問題無い
 
 

 天界より遣わされし3番目の使者が、第三新東京市に刻んだ爪痕の残る中、

 魔界より遣わされし3人目の少年は、三度その土を踏む事となった。
 
 
 
 
 

第5話 シンジ 帰還
 
 

 使徒が襲来してから3日。

 やはりまだ町に落ち着きといったものは感じられず、

 通りを行き交う人々の数も以前に比べると少ない上にその表情も暗い。
 

 だがその一方で、町には修復と新設のための工事のハーモニクスが元気良く鳴り響いてもいる。

 良くも悪くもこの第三新東京市というのは要塞都市であり、

 いずれは新しい日本の首都になる予定の都市でもあるのだ。

 未来への着実な歩みを止めるわけには行かない。
 

 その第三新東京市の中でも、

 中心部に位置する第三新東京駅構内の乗降場に青いルノーが1台停車している。

 その運転席には黒いサングラスに赤いドライブ用の手袋、すらりと伸びた長い手足、

 プロポーションは"張出"大関といった所だろうか、

 天下のネルフの作戦部長、葛城ミサト一尉がそのしなやかなヒップをシートに預けている。

 青いルノーだが、サキエル襲来の日、

 ミサトがシンジを迎えに行く事をすっかり忘れていたおかげで幸いにも無傷のままである。
 

 彼女はどうやら、この第三新東京駅に到着する誰かを待っているようだが、

 どうもその相手は 「遠距離恋愛の恋人」 等では無く、

 逆に最も会いたくない人物ワースト3に入るようで、

 先程から渋面を全く隠そうとせず、それをずっと続けている。

 シワにならなきゃ良いが、とこちらが余計な気を使ってしまう。
 

 因みに最も会いたくない人物ワースト1は ネルフ司令 碇 ゲンドウであり、
                   ワースト2は 元恋人    か・・・

うるさいわよ!
 
 

 やがて到着したリニア新幹線から降りた客の中でも、仲々目立つ・・・

 これは美少年と言って良いだろう。1人の少年がミサトのルノーに向かって歩いてきた。
 

「ありがとう」

「へ?」

 自分の位置を知らせるために、一旦車の外に出てきたミサトに対し、

 そう言って笑顔を向けるシンジ。

 ミサトはそれに気をとられ、一瞬シンジが何を言っているのかわからなかったが、

 ややあってから自分を迎えに来てくれた事に対して礼を言ったのだ。

 という事が解り、その笑顔に魅了されたミサトは、持病が再発してくるのを感じていた。

 シンジに対するワースト度合いをほんの少し減らしてもイイかなと思うようになったが、

 慌ててそれを思い留まる。

『駄目よ、ミサト騙されちゃ。彼は碇シンジ・・・ あの碇ゲンドウの息子なんだから・・・ でも・・・』

 女心はやはり複雑である。
 

「じゃ乗って。他に荷物は?」

「別便で送ってある。もう既にミサトの部屋に届いているだろう」

「あ、そう・・・」

 ミサトは何事か言いたかったようだが、とりあえずこの場では断念し、

 自らも運転席に乗り込むと、自分のマンションへ向けて青いルノーを発進させた。
 
 
 
 
 

