問題無い
 
 

 天界より遣わされし5番目の使者は、これ迄の第三第四とは桁違いの強さをほこり、

 魔界より遣わされし3人目の少年も、ついに初めての屈辱に身を晒す事となった。
 
 
 
 
 

第24話 シンジ 模索
 
 

「以上の理由により、この自走陽電子砲は本日15時より、特務機関ネルフが徴発致します」

 戦略自衛隊つくば技術研究本部へと出向いたミサトは、

 日○国政府発行の徴発令状をかざしながら研究者達に説明を行う。

 元々戦自にしろネルフにしろ同じ国連組織ではあるのだが、有事の際はともかく、

 無為の際はその主権を統括する○本国政府の命令には従わなくてはならないのだ。

 最もわかりやすい例としては、空港や道路を建設する際の、

 土地の強制収容を思い浮かべて頂ければいいだろう。

 尤もこの場合は取り上げてしまえばそれ迄だが、今回の場合は作戦が終了した場合、

(但し、それが成功裏に終わり、人類が滅亡しなかった場合においてであるが)

 返却する事が明文化されているので、それに比べたらかなり良心的と言えるだろう。
 

 現在、使徒が侵攻してきているという状況からすれば有事と言えるのかもしれないが、

 あくまでそれは 「対 使徒」 という側面においての事で有り、

 様々な超法規的措置を認められているネルフであっても、戦闘に関する事以外では、

 他人の土地に勝手に入り込んだり、ましてや資産・財産を接収する事は犯罪とされてしまう。

 そのためミサトは、ゲンドウ(実際の手続きを行ったのは冬月だが)を通じて令状を手に入れ、

 然る後につくばへと乗り込んできたのである。
 
 
 

「かと言って・・ しかしそんな無茶な!」

「可能な限り、原形を留めて返却するよう努めますので。では、ご協力感謝致します」

「良いわよ〜レイ、持っていって」

 困惑する主任研究員を尻目に、ミサトは一気にまくし立てると、

 帯同してきたレイというより、零号機に対してライフルを徴発するように声をかける。

 最初シンジの側を離れるのをレイは嫌がったのであるが、

「シンちゃんのためなのよ、お願い!」

 というミサトからの懇願に、渋々ではあるが従う事にしたのである。

 これ以外にも零号機には、フィードバックの誤差修正という作業も行わなければならず、

 どうしても起動させる必要があったのである。
 
 

 ミサトの呼びかけに応じるかのように、すぐさまその背後に有る第4特機格納庫の屋根が、

 ギシッという音を立てた次の瞬間、零号機によって引き剥がされていく。

 振り返ったミサトから発せられた言葉は、あまりにこの場の雰囲気にそぐわないものであった。

「精密機械だから〜、そ〜っとね〜」

 その様子を眺めながら日向は、

『やっぱり、屋根を壊した事を謝るのは僕の役目なんだろうな』

 と、因果な女性に惚れてしまった自分の不幸を嘆きながらも、

 零号機が引き剥がす屋根の音がうるさいので、いつもより大きな声で、

 彼の脳裏に有った一つの疑問をミサトに聞いてみる事にする。
 

「しかし、ATフィールドをも貫くエネルギー算出量は、最低1億8千万キロワット。
 それだけの大電力をどこから集めて来るんですか?」

「決まってるじゃない。日本中よ!」

 ゲンドウと冬月に対し、作戦を進言した時と同様自信たっぷりに言い切るミサトであったが、

 これが八州作戦を実行不可能に追い込む最大の要因になるとは、

 この時の彼女にはその欠片すらも浮かんでいなかった。
 
 
 
 
 

 シンジの意識レベルが序々に上がっていき、SAFETY LINEを越えた所で、

 インジケーターの表示がそれ迄の赤から青に変化する。

 すると彼に被せられていた生命維持システムのドーム状のドアが、

 足元の方に下がっていったのにつれて、瞼がゆっくりと開けられていく。

 しかしラミエルから受けた衝撃が大きかったせいだろう、

 シンジの思考は今だ停滞したままで、物事を考えられるようになる迄には、

 今しばらくの時間が必要のようであった。
 
 
 
