NEON GENESIS EVANGELION FAN FICTION
星に願いを 3B


 目を凝らしても……紫色の天空には、何も見えない。
 明るすぎる都会の空は、瞬く星たちを、どこか別なところに隠してしまったようだ。
 
 
 闇を恐れたヒトは、この世に光を生み出した。
 はじめは自分と、自分の家族を守る小さな灯火だった。
 やがてヒトは、そのか弱い灯火に無限の力が秘められていることに気づき、魔法の力を手に入れる術を会得する。
 以来ヒトは、意のままに光を操るようになった。
 そしてヒトの造りだした光が、世界の全てを覆ったとき、真の暗闇は姿を消した。
 でも、それと引き換えに
 ヒトは大切なものをどこかへ置き忘れてしまったような、気がする……
 
 
 
 
 あたしはマンションのベランダにたたずみながら、取り留めのないことを考えていた。すこしアンニュイになっているのは、足元に転がっている空き缶の中身のせいもあるんだろう。慣れないアルコールが体温を上昇させているけれど、頭の方は逆に氷のように冴え渡っていた。
 つい、くだらないことも、考えてしまう。
 楽しくないお酒は、悪いお酒。
 ミサトの台詞が脳裏をよぎり、苦笑する。
 
 あたし住んでいる所――ミサトのマンションは、このあたりではかなり高い。
 そしてここの部屋は、このマンションの中でも上のほうの階に位置しているので、比較的眺めがいい。
 第3新東京市を一望……とまではいかないが、ロケーション的には悪くない眺めが、目前に広がっている。
 街頭の光、ビルの光、きらめくネオンの光。
 100万ドルの夜景ってほどではないけれど、それなりにロマンチックな雰囲気がある。
 想い人を隣に置いて夜景を楽しむのが最高なんだけど……
 一人で見るのもなんだかさびしげなんで、あたしは冷蔵庫から無断で失敬してきた缶ビールを、すでに何本か開けていた。
 
 
 風が流れる感触で、リビングからベランダに誰かが入ってきたことがわかった。
 かすかに鼻腔をくすぐるコロンの匂いが、風に乗ってくる。
 ミサト、だ。
 彼女はあたしの足元に転がるビールの空き缶に気づくと、あきれたようにため息をついた。
「アスカ。あなた未成年でしょ。まだダメよ」
「いーじゃないのぉ、ちょっとぐらい。今日はなんだか飲みたい気分なのよ」
「そんなこというのは、十年早いわよ」
 いいながら、ミサトは自分で持ってきた缶ビールのプルトップを引く。
 あたしはそれを見咎めた。
「あによぉ。自分だって飲むんじゃない」
「あたしは大人だからいいのよん」
 ぱちん。長いまつげ。見事にきれいにウィンクを決め……缶ビールに口をつける。
 そのまま喉を鳴らしながら、豪快にビールを胃の中に流し込んだ。
 その姿はまるで、オヤジそのものである。
 これが、なければミサトもいい女なのに……
 今度はあたしがため息をつく番だった。
 ミサトは行儀悪く、二本目を空ける。
 毎度のことながら、飲んだビールは一体どこに行くのだろう、と思ってしまう。
 彼女の酒量は底なしだった。
 三本目を飲み終わったところでようやく一息ついたのか、空になった缶を手でもてあそんでいる。
 よく見ると、ベランダに置いてあるテラスのテーブルの上に、あと2、3本空けていない缶ビールが置いてあった。
 ……ここで宴会でも開くつもりなのかしら?
 あたしはその疑問を頭の隅においやって、テーブルの上の一本を失敬した。
「……アスカ」
 ミサトが睨んだが、かまわずプルトップを引いて缶をあおる。
 ミサトはしばらくあたしがビールを空けるのを黙って見ていたが、やがて、ボソッとつぶやいた。
「アスカ……シンちゃんと、何かあったんでしょ?」
 ぶはっ!
「ごほっ、ごほっ、げほんっ」
「あらあら、大丈夫?」
「い、いきなり、何よ」
「あはは、ご、ごめん、ごめん」
 あたしは、ベランダの手すりに突っ伏して咳き込んだ。
 ミサトの手が、やさしくあたしの背中を撫でる。
 とんとん、って上下にリズムを合わせて。
 その手のぬくもりをあたしは感じていた。
「ねえ、アスカ」
 ミサトがあたしの背中をさすりながら言った。
「何かあったの?、シンちゃんと」
 びくっ!
 あたしは、シンジという言葉に反応した。
「そっか。やっぱり」
「や、やっぱりって……何よ」
「アスカ、あたしじゃ相談に乗れないかな?」
 蒸し暑い夏の夜にはめずらしく、柔らかな風が通り過ぎた。
 あたしの金色の髪の毛が、わずかに頬にかかる。
「そ、そんなこと……」
「ね、話しちゃいなさいよ。いいじゃない、女同士なんだから」
 
