問題無い
 
 

 天界より遣わされし4番目の使者が、姿を現すのとまるで一致するかのように、

 魔界より遣わされし3人目の少年は、4人目の少年と互いに初めて顔を合わせた。
 
 
 
 
 

第16話 シンジ 激突
 
 

「それにしても何やの、2週間も休んださかい、
 もうちょっと転校生が増えてにぎやかになっとると思うとったんやが、拍子抜けしてしもうたの」

「仕方無いよ街中であれだけ派手に戦争されちゃあね、多分しばらくは様子見が続くんじゃないの?」

 ここは第三新東京市に唯一存在する第一中学校、その2年A組の教室の一角。

 そこにどういう訳か制服姿では無く、黒いジャージを着込んだ少年とメガネをかけた少年が、

 朝の始業前の時間に何やら会話を交わしている。

 
 黒いジャージの少年は仲々の長身で、こう言っては失礼だが、

 短く刈られた髪がその無骨な顔とよくマッチしている。

 一方メガネをかけた少年はというと、いかにも軽そうといった感じがその表情だけでなく、

 雰囲気からも感じられる。

 この2人、ジャージの方は鈴原トウジといい、メガネの方を相田ケンスケという。

 どういう理由が有ったかは知らないが、トウジという少年は今日までの2週間、

 ずうっと学校を休んでいたらしく、今迄とは違いクラスの様子がさほど変化していなかった事で、

 肩透かしを食わされたような感じを受け取っていた。
 

 なぜならここ第三新東京市は、いずれ首都が移転してくる事が決まっているため、

 爆発的な人口増加が発生しており、それに伴ってここ第一中学においても、

 生徒数が順調に増加してきていたのだが、彼が居なかった2週間の間に転校してきていたのは、

「碇 シンジ」 という小柄な少年1人きりだったのだが、その理由と思われる事象を、

 ケンスケがトウジに対して説明していた所なのである。
 

 ケンスケの個人的な憶測にしか過ぎないその分析であったが、

 意外にもそれはしっかりと正鵠を得ていたと言えるだろう。

 誰だって自分から好き好んで災害が降りかかりそうなそうな場所へ赴きたい、

 などと考える者はいないし、逆にそれが起こったらそこから待避しようとするのが当然だろう。

 しかし、元々この第一中に通う生徒で、

 いわゆる疎開をした生徒は今の所1人もいない
 

 まあ、当たり前と言えば当たり前かもしれない。

 この前の使徒はたまたま第三新東京市に襲来したものの、

 果たして次の使徒もまた第三新東京市を襲うかというと、

 その可能性は日本中の他の都市と比較しても同じ確率の筈で、

 第三新東京市のみが集中して狙われる理由は何も無い筈なのだ。

 事実21世紀の現在、我々は使徒の脅威に晒されているが、

 20世紀に日本を襲ったゴ○ラやラ○ン、ア○ギ○ス達は御丁寧にも日本中の各都市に上陸し、

 その都市のシンボルとなる建築物を狙いすましたように破壊してくれている。

(オイオイ)

 もし何らかの理由があったとしても、それを知り得るのは為政者達のみの筈で、

 決してそれを外部に、ましてや一般に漏らす事などありえない。

 他の国はともかく、このちっぽけな東洋の島国において、「先生」 と呼ばれる人種達の中で、

 真に国の事を憂い、国民の事を第一に考えるものなど、本当にごく少数であり、

 そしてそういった人物程、重要なポストが廻ってくる事が無いという、

 このちっぽけな国に暮らす人々にとっては、実に不幸な事なのであった。
 
 

「喜こんどんのはお前だけやろな、生のドンパチ見れるよってに」

「まあね。トウジはどうしてたの? こんなに休んでてさ、こないだの騒ぎで巻き添えでもくったの?」

「妹の奴がな」

「!」

 それ迄の軽い雰囲気が一変し、急に真剣になったトウジの口調に感じる所があったのだろう。

 ケンスケの方もそれ迄の軽口を控え、次にトウジの口から出てくる言葉に真剣に耳を傾ける。

「妹の奴が瓦礫の下敷きになってもうて、命は助かったけどずっと入院しとんのや。
 うちんとこおトンもお爺も研究所努めやろ、今職場を離れる訳にはいかんしな。
 俺がおらんと、アイツ病院で1人になってまうからな」

