる精神的な負荷を超えた出来事は、少年の自我を破壊した。
 否も応もない。
 未だ目覚める兆しも無い。
 
 冷たい部屋の中で、少年の身体だけが、暖かかった。
 彼の顔をなぞる手さえも、ヒトの温かみは無かった。
 
「――碇君」
 言いながら彼女は、シンジの頬に流れる涙の後を指ですくった。
 銀色の髪の少女は、少年の顔を寄せた。
「もうすぐ、彼女がくるわ」
 少女は悲しげな視線で見つめた。
「あなたの子供を連れて」
 少年の指が、微かに動いたような気がした。
「そう、生まれたのよ」
 ――あなたの子供が。
「だから、あなたは目覚めなければダメ。ずっとあたしの影を追い求めていることは許されないわ」
 少年の唇が僅かに開いた。
「これが、私の出来る最後のこと」
 綺麗な水が二つ、少年の頬に落ちた。
「だから、私を忘れて――」
 少女は自分の冷たい唇を、少年の唇に――重ねた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 
 
 カーテンが揺らめいて、青白い月光が少年の顔を照らしている。
 彼は目を細めて、瞳を開いた。
 
 そこには
 生まれたばかりの子供を抱いて
 青い瞳を真っ赤にして泣きはらしている
 少女がいた。
 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 BGM『いつかのメリークリスマス』by B'z


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