 
 

 日本、いや世界最大の電○会社、「て○こ」の社長であり、

 経○連会長を努める彼の元に、秘書がネルフからの協力要請を伝えたのは、

 八州作戦開始決定から既に数時間も経過した後だった。

 わずか10時間足らずの間に実行しなければならないこの作戦においては、

 文字通り、1分1秒が非常に貴重な時間であり、このまま作戦が決行された場合、

 この数時間の遅れが、もしかしたら致命的なミスになるかもしれなかった。
 

 無論ネルフは作戦開始決定と同時に、日○国政府を通じて電力を供給している各会社に対し、

 協力依頼を要請してくれるように伝えたのだが、

 国連組織である戦自からポジトロンライフルを徴発した時とは異なり、

 民間会社である各会社に対しては、あまり手荒な真似をする事は出来なかったのである。

 そのため、いわゆるお役所仕事による余計な手続きと、煩雑な事務によって、

 せっかくのこの要請が各会社のトップに伝わった時には、

 既にこれだけの時間が経ってしまっていたのである。
 

 秘書に促されて、彼が自分の端末を覗き込んで見ると、

 そこには何やら余計な事がごちゃごちゃと載っているが、要するに 「電気をよこせ」

 と書いてあったのだが、彼はこれを見るなり驚くよりもはっきり言って呆れてしまっていた。

「全く、ネルフは何を考えているんだ? こんな事は不可能に決まっているだろう」

 いったい何故不可能だ。などと言うのだろうか? やはり時間的に無理だという事なのだろうか?

 しかし、会社はまだ他にも有る。最大の供給能力を持つこの会社が抜けるのは確かに痛いが、

 その他の全てを結集できれば、

 何とか作戦遂行に必要なだけの電力をかき集められるのではないのだろうか?
 

 だが、残念な事にネルフのこの要請を是とする会社はついに1社も現れなかったのである。

 しかし、彼らは決して自己保身のためや会社のために協力を拒んだ訳では無い。

 何しろネルフの敗北は人類の滅亡に直結しているといっても良いのだ、

 出来る事なら協力してやりたいのは山々だったが、今の彼ら、と言うより人類に、

 この課題をクリア出来るだけの時間と物資は存在していなかったのである。

 人類滅亡迄、残りはもう後、何時間なのであろうか?
 
 
 
 
 

 生命維持システムの中で、一旦は目覚めたシンジで有ったが、

 やはり肉体的な疲労がまだ残っていたと見え、その瞼が再び閉じられしまう。

 次に彼が目を開けた時にその瞳に飛び込んできたのは、

 彼が初めてエヴァに搭乗した後に、検査のため入院する事となった、

 第三外科病棟のあの白い天井であった。
 

「お兄ちゃん、大丈夫?」

 零号機パイロットとしての役目を終えて以来、

 おそらくずっとかたわらに控えていたのだろう、レイがシンジの容体を気遣って声をかける。

 その口調は真にシンジを”心配する”(洒落では無い)といった感じが含まれている。 

「レイか?」

 シンジの問いかけに対し無言のまま、こっくりとうなずくレイ。

 その表情は不安しか浮かんでいなかった先刻程迄とは異なり、

 安堵した、といった感じも浮かんでおり、先程の心配そうな口調と合わせて、

 シンジとの交流がそれ迄冷え切っていた彼女の心を、どんどんと温めて行っているのが伺える。
 

「ラミエ・・・ 第五使徒はどうなった?」

「地面に穴を開けてるわ」

「??」

 別にレイはボケている訳ではなく、彼女の言っている事も間違いではないのだが、

 やはりシンジで無くてもこう言った言い分をされれば皆理解に苦しむだろう。

 いつもならレイの言葉を先読み出来るシンジなのだが、まだ失神から回復したばかりであり、

 その思考がようやく回転を始めたばかりの彼では、さすがに無理というものである。

 そのためシンジは自分がやられた時の状況をもう一度思い出して見る事にした。
 
 

