問題無い
 
 

 天界より遣わされし5番目の使者が、わずかに見せた殲滅のチャンスを逃したため、

 魔界より遣わされし3人目の少年は、再びその加粒子砲の餌食となってしまう。
 
 
 
 
 

第28話 シンジ 終局
 
 

「ミスった!」

 指揮車内にミサトの呆然とした声が響く。

 また発射したレイの方も瞬間頭が真っ白になってしまい、何も考えられない状態となってしまう。

 先程から気にかかっていた事がどうやら現実になってしまったようである。

 シンジに比べてまだまだ安定度の低かったレイは、デルタとスターの2人を、

 うまく引き合わせる事が出来なかったため、まるっきり目標を外してしまったのである。

 しかし、済んでしまった事を言ってもしょうがない。

 ミサトはすぐさま立ち直ると、次の発射に向けてのスタンバイを要請する。
 

「第2射、急いで!」

「ヒューズ交換、再充填開始」

「銃身、冷却開始」

 ミサトの言葉にレイはハッと我に返ると、使用済みのヒューズをエジェクトさせ、

 第2射へ向けて緊急の準備を行うのだが、その最中マヤの口から絶望的な状況が告げられる。

「目標に再び高エネルギー反応!」

「まずい」

 ミサトの口調が更にせっぱ詰まった様相を帯びる。

 何しろ零号機は只でさえ低い命中率を少しでも上げるために伏射の姿勢を取っているのだ。

 まるっきり身動きのとれないこの状態で狙われれば100%助からないだろう。

 やられる! 誰もがそう思ったまさにその瞬間の事である。
 

 再び迸る閃光、しかしそれは第五使徒のものではなく、初号機から放たれたものであった。

 しかし、その伸びていった陽電子砲は、使徒のATフィールドによってまたも弾かれてしまう。

 零号機のポジトロンライフルが外れた瞬間は、誰もがシンジの事を忘れ去っていたのだが、

 彼が存在していて、しかもいまだ無傷な状態で有る事を見た人々の間に、

 安堵と勇気が甦ってくる。

 しかし、状況は何も好転している訳ではなく、零号機を狙われればそれでジ・エンドなのである。

 人々が息を呑む中、第五使徒の第2射が発射された。
 
 

