問題無い
 
 

 天界より遣わされし5番目の使者は、今だその姿を見せる気配は無く、

 魔界より遣わされし3人目の少年も、この時だけは妹の事を気にしていれば良かった。
 
 
 
 
 

第21話 シンジ 深慮
 
 

「そうかしら? まあ確かに最初の戦闘はちょっともたついたけど、初めて使徒に遭遇した。
 という事を差し引いて考えれば十分及第点だと思うし、
 2回目の場合は見事と言っても良い内容だと思うけど?」

「確かに、最終的に使徒を倒したのは事実だから認めてやるけど、
 出だしの部分は1回目も2回目もやられちゃっているじゃない。
 私だったらあんなみっとも無い真似はしないでもっとスマートにケリをつけてるわよ」

 ここはネルフドイツ支部の会議室。

 そこでは1人の美女と1人の美少女が、エヴァ初号機と使徒との戦闘結果を巡って、

 論戦をかわしている。
 

 美女の名前は、ハルペル・ド・フォン・ラーヘル。

 Doktorの称号を持つ彼女は、ここドイツ支部の技術部長を努めており、

 本部におけるリツコと同等の役割を負わされていると言っていいだろう。

 事実彼女とリツコは同じ師、リツコの母親である赤木ナオコ博士に師事しており、

 この赤木ナオコ博士を含め、シンジの母親である碇ユイ、そしてもう1人、

 惣流キョウコというこの女性3人衆は、かつて東方の三賢者と呼ばれていたのだが、

 代が移って現在では、リツコとハルペル、

 この2人の女性がかつての3人と並べ立てられるだけの存在になっており、

 オリエンタルウィッチィズ、いわゆる 「東洋の魔女」 と呼ばれるリツコに対してハルペルは、

 オクシデンタルシャーマン、「西洋の巫女」 と呼ばれている。
 

 昔っから自他共に認めるライバル同士だったこの2人の関係は、

 ネルフに入ってからもずうっと続いており、

 技術部長としての肩書きも一緒だし、エヴァの製作に関しても、しのぎを削っている間柄である。

 ただ本部には零号機と初号機、2体のエヴァが有るのに対して、

 ドイツ支部には弐号機1体しか存在していないが、これは決して2人の差というものでは無い。
 

 元々この3体のエヴァは、今のネルフがゲヒルンと呼ばれていた頃、それぞれ別々の3人、

 いわゆる前述の東方の三賢者によってそのベースが形作られたものなのだが、

 そのうち2人が生粋の日本人であったのに対し、

 後の1人、惣流キョウコだけがドイツの流れを汲んでいたため、

 それぞれの関係する地でエヴァの研究を続けていた結果、前述のような配置になったのである。

 勿論こればかりが理由という訳でもなく、それ以前の段階で、

 それぞれの研究・実験施設の充実度合いの差が影響していた事も否定できない。
 

 また、リツコが 「本部」、ハルペルが 「ドイツ支部」 に勤務しているのも、

 たまたまリツコが 「日本人」 であったのに対して、ハルペルは 「ドイツ人」 であったがために、

 先程のエヴァの配置と同様、それぞれの出身地に勤務する事になっただけで、

 能力的な意味で 「本部」 と 「支部」 に別れた訳ではないのだ。
 

 ハルペルも科学者の例に漏れず白衣を着用しているのだが、

 リツコがその下に良く青を好んで身につけているのに対し、

 彼女の場合はミサトと同じように赤を基調にしたものがお気に入りであり、

 髪の色は日本人であるリツコが金髪に染めているのに対し、

 彼女はブル(ー)ネット、つまり 「緑なす黒髪」 を保っている。

 白と赤、そして綺麗な黒髪。

 彼女が巫女と呼ばれているのは、この服装と髪に一因が有るのも確かであるが、

 キツネ目で、割ときつめの表情をしているリツコに比べ、タヌキといっては彼女に失礼だが、

 どちらかというとタレ目系で、愛くるしいといった感じである事の方が要因としては大きいだろう。

 身長はその顔に合わせてか、やや低めだが、それでも出る所はしっかり出て、

 締まる所はしっかりと締まっており、音で表現するなら、

 バン!     キュッ     ドン!