「駄目、避けて!」

 ミサトの言葉に反射的に身をかわそうとする自分。

 ガクン

「しまっ」

 しかしまだリフトオフされる前だったため、身動きを取る事が出来ず、

 使徒の加粒子砲の直撃を受ける事になってしまったのだ。

 という事をようやく思い出すのだが、そんな彼の胸中に怒りが沸々と沸き上がってくる。

 と言っても第五使徒に対してでは無い。己の間抜けさに我慢がならなかった。
 

 ラミエルはサキエルやシャムシェルとは桁が違う。何といっても七大天使候補者なのだ。

 わかっていた筈なのに、それと相対するのに自分は余りにも無防備過ぎた。

 表情は相変わらずポーカーフェイスを保っているが、内心では悔しさを噛み殺しながら、

 シンジがそこ迄思い至った時に、さらにもう一つの可能性が有った事を思いだし、

 シンジはその事をレイに確認しようとする。
 

「レイ」

「何、お兄ちゃん?」

「第五使徒以外に、例えば新たな使徒が襲来してきた。などという事はないのか?」

「ううん。今確認されているのは第五使徒だけよ」

「そうか・・・」

 ひとまずホッと胸をなで下ろすシンジ。

 どうやらラミエルが七大天使として降臨したと決定した訳ではなく、

 まだ終末の時を迎えたと確定した訳でもないらしい。

 もし本当にその時が来たのならば、ラミエルに続きその他6人の天使達が、

 地上に現れ出る筈なのだが、今の所その気配はないようである。
 
 

 次にシンジはネルフの現在の状況を確認してみる事にする。

「レイ、今現在ネルフは使徒に対して何らかの作戦を展開しているのか?
 あるいはこれからしようとしているのか? わかる部分で良いから教えてくれないか」

「作戦そのものの内容についてはよくわからないけど、
 それに関して葛城一尉から指示を受けているわ」

「どういう中味なんだ。教えてくれ」

「わかったわお兄ちゃん。ちょっと待っててね」

 レイはそう言うとスカートのポケットに手を突っ込み、手帳を取り出すと、

 そこに記載されている事を文字通り、棒読みし始めた。
 

「碇、綾波の両パイロットは、本日1730ケージに集合、1800初号機および零号機起動!
 1805発進、同30二子山仮説基地到着、以降は別命ある迄待機」 

 ミサトの指令を読み終えたレイは、それ迄手帳に落としていた視線を上げると、

 それをシンジに移動させるが、相変わらずシンジはベッドに寝そべったままで、

 はたして今の指令を聞いていたのかどうかも何だか怪しい感じである。

「わかったよレイ。だけど作戦行動そのものの内容については教えられていないんだな?」

「ご免なさい」

「ただ確認しただけだ。別に謝る必要は無い」

 そこ迄話し終えた段階でシンジはようやくその半身を起こしにかかるのだが、その拍子に、

 それ迄彼にかけられていたタオルケットが、シーツと一緒に体の前面にハラリと落ちる。
 

 その模様を静かに、但し”しっかりと”確認していた、ファーストチルドレン・綾波レイのコメント。

「だってあなたゾーさんでしょ」

(一遍死ね!)

「ゾーさん?」

 不審に思ったシンジが、レイの視線を追って、自分もその視線を自らの肉体へと下ろしていき、

 そのモノを確認した後、再びそれをレイの方に戻していく。

 相変わらずレイの視線はそのモノに”しっかりと”固定されたままのようで、

 シンジは苦笑しながらシーツとタオルケットを自分の方に引き寄せる。
 

「レイ、ちょっと頼みがあるんだが」

「何お兄ちゃん?」

 場を誤魔化すためか、シンジは普段よりやや大きめの声で、レイに対するお願いを口にする。

「作戦行動の内容について調べて欲しいんだ」

「どうして?」

「別に確固たる理由が有る訳では無いんだが・・・ どうも気になるんだ」

「時間がかかると思うけど・・・」

「構わないよ、頼む!」
 

 シュッ

 シンジの依頼に対し、レイは嬉しそうにこっくりとうなずくと、

 自動ドアの開閉のための圧縮空気音を発し、病室を出ていった。

「ゾーさんか!」

 残されたシンジがタオルケットをめくり上げ、再びそのモノを確認しながらポツリと呟く。

 大事な妹の情操面に悪影響が出なければ良いが、と真剣に心配するシンジであった。

(だから、エー加減にせいって!! 誰かコイツをディラックの海に放り込んでくれ!!!)
 