 
 
 
「ね、ミサト」
「何?」
「織姫と彦星の距離って知ってる?」
「距離?」
「15光年なんだって。光の速度で15年もかかるの。でも、一年に一度だけ、その距離を一晩で飛んでいくことができるのよ」
 あたしは、空を見上げた。
「あたしは、だめ。こんなに近くにいるのに、全然遠いの」
 見上げても、空には星なんか見えない。
 本当は、この空の向こうにいるはずなのに。
 今も確かにきらめいているはずなのに。
「あいつの心は、あたしには……」
 少し酔ったのだろうか。
 普段だったら絶対他人には話さない胸のうちを、話していた。
 それまで黙っていたミサトが、ゆっくりと口を開いた。
「アスカ、それってシンちゃんに振られたってこと?」
 あたしは首を振る。
「あいつは、あの子のことが……レイのことが好きなのよ」
「アスカ、それ、シンちゃんに聞いたの?」
 あたしはまた首を振った。
「じゃあ、ちゃんと確かめなきゃ。アスカの勘違いかもよ」
「ありがと、ミサト。でも、いいの、もう」
「アスカ……」
 あたしはミサトから視線をそらし、明るすぎる都会の光を見つめた。
 
 
 
 
 


 
 
 
 
「遅いなー」
 ヒカリは額に水平に手をあてがい、伸び上がって人ごみの方を見わたした。
 待ち人は、鈴原トウジ。
 今日、この神社の鳥居の下で待ち合わせることになったんだけど……待ち合わせの時間、20分過ぎても現れない。
 先にヒカリから、「あいつ、いつも遅れてくるから」と聞かされていたので、あたしのほうはのんびりとしていた。
 それよりも、ヒカリ。
 あなた、自分の言った言葉の意味、わかってる?
 よっぽど突っ込んでやろうかと思ったけど、なんだかそんなヒカリたちがほほえましくて、そのまま聞き流すことにした。
 いつもは、待たされるのは絶対にイヤなんだけど、今日はなんだか気がぬけてしまって、怒る気にもなれなかった。
 
 今日はヒカリと鈴原と、三人でお祭りを見て回る約束をした。
 ヒカリが、あたしが元気が無いことを心配して、誘ってくれたの。
 本当はお祭りなんて、そんな気分じゃなかったんだけど、ヒカリに心配かけるのも悪いし、それに、自分に気分転換が必要だというのはわかっていた。
 なんで、ヒカリの好意を素直に受けることにした。
 家にいて、シンジと顔を合わせるのも辛いし……
 
 
 実はヒカリと会う前に、あたしはかなり早い時間からここに着いていた。
 何をするわけでもない。
 鳥居の大きな柱に寄りかかって、ただボーっとして、道を通り行く人をずーっと眺めているだけだったけど。
 通りを歩く人々は、さまざま。
 若い人も、お年寄りも、男の子も女の子も、大勢通り過ぎていった。
 女の子はたいてい、浴衣を着ている。
 白地に赤い花柄。
 淡い黄色のひまわり。
 深い紺に牡丹。
 色とりどりの、蝶がひらひらと目の前を舞ってゆく。
 そしてその蝶は、かならずお似合いの男の子を連れていた。
 あたしは目を落とし、自分の着ている浴衣を見る。
 白に赤を、ほんのり混ぜた淡いピンク。
 そこに、色とりどりのアサガオが咲いていた。
 この浴衣は7月に入ってすぐ、シンジといっしょに買いにいったの。
 近くにお祭りがあるというんで、シンジを引っ張っていったんだっけ。
 シンジは、あたしと買い物行くと、いつも荷物持ちさせられるから嫌がってたけど。
 でも、あたしの浴衣姿を見て、シンジはいってくれた。
 
 ……きれいだよ、って。
 
 あたしは、その言葉を聞いたとたん、舞い上がっちゃって。
 シンジも自分の言った言葉の意味に気が付いて、真っ赤になるし。
 あの時は、家に帰るまで、一言も話さなかったっけ。
 