「ねえシンジ君」

「何だ?」

「シンジ君は今迄ずっと1人暮らしだったのよね?」

「厳密な意味で言えばそうではないが、間違ってはいない」

 走り始めて少ししてから、シンジに対して何やら質問を開始するミサト。

 シンジはそんなミサトが何を言いたいのか、あるいわ自分の何を知ろうとしているのか、

 すぐには予測がつかなかったため、とりあえず質問に素直に答える事にした。
 

「やっぱりさあ一人暮らしって良いもんでしょ。自由だし、気楽だし」

「ま、それはあるな」

「でしょ〜 ね〜ね〜 それだったらさ〜、あたしの隣の部屋が開いてるんだけど、
 今迄通り、そっちで一人暮らしをした方が良いんじゃない?」

 さすがにここまで来るとミサトが何を言いたいのかシンジにも理解する事ができた。

『要するに自分を追い出したいんだな。おもしろい。そっちがその気なら』

 再び、いやもう何度目だろうか、シンジの口元に浮かぶ『碇スマイル

 ミサトは禁断の果実を口にした事にまだ気づいてはいなかった。
 

「今はそんな事を言っている場合じゃないだろう?
 あのリツコですらレイと同居するという話だし、僕とミサトだけが我が儘を通す訳にはいかん」

「そんな堅く考えなくたってさ〜 別れて暮らすといってもお隣同士なんだし、
 何か有ったとしてもすぐ連絡が取れるじゃない」

「何か有ってからでは遅いんだ! 違うかね? 葛城作戦部長殿」

 厳しい口調でミサトの目論見を粉砕するシンジ。

 だが『碇スマイル』が相変わらずな所を見ると、やはり楽しんでいるようだ。
 

 組織的に言うと、自分の部下に当たるシンジにここまで言われ、さすがに黙り込んでしまうミサト。

 だがシンジは決して鞭ばかりを用意していた訳ではない。

 ちゃんと飴も用意しておき、場面場面に応じてその両方をキッチリ使い分ける。

 碇シンジという少年の恐ろしくも優れた所は、

 わずか14歳にして自然にそれが出来ると言う事なのである。
 

「それに、僕と一緒に暮らすのがそんなに嫌か?
 僕はお前と一緒に暮らすのを楽しみにしていたんだぞ」

 そう言いながらそれ迄ミサトに向けていた目線を切ると、どこか遠くの方に目を向けてしまう。

 ミサトの弱点を突いた鮮やかな攻撃であり、実際彼女の天秤の傾きはかなり戻りつつあった。

『駄目よ、ミサト騙されちゃ。彼は碇シンジ・・・ ああでも・・・ いやいややっぱり駄目よ』
 

 かろうじて踏みとどまる事に成功したミサトは、もう1度作戦を最初から練り直す。

 だが今までの話の流れからすると、

 やはり彼が自主的に自分の所を出ていってくれる事は無さそうであり、

 最早彼女に残された選択肢は、実力行使しかないものと思われた。

『こうなったら最後の手段よ、私の部屋の惨状を見ればいくらシンジ君だって、
 それにいざとなったら私にはカレーという最後の切り札があるんだから。
 とはいっても、今から帰って煮込んでたんじゃ夜中になっちゃうし、
 しょうがない。史上最大の作戦は明日以降にしますか』
 

 とりあえず今日の所は吹っ切れたようで、

 ミサトはシンジの方を向くと努めて明るく歓迎の言葉を口にした。

「さーて、今夜はぱーっとやらなきゃね」
 

 自分の言葉に何の反応も見せなかったと思ったら、

 今度は突然訳のわからん事を言い出したミサトに、

 シンジは思考がついていけず、今の言葉の意味を問い質す事にした。

「何をだ?」

「もっちろ〜ん。新たなる同居人の歓迎会よ!」

 シンジを受け入れたという態度を装うため、あくまでも明るく振る舞うミサト。だが、その本心は、

『シンジ君。命が惜しいのなら今日中に私の部屋から退散する事を宣言するのね。
 でないと、もしかしたら明日があなたの命日になってしまうかもしれないわよ』

 悪魔に魂を売り渡すミサトだったが、実は目の前のシンジこそが、

 その悪魔が住む、「魔界より遣わされし少年」 だという事に気づいてはいなかった。
 
 
 
 
 

 コンビニの前で車を止めたミサトは、シンジの歓迎会のための材料の仕入れにかかるのだが、

 カゴに入れられたその中身を見てみると、出来合いの弁当、カップラーメン、レトルト食品・・・・

 これを見るだけで普段のミサトがどういう食生活をしているのかというのが一目でわかる。
 

「ミサト、何だ。これは?」

「え、見ての通りあなたの歓迎会用の材料だけど?」

 カゴの中身を確認したシンジが、いかにもうんざりといった表情でミサトに声をかけるが、

 肝心のミサトの方が全くそれに気づく様子がない。

 さすがにシンジもこれには呆れかえる。

 歓迎会でこれじゃあと、この後の普段の食生活に大いに不安を感じたシンジは、

 ミサトの古傷を掘り出しにかかる。

「ミサト、もしかしてお前、料理できないのか」
 

グサッ
 

 一瞬、そんな音が聞こえてきたような気がした。

 ついでミサトを見ると、何故か胸の当たりを右手で押さえている。

「そ・・・ そんな事は無い・・・・ わよ、こー見えても、わ・・・・・ 私は結構料理は得意なんだから、
 特に・・・・・・ カレーはみんなが感激してひっくり返るぐらいなんだから」