 
 
 
 

 各○力会社の対応は別にして、ネルフ内部においては、

 作戦遂行に向けての準備が着々と整いつつ有った。

「エネルギーシステムの見通しは?」

「現在予定より3.2パーセント遅れていますが、本日23時10分には何とか出来ます」

 ミサトの質問に対し、目処は立っていると答える技術部員。

 確かにこのまま数字を積み上げていけば、その時間迄に何とか出来るのだろうが、

 この期に及んでもまだ彼らは気づいていなかった。

 この後どんなに頑張ったとしても、

 その数値が”100”などというものには遙かに遠く及ばない時点で、ストップしてしまう事を。
 

「ポジトロンライフルはどう?」

「技術部第三課の意地にかけても、後3時間で形にして見せますよ」

「防御手段は?」

「それは・・・ 盾で防ぐしかありません。SSTOのお下がりで見た目は酷いですが、
 元々底部は超電磁コーティングされている機種ですし、
 あの砲撃にも17秒は持つ計算で、二課の保証書付きです」

 本部内、第8格納庫で組み立て上げられた、

 EVA専用耐熱光波防御兵器を見上げながらマヤが答える。

 彼女の言う通り、一昔前の機動隊のジェラルミンの盾のお化けといった感じで、

 いかにも急造仕様だというのが見てとれる。

 これで技術部の仕事の進捗状況を一通り確認し、納得したミサトは、

 それを理解した事を表明した後、次に自分の領域である作戦部の案件の確認にとりかかる。
 

「結構!! 狙撃地点は?」

「目標との距離、地形、手頃な変電設備等も考えるとやはりここです」

「ふーん、確かに行けるわね。狙撃地点は二子山山頂。
 作戦開始時刻は明朝零時。以後、本作戦を八州作戦と呼称します」

「了解」

 日向の提案に、自分の思惑通りに事が進んでいる事を確認したミサトは、

 地図を覗き込むためかがんでいた態勢を元に戻し、毅然とした態度ですっくと背を伸ばすと、

 作戦開始の発令を高らかに宣言した。
 
 
 
 
 

 シンジはレイが調達してきてくれた 「八州作戦」 の全容を記した起案書に目を通している。

 まだ彼は病室に滞在していたのだが、さっきのような事がないようにと、

 手近に有ったガウンをその身に纏っている。

 電子手帳サイズの端末に映し出されたその内容を見る限りでは、

 特に問題有るようには見えないのだが、それでも何か引っかかる点を感じてしょうがない。
 

『リツコが居れば』

 そう思うシンジであったが、残念な事に今の彼女は機上の人で有り、

 すぐさま連絡をとろうと思っても仲々難しいだろう。

 仮に連絡がついたとして、それからこの作戦の全容を説明し的確な指示を仰ぐと言っても、

 時間的にも、機密保持の観点からいっても余りに問題が有り過ぎるような気がする。

 ラミエルに1度やられた事で慎重になるのは良いが、なり過ぎるのはかえって良くない。

問題無いのか、本当に?・・・ 問題無いな、本当に!」

 シンジはそう口に出して呟き、無理にでも自身を納得させようとしたその時である。
 

 キンコン

「どうぞ」

 シュッ

「失礼します」

 病室の呼び出し音に続き、シンジが入室の許可を口にすると、

 そう言って今迄見た事の無い女性が彼の病室へと入ってきた。

 白衣を着用している事から、おそらくリツコの代わりにやって来た女医さんだと思われるが、

 シンジは例によって素早くその女性を値踏みする。
 

 年齢は、リツコやミサトよりはやや下、マヤよりはちょい上か?