 レイ、いや、ネルフ、いや人類にとっては非常なる幸運と言えるだろう。

 第五使徒は、撃てば確実に仕留められる零号機では無く、

 発射寸前に攻撃を仕掛けてきた初号機の方に狙いを定めてきたのである。

 第1射に続き、またしても第五使徒の加粒子砲をすんでの所でかわしたシンジは、

 自分自身がぎりぎり一杯の所で踏みとどまっているのにも関わらず、

 レイに対してアドバイスの言葉を贈る。

「レイ、僕だ」

「お兄ちゃん! 私・・・」

問題無い

「え?」

「大丈夫・・・ ゆっくりで良い・・・ 次は当たる」
 

 この後に及んでも抑揚の感じられないシンジの口調だったが、

 生まれて初めて焦りというものを感じていたレイにとっては効果覿面だったらしく、

 それ迄激しく波打っていた彼女の心中が徐々に平静なものへと変わっていく。

 シンジのおかげで再び、そして今度は確実に第五使徒を仕留めるために、

 精神集中を始めたレイで有ったが、いかんせん元々シンクロ率が低いせいか、

 デルタとスターは勝手気ままを繰り返すだけで、仲々ランデブーを楽しもうとはしてくれない。
 

 そうしている間にもシンジは何回も第五使徒との間で撃ち合いを続けていたのだが、

 肉体の方はともかく、あの強靱な精神力を誇る彼でさえ、

 それは大分すり減ってかなり限界に近い状態となっていた。

 最初、彼が敗北を喫したのは、リフトに固定されていて、身動きが取れなかったからなのだが、

 逆にそのおかげで、リフトを収納する事によって、

 苛烈な加粒子砲から身を遠ざける事が出来たのである。

 しかし今はそんな救済を期待できる筈もなく、かつてのミサトの言葉ではないが、

『結局、1発でも当たってしまったらもうそれでおしまい』 という事があり得るのだ。

 何しろ光速で飛んでくる加粒子砲の場合は、

 とてもじゃないが避けようとして避けられるものではなく、

 カンに頼って先行した動きを続けるしか対処方法は無いのである。

 これで相手に一矢報いるだけの手段があったなら、精神的にかなり違っていたとも思われるが、

 こちらの攻撃は全く効かないときては、それを回復する方法は全く見いだせなかったのである。
 

 加粒子砲を何とかかわし続けてきたシンジであったが、いよいよそれも限界に来たようで、

 今やその状態は、いつ撃ち抜かれてもおかしくないという所迄追い込まれている。

 闇に覆われた夜、しかも足場の悪い山頂付近。

 とうとうシンジは足を取られて転倒してしまい、その刹那、動きが完全に停止してしまう。

「く、しまった」

 何とか態勢を立て直そうとするシンジであったが、こんなチャンスを使徒が見逃す筈が無い。

 カッ

 次の瞬間、2度目の加粒子砲の直撃をうける初号機。

 これ迄、精神に鞭打ち頑張っていたシンジであったが、ついにその時はやってきて、
 
 第五使徒にとって初号機は単なる1つの標的へと成り下がってしまっている。

 撃ち抜かれると言うよりは、熔けていく初号機は、

 その強大なエネルギーの奔流の前に全く体を動かす事が出来ないでいた。
 
 

「初号機、被弾!!」

 絶叫にも近いマヤの言葉が指揮車内を駆け巡り、

 ミサトは反射的にシンジの安否を確認しようとするのだが、

 青葉の方からその手だてが無い事を示す台詞が語られる。

「シンジ君は?」

「駄目です。センサー類が全て死んでいます。パイロット生死不明!」

 絶望に彩られる指揮車内。

 しかし宇受売の文字通り体を張った活躍は、決して無駄ではなかったのである。
 
 

 ピーーーーーーーーッ

 ターゲット、ロックオンを知らせる音がプラグ内に鳴り響いたその直後。

「さよなら、ラミエル」

 ドシュッ・・      ドーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン

 偶然? とはとても思えないが、

 レイはかつてシンジが第四使徒を葬った際と全く同じ台詞を、第五使徒に向けて呟くと、

 それと同時にトリガーを引き絞り、2度目にしてようやくコアを撃ち抜く事に成功する。

 煙を上げながら中空から地上へと第五使徒がゆっくりと落ちていき、

 墜落の振動が伝わってきた時点でレイはヘッドスコープを外すとシンジに対して呼びかける。

「やったわ、お兄ちゃん!」

 これ迄1度として上げた事の無い嬉しげな様子に満ち溢れたレイの言葉だったが、

 どうした事か、それに対してのシンジからの返答が返ってこない。
 

「お兄ちゃん?」

 シンジからの返事が無い事を訝しむレイ。

 本来であれば、初号機のプラグ内が映し出される筈のスクリーンが開かない。

 さすがに様子がおかしい事に気づいたレイが、マルチスクリーンを色々切り替えていくと、

 ようやくそれらしい映像が飛び込んできたのだが、そこに映し出された初号機の様子は、

 実に悲惨なもので、にわかには信じられないものだった。

 全身、特に体の前面の装甲はとろとろに熔けて、大きな金属の固まりといった状態になっており、

 それに比べれば背面の方はまだ被害は少ないものの、

 それでも大変なダメージを受けている事には変わりは無い。

 しかしその背面側に残っていた色だけが、ほんのわずかに初号機である名残を留めていた。
 

「お兄ちゃん!」

 先程とは対照的に悲痛な叫びを上げるレイ。

 彼女はすぐさま零号機を立ち上がらせると、シンジの元へと向かったのだが、

 そのせいもあるのだろうか、シンジと同様、彼女も名前を知らない筈のラミエルに向けて、

 その名を呼び、別れの言葉を呟いた事は、すっかり忘れてしまっていた。
 
 
 
 
 

