問題無い
 
 

 天界より遣わされし3番目の使者を、この世から抹消せんとする思い上がった人間の為に、

 魔界より遣わされし3人目の少年が、おのが背の黒い翼を、初めて羽ばたかせる事となった。
 
 
 
 
 

第3話 シンジ 邂逅
 
 

 シンジがエヴァへの搭乗を許諾した理由は単純なものである。

『エヴァに乗りたかったから』 

(ゴメン・・・物を投げないで・・・そういう意味じゃないの)
 
 

 10年前の出来事についてシンジは完全に思い出していたのだ。

 そう・・・ ユイがこのエヴァに乗り込んだ後に自分の前から消えた事を。

 いったいこのエヴァとは何なのか?

 真実を確かめるため、ゲンドウや他のスタッフにその事を聞いたとしても、

 おそらく誰も答えてはくれないだろう。
 

 自分の体で確かめるしかない! 

 そう判断したシンジはリスクは高い事を承知の上でエヴァに乗り込む事を決意したのである。

 日頃冷静な彼からすれば、多少平常心を欠いていたと言えるのかもしれない。

 だが母親を失い、親の愛を知らずに育った 『14歳の少年』 とすれば、

 いたしかたなかったのだろう。
 
 

「第二次コンタクトに入ります」  

 マヤの声が響き渡ってから数秒・・・ シンジは頭の中に何かが飛びこんで来るような・・・・

 ショックといってもいい感じを受けた。

 まるで頭のあちこちをキリか何かで刺されたような痛みを覚えるシンジ。

 さすがのシンジも、たまらず悲鳴を上げざるをえなかった。

「うわあああああああああ」
 
 
 
 
 

 シンジが気がついた時、周りには何も無かった。

 にもかかわらず自分の周りは光につつまれている。

 天国? にしてもあまりに殺風景すぎる。 地獄? にしてはあまりにおだやかすぎる。

 シンジはゆっくりとあたりを見回して見るが、本当に何も無い。

 次に自分を見てみると、さっきまで着ていた筈のカッターシャツや、履いていた筈のズボン、

 果ては下着に至る迄、一切何も身につけていない事に気づく。

 そう、すっぽんぽんである。

 いったい自分に何が起こったのか、シンジは記憶の糸をたぐり始める。

『第三新東京市に来て・・ ネルフに来て・・ エヴァに乗り込んで・・・・ そうだ!エヴァだ』
 
 

 自分が身につけていた服は?

 自分が座っていたシートは?

 自分の周りを覆っていたLCLとかいう液体は?

 それらはいずれもどこに消えてしまったのか?

 自分は今どこにいるのか?
 
 

 シンジは懸命に自分の置かれた状況を把握しようと努めるが、

 当然納得出来る答えを導き出す事は出来ない。

 ほとんど思考が停止しかかったシンジに対し、不意に背後から若い女性の声がかけられた。

『あら珍しい。お客さんかしら?』

 驚きつつも急いで後ろを振り返ったシンジの目に飛び込んできたのは・・・

 シンジと同様、やはりすっぽんぽんの女性であった。

(サービス、サービス・・・ って画像が無いぞ)
 
 
 
 
 