 仲々愛くるしい顔立ちをしており、

 少し小柄ではあるが蜂を連想させるその体形は、男子としては文句のつけようがない。

 ミサトと同じで赤が好きなのだろうか?

 白衣の下から覗く情熱的なその色と、いわゆる天使のリングを持つその黒髪は、

 彼女がまるで清楚な巫女であるかのように思われたのだが、

 そのブルーの瞳と掘りの深い、目鼻立ちのはっきりした顔は、本当の国籍はともかく、

 彼女が間違いなく外国人の血を引いている事を示していた。

 自分が完全に目を覚ました事で状態の確認に来たのだろうが、いったいどこの国の人だろう?

 そのシンジの考えに答えを与える言葉が、次の瞬間彼女の口から語られた。

「Herr Shinji.Ikari Guten Morgen」
 

 因みに作者は、この言葉が最初アスカの口から語られた時、大いに悩んでしまった。

 元々彼女はドイツ系アメリカ人のクォーターなので、

 英語とドイツ語、両方を話せたとして何ら不思議は無いのだが、

 Hello(こんにちは) Shinji(シンジ) Guten Morgen(おはよう)、

 では、さっばり意味不明だったからである。

 はっきり言っておじさんには、まさかあれが英語のHelloではなく、

 ドイツ語のHerr(英語のMister)だとは、思いもよらなかったのである。

 若い人ばかりでは無く、こういったおじさんも夢中になって見る事が有るのだから、

 今度”エヴァンゲリオンZ”を製作する場合は、(作る訳ネーよ)

 そういった点をもう少し考慮して頂きたい。

(コラ! イイ加減で本文に戻らんかい)
 

「ぐーてんもるげん、え〜と?」

「アナタ、誰?」

 やっぱりシンジに話せるドイツ語は、「バームクーヘン」 がいい所みたいで、

 それ以外の言葉になってしまうと、どうしても日本語になってしまうようである。

 それでも何とか、「Guten Morgen」 はわかったと見え、挨拶を返そうとするのだが、

 相手の名前を聞いていない事に気づき、そこでストップしてしまうのだが、

 レイの方は自分のペースを保持出来ているようだ。

 シンジ以外にもう1人、レイが居る事に気づいたその女性は、

 今度は流暢な日本語で2人に対して語りかけた。

「初めまして、碇シンジ君。それからえ〜と・・・ 確かアナタは綾波レイちゃんだったわよね?
 私は今度ネルフアメリカ第一支部の技術部長を努める事になった、
 ハルペル・ド・フォン・ラーヘルよ、よろしくね!」
 
 

 彼女がシンジに会う事が出来たのは実に幸運な事であったと言えよう。

 なるべくなら自分が日本に来ている事を本部に知られたくなかった彼女にとって、

 シンジには申し訳無かったが、彼が第五使徒に敗北を喫して、

 本部外の病院に入院する事になったのもそうだし、

 それによってガードが減少する事にもなったからである。
 

 病院という場所は、不特定多数の人が出入りするが故に、

 かえってその監視態勢に万全を期すために、要所々々にカメラなどが設置されている。

 殊にここ、中央病院はネルフの息がかかっており、他に比べ2倍近い台数が置かれている。

 それに加え、あの、「いかにも」 といった連中を病院内でうろうろさせていたのでは、

 他の患者さんの不安を煽る事になるので必要最小限の人員を残し、

 その他の連中は病院外で待機する事になっているからである。
 

 以前シンジが初めて第三新東京市にやって来て、ここに入院する事になった際には、

 彼が来たばかりでまだガードの対象になっていなかったのと、

 リツコが部長の権限で彼らを遠ざけていたおかげで、

 2人は楽しいひとときを過ごす事が出来たのだ。

(何じゃそりゃ!)