 でも……
 
 そっか。
 迷惑だったんだね。
 あたし、シンジの気持ち、全然考えていなかった。
 あのときには、もう……
 
 
 
「アスカ、ごめんねー」
 ヒカリは眉を寄せた。
「ホントにあいつったら、もう……。今日は遅れないように来てねって、あれほど念を押したのに……」
「いいよ、ヒカリ。まだ早いでしょ」
 あたしは、ヒカリに微笑んだ。
 そのとき、あたしの後ろから元気のいい声が聞こえた。
「遅れてすまん! いいんちょ!」
 振り返ると、鈴原トウジが立っていた。
 今日は粋に浴衣を着こなしている。
 普段、ジャージのイメージが脳裏に焼き付いているので、ちょっとした違和感。
 ふーん。
 こいつもまともな格好すれば、まあまあ見れるんじゃない。
 普段からちゃんとすればいいのに。
 ヒカリも苦労するわね。
「ちょっと、鈴原! 遅いじゃない!」
「いやー、すまん、すまん。女の子の支度って時間かかるもんなんやなぁ」
 と、頭をかきながら鈴原は笑った。
 どうやら、遅れたのは自分のせいではないといいたいらしいけど……女子同伴?
 そういえば、鈴原って妹がいるって聞いたことがあるけど、もしかして妹さんがいっしょなのかな?
 
 何の気なしに、鈴原の後ろを見た瞬間、あたしの心臓は跳ね上がった。
 
 だって、そこには……
 今、一番会いたくない人がいたから。
 
 黒い髪。
 漆黒の瞳。
 男の子のくせに、長いまつげ。
 華奢な体。
 プリントのTシャツと膝上までのデニムのパンツをはいている。
 その人はあたしを見て、なんともいえないやさしい表情をたたえる。
 
 シンジ、だ。
 
 シンジはあたしを見ると、とてもうれしそうに笑った。
 その笑顔が、とてもきれいなんであたしは視線をそらすことができないでいる。
 シンジの、漆黒の瞳に吸い寄せられて目を離すことができない。
 そういえばシンジをまともに見たのって
 久しぶりだ。
 あたしが……避けてたから……
 いつも、顔を合わせないようにしていたから………
 シンジ……
 なんだか、すこし背が伸びたね。
 錯覚かもしれないけど。
 あたしから見るシンジの視線が、すこし上のほうに移動していた。
 
 
「あ、綾波さん……」
 ヒカリの声は、あたしに現実を認識させるのに十分だった。
 そうだ。
 シンジが一人で来るわけがない。
 絶対にあの子と一緒のはずだった。
 そしてそれは、ヒカリに誘われてから、ずっと思っていたこと。
 シンジとあの子が浴衣姿でならんで歩いている姿を想像するのは簡単だった。
 そして、お似合いだと思ってしまう自分がいた。
 そうなんだ。
 シンジとあの子は似ている。
 今まで気が付かなかった。
 ううん、気がつかない振りをしていたのかも。
 一度そう思ってしまうと、シンジとあの子が一緒になるのは、当然のような気がしてきたし、それはずっと前から決められていた約束事のような気もしてくる。
 あの子は碇指令のお気に入りだし、もしかしたら小さいころから、親同士が決めたいいなずけだったりして。
 もしそうだったら、あたしの出番は、完全に、ない。
 ううん。
 そうじゃなくても、あたしはとっくの昔に、退場している。
 退場どころか、舞台の上にも上がれない、惨めな女優志望だ。
 
 遠くでヒカリが鈴原に問いただしてる声が聞こえた。
「あたし……かえる」
 ヒカリに小声でそう言うのが精一杯だった。
 そんなことをしたら、あの子が悪者になってしまう。
 わかっていたけど、シンジとあの子が並んでいる姿を見るのは、もう一秒でも耐えられなかった。
 
 ごめんね。
 
 あたしは、心の中で謝って、輪の中から抜け出した。
 
 
 
 
 


 
 
 
 
 
 箱根祭りのメインストリートは、箱根神社から芦ノ湖に向かって左右に広がる旧東海道。
 道幅5mもない狭い通りに、夜店がずらりと並んでいる。
 やきそば、わたがし、お好み焼き。
 ヨーヨー釣りに、輪投げに射的。
 どれもこれもはじめてのことだったけど、あたしは目もくれず、人ごみをかき分け進んだ。時々人とぶつかったりして、どなられたりもしたけど、そんなことにかまっていられる余裕は、今のあたしにはなかった。
 