 と言った所で、最近ビールの飲み過ぎでお腹のあたりが気になっているミサトに比べたら・・・

 いや比べるだけ彼女に失礼というものだろう。

悪かったわね!!

 と、ともかく彼女がすこぶるつきの美女である事だけは間違いのない事実である。
 
 

 さて、もう1人。美少女の方だが、名前は・・・ 今更説明する迄もないだろう。

 皆様お待ちかねのあの少女、惣流・アスカ・ラングレーである。

 本当ならば彼女の登場は、皆様ご存じのようにまだまだ先なのだが、

 とうとう作者の方が我慢しきれなくなって、この時点での登場と相成った。

 全く、いくら自分で書いているとはいえ、

 利己的な理由でストーリーをコロコロ変えられてはたまったもんじゃない。

(オイ! イイ加減で本筋に戻れ)
 

 えーと、そうそう、アスカの説明に戻らせて頂くと、

 彼女は前述の惣流キョウコの1人娘で、エヴァゲリオン弐号機の専属パイロットとして、

 綾波レイについでマルドゥック機関が選出した2番目の少女として登録されており、

 その由来から 「セカンドチルドレン」 と呼ばれている。

 彼女はあだ名こそ 「セカンド」 であるが、パイロットとしての資質は優秀の一言に尽き、

 弐号機の起動、というよりはエヴァゲリオンの起動に、世界で初めて成功したのは彼女だし、

 ついこの前、時期的にも数値的にも、ようやく零号機の起動に成功した綾波レイとは、

 雲泥の差が有り、エヴァのエースパイロットとして、これ迄自他共に認める存在だったのである。
 

 また彼女はエヴァのパイロットとしてだけではなく、頭脳も運動神経も、

 同世代の人間では比較にならない程の優秀さを誇っていた。

 頭脳に関して言えば彼女はスキップを活用して、既に大学をも卒業していたし、

 運動神経に関しても、ネルフ内において彼女を指導する様々な教官達から、

 それぞれの腕前について太鼓判を押されている程なのである。

 もしも現時点において彼女とシンジが闘うような事になったら、

 最近かなり腕を上げてきているシンジであっても恐らく彼女に勝つ事は出来ないだろう。
 

 そんな彼女に対して、周りは 「天才」 という称号を与えたのだが、

 それはある意味間違いであり、ある意味正解でもある。

「天才」 文字通りならば”天賦の才能”に恵まれた人物なのであろうが、

 彼女の場合は、自らの懸命なる努力によって培ったものによって手に入れたものであり、

 その意味では間違いなのであるが、

 しかし普通の人間ならば、そこ迄の努力は到底出来る物ではないわけで、

 そういう意味では正解なのだろう。
 

 その内に秘めた情熱は、言葉や態度に出す事無くとも、

 彼女の髪の色である、艶やかな赤毛が強烈に外部にアピールしており、

 14歳とは思えない程整ったプロポーション、ゲルマン民族の流れを汲む彫りの深い顔立ち、

 まるで紡ぎ立てのシルクを思わせる透き通らんばかりの肌、まさに”美少女”である。

 本当なら彼女を称える言葉は、到底こんなもので足りる筈がないのだが、

 残念ながら作者は、これ以上彼女を語る言葉を持ち合わせていないのでご容赦願いたい。
 

 何故なら彼女は、古代バビロニアにおいて 「イシュタール」 、

 グリースにおいては、「アプロディーテ」 と呼ばれ、

 天界・魔界を通じて最高の美姫と謳われていた女性なのである。

 そんな彼女の全てを、凡人中の凡人である作者が語る事など出来る筈が無かったのである。
 
 