「しかし、あのロボットのパイロットはホンマにヘボやな、無茶苦茶腹立つわ。
 味方が暴れてどないするちゅうんじゃ!」

 吐き捨てるように語られるトウジの言葉。

 その端々からは彼の無念の思いが滲み出ている。
 

 くやしかった。情けなかった。

 おトンもお爺もいないあの状況では妹を守る事が出来たのは自分1人だけだったのに・・・

 守れなかった。怪我をさせてしまった。

 彼が本当に怒っていたのは、実はふがいない自分自身に対してだったのだが、

 まだ精神的に未熟な14歳の少年には、それを抑える事など到底出来る訳もなく、

 言いがかりと言っても過言ではないのだが、その怒りの矛先を、

 本来自分達を守ってくれた筈のあのロボットのパイロットにぶつける事しか出来なかったのである。
 

 しかしまさか、そのパイロットが今自分のすぐ側に居るなどとは夢にも思っておらず、

 一旦燃え上がりかけた彼の怒りの炎も、すぐさま沈下へと向かう事となったのだが、

 そういったトウジの心境を思いやるよりも、好奇心の方が遙かに勝っているケンスケは、

 再び彼の怒りを誘いかねない情報をリークする。

「それなんだけど聞いた? 転校生の噂」

(ケンスケ、そりゃ無理だよ、何せトウジはついさっき初めてシンジの事を知ったんだから)

「何や、噂って?」

 前方の座席にどっしりと、まさに大物の風格を漂わせながら腰を落ち着けている、

 小柄な少年にまつわる噂話をケンスケは開始する。

「さっきも言ったけど、アイツが転入してきたのはあの事件の後なんだよ。変だと思わない?」

 ケンスケの言葉に誘われるように、そんな転校生の背中を再びジッと見つめる形となるトウジ、

 しかしこの時彼は、前方の少年がパイロットである。などとは殆ど信じていなかった。

 にも関わらず彼がシンジの背中を見続けていたのは、最初に視線を交わした時に感じた、

『どこぞで会うたかいの?』 という感覚が、気にかかっていたからなのであった。
 
 

 さて、その怒りの対象となるべきシンジの方だが、

 先程レイとの挨拶が終わった後から、何やら考え事に没頭してしまっていた。

 どうしたのだろう? またレイの事について何か悩み事でも出て来たのだろうか?

『さっきアイツ(トウジ)から感じた感覚はレイと出会った時と同じようなものだった。
 いったいどうなっているんだ? 
 レイもそうだったが・・・ アイツも・・・ 産まれる前から知り合いだったような・・・』

 初めにこの事に思い至った時は頭から否定したシンジだったが、

 2回目になると何とか冷静になる事が出来たようで、

 自分の考えを纏めにかかるため、チラッと後方のトウジに目線を走らせる。

 これでまた2人の視線が交錯していたら、今度こそ無事では済まなかっただろうが、

 いい加減トウジの方も”男を見つめ続ける”という不毛の行為に飽きたようで、

 後ろを向いてケンスケと何やら話をしていたため、幸いにしてそういった事態にはならなかったが。
 

『レイ・・・ リリス、アイツは・・・・・・・・・ レヴィア、レヴィア? レヴィアって何だ?』

 突然出てきた単語? 名前? かどうかはわからないが、

 当然思い当たるものが無かったシンジは必死に記憶の書庫の洗い出しにかかる。

 しかしまだ何かキーワードが足りないのか、

 彼が満足出来る答えはついにこの場においては導き出す事は出来なかった。
 
 
 
 
 

「きりーつ」

 教室内にいつものごとくヒカリの声が響き渡る。

 どうやら1時限目の授業のために、教師がやって来たらしく、

 シンジは黒いジャージに対する考えを、先送りにする事にした。
 
 

