止まない夕立。
家からの外に見える景色は、都心のビルの赤色灯くらいだ。
灯りを付けていないリビングに籠もるのは、ラベンダーの香り。
無駄に時間が流れていく。
ベランダの窓に大粒の雨が吹き付ける。
木目調のスピーカーから流れるのは、最小音量のジャズ。
軽快なリズムのピアノとバスとドラム。レッドガーラントトリオという人たちが演奏したもの。
リビングにあるガラステーブルの上にある香炉で、とんがり帽子の形をしたものが柔らかな赤を放つ。
ただ僕らは二人とも正反対にソファで頬杖を付いて、ぼーっとする。
今日したかったことは何もない。
だから雨でもこれといって嫌な感じはしない。
むしろ雨音が、すべてを許すような気持ちで音楽に聞こえる。
「ね、暇・・・・・・」
僕は鼻で大きく息をすると
「そうだね・・・・・」
つまらない相づちを打つ。
少し治まった雨は、かき消されていたジャズをよく聞こえるようにする。
ポップスとは違った軽やかで重厚な音を奏でている。
僕には似合わないけど。
けれど嫌みな感はしない。
冷えた部屋の空気と、むしろ心地いい。
「きょうの夕飯、なんにしようか?」
「あんたの好きなとおりで良いわよ」
こういう返答が食事担当者を一番困らせる。
訊いた意味がない。
アスカは不意に立って歩きミサトさんが置いていった瓶に手を出している。
マッカラン。
瓶をダイニングテーブルに置くと、不良保護者が置いていった綺麗なカットの入ったグラスを二つ、テーブルに置く。
無造作に冷凍庫を開けると、これだけは大事に管理されていたロックの氷を二個、グラスに入れる。
嫌な予感がしつつも僕は彼女の行動に目を向ける。
彼女はガラステーブルに一式を持ってくる。
器用に右手の人さし指と中指の間に瓶の首を引っかけ、親指と人さし指で一個のグラスを持ち、
左手で片方のグラスを持って。
グラスがひとつ、僕の前に置かれる。お酒を飲むと全部忘れてしまうのに。僕だけが。
延々と続くジャズが、映画で見た、酔うニコラス・ケイジとエリザベス・シューのやりとりを浮かばせる。
三回回して開いた瓶の蓋。
「はい」
グラスに少しだけ注がれる。
「コレはアタシの。」
同じくらいに。
硬直する僕に彼女はこう言う。
「・・・・飲みなさいよ・・・・」
「・・・・・・・・(飲まなきゃだめか)・・・・・・・」
僕は一気にチャコール色のマッカランを飲み干す。
彼女も続ける。
慣らされたせいか喉は灼けるほど痛くは感じられない。
でも酒には弱い。体質だろう。
「アタシ、レモンもオレンジも飽きたの」
・・・は?
「バニラもラムレーズンも、ね」
「・・・・え?」
「次は一気にお酒よ」
「?・・・・・・・んっ・・・」
静かに覆い被さる彼女。
右から。
首に腕を掛けて。
僕の目を甘く落として。
無抵抗の僕に唇を付ける。
顔が斜めに見える。
首筋に下がる、暗い中の彼女のチャコール。
彼女の香りと、口では同じマッカランの味と薫りがする。
完全停止状態の僕は、ただまた雨音がジャズをかき消してゆくことだけを捉えた。
薄れゆく意識の中で。