『綾波レイ? にしてはトウがたっているな』
 

 確かに、今シンジの目の前にいる女性は綾波レイに非常によく似ている。

 というより、ほとんどうり2つと言っても良いかもしれない。

 唯一の相違点といえるのは髪が黒髪である事ぐらいで、

 それを除けば、彼女(レイ)がある程度の年齢を重ねた感じ、というのが非常にしっくりくる。
 

 しかし目の前に若いすっぽんぽんの女性がいて、なおかつ14歳という、

 性春まっさかりの年齢のくせに、妙に冷静に相手の事を観察するシンジって・・・

 それはさておき、そんなシンジの胸中を読みとったのか、

 相手の女性はシンジが考えた事に対してすかさず文句を述べた。
 

『悪かったわね。トウがたってて』

『心が読めるのか!?』

『そうよ。あなただって私の心の中がわかるでしょ』
 

 言われてシンジは、彼女が言葉を発していない事に初めて気づいた。

 信じられない事だが、どうやらここでは、

 心の中で考えた事がすっかり相手に筒抜けになってしまうらしい。
 

『君はいったい?』

『人にものを尋ねる時は、まず自分から名乗るべきだと思うわ』

『・・・・・・・・・・』
 

 彼女の物言いが、何か心の中にあるものに楔を打ち込んだような感じがし、

 考え込んでしまうシンジ。

 だが、『肉親だけが持つ直感』 とでもいうのだろうか、シンジの頭の中で、

 それまで全くバラバラだったジグソーパズルのピースが、一気に組み上がっていった。

『自分は確か・・・・エヴァに乗っていた。
 そう・・エヴァ・・消えた・・母さん・・・・か、母さん?

『失礼ね〜私はあなた程大きな息子がいるような年じゃないわよ』

『僕は・・・・僕は・・・エヴァンゲリオン初号機パイロット碇シンジです!』

(セリフが違〜う)
 

 日頃冷静なシンジらしくもなく、全く興奮を隠しきれていないが、これは仕方の無い所だろう。

 何と言っても今目の前に居る女性は恐らく、

 いやまず間違いなく10年前に居なくなった母親なのだから。

 そしてその後の10年間、母の後ろ姿を追い求めていた少年の悲痛な叫びに対し、

 母はどのように答えるのであろうか、注目のシーンである。
 

『は???』

(コケッ)
 

 盛り上がった気分に水を差されてずっこけるシンジ。

 だが何とか立ち直ると確認の言葉を紡ぎ出す。
 

『僕はシンジ。碇シンジだ。あなたは碇ユイ。僕の・・・母さん・・・だね?』

『確かに私は碇ユイだけど・・・冗談は止めてちょうだい! 私のシンちゃんはまだ四つよ』

『だから・・・あれからもう10年経ったんだよ。僕がシンジ。あなたの息子の碇シンジだ!』

『うそ!』

 シンジは何とかユイに理解してもらおうと説明を行うが、

 やはりそう簡単には納得してもらえないようである。
 

『うそじゃない! 今は西暦2015年、母さんがいなくなったのは2005年、
 その時僕は発令所みたいな所からエヴァに乗り込む母さんを見ていた』

『・・・・・・本当にシンジなの?』

『そうだよ。母さん』

『また〜私をからかってるんでしょ』

『本当だよ! どうしたら信じてもらえるんだ?』
 

 自分が息子である事を証明するには、

 自分と母親の共通の思い出を話すのが1番良いものと思われるが、

 何せ母親がいなくなったのは、自分がわずか4歳の時である。

 それ以前の事に関してはどうしても記憶が怪しくなる。さすがのシンジも困り果ててしまった。
 

『そうね〜ちょっと顔をよく見せて』

 ユイはそう言うなりシンジの顔を両手でしっかと捕らえると、

 自分の目の前に持ってきてまじまじと眺める。

 改めて言うが2人はすっぽんぽんのままである。

 はたから見るとかなりあぶないシチュエーションである。
 

『そう言われれば、どことなく面影があるような・・・ あなた本当にシンちゃんなの?』

『そうだよ! 久しぶり、母さん』

『本当? 本当に!』

『本当だよ』

『・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・シンちゃ〜ん!』

『ところで母さん。ここはいったいどこなんだ?』

 感極まった感じでユイが叫ぶが、反応するシンジは相変わらずのようである。
 

『もう〜ノリが悪いわね。10年ぶりの母子の感激の再会なのよ。
 私が     シンちゃ〜ん!・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・  といったら、
 あなたは  母さ〜〜ん!・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・  と言って、
 ギュッと私を抱きしめてくれなくちゃ』