 それだけのものを持っていた彼女は、

 これ迄、将来人類の救世主となるのは自分だと信じて疑っていなかったのだ。

 ところが、そこに突然 「サードチルドレン」 が登場してきて、

 しかも既に使徒を1体屠り去った、というニュースが3週間程前に飛び込んで来たのだ。

 当然気が気で無くなった彼女は、ハルペルに無理を言って、

 初号機と使徒との戦闘の様子を映し出す映像を取り寄せて貰う事にしたのだが、

 何故か本部はその情報を出し渋り、依頼の映像が届いたのは、

 ようやく今日になってからなのである。

 逆にこれが幸いしたと言って良いのかはわからないが、

 この間に初号機は2体目となる、第四使徒を殲滅する事にも成功していたのであるが、

 こちらの映像も合わせて送られてきていて、

 それの戦評が冒頭のハルペルとアスカの会話につながったのである。
 

 これ迄エヴァのエースパイロットとして君臨してきたアスカにとって、

 この 「サードチルドレン」 の出現はまさに寝耳に水の出来事であった訳で、

 本来であれば、仲間になるべきその人物に対して、

 彼女は自分のエースの座を脅かすライバルとして認識していたのである。
 
 

「成る程、まあ私は戦闘に関しては素人だからあれだけど、
 プロのアスカから見ればまだまだ甘いって事なのね」

「ま、そういう事ね。 ところでこのサードチルドレンのデータを教えてよ」

「それがね、今回届いたのはこの戦闘の映像だけなのよ。彼に関しては本部のガードが固くって、
 わかっているのは名前と、ちょっとしたプロフィールぐらいなの」

「も〜何考えてんのよ! 同じ組織なんだから写真くらい公表しなさいよ。
 でも、無いものは仕方無いわね、いいわそれだけでも教えて頂戴」
 

 コンバットプローブン。

 現時点において使徒との戦闘を経験しているのはシンジだけであり、

 きっちりと、その2体とも殲滅に成功するという、”戦闘証明”をはたしている。

 いわば今の彼は全人類の滅亡の鍵を握っている唯一の人物であり、

 その扱いが、情報も含めて、かなり重要であるのは間違いない所である。

 今後アスカやレイもその列に加わる事が出来れば、また状況も変わってくるのであろうが、

 彼のデータに対するアクセスが制限されのは今の時点ではやむを得ない事なのだろう。

 本部としては出来る限り外部への情報の漏洩、提供は避けたい所だったのだが、

 同一組織の支部からの要請とあっては無下に断る訳にもいかず、

 とりあえず、名前とプロフィールだけはハルペルの元に送り届けたのである。

 尤も、シンジ自身がエヴァのパイロットである事をクラスの中で認めていたため、

 この件の担当者がその事を耳にしていたらまた違った結果になっていたと思う。

 というより、そんな事になったら一生懸命悩んだ担当者が余りにも可哀想である。
 

「名前は碇シンジ、あなたと同じ14歳の少年で、本部の碇司令の息子さんですって」

「司令の息子!? ハ、それでわかったわ」

「何が?」

「おそらく本部の連中は使徒との戦闘の時おもいっきりフォローに回ったのよ、
 大事な司令の御子息に怪我をさせる訳にはいかないからね」

「そうかしら?」

「そうよ! となると使徒を倒したってのも眉唾物ね、大体この私ですらあれだけ苦労したのに、
 来てすぐのボンボンがそんなに上手くエヴァを扱える筈がないわ」

 アスカの言い分はわからない迄もない。

 綾波レイの場合で7ヶ月、彼女の場合はそれ程長くはかからなかったが、

 それでもエヴァとシンクロするのには結構な期間を要しているのだ。

 そんなポッと出の新人がそうやすやすとシンクロ出来る訳が無い!