「相田君」

「はい」

「綾波さん」

「はい」

「碇君」

「はい」
 

 老教師は次から次へと生徒の名前を読み上げていく。

 このクラスの現在の総人数23人の半分より少し前、多分10人目当たりだと思うが、

 シンジが気にしていた黒いジャージの少年が、先生の点呼に元気良く反応する。

「鈴原君」

「はい」

『成る程、アイツの名前は鈴原と言うのか』

 シンジは自分の胸にしっかりとその名を刻み込んだ。
 
 
 
 
 

 1時限目の休み時間、シンジはヒカリの所へと移動すると、朝から気にかかっていた事を質問する。

「ヒカリ、ちょっと聞きたい事があるんだが」

「何、碇さん?」

「あの鈴原という男なんだが、いったいどういう男なんだ」

「え?」

 一瞬ドキッとするヒカリ。

 更には先程のシンジとトウジの一触即発の雰囲気を思い出し、心配してしまう。

 その気配に気づいたのだろう、シンジは苦笑を見せるとヒカリを安心させるため、

 トウジと争う気持ちが無い事を彼女に告げる。

「大丈夫だよ」

「え?」

「別に彼と喧嘩をしようってんじゃない。ただ彼の事を良く知りたいだけなんだ。安心して良いよ」

「わかったわ」

 シンジの言葉に少しは心が落ち着いたのであろうか、

 ヒカリはうなずくと自分の知る鈴原トウジという少年について語り始めようとするが、

 何故かその寸前でちょっと躊躇してしまった。
 

「でも、何から話したら良いのかしら?」

「まずは下の名前を教えてくれないか、鈴原・・ 何て言うんだ」

「鈴原・・ トウジ君よ」

「トウジか」

「ええ」

 鈴原トウジ・・ やはりシンジの記憶の扉の中に収められている人達の中には、

 該当する名前は存在しない。

 そしてレイの事と一緒に彼の事を気にしている時に浮かんで来た 「レヴィア」 という言葉。

 いったい自分はどうなってしまったんだ。

 混乱を極めるシンジだったが、続いて話されたヒカリの言葉により、

 幸いと言うべきだろう、思考を中断する事ができた。
 

「ここ2週間くらい休んでいたんだけど、いったいどうしてたのかしら?」

「2週間だと?」

「ええ、そうだけどどうかしたの?」

「いや、何でも無い」

 ヒカリに対してはそう言ったが、シンジは何となく引っかかるものを感じていた。

 2週間前と言えば自分がこの第三新東京市にやって来た日で有り、

 第三使徒サキエルが襲来した日でも有る。

 何か関係があるのかとも思ったが、とりあえずこの場においては確認の方法が無いため、

 後でネルフに戻った際にでも確認してみようと思ったシンジだったが、

 それより先に、彼がサキエルとの戦闘でトウジの妹にした事を拳によって知らされる事になる。
 

「碇さん?」

「いや、ありがとうヒカリ、助かったよ」

 そう言った後自分の席へと戻っていくシンジの姿は、

 第一中において最も彼の事を良く知るヒカリの目から見て、それ迄とは全く違うものに映っていた。

 自信に満ち溢れ、他者を圧倒する存在感を放っているいつものシンジではない。

 ヒカリは何かこの後、彼とトウジとの間でトラブルが起こるのではないかと思い、

 更に不安を募らせていくのだった。

 しかも不幸な事にそれは的中してしまう事になる。
 
 
 
 
 

 2時限目、何とか気持ちを切替えたシンジは授業に集中していたのだが、

 そんな彼の所に突如メールが届く。

 何気なくそれを開いたシンジだったが、そこに書かれている内容を目にした途端、

 見る見る表情を険しくしていく。

 彼が眉をしかめたメールの内容とは、

『碇くんが あのロボットのパイロットというのはホント? Y/N』

 というものだった。

 本来機密事項に該当する筈のこの事を誰が?