「ええ、そうです。急いでこちらに向かわせて下さい」

 焦りを隠せない様子で、日向が受話器に向かって何やら要請を行っている。

 シンジのサポートを担当する事になった彼は、初号機が被弾した際、

 そのそばへと駆けつけたかったのだが、何分にも作戦はまだ継続していたため、

 持ち場を離れる事が出来なかったのである。

 しかし零号機によって作戦が成功裏に終了し、それを確認するやいなや初号機の元へと、

 車を走らせ、その状況を確認したのであるが、初めてその凄惨なる姿を目にした時、

 日向にはそれが初号機とはとても信じられなかった。
 

 特に装甲の前面は第五使徒の加粒子砲をまともに浴びたせいで、すっかり熔けてしまっており、

 最早あの精悍なフォルムは見る影もない。

 それに比べて直撃ではなかった背面側は、かろうじてある程度の骨格が見て取れるのだが、

 それでも大分ひどい状態である事には変わりはない。

 中に居るシンジはいったいどうなってしまっているのか?

 エヴァには緊急の際、エントリープラグを手動でエジェクトするための非常スイッチが、

 プラグ内に設置されているのだが、どうもシンジがそれを使用して出てくる気配は感じられない。

 そのため日向は、外部、プラグの挿入口設置してある筈のもう1つの非常スイッチを使用して、

 シンジを救出しようと考えたのだが、

 残念ながらそのスイッチの扉はすっかり溶接されたような状態になってしまっていて、

 すぐそこ、自分と10メートルも離れていない個所にシンジが居る事がわかっていながら、

 何ら手出しをする事が出来なくなっていたのである。

 そこで日向はシンジをレスキューするための部隊の出動を要請したのだが、

 その部隊が到着するよりも早く、彼の耳にドシンドシンという大きな足音が、

 こちらに向けて迫ってくるのが聞こえてきた。
 
 
 
 
 

「お兄ちゃん!」

 遠くからの映像では無い、間近で見る初号機の様子に改めて驚きの声を上げるレイ。

 その余りの凄惨さを目の当たりにしたせいだろう、一旦は動きが停止してしまったのだが、

 レイは気をとりなおして零号機を初号機のかたわらに移動させると、

 エントリープラグの挿入口を覆っているカバーを、零号機の手で引きちぎって排除する。

 カバーがなくなった事で初号機のエントリープラグは自動的にエジェクトされ、

 同時にLCLの緊急排水が始まる。
 

 慌てていたため、レイ本人は気づいて居なかったが、初号機の外観に比較すると、

 エントリープラグの方は、見たところ殆ど被害は受けていないようである。

 しかも最初に初号機が加粒子砲の直撃を受けた際には、

 エントリープラグ内に納められていたLCLが瞬時に沸騰させられたというのに、

 今排出されているLCLは沸騰どころか、軽い湯気が立ち昇るような気配すらない。

 はたしてこのギャップはいったいどのようにして起こったのか?

 その謎を解く鍵であるシンジが乗り込んでいる初号機のエントリープラグでは、

 LCLの排水がまだ続いていたが、レイはそれをやんわりと掴み取ると完全に引き抜き、

 そのまま近くの草むらへと横たえると、

 自らも零号機のエントリープラグをエジェクトさせ、零号機から地面へと降り立っていく。
 
 