(いや、それは決して感激してるんでは無いと思うが)

「ただ今日はもう時間が無いんで、これで勘弁してちょうだい」

「仕方ないな」

 動揺が有り有りなミサトの言葉に納得した訳では無いが、

 確かに時間が無くなってきているのも事実なので、シンジは了承の言葉をミサトに伝えた。
 

「ありがとう。ご免なさいね」

 だが、そう言いながらもミサトはシンジの目を盗んで、

 カレールーをカゴに入れる事を忘れなかった。

『碇シンジ・・・ あたら若い命を粗末にしたわね。覚悟なさい。雉も鳴かずば撃たれまいに、
 ケケ、ケケ、ケケケケケケケケケケケケケケケ』

 どうやら、人類の滅亡は避けられないようである。
 
 
 
 
 

 買い物を終えたシンジとミサトは再び車に乗り込むと、

 今度こそミサトのマンションに向かって走り始めた。

 と思ったのだが、どうもこの道順は違うようである。いったいどこへ行こうというのか?

『そうね、最後に彼にもこの町の最も素敵な表情を見せてあげなきゃ。
 碇シンジ・・・ 感謝なさい。これが私からあなたへのせめてもの手向けよ』
 

 ミサトという人物は自分の内心を隠すのが本当に苦手、と言うよりはっきりいって全く出来ない。

 シンジの処遇が決定すると、その嬉しさ400%というのを全面にさらけ出して声をかける。

「すまないけど、チョッ〜チ寄り道するわよ」

「どこへだ?」

「ウフン(はあと) イ・イ・と・こ・ろ」

「イイところ?
 部屋に帰ればどのみち2人きりなんだから、わざわざそんな所に行く必要はないだろ?
 それともミサト、お前は何か特殊なシチュエーションじゃないと燃えないとでもいうのか?」
 

 キキーッ

 思わず急ブレーキを踏むミサト。一瞬シンジの体も前のめりになりかける。

「どうした?」

 多少ムッとした口調でシンジがミサトに問いかける。

 だがミサトはシンジの方を向いたまま、酸欠状態の金魚のように口をパクパクさせるだけで、

 自分の気持ちをうまく言葉にする事が出来なかった。

『このガキャ〜いったい何て事言うのよ! あたしにそんな趣味があるように見えるっていうの!』

(えー、今後の創作活動に支障が出るといけないので、コメントは差し控えさせてもらいます)
 
 
 
 
 

 何とか立ち直ったミサトは、もうまっすぐ自宅へ帰ろうかとも思ったが、

 目的地はすぐ目の前だったので仕方なくシンジをそこに案内する。

 やがて彼女が到着したのは、第三新東京市を一望に見下ろせる高台にある公園だった。
 

 夕景に照らし出された町のその表情は、それを見る人の心を

 センチメンタルにさせる効用があるようで、思わずシンジも心情を吐露してしまう。

「何だか・・・ 寂しい町だな」

「時間だわ」

 時計を眺めていたミサトが、そういって目線を前方の第三新東京市に向けるのと同時に、

 サイレンが鳴り響く。

 いったいこれは? 何かの警報か?
 

 いや・・・・ これはすごい!!

 それまで地下のジオフロントに収容されていたのだろう。

 ビル群が、一斉に天に向かってそびえ立ち始めたのである。

 その光景はあたかも21世紀のバベルの塔のようであった。

「これが使徒迎撃専用要塞都市。第三新東京市・・・・・ 私達の町よ」
 

 この光景に少しは心が和んだのだろうか?