 ジト目になるシンジ。

 あの父親と一緒になるぐらいだから、結構物好きなのかなとは思っていたが、これは・・・

 そんなシンジの胸中を知ってか知らずか、相変わらずユイは脳天気な言葉をシンジにかける。
 

『じゃ、今度はちゃんとやるのよ!
 あ、このままじゃ何だから、シンちゃんはあたしからず〜っと離れて』

『何故だ?』

『だって、その方が感じが出るでしょ。
 10年間離ればなれだった母と子が遠くから走り寄って ”ぐわぶぁ” っと抱き合うのよ。
 感動するシーンだわ』

『馬鹿な! そんな事・・』

『やるの!』

『・・・・・・・・』
 
 

 母の言葉に何故か逆らえなくなってしまうシンジ。

 決して彼はフェミニストではないが、

 男と相対する時に比べれば、女性に対しては明らかに丁寧に接していた。

 しかし、自分が納得しない限り、決して己が意見を曲げる事が無かったのも事実である。

 そんな彼が、母親とはいえ理不尽とも言える意見に対して反論しない、いや、出来ないでいる。
 

 彼は 『母が何故、父と結婚したのか』 ではなく、

『父が何故、母と結婚させられたのか』 がわかったような気がした。

 それと同時に、自分には父と、またかなりの割合で

 母のDNAが色濃く受け継がれている事を確信していた。
 
 
 
 
 

『じゃ、いくわよ〜 シンちゃ〜ん!・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・』

『母さ〜〜ん!・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・』

 半分あきらめているのか、ユイの言うとおりに感激の母子の再会を実演するシンジ。

 だが彼は母親の体を抱きしめた後、それが小刻みに震えている事に気づいた。

 どうやらユイは感極まって泣き出してしまったらしい。

 もしかしたら先程迄の脳天気な態度も、

 泣き出しそうな自分を抑えるための懸命の演技だったのかもしれない。
 

『ふ、う、うう、ううう、シンちゃん、シンちゃん、シンちゃん、シンちゃん・・・・・・・・・』

『・・・・・・・・母さん』

 それまで義理的にユイの体に回していた手に力を込め、

 文字通りギュッッとユイの事を抱きしめるシンジ。

 10年ぶりの母子の対面は、こうしてとりあえずは感動的なオープニングを迎えた。

(いや〜 ええシーンや)
 
 
 
 
 

 どのくらいそうしていただろうか。

 ユイが落ち着いてきたのを見計らって、

 シンジは先程から疑問に思っていた事を問い質す事にした。
 
 

『母さん。ここはいったいどこなんだ?』

『ここ? ここはエヴァの中よ』

『エヴァの中? それはどういう意味だ?』

『言った通りよ! ここはエヴァの中なの!』
 

 会話がどうも噛み合わない。

 おそらくこのまま続けたとしても同じ事の繰り返しになるだろう。

 そうシンジは判断すると、質問を変える事にした。
 
 

『10年前に母さんがエヴァに乗り込んだ後、僕の前からいなくなったね。
 あれからずーっとここにいたのか?』

『ごめんなさいシンちゃん。あなたを1人ぼっちにしちゃって』
 

 ちなみにゲンドウはネルフの司令として今だ現世(て、言うのかなこの場合?)にとどまって、

 ユイを救出するためだけに色々悪事をめぐらしているのだが、

 どうやらユイの中では既にゲンドウの存在は抹消済みであるらしい。

(可哀想なゲンドウ)
 
 

『いや、それは問題無い。それより質問に答えてくれ』

『わかったわ・・・シンちゃんの言う通り、母さんは10年間。ずっとここ、エヴァの中にいたのよ』

『もう、戻れないという事か?』

『そうじゃないわ!
 戻ろうと思えば、戻れない事もなかった・・・・けど私は、ここにとどまる事を選んだの』
 

 そう語るユイの口調はとても辛そうだった。

 たとえどのような理由が有ろうとも、言ってみれば自分は 『子供を捨てた母親』 であり、

 他人からならどのような誹謗、中傷を受けようとも甘んじて受け入れる覚悟は出来ている。

 だがこの世で最も、いや唯一愛する息子のシンジに嫌われるのだけは、

 母親としてどうしても耐え難かったのである。
 
 