 日向の要請を受けたレスキュー隊はいまだ到着していなかったが、

 日向自身が、下ろされたエントリープラグからシンジを救出するべく、

 そのハッチの開閉用の取っ手に手をかけようとした時の事である。

 なんとハッチの取っ手が自然と回転しだしたのである。

 思わず手を引っ込めた日向の目前でハッチが上方へと跳ね上がり、そこからシンジが顔を出す。

 別段怪我をしている様子は無く、プラグの外へと降り立った足取りを見ても、

 思ったよりはかなりしっかりしているようである。

 しかし、第五使徒から放たれる加粒子砲のシャワーの中を神業的に、

 いや彼の場合は悪魔的にと言うべきかもしれないが、ともかくもよけ続けたせいだろう、

 全身から滲み出る疲労の濃さは隠す事が出来ず、心配した日向が声をかける。
 

「シンジ君。大丈夫かい?」

問題無い

「しかし、その様子は・・」

「心配はいらん。ダンスがきつかったせいで疲れているだけだ」

 シンジがそこ迄話した時の事である。

 突然、彼を呼ぶ可愛らしい声がする。

「お兄ちゃん」

 目の中にも入れても痛くない、可愛い妹の声が聞こえてきた事で、

 それ迄疲労困憊であったシンジであったが、すっかりそれは吹き飛んでいた。

(現金なやっちゃ)
 

 声のした方にシンジが顔を向けると、そこには予想通りレイが立っている。

 そのぱっちりとした目からは、涙が次々とこぼれ落ちており、

 例えシンジでなくとも思わず抱き締めて慰めてやりたくなるような雰囲気である。

 シンジはそれ迄、自分の足に錘でもついているかのような感覚を受けていたのだが、

 レイの姿を見た途端、まるでそれが嘘であったかのように軽くなり、

 彼女の元へと踏みだそうとしたのだが、それより先にレイの方がシンジの胸に飛び込んで行く。

 自分の胸の中で泣きじゃくるレイへ、シンジは約束通りとばかりに再会の挨拶をかけてやる。

「やあレイ、また会えたね」

「うん・・・ お兄ちゃん・・・ 。また・・・ 会えた」

 微笑みを浮かべるシンジに比べ、レイは泣いてしまって仲々うまく喋る事が出来なかったのだが、

 何とか、再会を喜ぶ言葉を口にする。

 その様子はまさに本当の兄妹のようで、端で見ていた日向ですらも、

 思わずグッとくるものを感じていた。
 
 

「さあレイ、行こうか」

「・・・・」

 ATFを何とか終了させ、互いの無事を確認し合ったシンジとレイであったが、

 シンジが無事であった事が余程嬉しかったのだろうか、レイが泣きやむような気配が全く無い。

 しかしいつ迄ここにこうしていても仕方が無いので、シンジはレイに優しく声をかけ、

 この場を辞そうとするのだが、いつもならシンジからの言葉には弾かれるように反応する、

 彼女からの答えが返って来ない。

「どうした、レイ?」

 どうした訳かレイの様子がおかしく、それに気づいたシンジが心配して再び声をかける。

 もしや外見からは確認できない個所に何らかのダメージを負っていたのか?

 とも思われたのだが、それに対するレイの答えは実に意外なものであった。

「涙!」

「え?」

「涙が・・ 止まらない」

「そうか、恐かったんだね、もう大丈夫だよ。お兄ちゃんがそばに居るからね」

 相変わらずレイに対してだけは劇甘なシンジは、そういってレイの体を、

 その繊細な腕でもって優しく包み込んでやるのだが、

 それに対してレイは、首を振りながらシンジの考えを否定する。
 

「そうじゃないの」

「え! それじゃあ、どこか怪我でもしたのかい?」

 ギョッとしながら一旦体を引き離し、シンジはレイの頭の天辺から足の爪先迄を、

 何回も何回も見直すのだが、別段怪我をしている様子は見受けられない。

 もしや背中の方なのか?

 と考えたシンジはレイの両肩を掴んで回れ右をさせようとするのだが、

 その寸前レイの方から涙の本当の訳が語られる。
 

「嬉しいの」

「は?」

「お兄ちゃんが無事で・・・ とても嬉しいの・・・」

「ああ、それでか、ありがとうレイ。お兄ちゃんもレイが無事でとても嬉しいよ」

 シンジはそう言いながら、内心拍子抜けしたような気分になる一方で、

 こんなにも自分の事を心配してくれる、妹の事を益々可愛く思えるようになり、

 そのままでは更に猫可愛がり度が、上がっていく所だったのだが、

 これもまたレイが訴えたい事ではなかったのである。
 

「違うの!」

「い?」

「私、病気なの」

 レイの衝撃の告白に真っ青になるシンジ。

 しかし何といっても愛しい妹の事である、瞬時に立ち直ると病状の確認に取りかかる。

「病気って、いったいどんな病気なんだい、お兄ちゃんに話してごらん。
 大丈夫、リツコだって居るんだからきっと治るよ、何にも心配はいらないからね!」

(シンちゃん。とうとう壊れちゃった)