 シンジが辺りを見回すために、

 それまでノートパソコンのモニターに落としていた視線を上にあげると、

 ヒカリが後ろを振り返り、自分に対して一生懸命、首を左右に振っているのが目に入って来る。
 

 どうやらこのメールはクラスの生徒全員にオープンされているようで、

 シンジがエヴァのパイロットである事を知っている彼女は、

 必死に自分が漏らしたのでは無いという事を訴えようとしているようだ。

 元よりシンジはヒカリの事を微塵も疑ってはいないので、

 彼女に向けて大きくうなずき安心させてやった後、素早く周りに視線を走らせる。

 すると自分の左後方、あのトウジとかいう黒ジャージの前の席に座っている女生徒が、

 どうも発信元のようで、多分その少女の更に隣の席の女生徒だと思うが、

 発信元の少女のモニターを覗き込みながら彼に向けて小さく手を振って来る。

 さてどうしたものか、シンジが返事を考えあぐねていると、

 再び彼の元に新しいメールが届けられる。

『ホントなんでしょ?

 Y/N』
 

 まわりの様子を伺ってみると、どうもヒカリやレイなどの1部の生徒を除き、

 ほぼクラスの全員が自分の回答を息を潜めて待っているようである。

 とは言っても雰囲気的にはどちらかというと、『単なる噂だとは思うけど、もしかしたら?』

 といったような感じであり、今この場において否定したとしても、

 それはそれで納得してくれそうな感じではある。

 何といっても自分を含めて周りは全て14歳の少年・少女であり、

 逆にそれだからこそ、『中学生が巨大ロボットのパイロットをしている

 などというテレビアニメでしかない突拍子もない発想が出て来たものと思われる。
 
 おそらくヒカリとレイを除く全員は、

「本物のパイロットは相当な訓練を積んだ軍人」 と心の中では思っている筈であるが、

 類い希なるカリスマ性を備えた、口数の少ないこの少年の持つミステリアスな雰囲気が、

 彼らに夢を与えていたのだろう。
 
 

 ところがシンジは、このメールに対する返事をどうするかで、おおいに頭を悩める事となってしまう。

 今は良い。否定のアンサーを返したとしても、

「やっばり単なる噂だったか」 と納得してくれるだろうが、将来的には果たしてどうだろうか?

 これからも続くであろう使徒の襲来において、

 集団で避難する生徒達の中から、いつも自分1人だけが居なくなる。

 そういった事が何回も続けば、最早否定のしようも無いだろう。

『所詮、人の口に戸は立てられぬか』

 シンジは心の中で静かに呟くと、クラスのほぼ全員が待ち望んでいた答えを、

 キーボードに向って打ち込んでいった。

 Y ・ E ・ S

「「「「「「「「「「「「「「「えーーーーーーーーーっ」」」」」」」」」」」」」」」

 半信半疑どころか、1割も信じてはいなかったのだろう、歓声が教室中を包み込むのと同時に、

 シンジの机に向かって生徒達がわらわらと集まってきて、彼の周りを十重二十重に取り囲んでいく。
 

 さすがにその騒ぎに我慢できなくなったヒカリは委員長として立ち上がり、

 何とかみんなを諌めようとする。

「ちょっとみんな、まだ授業中でしょー、席について下さい」

「あ〜またー、そうやってすぐに仕切る」

「いいじゃん。いいじゃん」

「良くないー」

 しかし興奮した生徒達には残念ながら効果は無かったようで、

 そう言ってヒカリに反発する者迄出てくる始末だ。
 

「ねーねー、どうやって選ばれたの?」

「ねー、テストとか有ったの?」

「怖くなかった?」

「操縦席って、どんなの?」

「ねーねー、あのロボット何て名前なの?」

「必殺技は?」
 

 口々に好き勝手な事をシンジに対して質問していく生徒達。

 当然この状態はよろしく無いと判断したシンジは、ヒカリをフォローしてやる事にし、

 騒ぎを収めるべく、彼にしては珍しく大きな声で自分を取り囲む生徒達に注意を促した。

「委員長の言う通り、今は授業中だ。
 それにあのロボットに関しては全てが機密事項で質問には一切答える事はできん!
 だからこれ以上何を聞こうとしても無駄だ。みんな席に戻れ」