『何故、ここにとどまる事にしたんだ?』

『シンちゃん。それを話すのには長い時間が必要になるわ』

問題無い。時間は有る』

『わかったわ。それじゃ・・・何から話せば良いかしら?』
 

 やがてユイは訥々と話し初めた。

『シンちゃん。セカンドインパクトって知ってるわよね?』

『僕が産まれる、確か1年前に起こった出来事だよね? 何でも、大質量隕石が南極に衝突して、
 大量の氷が溶け、地軸がずれてしまったという、有史以来最大の大災害と呼ばれている』

『そう、表向きはそうなっているわ』

『表向きはという事は、実際は違うという事か?』

『ええ、実はね、私達南極で天使様を見つけちゃつたのよ。それも2人も

 あまりにも突拍子のないユイの話しに、何と反応して良いのかわからなくなるシンジ。

 それはそうだ。一般常識を持った人間ならば、到底信じられない、

 と言うよりは信じる方がどうかしているという内容である。

 たとえ息子のシンジといえど、これが母親の口から、

言葉として著わされたもの』 であれば、おそらく信じなかったであろう。

 だがここ(エヴァの中)では、相手の考えている事が全てわかってしまうのである。

 どうあがこうと嘘をつく事は出来ないのだ。
 
 

 納得する事は出来ないが、事実である事は認めるしかない。

 何とかそういう結論に達したシンジは、ユイに先を促す事にする。

『で、母さん。その天使様とセカンドインパクトとどういう関係があるんだい?』

『うん。でも天使様じゃちょっとあれでしょ、
 それでね私達は簡潔に、あと格好良く 「使徒」 と呼ぶようにしたのよ』

『使徒! 僕はまだ直接は見ていないけど、確か父さんは謎の巨大生物と言っていたが』

『え、ゲンちゃんが! どういう事なのシンちゃん』

『ゲ・・・ いや何でも父さんの言うのには、そいつがこっち(ネルフ本部)に向かってるって』

 ゲンちゃんにシンちゃんか、僕も父さんも形無しだな。

 そう思いながらもシンジは、逆に母の方から突然なされた質問に素直に答える。
 

『ふ〜ん。じゃ3番目が今来てるんだ』

『母さん?』

『ああ、ごめんごめん。話しを元に戻すわね』

 ユイは何やら1人で納得していたようだったのだが、シンジに促されて思わず我に返る。

『やっぱり使徒の力ってのは、私達人間には手に余る物だったのよね。
 結局2人のうちの1人の力は制御しきれなくなっちゃって暴走しちゃったのよ』

『それがセカンドインパクトの真相という訳か』

『そう、さすがシンちゃんは理解が早いわね。お母さんも鼻が高いわ』

『ハ、ハハハ』

 愛想笑いをするしかないシンジ、だが当然話しはこれだけで終わったわけではない。
 
 

『でもね、シンちゃん。実はこの事はある書物の中で予言されていたの』

『馬鹿な、大体予言書なんて物はその殆どが後世の歴史家達がそこに記されている事を、
 自分に極めて都合の良いように解釈し、過去の歴史に当てはめていった物じゃないか』