 シンジがエヴァの起動とその後に続く使徒の殲滅に成功したのは、

 司令の息子である彼を周りが必至にヨイショしたのだ。

 これ迄の経験からそう判断したアスカであったが、それ以上に彼女の胸中では、

 自分の座を脅かすその少年を認めたくないという気持ちの方が大きく膨れ上がっていた。
 
 

 シュッ

「よっ、お2人さん。お揃いだな」

「加持さ〜ん(はあと)」

 今会議室に入ってきた、仲々の長身の上に筋肉質な体を持つこの男、

 名前を加持リョウジといい、ここドイツ支部の保安部、特殊監察課に所属している。

(本部に比べて規模の小さい支部では、本部において似たような形態の仕事を行っている、
 保安部と特殊監察部が、統合された形で存在しているのである)

 またそれと同時にその体が示すように、格闘戦におけるアスカの教官の1人でも有り、

「セカンドチルドレン」 のボディーガードも努めている。

 彼は、いわゆる裏の世界で結構名が通っており、

 当然ネルフ内部においても、有用なエージェントとして引っ張りだこの存在である。のだが・・・

 入ってきた彼のスタイルを見てみると、とてもそうは思えない。

 独身の男性である事を如実に示している、よれよれのシャツにシワのよったズボン、

 おまけに顔全体はうっすらと不精髭に覆われている。

 しかしまあ”能ある鷹は爪を隠す”という諺があるように、

 彼のそれも、もしかしたらわざと行っているのかもしれない。

 それでも髭の濃さという点では某○野監督や、作者に比べるとかなり薄く、

 かえってそれがさまになっているフシすらあり、

 ゲンドウと同様只のヒゲオヤヂである作者としては、妬ましい限りである。

(イイ加減私情を夾むのは止めろ)
 

「Doktorラーヘル、支部長がお宅の事を呼んでいたぜ。支部長室迄来てくれって」

「わかったわ。アスカ、ここ迄にしましょう」

「はーい。いってらっしゃ〜い」

 そういってハルペルの事を見送るアスカの口調が嬉しそうなのは、

 お気に入りの加持が来てくれたからなのだろう。

 さてこの後どうやってかまってもらおうかと考えていたアスカに対し、

 用件を済ませた加持はそそくさと退散しようと考えていたのだが、

 オールブルーになっているプロジェクタースクリーンに、

 先刻迄映し出されていた筈の映像が何故か気にかかった彼は、その事をアスカに問い合わせる。
 

「アスカ、これは?」

「初号機と使徒との戦闘のデータよ、本部に頼んでいたのが今日やっと届いたの」

「ちょっと見せて貰って良いかな?」

「ど〜ぞど〜ぞ。はい、こちら」

 そういってアスカが椅子を引いてみせたのは、当然自分の隣の席である。

 思春期の少年あたりなら、こういった美少女の隣に腰を下ろすとなると、

 多少の気恥ずかしさと、そして勿論嬉しさに支配される事になるのだろうが、

 さすが男30年もやっている加持の場合は、全然そんな事はなく、

 アスカに勧められるまま、その隣に腰を下ろすと画面を食い入るように見つめ始めた。

 他方アスカの方はどうかというと、お気に入りの加持と隣同士という事で、

 一緒に映画を見る恋人同士の雰囲気をすっかり味わっていた。
 
 
 
 
 