 しかしエヴァ初号機のパイロットとして、正式にサードチルドレンとして登録された現在では、

 そうも言っておれず、ましてやファーストチルドレン、綾波レイも一緒にこの病室に居る、

 という状況においては、キチンとガードがつけられており、

 外部の人間は勿論、例えネルフの人間であったとしても、相応の地位にあるものでなければ、

 彼らの了承を得てシンジに会う事はかなわなかっただろう。
 

 幸いにも彼女の場合は、アメリカ第一支部の技術部長という要職にあったため、

 IDを確かめた黒スーツは、何故アメリカ第一支部の技術部長がこんな所に居るのか、

 不思議に思い、怪訝な表情を浮かべたものの、

 とりあえずは黙ってすんなり彼女の事を通してくれたのである。

 しかもその際、彼女は黒スーツに対して、

「この事は超A級機密事項に当たるので、
 私とサードチルドレンが接触した事は、決して外部に漏らさないように」

 と、しっかり釘を刺す事を忘れなかった。

「サードチルドレン」 ある意味司令であるゲンドウよりもVIPと言っても良い少年と、

 本来その少年とは何ら接点のある筈の無いアメリカ第一支部の技術部長という組み合わせは、

 それを信じさせるのに、充分すぎる以上の説得力を持っていた。
 

「初めまして、ハルペル技術部長、碇シンジと言います。こちらこそよろしく」

「よろしく」

 ハルペルが先に名乗った事で、シンジの方もごく自然な感じて彼女に返礼すると、

 レイの方もそのシンジにつられて返事はするのだが、

 やはりシンジに比べるとその対応の仕方には、かなりのレベル差が感じられる。

 アメリカ第一支部の技術部長が自分にとってどういう位置づけになるのかは不明だが、

 まずはお互いの挨拶を交わしたシンジに、彼女のIDを確認した黒スーツと同様、

 何故こんな所に居るのだろう? という疑問が湧き上がってくる。

 そんなシンジの心中を読みとった訳でも無いだろうが、シンジが問い質すよりも先に、

 ハルペルは自分が今ここに居る理由を説明しだした。

「そう固くなる事はないわよ、シンジ君。私の事はハルベルで構わないわ、
 だってあなたに会いたがっていたのは、むしろ私の方なんだから。」

「と言うと?」

「サードチルドレンとして、あっさり第三・第四使徒を葬りさったあなたに非常に興味が有ったのよ。
 どうしてかと言うと、私はこれ迄ドイツ支部で技術部長を努めていたのだけれど、
 そこでエヴァ弐号機のメンテナンスを受け持ってたものだから」
 

 そう言い放つハルペルの瞳は好奇心で満ち満ちており、

 はっきり言って良い研究材料を前に、舌嘗め擦りをしている。という事がわかる程で、

 それはシンジに、今最も身近にいる美女2人の事を思い出させるものだった。

 このハルペルという美女と、あの2人とは顔やスタイル、性格も勿論3者3様、

 実にそれぞれ特徴的で、交点はあまり感じられないのだが、

 ある1点においてだけ非常に良く似ているな、と感じられる部分が有るのだ。
 

『ミサトがサラマンダ、リツコがヒドラだとしたならば、コイツはバジリスクだな』

 などと女性を相手にしては非常に失礼な事をシンジは考えていたのだが、

 あながち的外れという訳でもなさそうである。

 尤も既にこのうち2匹を頂いてしまっているシンジの正体こそがいったい何者何だと問われると、

 返答に困る所ではあるのだが。
 

「どうしたの?」

「いや、問題無い

 そんな事を考えていたため、黙りこくってしまったシンジを訝しんだハルペルから声がかかる。

 一瞬ドキッとしたシンジで有ったが、決してそれを表に顕わす事は無く、

 いつも通り返事を返すのだが、そんな彼の脳裏に不意にひらめきが生じる。

「ハルペル、君に一つお願いが有るんだが」

「あら、噂のサードチルドレンが、しがない技術部長に何の御用かしら?」

「これを見て、是非君の意見を聞かせて貰いたいんだ」

 シンジはそう言うとハルベルの手に端末を渡し、「八州作戦」 の概要を説明しだした。
 
 