 ミサトはそういいながら、それまで前方を見据えていた視線をおだやかなものに変化させつつ、

 シンジの方へとゆっくり向き直った。
 

「そして・・・・ あなたが守った町・・・」

「あれが、人類の墓標にならなければ良いがな」

『イ・イ・加減になさいよ、このガキャ〜』

 感傷にひたるミサトだったが、その静寂はまたしてもシンジによって打ち破られるのであった。
 
 
 
 
 

「シンジ君の荷物はもう届いてると思うわ。実は私も先日この町に引っ越してきたばっかりでね〜」

 ようやくマンションにたどり着いたミサトとシンジ。あたりはもう暗くなっているようだ。

 ミサトが先に立ち玄関のドアを開けてシンジを招き入れようと声をかける。

 シュッ

「さ、入って」

『さあ〜見なさいシンジ君。そして言うのよ、 「こんな汚い所には住めません」 てね』

(いったいどういう状況だったんだ。ミサトの部屋は?)
 

「あら、お帰りなさい」

「ただいまっ・・・ て。え!」

 家の中から声がかけられたので、ミサトは驚いて室内に目を移した。

 するとそこには、何故かリツコが立っているではないか。しかもその脇にはレイ迄居る。
 

「ちょっと、何であんたがここにいんのよ〜」

「ご挨拶ね、シンジ君が今日こっちに来るのがわかってたから、
 あなたの代わりに掃除してあげてたんじゃないの」

「それにしてもミサト。もう少しはちゃんとしておきなさいよ。
 2人がかりで、つい今しがたなんだから、終わったのは」
 

 それを聞くとミサトは、床にガバッと両手をついて自分の家の状態を確認する。

 確かにほとんどのゴミは片づけられて綺麗になってしまっている。

 ミサトは全身から力が抜け、へなへなとそのまま床につっぷしてしまった。
 

 同情の余地無し、と言う感じで玄関の外からそれを眺めていたシンジだったが、

 とりあえず歩を進めて、体を室内へ導き入れる。

「お邪魔するよ」

「シンジ・・・ 君。ここはあなたのおうちよ、遠慮はいらないわ」

 何故か家主ではなくリツコからシンジに声がかかる。

 シンジは一瞬考え込んだが、

「自分がこの家の住人だった場合に発する言葉を出せば良いのだ」

 という事に、すぐさま気づき、そして一瞬の間をおいた後、その言葉を高らかに宣言した。
 

「今、帰ったぞ」

「お帰りなさいまし」

 リツコは当然のごとく、三つ指をついてシンジを出迎える。

 そして何故か、その隣ではレイも三つ指をついていた。
 
 

「僕の歓迎会のためのごちそうだそうだ」

「これはとりあえず冷蔵庫に入れておきましょう。
 歓迎会のための料理は、私がちゃんとしたものを用意しておいたから」

 シンジは玄関先でお土産を渡すようにコンビニの袋を差し出すが、

 それを受け取ったリツコは中身も確認せず冷蔵庫行きを宣言してしまう。

 まあおそらく大体中身についてはもう予想がついているのだろう。
 

「汚い所だけど、まあ上がって頂戴」

 リツコはまるで自分の家であるかのようにそう言うと、シンジをダイニングへと招き入れる。

 更にその後をレイがとことことついていく。

 3人が消えていった後の玄関では、死して屍拾う者無し、

 ミサトが相変わらず床につっぷしたままだった。
 
 

「「「「カンパ〜イ」」」」
 

 ダイニングに4人の声が響き渡るのと同時に、4つの缶が打合せられる。

 シンジとレイにも1本だけという条件でエビちゅが渡されているのだ。

(お酒は20才になってから)
 

「ングッ ングッ ングッ ングッ ングッ ングッ ングッ ングッ ングッ ングッ」

 4人のうち3人は乾杯の後1口だけエビちゅを口にすると、

 一旦缶をテーブルの上に置いたのだが、

 約1名だけは缶を口から離すことなく、次から次へとエビちゅを喉へ流し込んでいく。
 

 やがて缶の角度が段々と上昇していき、ついに飲み口が真下を向いたと思った次の瞬間。

「プハーーーーーーーーーーーーーーッ。カーーーーーーーーーーーーーーッ。
 やっぱ人生、この時のために生きてるようなもんよね」

(同感!!)
 