「ハルペル・ド・フォン・ラーヘル。
 君は明日付けでネルフアメリカ第一支部の技術部長に転任する事が決定した」

 支部長の男性にしては割とキーの高い声が彼女の耳に入ってきた時、

 普段は非常に早い処理速度を持つ彼女の脳細胞が、

 その内容を認識するのに結構な時間を要したのである。

 場面はどうやらネルフドイツ支部内の支部長室に移ってきたようで、

 そこではハルペルがドイツ支部長と向き合っている。

 表面的には平静を装っているハルペルであったが、その内情は激しく揺れ動いていた。

 その理由はというと、先程彼女に対して交付された辞令にある事は言う迄も無い。
 

『何故今この大事な時期に?』 と彼女が疑問を持ったのも当然である。

 15年ぶりにやって来た第三使徒に続き、先日は第四使徒が本部を急襲してきたばかりで有り、

 それに唯一対抗できるエヴァンゲリオンの重要度は非常に高くなって来ているのだ。

 これ迄の2回は日本が襲われているのだが、もしかしたら次の奴はヨーロッパに現れるかもしれず、

 そうなった場合は当然アスカの駆る弐号機の出番となるものと思われるが、

 それ以前の段階ではどうしても自分の力は必要になる筈である。

 なのに何故自分をアメリカに追いやろうとするのかという彼女の疑問に対し、

 当初からの予定だったのだろう、支部長はその理由を説明し始める。
 

「本来ならまだ極秘なのだが今後その任に当たる君には特別に教えておこう」

「いったい何でしょうか」

「今度アメリカ第一、第二支部において、
 エヴァンゲリオン参号機および四号機を建造する事が内定したのだ」

「では!」

「うむ。君はその責任者としてエヴァの初期段階からの建造にあたってもらう」

『初期段階からの建造』 この言葉は彼女にとって非常に魅力的であった。

 先程も一度触れているが、現存する3体のエヴァは、

 いずれもかつての東方の三賢者の手によるもので、

 赤木ナオコの手による零号機。

 碇ユイの手による初号機。

 そして今現在彼女が手がけている弐号機も、ベースを作ったのは惣流キョウコなのである。
 

 シンジが突如出現してくる迄は、はっきり言ってリツコより自分の方が1歩先んじている。

 そう彼女は思っていたのだ。

 事実最初にエヴァを起動させるのに成功したのは、弐号機の方なのである。

 ところがあの 「サードチルドレン」 の出現以来、状況はすっかり反転してしまっていた。

 向こうはもう、2体もの使徒を殲滅するのに成功しているのである。

 彼女は焦りを感じるようになっていたのだが、もし今回の事が実現出来て、

 自分の設計による 「ハルペルオリジナルエヴァ」 というものが完成すれば、

 再びリツコに対して優位に立つ事が出来る。
 

 そう考えた彼女は、一旦はこの話に納得し受け入れる旨を回答するのだが、

 やはりこれ迄手塩にかけてきた弐号機の事が気になったので、

 その事についても聞いてみる事にする。

 しかしそれに対する支部長の返事は、彼女の逆鱗を逆なでするものであった。

「わかりました。ところで支部長、私がいなくなった後の弐号機はどうなるのでしょうか?」

「ああ、弐号機は本部の赤木技術部長がやって来て最終調整を行った後、
 実戦配備される事が既に決まっている」

 彼女はおもわずギュッと拳を握り締めていた。

 つい今しがた迄有った高揚感が急速に減退していく代わりに、今度は怒りが沸々と沸いてくる。

『リツコが私の弐号機を最終調整するですって!!』
 

 人間関係というのは、男と女の間に限らずロジックでは無いらしい。

 彼女にはこれが仕組まれたものとしか思えなくなっていたのだ。

 自分を追い出してリツコは弐号機を手に入れる。

 そうなればあの女は3体全てのエヴァを我が物にする事ができるのだ。

 ハルペルは自分の心情を抑えつける事が出来ず、思わず支部長に当たり散らしていた。

「わかりました。私はもうお払い箱という訳なのですね」

「誰もそんな事は言っておらんよDoktorラーヘル」

「そうではありませんか支部長! 何故リツコ・・ 赤木部長が最終調整を行う事になるのです。
 私の仕事では不満だとはっきりおっしゃってください」

「落ち着きたまえDoktorラーヘル。
 私も、誰も、君の仕事に不満を持っている者など1人もおらんよ」

「では何故?」

「Doktorラーヘル。こればかりはいかな君でもどうしようもないのだよ。
 本部には有って、我々支部には無い物がある。それは実際の戦闘経験だ」

「た、確かにそれはそうですが・・」

「これは君と赤木部長のどちらがどうという問題では無い
「サードチルドレン」 のもたらした戦闘結果を、たまたま本部が持っているという事だけなのだ」

 支部長の言う事はよくわかる。

 たまたまリツコの元には 「サードチルドレン」 が存在した。ただそれだけの事なのだ。

 わかってはいる。わかっているのだ。

 しかしそれでもなお人間という生き物は思い悩む存在なのだ。
 

「サードチルドレン」 とはいったいどんな人物なのだろう?