 確かにシンジの言う通りで、ノ○ト○ダ○スなんかはその典型的な例であろう。

 セカンドインパクトの前年、迷信深い東洋の小国においては、

 その事で大騒ぎになった事があるくらいなのだ。

 実際は何も起こらなくて、いわゆる予言書のエセ研究家達が面目丸つぶれだった所、

 翌年セカンドインパクトが発生した途端、

『これこそが予言書に書かれていた事だったのだ。1年、2年の誤差は仕方が無い』

 などと、恥も外聞もなく囃し立てたのである。

 全く○ス○ラ○ム○本人が生きていれば彼が1番怒っている事だろう。
 

『そう、シンちゃんの言う通り、殆どはそれが書かれた時点ではなく、
 後の世において予言書と定義された物。けれどこれだけは違ったのよ』

『どうも信じられんが・・・ その本の名前は何て言うんだ?』

『それはね、”死海文書”って言うんだけれど、それによると近い将来、
 セカンドインパクトを上回る、更に未曾有の大災害が人類を襲う可能性が有ると言うのよ』

『う〜ん。やっぱりピンとこないな!』

 シンジの感想は無理もないだろう、先程彼が言った通りセカンドインパクトとは、

 人類の歴史上最大の、まさに”天災”であったのだが、更にそれを上回るなどと。

 おまけに彼は、直接セカンドインパクトを経験していないので、尚更そう思うのだろう。
 

『も〜シンちゃんたら、お母さんの言う事はちゃんと聞かなきゃ駄目なんだから。
 いい、私達はそれをサードインパクトと呼んでいるんだけれど、
 それは力を解放した使徒と、新たにやって来る使徒、全部で14人もいるらしいんだけど、
 それらのうちどれか1人でも接触すると起きる。というように記載されているのよ』

『当然それだけは何があっても阻止しなくてはならないの、でないと人類は本当に滅亡してしまう。
 でもさっきも言ったように使徒の力は我々人間を遙かに凌駕しているので、
 それに対抗するため使徒をクローニングしてエヴァンゲリオンを作ったのよ』

『けれど、出来上がったエヴァには”心”が無いため全く動く事が無かったの、
 そのため私はエヴァに残る決心をしたのよ、
 自らがエヴァの心となって、人類を滅亡から救うために』
 

 まるで10年間たまっていたものを一気に吐き出すようにしゃべりきったユイ。

 そのせいか少しは心が晴れたようで、さっきまでと比べると幾分表情が、

 スッキリとしているように見える。

 はたしてシンジは自分のこの決断に対して、どのような反応を示すのだろうか?

 やはり自分を捨てた母親を恨むのだろうか?

 全く自信の無いまま、ユイはシンジの様子を注意深く見守るのであった。
 
 

 ふーーーーーーーーーー

 ユイがほぼ全ての事について話し終えた時、

 シンジは彼にしては非常に珍しく大きなため息をついた。

 ユイの話しを、何とか噛み砕いて消化しようと懸命に努力しているように見受けられるが、

 いかなシンジをもってしてもユイの話しの全てを、

 そう簡単に掌握することは仲々出来ないようである。

 そのため彼は、とりあえずこの問題に対する取り組みの殆どは先送りする事にしたが、

 そのうち1点だけはどうしてもこの場で確認する事にした。

(おひおひ。いつまでここにいるつもりだよ、すぐそこ迄サキエルが来てるんだよ)
 

『母さん、どうしてもわからないんだが、
 母さんがここに残る事がどうして人類の滅亡を防ぐ事になるんだい?』

『さっき話したけれどエヴァっていうのは、そのままでは意志を持たない巨大な人形でしかないの、
 シンちゃんから受け取った意志の通りに、エヴァを動かすためにはどうしても意志の力、
 即ち”心”が必要なの、そのために私はエヴァの”心”であり続ける事を選んだの!』