 オジさんくさい事この上ないリアクション。勿論ミサトである。

 いつもと違い、今日は彼女を見つめる6つの目があるのだが、全く気にした様子は無い。

 とはいえ他の3人が動きを止め、自分を見詰めている事にはさすがに気づいたようである。

「どうしたの? パーッといきましょうよ。パーッと」

「ま、それもそうだな。せっかくだから楽しもう」

 本来のお客さんであるシンジのこの発言によって、固まりかけていた場の雰囲気は動き出し、

 やがて4人の間には、少しづつではあるが和やかなムードが醸し出されていった。
 

 因みに4人の配置であるが、シンジとレイが隣り合って座っており、

 左側がシンジ、右側がレイとなっている。

 そしてシンジの向かい側にリツコ。当然レイの向かい側がミサトである。

 これは同居人同士を隣合わせや、向かい合わせにするのではなく、

 クロスさせた方が4人がお互いをよく知り合うためには良いのではないか、

 というリツコの提案によるものだった。
 

 尤もリツコ本人の考えとしては、客であるシンジを1番の上座に座らせた後、

 自分がその隣に座る計画だったのだが、

 シンジが席に着いた後、何故かレイもつられるようにその隣に腰を降ろしてしまったので、

 このような配置になったのである。
 
 

 どの程度の時間が経過しただろう、ミサトの前に積まれた空き缶の山、山、山

 リツコはもう慣れたもので涼しい顔だが、

 シンジは表情にこそ出していないが、実際はかなり驚いていた。

 まあ何と言っても彼は14歳の中学2年生である。

 飲酒の機会がこれ迄度々あったとしたら、かえって問題である。

 残されたレイはと言うと、どうもアルコールは苦手なようで、まだエビちゅが缶の底に残っていた。
 

 その様子に気づいたのだろう。

 エビちゅを飲み終え、既に烏龍茶へと切替えていたシンジが、

 レイにも烏龍茶をついでやりながら質問を口にする。

「レイはもう、リツコの所への引っ越しは終わったのか?」

「昨日。終わったわ」

「そうか。すまなかったな。手伝いに行けなくて」

「何故あやまるの? 私の引っ越しを、あなたが手伝わなければならない理由は無いわ」
 
 

 シンジは決して情の理(ことわり)が薄い人間ではない。

 ただ、口調があの通りなので、仲々その真意が伝わりにくく、

 時には逆に誤解を招いてしまう場合すらあるくらいなのだが。

 こういった点は父であるゲンドウと少し似ているのかもしれない。

 尤も、ゲンドウが誤解を受けやすいのは、無口なのと、何よりあの容貌が大きく影響しているが。
 

「理由ならある」

「何?」

「仲間だからだ」

「仲間?」

「そう! 仲間」
 
 

 トップに立つ人間として優秀な者は、

 大きく2つのタイプに分類する事が出来るのではないだろうか。

   1つは 『何でも自分で処理出来る』 タイプと

 もう1つは 『部下を有効に使いこなす』 タイプである。

 リツコなんかは典型的な前者のタイプであるのに対し、ミサトやゲンドウは後者であろう。

 ただしゲンドウの場合、正確には 『部下を使い捨てにする』 タイプだが。

 シンジはいわば、両方の資質を兼ね備えたオールラウンドプレーヤーと言った所か。
 

 ただ、たとえそれが表面上の物であったとしても、

 『楽しい雰囲気』 というものを身に纏っているミサトに比べ、

 基本的には孤独を好む傾向があり、友達と呼べる存在は皆無に等しい

 ゲンドウとシンジの場合は、前者に傾く度合いが大きい筈だ。

 ゲンドウは、人をチェスの駒に見立てる事でそれを克服した。
 

 他方シンジの場合であるが、

 カリスマ性が異常に高く、彼の元には自然とスタッフが集結してくる

 という持って生まれた資質に加え、先程のレイに対する言葉や、

 それ以前の、駅からこのマンションに向かう車中でのミサトとの会話からも伺える様に、

 要所々々できっちりと他人に対するケアができるのだ。それも無意識の内に。

 ここが血の繋がりが有りながらも、ゲンドウとシンジとでは大きく異なる点である。

 これは、かなりの割合で 母のDNAが色濃く受け継がれている

 シンジだからこそ出来る事であった。
 
 