 シンジは必死にレイの事を気遣う。

 その思いが通じたのか、やがてレイの口から驚愕すべき真実が語られる。

「お兄ちゃんが無事で嬉しいのに・・・ とっても嬉しいのに涙が止まらないの!
 だから、私病気なの。眼の病気なの」
 
 

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・真っ青を通り越して真っ白に燃え尽きてしまうシンジ。

 変わってそれ迄、兄妹の感動的な再開に水を注してはいけないと、

 口を出すのを控えていた日向が、今一度レイの言い分を確認する。
 

「あ、あのレイちゃん」

「何?」

「その、レイちゃんはシンジ君が無事だった事が嬉しくて泣いてるんだよね?」

「そう、人が涙を流すのは悲しい時の筈なのに、今私は嬉しいのに涙を流している。
 だから私の眼はおかしくなっているの」

 レイの言葉にすぐには反応出来なかった日向だが、ややあってから彼女の 「涙」 が、

 病気でも何でも無い、「人」 として当然起こり得る反応だという事を教えにかかる。

「レイちゃん、それは病気でも何でもないよ」

「どうして? だって人は悲しい時泣くんでしょう? 今の私は嬉しいのに泣いているのよ!」

「レイちゃん。人が泣くのはね、何も悲しい時ばかりじゃない。
 とても嬉しい時にも人は涙を流す事があるんだよ。
 だから君の涙は人としてごく当たり前の反応で、決して病気なんかじゃないんだよ」