『ちょっと待って母さん。僕から意志を受け取るって?』

『要するにエヴァはあなたの考えたとおり、思った通りに動くという事なのよ』

『成る程な・・・・・・ 使徒・・・ 2人の・・使徒か』

『死海文書では最初の1人目はアダム、2人目がリリスと呼ばれていたわ』

『アダムとリリスだと?』

『ええそうだけど、シンちゃんどうかしたの?』

 シンジ自身が特に意識していた訳ではないのだが、不意に彼の脳裏にポロッと言葉が浮かぶ。

 するとご丁寧にもユイはそれに反応して、2人の名前を紹介してくれたのだが、

 シンジは何故かこの2人の名前にひっかかるものを感じていた。
 

 アダム。

 一般的に知られているのは神が最初に作りたもうし人間であるという事。

 リリス。

 そしてそのアダムの妻として作られた2人目の人間。しかし彼女は・・・

『ねえシンちゃんどうかしたの?』

『ああ、いや問題無い

 シンジを訝しみユイが声をかけるが、彼の方は思考が完全に停止してしまっていたので、

 何と反応して良いのかわからなくなり、日頃口癖のように話している言葉が口を突く。
 

 使徒、アダム、リリス、そしてエヴァ。何もかもがわからない事だらけだったが、

 そんな彼にもたった1つだけわかった事がある。それは・・・

『自分は母の事を誇りに思う』 という事であった。
 
 
 
 
 

『母さん。もう1つだけ教えてほしい事があるんだが?』

『な〜に? シンちゃん』

 先の1点だけかとおもっていたが、シンジにはまだ何か質問があるらしい。

(シンちゃ〜ん。このまま君が戻ってくれないと人類が滅亡しちゃうんですけど!?)
 

『ここに来る前、綾波レイという子に出会ったんだが・・・』

『シンちゃんがさっき言っていた子ね』

『ああ彼女は、母さんにうり2つと言ってもいい容姿をしており、
 唯一の違いと言えば髪の色が母さんは黒髪であるのに対し、
 彼女はそう・・・蒼銀とでもいうのか、そんな色なんだ。』
 

『まるで彼女は母さんが若返っ・・』

『余計なことは言わないの!!』
 

 シンジの意見を途中で遮るユイ。

 やはり女性にとってはいくつになっても年齢の話題はタブーのようである。

 さすがにユイの様子に気づいたシンジは、

 彼女の態度を軟化させるための話しを、どう切り出そうかと様子を伺う。

 ところがユイをよく見てみるとどうやら怒っているようではなく、

 何か真剣に考え込んでいるようである。
 
 

『う〜ん・・・・多分・・・その子は・・・私がサルベージされた時に出ていった・・・私の分身ね・・』

『成る程、そういうことか』

『え! あれ?・・・  シンちゃん聞いてた?』

『別に聞き耳を立てていたわけではない。聞こえてくるんだから仕方ない』

『わかってるわよ! その綾波レイって子・・・推測になるけど聞いてくれる?』

 確かにこの場所ではお互いの考えが全てわかってしまうのだ。

 シンジを責めるわけにはいくまい。

 そこらへんは、ここでの暮らしが長い(そういうたぐいのものか?)ユイは先刻承知しているのか、

 シンジの言葉を受け流すと、綾波レイの説明を始めた。
 
 

『私がエヴァに取り込まれた時、私を救い出すための一つのプランが実行されたの』

『それがサルベージとかいうやつか?』

『そう。だけど私はそのままここにとどまることを決めた。
 けれどやっぱり私の中に、戻りたい。シンちゃんに会いたい。という気持ちがあったのも事実よ。
 彼女はそんな私の気持ちが現れた・・・いわばもう1人の私って言えるかもね』

 そう言いながらシンジを見つめるユイ。

 その瞳は優しさに満ち溢れており、まさに慈母のごとしであった。

 視線を感じたのか『碇スマイル』を浮かべるシンジ。

 だがその口元がいつもに比べて緩んでいるように見えるのは気のせいではないようである。
 

『ありがとう母さん。なんとなくだけどわかったような気がする。
 わざわざここに残った母さんの意志を無駄にはしないよ」

「ありがとうシンちゃん。本当に・・・ ありがとう」

「そのためにも、もうそろそろ元の世界に戻ろうと思うんだ。本当はもっと聞きたい事があるんだが、
 ところで母さん、元の世界にはどうやったら戻れるんだい?』

(あ・・・・ そうだよ・・・・ どうするんだよ・・・・ え〜〜〜?)