 少しでも早く、この喧騒から抜け出したかった。
 少しでも早く、シンジの前から消えてしまいたかった。
 少しでも早く、あの二人から遠く、離れてしまいたかった。
 
 やがて、夜店もまばらになり、やっと人ごみも途切れ途切れになった。
 あたしは速度を緩め、呼吸を整えるため胸に手を当てた。
 右手を見ると、少し先に芦ノ湖が見える。
 湖面がゆらゆらとゆれるたび、光を反射して、きらきらと輝いていた。
 今のあたしには、そのかすかなきらめきもまぶしい。
 
 
 不意に手首をつかまれた。
 びくっとして、あたしは自分の手首をつかんだ人の方を見た。
 痴漢の類だったら、思いっきり蹴飛ばしてやろうと思って、身構える。
 
 そこには肩で息をしている、シンジがいた。
 
「……アスカ」
 シンジが困ったような顔で、あたしを見つめた。
「……や」
 あたしは、シンジの手を振り解こうと力を入れる。
 が、かなり強い力でつかまれているので、簡単には振りほどけそうになかった。
「……はなして」
「はなさない」
 シンジは小さな、それでもきっぱりして口調でいった。
「だって、放したらアスカはどこかにいっちゃうから」
 その言葉を聞いてあたしは頭に血が上った。
「……そんなこと」
 体が震える。
「そんなこと、あたしに言わないでよ!」
 思いっきり力をいれてシンジの腕を振り解く。
「シンジ……」
 あたしは、シンジを睨らんだ。
 ……つもりだったが、うまくいかない。
 だって、涙がにじんできちゃったから……
「ひどいよ……」
 あたしは、振り向くと駆け出した。
 
 
 
 なんで、草履なんか履いてきちゃったんだろう。
 走りづらくてしょうがないわ。
 それに、浴衣。
 ああ、まったく、なんて日なの。
 心の中で愚痴をこぼしながら、それでもあたしは、全力で走った。
 後ろから、シンジがかけてくる気配がするのがわかる。
 普段だったら、シンジには負けないはずだった。
 日ごろのトレーニングで、シンジはいつもあたしには勝てなかったから。
 でも、浴衣に草履じゃ……
 シンジはそのうちあたしに追いつく。
「アスカ、待ってよ!」
 シンジの声はあたしのすぐ後ろから聞こえる。
「こないで!」
 あたしは道を隔てて湖と反対側にあるわき道に、思い切って分け入った。
 道といってもなんだか人が通るようなところではなく、けもの道みたいに狭くて、両側から背の高い雑草が覆い被さってくるように生い茂っている。
 あたしは、その雑草を掻き分け進む。
 こんなことをしても、そのうち追いつかれちゃう。
 でも、走らずにはいられなかった。
 体はさっきから悲鳴をあげている。
 肺はただひたすら酸素を求めている。
 汗が額から流れ落ち、目に入る。
 
 もう限界……
 
 そう思った矢先
 突然、目の目が開けた。
 
 
 そこは小高い丘になっていて、背の低い雑草があたり一面を覆っている。
 丘の周辺は木立が建ち並んで、そこだけぽっかりと穴があいたような感じになっている。
 あたしはあたりを見渡したけど、この丘を抜ける道らしきものは、見つけることはできなかった。
 このまままっすぐ進んで、また林の中に入ろう。
 そう思ったとき、あたしはバランスを崩した。
 道の状態が突然変わったので、足からのフィードバックを処理しきれない。
 その拍子に、履いていた草履の鼻緒が切れた感触が伝わってきて、あたしは前のめりに倒れた。
 足に鈍い痛みを感じる。
 
 すぐに追いついたシンジが、倒れこむようにあたしの背中の上に覆い被さってきた。
 
 
 
 
 
 
 あたしたちはしばらくそのままで、肩で息をしていた。
 のどが、からから、だ。
 無茶な全力疾走をしたんで、体のあちこちから悲鳴が上がってくる。
 汗が全身からどっと吹き出てきた。
 額に汗が、つっと流れる。
 こんな汗臭い体、シンジに気づかれたら!
 そう思って体を動かそうと思ったけど、いうことを聞いてくれない。
 頭の命令に反抗して、体が休息を要求していた。
 
 と、むかむかと、怒りというか、情けない気持ちでいっぱいになった。
 
 もういやだ!
 なんであたしがこんな目に会わなきゃならないの!
 ひどいよ……
 シンジもシンジだ。
 あたしをここまで追いつめなくてもいいのに。
 なんで、こんなことするの。
 ほっておいてよ!
 