「嬉しい時にも?」

 レイの確認に日向は言葉では無く、しっかりと頷き返す事で答えてやる。

 しかしレイはというと、まだ半信半疑といった所で最終確認を取るために、

 もう一度シンジに声をかける。
 

「お兄ちゃん」

「何だい? レイ!」

 今の今迄向こうの世界に行っていたシンジであったが、

 レイから一声かけられるやいなやこの有り様である。

「人は嬉しい時にも涙を流すものなの?」

「そうだよレイ。人はとても嬉しい時にも、涙を流す事があるんだ
 だから・・・ お前が今泣いているのは・・・ 『嬉し泣き』 って言うんだ」

「嬉し泣き・・・」

 レイの涙はまだまだ止まる気配は無く、今も俯き加減の左右の頬を、

 数滴の涙が伝い降りていっており、シンジはその中の左右それぞれ一滴

(ひとしずく)づつを、右手の親指で拭いながら彼女の質問に答えてやる。

 レイはシンジの 『嬉し泣き』 という言葉を、口にこそ出したのは1回だけだったが、

 心の中では何回も繰り返して噛み締めていた。

 やがて納得と迄はいかない迄も、シンジの言い分をある程度は理解する事が出来たのだろうか、

 レイはシンジに向けて顔を上げると、その事をシンジに対して伝え始める。

「わかったわ、お兄ちゃん。これって病気じゃなかったのね」

「ああ、そうだよレイ。けど・・・」

「けど?」

「泣いた顔もとっても可愛いけど、レイの場合は笑った顔の方がもっと可愛いと思うんだ。
 どうだろうレイ、試しに笑ってみてくれないかい?」

「・・・ うん。わかった」

 そう言ってシンジに向けてにっこりとした笑みを浮かべてみせるレイ。

 それは、脇から2人の様子を伺っていた日向には、「天使の微笑み」 として映り、

 その時だけはすっかりそれに魅了されてしまっていたのだが、

 実際は天使を装った 「魔性の微笑み」 であった事にシンジはしっかりと気づいていた。

『あぶないな。何しろルカはこの微笑みにコロっとイッちゃったんだから、
 う〜〜ん、やっぱり僕のモノにしておけば良かったかな?』

 どうやらシンジがレイに劇甘になるのは、肉親にからむ出来事の際、

 普段の状態からは想像もつかない、常軌を逸した行動を取る傾向がある。

 という碇家の血筋の他に、レイの持つ魔性がシンジに影響を及ぼしているせいもあるらしい。

 仕方が無い。といえば仕方が無いのかもしれない。

 そう、何しろ彼女は、「人」 の身でありながら、なんと魔王を、

 それも魔界のbPたるポインタサタン(第1の魔王)を篭絡し、

 まんまとその正妻の座を射止めた程の女性なのである。

 魔妖母 − リリス

 その表面を覆っていた仮面が外れて行くに従い、

 いよいよその本性が徐々に現れてきているようである。

 およそシンジでなければこの微笑みに抗える事は出来なかっただろう。
 
 
 
 
 

「さて、それじゃそろそろ本部に戻ろうか?」

 シンジからかけられた言葉によって、ハッと我に返る日向。

 彼は今し方レイが浮かべた微笑みにすっかり魅せられてしまっていたのである。

 そのため何と答えて良いのかわからなくなった日向は、

 とっさに第五使徒の加粒子砲の直撃を受けたシンジを気にかける台詞を口にする。

「そ、そうだね。それにしてもシンジ君。良く無事だったね」

「同じ相手に2度続けて無様な姿を晒す訳には・・・
 いや十分無様だが、どうしても負ける訳にはいかないからな」

「それにしても・・ いったい、どんな魔法を使ったんだい?
 最初に直撃を受けた時はかなりのダメージを受けたというのに」
 

 日向の疑問は至極尤もであろう。

 エヴァの外観を見る限り、今回の方が悲惨な状態にあり、

 むしろ最初の直撃を受けた時の方がまだダメージとしては軽度なのである。

 その時でさえ、パイロットであるシンジは、

 一時その生命さえ危ぶまれる程のダメージを受けたというのに、

 更に酷い被害を被った筈の今回は、

 シンジにダメージらしいダメージが、全く見受けられないのである。

 まあ最初の時は無防備の状態であったため、かなり深い部分迄被害が及んだのだが、

 その反面被害を受けた範囲は小さかったのである。

 それに対して今回は、被害はエヴァ全体には及んでいるものの、

 その深度については最初の時よりは、もしかしたら浅くて、

 エントリープラグ迄には浸透する事がなかったのかもしれない。

 とは言うものの、初号機のあまりにも凄惨なその外観に比べて、

 エントリープラグの外観は全く奇麗なものであり、いくら何でもギャップが大きすぎる。

 やはり日向の言う通り、シンジが何らかの魔法のような物を使ったとしか思えないのだが、

 果たしていったいそれはどんなものだったというのだろうか?
 

「あの加粒子砲を正面から受けたら、いかなATフィールドでも防ぐ事は出来ないからな。
 それでATフィールドを張る部分を限定する事にして、最悪の事態だけは回避しようと思ってね」

「限定って・・ そんな事が出来るのかい?」

「エヴァに載っていればな・・ それでATフィールドでエントリープラグ全体を包み込んだんだ
 だから通信回線が全て使えなくなったのは、第五使徒の攻撃を受けたからじゃなくて、
 ATフィールドが外界との接点を一切断ってしまったからなんだ」

 成る程、まあ魔法の種となるのはATフィールド以外には有り得ないとは思っていたが、

 まさかそれをエヴァの体内に張り巡らすとは・・・ 本当にこの少年にはいつも驚かされる。
 

 さて魔法の種を事もなげに言い放つシンジであったが、

 日向はそんなシンジを、尊敬にも近い眼差しで見つめるようになっていた。

 もし自分がパイロットだったとしたならば、敗北からすぐさま立ち上がり、

 実に有効な対策を立てる事など出来ただろうか?