 シンジの言葉に対し、黙り込んでしまうレイ。

 おそらく自分の中で何とか理解しようと努力しているものと思われるが、

 今の彼女にはかなり難しい命題のようである。

 そこらへんの事はちゃんと心得ているのだろう。

 シンジは、今彼女が悩んでいる事を宿題にする事にした。
 

「今はわからなくても良い。時間はあるんだからゆっくりと考えるんだ」

「それは・・・・ 命令?」

「命令じゃないよ! ただ、知らないものを知りたいと思う気持ち。
 そして、それについて考える事は、人間としてごく自然な事であり、
 また、とても大事な事なんだ」

「・・・・・・・・・・・」
 

 シンジの本心としてはこんな議論をするつもりは無かったのだろう。

 彼はエヴァの中で母から聞いたレイの正体を慮って声をかけたのである。

 母親のユイに、もう1人の自分だと言われたレイ。

 彼女の存在はシンジの目にどのように写っているのだろうか。
 
 

 そんな2人の様子を、リツコは嬉しげに眺めていたが、

 ミサトの方はシンジが今日第三新東京市に戻ってきてから、

(正確には、彼と初めて会ってからずっとだよ、ずっと)

 やられっばなしだったので、何とか一矢報いようと反撃を試みる事にした。

 ただ本心としては、性格はともかくとして、顔はこれ以上無いくらい自分の好みのシンジが、

 レイと仲々いい雰囲気だったのが、チョッ〜チおもしろくなかったからだったのだが。
 

「シンちゃ〜〜ん。 な〜〜んか随分と、レイの事気にしてるんじゃな〜い」

「別にそんな事は無い」

「そうかしら? 初めて会った時なんかお互いに見つめ合ったまま全く動かなくなっちゃったし、
 実はもう既に、密かな愛を育んでるじゃないの?」

 からかいモードへと突入したミサトのこの言葉に、ドキッとしたのはリツコの方だったのだが、

 続くシンジの言葉に思わず胸をなで下ろす事になる。
 

「仮にそうだとしても別に問題無いだろう?
 まさかネルフでは社内恋愛が禁止されているとでも言うのか?」

「そ・・・ そんな事はないけど・・」

「ミサト・・・ 人の事をとやかく言うより、まず自分の事をもっと真剣に考えろ。
 僕とレイを足しても今のお前の年齢には届かないんだぞ」
 

グサッ』 『グサッ

 哀れみさえ込められたシンジの声とほぼ同時に、何かが突き刺さるような大きな音が1つと、

 小さな音が1つ、それぞれリビングに響きわたった。(ような気がする)

 そしてその後には、強烈なパンチをお見舞いされたものの、

 かろうじてブロックに成功したリツコと、

 見事なカウンターにより無惨なKO負けを喫し、真っ白な灰に燃え尽きたミサトの姿があった。

 ミサトは買い物の際にも深刻なダメージを負っており、最早再起は不可能であろう。
 

 葛城ミサト作戦部長の様子を見届けていた、ファーストチルドレン・綾波レイのコメント。

「バーさんは用済み」

(チョット待てい!)
 
 

「そ、それじゃ、時間ももう遅いし、私達はこれで失礼しましょ。レイ」

 鉄壁のガードにより、何とかこのラウンドを凌ぐ事に成功したリツコだったが、

 ここは一旦インターバルをおいた方が良いと判断したのか、リングを降りる事を宣言する。

「そうか。じゃあタクシーに電話しよう」

「今だとちょうどバスの時間とピッタリ合うからそちらで帰るわ」

「いいのか?」

「ええ」

「わかった。じゃあもう遅いしバス停迄送ろう」
 
 
 
 
 