 それは、言葉にならなかった。
 体は足りなくなった酸素を取り込むので精一杯。
 目の前にある夏草の香りが、鼻腔を刺激する。
 
「……もう……やめて」
 
 無意識にあたしの口が動く。
 朦朧とした意識で、あたしはシンジに抗議の声をあげた。
 頭の中は混沌としていて、うまく考えをまとめることができない。
 いろいろな思いが混じって、ぐちゃぐちゃになっている。
 自然と体が楽な形へと移動した。
 仰向けになる。
 目の前に、シンジが
 いる。
 
 
 と、その瞬間
 すべての光が
 消えた。
 
 
 
 
 
 
 
 


 
 
 
 
 
 
 
 
 漆黒の闇。
 
 目を凝らすと
 どこからかやってきた灯りが、かすかに反射している。
 それ以外、何も見えない。
 それが銀河に浮かぶ半円の月の光だということは、そのときのあたしにはわからなかった。
 
 
 シンジの息遣いが、聞こえる。
 規則正しく、繰り返している。
 
 
 
 ずいぶんと長い時間、そのままでいたような気がする。
 
 不意に
 遠くで花火が上がった。
 花火がきらめくとき、わずかにシンジの横顔のシルエットが浮かびあがる。
 
 また、ひとつ。
 そして、ふたつ。
 鮮やかな原色の光の後に、ぱらぱらという音が追いかけてくる。
 花火が上がるたびに、シンジの横顔が映し出される。
 
 その色とりどりの顔を見ているうち、なぜかすっと、体が楽になった。
 
 ここにいるのは、あたしと、シンジ。
 広い宇宙で、ただ二人。
 暗闇にぽっかりと浮かんだ、淡い二つの星のよう。
 そして、あたしは……
 
 
 
 
 
 シンジが、好き。
 
 
 
 
 
 シンジが他の誰を好きでもいい。
 でも、この気持ちは
 もう、ごまかすことはできない。
 この気持ちを
 止めることはできない。
 
 そう思うと、シンジを愛しいという気持ちが後から後から湧き出てきて、まるで堤防が壊れたみたいに、どんどん流れ込んでくるような気がした。
 湧き上がるシンジへの想いで、心の中はいっぱいになる。
 今まで抑えていたシンジへの気持ちが、どんどん大きくなる。
 その気持ちと一緒に、涙も、あふれた。
 
 
 あたしは静かに泣いていた。
 思いの深さに、心を打たれていた。
 あたしが、どんなにシンジが好きかを。
 自分が、どれほどシンジを好きかを。
 心が驚いて、震えている。
 人は、こんなにも、人を好きになれるんだ。
 
 だれがなんていおうと
 この心は変えることができない。
 今の気持ちは、何ものにも代えることができない、大事な宝物だ。
 
 
 
 交わす視線が、微妙に揺れたとき。
 あたし達はお互いの顔を寄せ合った。
 
 歯があたる鈍い音が、どこか遠くで聞こえる。
 あたしはそれを別次元で起こったことのように感じた。
 今はただ、シンジの唇をふさぐこと。
 シンジの歯を感じること。
 シンジの舌を吸うこと。
 シンジと――ひとつになりたい。
 ただ、それだけを想って。
「ああ」
 あたしの口から吐息が漏れる。
「シンジ……」
 泣きじゃくりながら名前を呼んだ。
「シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ……」
「アスカ……」
 あたしの名前を呼びながら、シンジが再びあたしの唇をふさいだ。
 あたしもそれに答える。
 シンジの唇が、あたしの心に
 そっと、触れた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 どのくらいの時間がたっただろう。
 気が付くと、あたしとシンジはわずかに触れる位置にあって、つっと、透明な糸が二人の唇の間にかけられていた。
「アスカ……」
 シンジの顔が近くにあった。
 距離が存在しない二人の間で、言葉は要らなかった。
 でも、
「アスカ、好きだ……」
 言葉は嬉しい。
「大好きだ」
 言霊が魂を揺さぶる。
「大好きだ……」
 新たな涙の洪水に抗わず
「……あたしも」
 心から素直に言える。
「大好き……!」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

[エピローグ]


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