 初めて聞くシンジの大声に男子生徒のみならず、好奇心旺盛な女生徒達も威圧されたようで、

 未練気な口調で何かをぶつぶつと呟きながらではあるが、自分の席へとおとなしく戻っていく。

 あらかた片付いた所でシンジはまだ立ち上がったままのヒカリに視線を向けると、

 いつものごとく『碇スマイル』を見せる。

『ありがとう』 そんな意味合いでも込められているのだろうか、

 ヒカリはシンジの心遣いが嬉しくて仕方なかった。
 

 だが・・・・ そんなシンジを怪しげな、そして敵意のこもった目で見つめる少年が2人いた。

 怪しげなのは例のミリタリー小僧、相田ケンスケであり、

 敵意を抱いているのは、そうあの鈴原トウジであった。
 
 
 
 
 

「おう転校生、ちょっとツラ貸せや」

「わかった」

 2時限目の休み時間、終業のチャイムがなるとのほぼ同時に、

 トウジはシンジの所へ向かったかと思うと、いきなり誘いをかける。

 自分の誘いに対しこの転校生はどんな反応を見せるのか、

 朝の段階ではシンジにガンをつけられたと思っているトウジは、

 内心不安だったのだが、その思いとはうらはらに威圧的な態度に出られる事も、

 逆に自分の誘いを拒絶される事もなく、転校生はおとなしく自分の提案を呑んでくれた。
 
 

 1時限目の休み時間を無難にやり過ごしたため、

 ほとんどの生徒達は安心してしまっていたのだが、

 どうやらそれは早とちりだったようで、これからこの2人の間で何が起こるのか、

 全員が固唾を飲んで、2人が教室を出て行くのを見守っていた。
 

 しかしそんな中で、やはりヒカリだけはシンジの事が心配だったのだろう。

 トウジとケンスケ、そして少し離れた後ろを歩くシンジの姿を視界の内に収めながら、

 なおかつこの3人からは見つからないように、後をつけていった。
 
 
 
 
 

 ガッ

 いきなりだった。

 トウジという少年がシンジの顔面にパンチを見舞ったのは。

 自分のパンチに派手に吹っ飛んだ転校生に対し、トウジは声をかける。

「スマンな〜転校生、ワシはお前を殴らなイカン。殴っとかな気が済まへんのや」

 体育館裏へとやって来た3人のうち、トウジは殴った右の拳をしごいており、

 殴られて口元が少し切れたのだろう、シンジは左手で血の滲みを拭っている。

 残されたケンスケはシンジが殴られた瞬間、左目を閉じて顔を顰めて見せたが、

 今はそんなシンジを哀れみを込めた目で見つめており、

『案外、あっけなかったな』

 そんな事も考えていた。

 教室の様子からもっと派手な、学園の覇権をかけた壮絶なバトルになると思っていたのだが。

(ゲームのやり過ぎだ。ケンスケ)
 

「どういう事だ?」

 当然の事だがシンジは自分が殴られた理由を確認しようとする。

 だがこの質問に答えたのは殴ったトウジでは無く、ケンスケの方であった。

「悪いね、こないだの騒ぎでアイツの妹さん怪我しちゃってさ。ま、そういう事だから」

 そう言った後、トウジと共に場を立ち去ろうとするケンスケだったが、

 まさかこの場にシンジを擁護し、彼ら2人を糾弾する弁護人が現れるとは思ってもみなかった。
 

「碇さん!」

 体育館の影からヒカリが飛び出して来て、シンジのかたわらへと駆け寄っていく。

 後をつけてきて3人が体育館裏に入り込んだ所迄は見届けたヒカリだったのだが、

 何となく怖くて、しばらくの間は様子を伺う事が出来なかったのである。

 しかし勇気を振り絞って顔を出してみると、

 シンジが地面に尻もちをつきながら左手で口元を拭っており、

 その正面ではトウジが拳をしごいている。というシーンが彼女の目に飛び込んできた。

 状況から何が有ったかは一目瞭然。トウジがシンジを殴り倒したのだ。

 ヒカリは無我夢中のまま、その場を飛び出していた。
 
 