『大丈夫。戻りたいと念じればすぐ戻れるはずよ。』

『そうなのか? でも、具体的にはどうすれば』

『念じてごらんなさい、元の世界を。あなたがここにくる前の状態を』

『わかった、やってみるよ。それじゃ・・・・ む・・・』
 

 ユイの意見に従ってシンジが念じ始めると、徐々にその姿がユイの目の前から薄らいでいく。

 その途中でシンジはユイを自分の側に引き寄せると、

 もう1度ユイの体を抱き締めながら、さよならの言葉を口にする。

『それじゃ母さん・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ また・・』

『じゃ またネ!』

 軽く答えながらシンジに向かってうなずいてみせるユイ。

 段々と薄らいでいくシンジの体に、寂しさを感じつつも、

 10年ぶりに息子に会えた事の嬉しさの方が彼女の心の大部分を占めていた
 
 
 
 
 

 しかしここで1つの疑問が起きる。

 彼女自身はサルベージが実施されたにも拘わらず、元の世界には戻れずにいる。

 いわば彼女は 『10年間エヴァに囚われていた』 とも言える身なのである。

 そんな彼女が何故、シンジはああも簡単に元の世界に戻れる事を知っていたのだろうか?
 
 
 
 
 

『ここは私の・・・エヴァの心の中。1人の人間には1つの心があればそれで十分』

『あなたがここへ来たのは、たぶん・・・私があなたを呼んでしまったから』

『ごめんなさいね・・・・ シンジ
 
 

 彼女自身、意識はしていなかったのだろう。

 だが母親としての本能は、

 リツコとミサトに連れられてシンジが自分(エヴァ)の目の前に来た時から、

 彼が自分の息子である事を見抜いていたのだ。

 そうでなければ、

 使徒の攻撃で器材がシンジ達に向かって落下してきた時に、彼を庇う事もなかっただろう。
 
 
 
 
 

 次にシンジが気づいた時には、自分が元居た場所、エントリープラグの中だった。

 どうやら無事元の世界に戻ってこれたらしい。

 シンジはユイが話した事を反芻しようとしたが、

 それを遮るようにリツコの切羽詰った様な言葉が飛び込んでくる。

「シンジ君! シンジ君!!」

「なんだ」

「シンジ君その中で・・・・どこか異常とかは起こっていない?」

問題無い

 シンジがそう返すと、何故か発令所の反応が全く無くなってしまった。

 訝しむが、こちらからは発令所全体の様子をモニターする術がないので、

 事態の推移を見守っていると、しばらくしてからようやくマヤの声が聞こえてきた。

『いったいどうしたんだ。何か問題有ったのか?』

 ゲンドウとシンジ。

 2人が親子だという事を発令所の全員が再認識していたなどと、思いもよらぬシンジであった。
 
 
 
 
 

「いいわね?シンジ君」

問題無い

 ミサトから最後の確認の言葉がシンジへと飛ぶ。これより先はもう後戻り出来ないのだ。
 
 

 あの後シンジは、エヴァの両腕両足、それらのロックを解除してもらい、

 とりあえずそれらを動かす訓練を実施した。

 本当であれば全てのロックを解除してもらい、

 できれば完全に自由な状態で訓練を実施したかったのだが、

 使徒が目前に迫っている今のこの状況では、それを許す事は出来なかったのである。
 

 そしてついに、天界より遣わされし3番目の使者に対し、

 魔界より遣わされし3人目の少年が、地上に射出され初めて相対する。

 人類の存亡をかけた、天使と悪魔の代理戦争が今まさに始まろうとしていた。
 
 