 ハルペルの脳裏に不意にそんな思いが浮かび、

 次の瞬間、彼女は自分でも驚くセリフを口走っていた。

「わかりました支部長、アメリカ第一支部に赴任します」

「おお、わかってくれたかね」

「ですが、1つだけお願いが有ります。
 1度日本に立ち寄って行きたいので幾日かの猶予を頂きたいのですが」

「何、う〜む。わかったアメリカ第一支部には私から連絡を入れておこう」

「ありがとうごさいます」

 その言葉を最後に彼女は支部長室を辞すと、

 おそらくまだアスカ達が居るであろう会議室へ再び歩いていった。
 
 
 
 
 

 残された支部長はハルペルがドアの外に消えていくのを見送った後、

 再び視線を正面に、つい今し方迄ハルペルが立っていた場所に戻す。

「ご苦労だったな、支部長」

「これでよろしかったのでしょうか?」

「上々だよ、何、後は全て私達に任せておけば良い」
 

 本来、支部長である彼一人しかこの部屋には残っていない筈なのに、

 どこからか彼に対して声をかけて寄越す人物が居る。

 見ると支部長の正面に、SEELE 04

 そしてSOUND・ONLYと書かれた黒いモノリスが1本、いつのまにか存在している。

 どうやら声はそこから発せられているようだが、そのしわ枯れた感じから察するに、

 それを行っているのは、どうもかなりの老人のようであり、

 このドイツ支部においてbPの存在である彼が相手に対してへりくだっている所を見ると、

 今彼が話している人物? の方が、彼よりも上位に位置している事が伺える。
 

「わかりました。ところで弐号機の事なのですが、
 赤木博士の好きにさせておいてもよろしい。という事なのでしょうか?」

「勿論だ。これ以上あの親子を増長させないためにもな。
 赤木博士にはしっかりと協力してやってくれたまえ」

「ははっ、おっしゃる通りに致します」

「では支部長、くれぐれもよろしく頼む」

 その言葉を最後に、モノリスは支部長の目の前から忽然と消え去っていく。

 どうやらあのモノリスは、かつてゲンドウが本部内で向き合った5人の老人達と同様、

 立体映像で有ったらしい。

 実際の姿は確認出来なかったものの、ゲンドウの場合と同じように、

 ネルフのドイツ支部長がへり下っている所を見ると、

 その正体はやはりあの 「世界征服委員会」 の1人と見て間違い無いようである。

(もうそっちの世界からは離れろ!)
 

 ふーーー

 ようやく緊張から解き放たれた支部長は一際大きな溜息をつくと、

 どっかりと椅子に腰を下ろし、額に浮かんだ汗を拭き取り始めた。

 一方支部長室を出て行ったハルペルはどうしたかというと、

 アスカや加持との別れの言葉もそこそこに、何と彼女は数時間後には機上の人となっていた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

「レイ、聞こえるか?」

「はい」

 零号機のエントリープラグに身を沈めたレイに対し、ゲンドウからの声がかかる。

 気負いも・・・ てらいも・・・ 一切無い。

 ただ静かな、レイの返事に続き、ゲンドウが実験の開始を宣言する。

「これより、零号機の再起動実験を行う、第一次接続開始」

「主電源コンタクト」

「稼動電圧、臨界点を突破」

 実験の総責任者は勿論ゲンドウであるが、実質的な責任者であり、

 指導者でも有るリツコの言葉に続き、マヤを初めとするオペレーター達が、

 プログラムの進行状況に応じたチェックリストの読み上げを順次行っていくが、

 やはり、前回の暴走事件の事が皆頭に残っているのだろう、

 その口調は固く、誰もが緊張している事が読みとれる。
 
 

 シンジ、そしてミサトはこの実験に関してはいわば部外者なので、

 実験を統括するオペレーションルームではなく、

 実験場内を覗き込む事が出来る脇のスペースから、零号機の様子を眺めている。

 さっきはああ言ってレイを励ましたシンジだったが、やはり心配は隠せないようで、

 その表情は相当厳しいものがある。

 しかしシンジの激励が聞いたのであろうか?