「大丈夫?」

問題無い

 シンジの所へと駆け寄ってきたヒカリは、彼を支えてやりながら心配げに声をかける。

 しかし当のシンジの方だが、しばらくの間ネルフの中でミサトにしごかれた成果が出たのだろう、

 口の端を切るという事は有ったものの、埃にまみれ、一見不様に見えるその外観とは異なり、

 ダメージらしいダメージは殆ど受けていなかった。

 見た目彼が派手に吹っ飛んだのは、パンチのダメージを軽減するために、

 拳が当たる寸前、自らその体を後方へと飛ばしたからなのである。

 だが彼の言葉とはうらはらに、いかにも痛々しげなシンジの様子にヒカリは我慢がならず、

 トウジと、そしてケンスケに向けて非難の言葉を投げつける。
 

「鈴原、何て事するのよ、いきなり暴力をふるうなんて最低だわ!」

「それに相田君。どうして鈴原の事止めてくれなかったのよ。
 2人がやり合うような事になったらこうなる事はわかりきっているじゃない!!」

 普段のヒカリならばここ迄、人を悪し様に罵倒する事は無いのだが、

 殴られたのがシンジであって、そして何より殴ったのがトウジであった事が関係していた。

 シンジが現れる以前、何となく気にかかっていた鈴原トウジという少年は、

 ぶっきらぼうながらも、優しい少年である筈だった。なのに・・・

『裏切られた』

 そんな思いが2人に投げつけるヒカリの言葉を、尚一層荒げさせる事となっていた。
 

 ヒカリの辛辣な追求に一瞬言葉を無くす2人。

 まあ見た目、トウジとシンジとではかなりの体格の差があるので、

 その2人が戦ったら当然シンジに勝ち目は無いとヒカリは思いこんでいたのだが、

 それは彼女の勘違いであって、

 現時点において既にシンジの格闘能力は、トウジをやや上回る程度迄上昇しているのだが、

 ネルフにおけるシンジの訓練の事を知らない彼女に、そんな事がわかる筈もない。
 

「ちょっ、ちょっと待ってくれよ、委員長、これにはちゃんと理由が有って」

「行くで、ケンスケ」

「お、おいトウジ」

 おそらくトウジの妹の事を知らない委員長は、彼がシンジに対していいがかりをつけ、

 いわれのない暴力を振るったのだと思っていると判断したケンスケは、

 それを彼女に説明するべく口を開きかけたのだが、

『言い訳なんて、男らしゅう無い』 

 と思っているトウジは、そんな友人を制し、この場を立ち去ろうとする。

 とり残されそうになったケンスケだが、仕方なく彼もトウジの後を追いかけて行った。
 

「本当に大丈夫? 碇さん」

問題無い

 トウジとケンスケ、客観的に見て加害者側の2人の少年がいなくなった後、

 その場に残された被害者側の1組の少年少女のうち、

 再度少女の方が心配そうに少年に声をかけるが、少年はいつもと変わらぬ返事を少女に返す。

 キ〜ンコ〜ンカ〜ンコ〜ン

 そんな2人の耳に3時限目開始を告げるチャイムの音が聞こえてくる。

 いつものヒカリならば慌てて教室に戻る所だろうが、何故か彼女はその場を動く気がしなかった。
 

「ヒカリ」

 今迄とは逆に今度はシンジの方からヒカリに向けて声がかけられる。

 やはりどこか痛むのかと、心配しながら彼の瞳を覗き込むヒカリに対し、

碇スマイル』を浮かべて見せるシンジ。

 まるで催眠術にかかったかの如く、ヒカリの瞼が静かに閉じられていく。

 こういったシチュエーションを見事に捉えるシンジの感覚の鋭さは、さすがというしかなかった。
 
 

「何してるの?」

(チッ良い所なのに、誰だよ邪魔に入ったのは?)