 リツコは玄関を出た所で、レイとシンジの2人が出てくるのを待っている。

 やがてレイに続き、送ってくれるというシンジが出てくるのだが、

 この2人の場合、元々顔が結構似ているので寄り添ったその姿というのは、

 結構さまになっていて、リツコは嫉妬と言うよりは、何となく寂しさの方を感じてしまう。

 そんなリツコの様子に気づいたと見え、通路では狭くて無理だったが、

 外に出た後、シンジはリツコとレイの2人の手を取り、同時に腕を組んだ。

 シンジの心遣いに感激するリツコ。

 一方のレイも最初は何かわからなかったが、

 段々と自分の中に嬉しさがこみ上げてくるのを感じていた。
 

 バス停に向かう途中、シンジはレイに聞こえないように小声でリツコに話しかける。

レイの事、僕はまだほとんど知らないんだ。そのうち詳しく聞かせてくれ

わかりました。シンジ様

 いくら小声だといっても、自分のすぐ隣での出来事である。

 シンジとリツコのやり取りに気づいたレイは、自分でもわからないうちに、

 シンジの腕をギュッと抱きしめていた。
 

 バス停について3、4分経った頃だろうか、バスがやってきて3人の前に停車した。

 リツコの言った通り、ちょうど良いタイミングだったようで、

 バスへ乗り込む2人にシンジが声をかける。

「リツコ、レイの事をよろしく頼む。レイ・・・」

「何?」

「おやすみ」

「・・・・・・・・」

 レイからの返事が無い。理由に思い至ったリツコはレイに優しく教え諭す。

「こういう時はねレイ、「おやすみなさい」 って言うのよ」

 リツコの方に顔を向けるレイ。それを受けてリツコはゆっくりとうなずいた。
 

「おやすみなさい」

「おやすみ」

 再びシンジの方に向き直ると、教えられた通りゆっくりとレイは言葉を紡ぎ出す。

 シンジもそれに対して優しく微笑みながら返事をした。
 

 やがてバスのテールランプが自分の視界からいなくなるのを見届けた後、

 シンジはミサトの待つマンションに向かって歩き始めた。
 
 
 
 
 

 シンジが戻ってもミサトはまだダメージが抜けきっていないのか、

 テーブルにつっぷしたままだった。

「ミサト。こんな所で寝てしまうと風邪を引くぞ、部屋へ戻ったらどうだ。」

 シンジは一応気遣って声をかけるが、反応する様子は無い。

「しょうがないな」

 そういって一つため息をついた後、シンジはダイニングから出ていった。

 ミサトのために毛布でも取りにいったのだろうか?

 それなら何故台所の方に向かったんだろう? まさか水でもぶっかけてたたき起こすつもりじゃ。
 

 いや、戻って来たシンジを見てみても、水の入ったボウルや桶のような物は持っていない。

 右手に持っているのは・・・・・ こ、これはエビちゅ?

 わかった優勝のビールかけをするつもりだ・・・・・

 と思ったんだが、缶を振る様子も見せず静かにテーブルの上に置いてしまった。

 ははーん。これはもう向こうで充分シェイクしてきたものと見た。
 

 シンジがリングに手をかけそれを引き起こす、

 プシュ

 炭酸の抜ける音と同時に缶からエビちゅが勢い良く・・・・

 ・・・・勢い良く、ミサトにかっぱらわれてしまった。

「ングッ ングッ ングッ ングッ ングッ ングッ ングッ ングッ ングッ ングッ」

「プハーーーーーーーーーーーーーーッ。カーーーーーーーーーーーーーーッ。
 やっぱ人生、この時のために生きてるようなもんよね」
 

 内部電源が 「0」 を指し示しているのにもかかわらず、再び動き出したミサト。

 彼女にとって、エビちゅこそがS2帰還に代替できるエネルギーである事を瞬時に見抜くとは!