「目標のレンジ外、超長距離からの直接射撃ね〜
 ひょっとして・・・ やっばり! これ考えたのミサトね」

「知っているのか?」

 アメリカ第一支部の技術部長の口から、突然自分の知っている者の名前が出てきた事に、

 驚き、と言うよりは、意外な感じを受けたシンジはその事をハルペルに確認する。

「ええ、ミサトだけじゃ無いわ、リツコともずうっと昔からの知り合い。
 特にミサトとはついこの前迄ドイツ支部で一緒に勤務してたくらいなのよ」

「成る程な!」

 先程のこのハルペルを含めた妖女3人衆に対する自分の評価が、

 間違っていなかった事をシンジは確信する。

 この3人に揃って睨まれたならば、いくらあがこうともその囲みを抜け出す事は出来ないだろう。

 いったい彼女達の前にどれだけの初穂が散っていったのか?

 その者達の事を思うと、哀れみを覚えずにはいられぬシンジであった。
 

「アイデアとしては決して悪くはないわね。くだくだ言わずに正面突破。
 いかにもミサトらしい作戦だわ」

「で、どうなんだ?」

「ちょっと待って、もう少し確認したい事が有るのよ」

 結論をせかすシンジをハルペルはそう言って軽くいなすと、

 彼から与えられた端末のキーから、何やらデータを打ち込み始める。

 出だしはちょっとおどけた感じのあったハルペルであるが、

 時間が経つにつれてその表情がどんどんと真剣なものに変化していく。

 やはりリツコと双璧をなすだけの存在である。
 

 そんなハルペルの様子をシンジは熱心に見つめ続けていたのだが、レイの方はと言うと、

 最初の頃、シンジとハルペルが会話を交わしている間は、

 2人が口を開くごとに、その顔を交互にキョロキョロと見渡していたのだが、

 じきにそれが終わり、シンジがハルペルの事を見続けるようになってしまうと、

 レイもその真剣な視線に感ずる所が有ったのだろう、彼と共にハルペルの事を見つめ始めた。
 
 

「出来たわ!」

 ハルペルは手を止めると同時に顔を上げ、そうシンジに向かって言い放つ。

 本来の両手を使った彼女のキータッチでは、リツコと同様驚異的なスピードを誇っているのだが、

 端末のサイズがサイズだったのと、立ったままというポジションでは、

 片手で端末を支え、残った片手でキーを叩く、という事しか出来なくなってしまっていたので、

 彼女にしては結構時間がかかってしまったようである。

「聞かせてくれ」

「結論から言うわね、八州作戦の実行は不可能よ!!」

 冷静に、そして静かに、ハルペルの口から科学者らしく事実だけがありのままに語られた。
 
 
 
 
 

 天界より遣わされし5番目の使者に、与えられた屈辱を払拭し使者の故郷・天へと送り返すために、

 魔界より遣わされし3人目の少年は、彼の故郷とも言える地獄の底から甦ってきた。
 
 

                                                         
 
 

 ハルペルの検証により、実行不可能な事が判明してしまう八州作戦。

 それに代わる案を検討していたシンジはついに決断し、レイに作戦への参加を依頼する。

 タイムリミットの迫る中、発令所へと乗り込んだシンジは己の考えを提示する。

 次回 問題無い  第25話 シンジ 蠢動

 さ〜て、この次も サービスしちゃうわよ
 
 
 


管理人のコメント
 業師さんから『問題無い』の24番目のお話を頂きました。
 そしてこの4月1日で『問題無い』連載、一周年です。
 おめでとうございます!
 どんどん! ぱふー♪
 
 当初はmap_sさんの『Esse-Esse』で連載開始。
 途中『Esse-Esse』閉鎖によるお引越しで、8月から当サイト『Luna Blu』に移転。
 そして現在に至ります。
 しかし、連載一年。
 それもコンスタントに掲載するのは並大抵のことではありません。
 
 お話の方ですが、いよいよハルペルがシンジと対面。
 致命的な見落としが、いよいよ明らかになります。
 
 この作品を読んでいただいたみなさま。
 のあなたの気持ちを、メールにしたためてみませんか?
 みなさまの感想こそ物書きの力の源です。


 業師さんのメールアドレスは wazashi@nifty.comです。

 さあ、じゃんじゃんメールを送ろう!


 Index