「最終安全装置解除 エヴァンゲリオン初号機、リフトオフ」

 ミサトの号令と共に肩口を支えていた最後のロックボルトが外れ前かがみになるエヴァ。

 それを見る限りまるでチンパンジーかゴリラのようであり、お世辞にも格好良いとは言えない。
 

「シンジ君。今は歩く事だけを考えて」

 ある程度のレクチャーは施したものの、何といってもシンジがエヴァに乗るのは初めてある。

 リツコはとりあえず自分がシンジに対して出来る事があれば、全て実施しようとアドバイスを送る。
 

 そのアドバイスが届いたのか、左足が踏み出された。と思った次の瞬間。

 何とエヴァはサキエルに向って1直線に突っ込んで行った。

 その動きを見る限り戸惑い、ぎこちなさ、そういったものが一切感じられない。

 まさに人間の自然な動きそのままである。
 

 見ていたものは全員、驚くよりあっけに取られてしまった。

 それはそうだろう。何しろ初号機といえば起動確率は0.000000001%、

 別名 オーナイン(本名 動きません)システムと迄呼ばれていたのだ。 

 それが何の問題も無いように起動したかと思うと、

 今度は自在に動き回っているのだから無理もあるまい。
 
 

 エヴァは徐々に加速を増し、サキエルに対し体当たりせんとするその寸前、

 それまで何もなかった空間に、突如オレンジ色の光の壁が現れた。

「ドーン」 

 すさまじい音と共にオレンジ色の壁に張り付くエヴァ。

 その体制はギャグ漫画でよくある両肘、両膝を90度づつ曲げた、

(何故か胴体も90度曲がっている)体制そのままであった。
 

「無様ね」

 間髪入れずリツコが突っ込みを入れる。

「こ・・・これは・・・・・何だ・・・・・」

 エントリープラグ内で顔面を抑えながらシンジが尋ねる。とても痛そうだ。
 

 エヴァの滑稽な姿に、条件反射で思わず突っ込みを入れてしまったリツコであったが、

 次の瞬間には思わず 「シンジ様〜〜〜〜〜〜〜〜〜」 と叫びそうになってしまった。

 何とかそれを思いとどまると、シンジに恥をかかせた事に対する申し訳なさに、

 胸を張り裂かれそうになりながらも、オレンジ色の光の壁の正体をシンジに告げる。
 

「それはATフィールドと言って、1種のバリアーみたいなものです。
 あれがある限りエヴァは使徒に近づくができません。」

「どうすればいいんだ?」

 成る程! 戦自の通常攻撃が全く効かなかったのはこういうからくりがあったのか。

 それにしても圧倒的不利な状況にあるにも拘わらず、

 シンジの口調からはあせりや脅えといったものが全く感じられない。

 さすがというか、むしろ恐ろしくさえ感じる。
 

「シンジさ・・シンジ君。理論上ではエヴァも同じものが作れるはずです。
 ATフィールドを破るには、多分それしか・・・」

「わかった」

 シンジの安否を気遣い、語尾が途切れてしまうリツコ。

 だがシンジはリツコの心配とはうらはらに簡単に承諾した旨を伝える
 

 しかしそんなシンジの言葉がわかったのか、サキエルはATフィールドを消去する。

 自分を支えていた壁が消え去って、たたらを踏むエヴァ。

 バランスが崩れた所で頭部と左腕がわしづかみにされる。

 その刹那サキエルの筋肉(と言っていいのだろか)が異様に盛り上がり、

 握った個所に強烈な圧力が加えられる。

 すさまじいまでのアイアンクローをかまされたと思った次の瞬間。

 シンジは頭を突き刺されれるような衝撃を味わい、意識が遠のいていくのを感じていた。
 
 
 
 
 

 天界より遣わされし3番目の使者の、圧倒的攻撃力の前に、

 魔界より遣わされし3人目の少年は、まるでなす術を持っていなかった。
 
 

                                                         
 
 

 世界征服の野望を胸に秘め、6人の男達によって開催される委員会。

 再びエヴァに乗る事に同意するシンジに、リツコは思わず涙し、女としての喜びを噛み締める。

 そしてミサトは、奸智にたけたシンジによって己の命運を握られる事になる。

 次回 問題無い  第4話 シンジ 謀略

 さ〜て、この次も サービスしちゃうわよ

(いい加減開き直ったな コイツは)