 さすが、シンジの眼力はたいしたものだというしかないだろう。

(そういう問題じゃねーだろ)
 
 

「ミサト。片づけは明日僕がやるから、本当に部屋に戻った方がいいぞ」

「だ〜いじょ〜ぶ、だ〜いじょぶ。それよりシンちゃん長旅で汗かいたでしょ?」
 お風呂に入ってパーーッと洗い流しちゃいなさい。」

 そう言われればその通りだが、昼間かいた汗は夜になって既にひいていた。

 まあでも、体に残っていた感触は決して気持ちの良いものでは無かったので、

 シンジはミサトの言い分に珍しく素直に従う事にした。
 

「わかった。それじゃ先行かせてもらうぞ」

「ど〜ぞど〜ぞ。何と行っても風呂は命の洗濯だから」

 仲々良い事を言うな、と思いつつ、シンジはタオルと着替えを取りに自分の部屋へと向かった。
 
 
 
 
 

 すっぽんぽんになったシンジが、浴室の戸を開けるとふいに何かが足に触れてきた。

 そのため視線を下へ転じると、

 奇妙な黒と白のツートンカラーの生き物が立っているのが目に入ってくる。

 しゃがみこんでよく見てみると、どうやらペンギンのようである。

『何でペンギンがこんな所に』 と思っても当然わかる訳がない。

 シンジはペンギンを抱え上げると、

『ペンギンがここにいる理由』 を聞くためにミサトの元へ向かった。
 
 

「おい。ミサト」

「ぶっ、ゲホッッ、ゲホッ、ゲホッ、ゲホッ、」

「大丈夫か?」

「だ、大丈夫よ。そ、それよりナニ? シンジ君」

 シンジの姿を見るなり、ミサトは何故か突然せき込んでしまい、

 それ迄口にしていたエビちゅを慌ててテーブルの上に戻し返事をするのだが、

 その口調は少しうわずっているようだ。

 念のためシンジも心配して声をかけたのだが、

 大丈夫そうなのでペンギンの事について質問する事にする。
 

「コイツはいったい何だ?」

「ああ、それ。新種の温泉ペンギンよ」

「温泉ペンギン?」

「そ。名前はペンペン。もう1人の同居人」

 それを聞くとシンジは抱えていたペンギン、いやペンペンをしゃがみこんで床におろすと、

 頭をゆっくりとなでながら自己紹介を始めた。
 

「ペンペンか。僕は今度ここで一緒に暮らす事になった碇シンジだ。よろしく」

「クワッ」

 そう一声鳴くと、ペンペンはシンジに向かってダイブを敢行した。

 どうやらペンペンもシンジの事が気に入ったみたいで、また抱っこしてほしいらしい。

「おっと、そうか。それじゃもう1度僕と一緒に風呂に入るかい? ペンペン」

「クワッ」

 シンジは再びペンペンを抱え上げると、そのまま風呂場へと戻って行った。
 
 

 この微笑ましい光景を黙って見ていたミサトであったが、シンジがいなくなったのを見届けた後、

 どういう訳か、手近に有った空き缶を両手で1個づつ掴み取った。

 ご存じの通り350ccのビール缶というのは仲々の太目で有り、

 女性にしては結構手は大きい方のミサトでも、その指先にはまだ幾分隙間が出来ている。
 

 何故かは解らぬが、ミサトはその隙間を食い入るように見つめていたかと思うと、 

 今度はさっき迄口にしていたエビちゅの上に、両手で持った空き缶を都合3段重ねたかと思うと、

 崩れないようにゆっくりと手を放していき、その全体像をまじまじと眺め始めた。

 いったいどうしたのであろうか?

『これが・・・・ 彼の真実(本当)の姿・・・ 私は・・・・ 私は彼を受け入れる事ができるのかしら』

(何のこっちゃ?)
 
 
 
 
 

 天界より遣わされし3番目の使者は、どのような形で処置されたのか?

 魔界より遣わされし3人目の少年の、闘いの反芻によりそれは明らかになる。
 
 

                                                         
 
 

 サキエルの猛攻に意識を失いかけるシンジ。そんな彼を救ったのは、ミサトの魂の絶叫だった。

 圧倒的攻撃力でサキエルを惨殺するエヴァ。その姿は、天使と言うよりむしろ・・・

 闘いから解放されたシンジは、ミサトに対し己の無事を感謝する。そしてミサトは・・・

 次回 問題無い  第6話 シンジ 勝利

 さ〜て、この次も サービスしちゃうわよ

(すいません。このコメント今回で最後にします)