 自分より10歳以上年下であるこの碇シンジという少年が、

 実際は自分などより遥かに年長であるような、日向はそんな感慨を抱いていた。
 
 

「ところで、携帯か何か持ってないか?」

「え! じゃあこれを使いなよ」

 シンジは日向からネルフの内線電話を受取ると、それを公衆回線に切替えて、

 どこかにダイヤルをし始める。

 初号機の被害は甚大で、おそらくこの状況だとオーバーホールが必要となるだろう。

 しかも、それを完璧にやり遂げる事の出来るネルフ本部内唯一の人物であるリツコは、

 ドイツに向かったばかりで、いつ頃帰ってくるのかはっきりはしておらず、

 このままでは初号機が仕上るのはいつの事になるのか・・・

 全く目途が立たないだろう。

(何か、どっかのSSと良く似ているな)
 

 しかし、何とかパイロットと零号機は無事で使徒を殲滅する事は出来たので、

 恐らくこれから反省を踏まえたミーティングが開かれるものと思われるが、

 わざわざその前にシンジが連絡を取ろうとする人物とはいったい誰なのであろうか?

「僕だ!」

「おめでとうございます」

「まだ何も言っていないぞ」

「でも、電話をかけてきてくれたという事は、使徒を倒す事に成功したという事でしょう!?」

 察しの良い相手の言葉に自然とシンジには『碇スマイル』が浮かんでくる。

 最早さっき迄の甘甘でとろとろな雰囲気はすっかり影を潜め、

 いつも通りの彼に完全に復帰している。
 

「ありがとう。今回の使徒を倒せたのは君が居てくれたおかげだ。感謝している」

「いえ、私は何もしていませんわよ。この結果は全て、シンジ様・・ あなたの努力の賜です」

 今更説明する必要も無いだろうが、どうやらシンジの電話の相手はハルペルのようである。

 部下が働くのが当然と思っているゲンドウは、殆ど人を褒めるような事をしないのに比べ、

 シンジの場合は必要な時には確実に部下を褒める、あるいわ礼を言ったりしているのだ。

 人間誰しも褒められれば嬉しいのが当然で、そうすれば自然とやる気も出てくるものである。

 そこらへんの事を意識してやっている訳ではないが、

 キチッとポイントポイントでそれの出来るシンジの指導力の高さには、

 今更ながら感心させられてしまう。
 

「そんな事はない。早速御礼に伺いたい所なんだが、生憎これからミーティングがあるんでな、
 それが終わり次第、なるべく早く伺わせて貰うよ、それで良いね?」

「勿論です。お待ちしております。(はあと)」

「それじゃあ、これで」

「はい」

 Pi!

 シンジはこれ迄、1度として女性との約束を破った事は無く、

 どうやら今回もしっかりとそれを守る事が出来たようである。

「ありがとう、助かったよ」

「いえ」

「それじゃ、行こうか、レイ」

「うん。お兄ちゃん」

 シンジはそう言って日向に電話を返すと、レイと一緒に、

 2人を迎えに来たVTOLの方へと、しっかりとした足取りでもって向かっていった。
 
 
 
 
 

 天界より遣わされし5番目の使者も、遂にその目的を達する事はかなわかったが、

 魔界より遣わされし3人目の少年の、当面身動きを封じる事には成功した。
 
 

                                                         
 
 

 支部へと向かうリツコを迎えに来たのは実に意外で、かつ危険な人物であった。

 見事作戦をやり遂げたシンジとレイ、2人を労うミサト、続けて行われたミーティングの場で、

 今後についての激論が交わされる渦中にあって、シンジは1人、己の考えに没頭する。

 次回 問題無い  第29話 シンジ 提言

 さ〜て、この次も サービスしちゃうわよ
 
 
 


管理人のコメント
 
 レイちゃんの病気って、このことだったんですか!
 
 ああ、よかった。
 僕はまた、不治の病かと思って悶々と過ごしてしまいました。
 
 リリス。
 とうとう本編でも出てきましたね。
 まだ読んでいない人は「問題無い 補足編 ― アスカ 降臨」を読んでおきましょう。
 『問題無い』の世界を、ある程度把握することが出来ます。
 
 そういえば、そろそろアスカさんに出演のお声が掛かる頃ではないでしょうか?
 こちらも楽しみです。
 
 この作品を読んでいただいたみなさま。
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