 実験は一切滞る事なく進行していき、もう後少しで起動するという段階迄こぎつけたようで、

 マヤはそれを確認した後、カウントダウンをスタートさせる。
 

「チェック、2590迄、リストクリア!」

「絶対境界線迄、後、2.5」

「1.7」

「1.2」

「1.0」

「0.8」

「0.6」

「0.5」

「0.4」

「0.3」

「0.2」

「0.1」

「突破!」

「ボーダーラインクリア、零号機起動しました」

「了解。引き続き連動試験に入ります」
 

 ほーーーーーーーーーーー

 オペレーションルームに小さくではあるが、安堵の溜息が流れる。

 前回と違い今回は、全くノートラブルで順調に起動迄こぎつける事が出来、

 大半のオペレーター達は拍子抜けする程だった。
 
 
 
 
 

「良かったわねシンちゃん。零号機が無事起動して」

「ああ、そうだな」

 ほぼ2人並んだ状態で連動試験を見ていたミサトからシンジに対して、

 お祝いの言葉がかけられるが、気のせいだろうか、答えるシンジの言葉には、

 今一つ覇気というものが感じられないような気がするのだが、これはいったい?

「あによ〜、どうしたの、せっかくうまく行ったというのに浮かない顔しちゃって」

 ミサトもどうもシンジの様子がおかしい事に気づいたようで、その事をシンジに尋ねる。

 勿論、シンジとしても嬉しく無い訳が無かったのだ。

 何しろ彼は初めて学校をサボって迄、(本当はこういう事をしてはいけません)

 レイの事を励まし、実験の様子をじっくりと見つめ続けていたのだから。

 マヤの 「ボーダーラインクリア、零号機起動しました」 という声が聞こえてきた瞬間には、

 安堵と嬉しさ、それらが相まって何とも言えない至福を感じていたのだが、

 次の瞬間には、今後新たに発生する可能性に思い至り、

 決して手放しで喜べなくなってしまっていたのである。
 

「ミサト」

「な〜にシンちゃん?」

「零号機が起動したという事は、今後新たな使徒がやって来た場合、
 レイも戦闘に参加する可能性が出てきたという事だな・・・ 葛城作戦部長殿」

「!! そうね・・・ そういう事に・・・ なるわね」

 シンジの懸念に思い至ったミサトはそれ迄とは表情を一変させて、

 まさに作戦遂行に当たる部長の顔で彼の確認を肯定する。

 一方シンジは、なるべくレイを危険に晒さないためにはどうしたら良いのか考えていたのだが、

 1番手っ取り早いのは、自分が使徒を全て倒してしまえば良いのだという事に気づき、

 明日からの訓練については、今迄以上に気合いを入れて臨む事を決意するのであるが、

 それでも完全に気を晴らす事は出来なかった。
 
 
 
 
 

 天界より遣わされし5番目の使者の、襲来を前にレイの起動実験が成功した事で、

 魔界より遣わされし3人目の少年は、妹を心配し、自らには更に気合いを入れるのであった。
 

                                                         
 
 

 ドイツに向かう前夜、レイの起動実験の成功をミサト達4人が祝っているその一方で、

 老人達は、ずれかけたシナリオを自分達の意図する方向に軌道修正できた事に満足していた。

 やがて一時の団欒の後、リツコは己の犯した大きな罪をシンジに向けて懺悔する。

 次回 問題無い  第22話 シンジ 融和

 さ〜て、この次も サービスしちゃうわよ
 
 
 


 謎の美女、ハルペル・ド・フォン・ラーヘル
 いよいよ『問題無い』のオリジナル・キャラが登場してきました。
 今回はホンのさわりでしたが、彼女はこれからも物語りに深くかかわってくるのでしょう。
 
 そして、そして!
 なんと言ってもアスカさんです!

 ううっ。待っていましたよぉ。(T-T)
 本格的な登場は、きっとまだ先だとは思いますけれど……
 今後の活躍を期待です。(笑)
 
 レイちゃんの起動実験も成功して、次の使徒はあの四角形のやつですね。
 その前に、リツコさんがナニやらあるみたいですが……(笑)
 
 
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