「レイか」

 今まさに1つになろうとしていたヒカリとシンジに対して、可愛いけれども無粋な声がかけられる。

 シンジはそのままの位置で、目を開きながら顔だけを平然とレイの方に向けたのに対して、

 ヒカリは真っ赤になって、シンジから離れるとレイとは反対方向を向いてしまう。

「ねえ、何してるの?」

「ああ、それはな、ヒカリとキ・・・・」

「レ、レイ、何か碇さんに用事があったんじゃないの?」

 再びなされたレイの質問に、やはり平然と答えようとするシンジに慌てたヒカリは、

 無理矢理2人の会話に割って入る。

 既に3時限目の授業は始まっており、本当ならばレイは教室に入っていなくてはいけない筈だ。

 にも拘わらず彼女がここにいるのは、やはりヒカリの言うようにシンジに用事が有って、

 彼の事を探していたら、2人が顔をくっつけようとしていたのを見つけ、

 その動作が意味する所が全くわからなかったために冒頭のセリフになったのである。

 ヒカリはそこ迄思い至っていた訳では無かったが、

 うまい具合にレイに本来の目的を思い出させる事が出来たようで、

 何とか場を誤魔化すのに成功する。
 

「そう、お兄ちゃんに用事」

「何だ? レイ」

「非常召集」

 それを聞くとシンジは、ズボンなどについた埃を払いながら立ち上がり、

 その後でヒカリについても手を引いて立ち上がらせると、彼女に教師への伝言を依頼する。

「そういう訳で、僕とレイは早退するから、先生にそう伝えてくれ」

「わかったわ。碇さん、でも・・・」

 口ごもるヒカリ。

 普段はきはきとしている彼女の珍しい様子が気にかかったシンジは、その事を問い質す。

「どうかしたのか?」

「また、戦いになるの?」

「残念だが、本部に行ってみないとわからないんだ」

「そう・・・  わかったわ、頑張って・・ 気をつけてね」

 やはりシンジの事が心配なのだろうが、ヒカリは無理にでも自分を納得させると、

 そういって彼の事を気持ち良く送り出す事にした。

 当然シンジは、ヒカリのそういった心遣いには気づいているので、

 彼の方からもヒカリに向けて声をかけてやる事にした。
 

「ヒカリ」

「何、碇さん」

「もし、僕が出撃するような事になった場合、当然避難命令が出される事になると思うけど、
 その時はクラスのみんなをよろしく頼む」

「わかったわ、まかせて」

 シンジからの依頼に胸を張って答えるヒカリ。

 彼はヒカリが委員長である事、そしてその事を誇りにも思っている事から、

 クラスの事について彼女にお願いしたのだ。

 しかしまさか、この言葉によって彼女が危険な目に晒されるはめになるとは、

 この時のシンジにわかる筈も無かった。
 
 
 
 
 

 天界より遣わされし4番目の使者は、目的地である第三新東京市に到着した直後、

 魔界より遣わされし3人目の少年と、すぐさま戦闘へと突入する事となった。
 
 

                                                         
 
 

 再び第三新東京市において展開される事となったエヴァと使徒との戦いの場を一目見ようと、

 好奇心旺盛な少年は友人とともに、それを確認できる場所へ向かうためシェルターを抜け出す。

 ヒカリはシンジから託された己の責任を全うするために、ケンスケの、トウジの後を追いかける。

 次回 問題無い  第17話 シンジ 展開

 さ〜て、この次も サービスしちゃうわよ
 
 
 


 三人目と四人目の激突。
 シンジがトウジの攻撃を華麗に避け、逆にトウジを倒す。
 トウジは実力の差に打ちひしがれ、終生シンジに仕えることを誓う。
 というのを想像してましたが。(爆)<お話が違います。(汗)
 やはりこの二人の仲は、第四使徒シャムシェルの登場を待たなければならないようです。
 
 しかし、シンジの頭の中にひらめいた謎の単語。
 レイは、リリス。
 トウジは……レヴィア
 『リリス』はわかりますが、『レヴィア』ってなんなんでしょう。
 これが本作『問題無い』の一つのキーなのかもしれません。
 
 しかし、レイちゃんタイミングよすぎ。(笑)
 でも、レイちゃんは「キ○」の意味をまだ知らないようです。
 これは、じっくりと教えてあげなければいけませんね。(爆)
 と、言うことはシンジ君が教えるのでしょうか?
 兄弟なのに……
 いや〜、フケツよ〜!(激爆)
 
 
 この作品を読んでいただいたみなさま。
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 難しいことはいりません。
 みなさまの感想こそ物書きの力の源です。
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なお@るなぶる