メシヤの召還






 死海文書において、第三使徒サキエルの襲来が予想されている日より約1ヶ月前、

 エヴァ零号機の起動実験に失敗し、一時はその生命も危ぶまれていた、

 蒼銀の髪を持つ14歳の少女が、何とか回復の兆しを見せ始めていたその時期、

 ネルフ本部の副司令を務めている [冬月コウゾウ] の元に1件の辞令が届く。

 元々大学の教授でもあった彼は、普段の落ち着いた行動そのままに、

 その辞令の件についても粛々と処理しようとしていたのだが、

 端末にその辞令の対象となっている1人の人物の名前が映し出された途端、

 それ迄滑らかだったキーを叩く指の動きが、ピタリと停止する事となってしまった。

 辞令の内容だが、これ迄適当な人材が見つからず、現在彼が兼任していた作戦部の部長に、

 新たに就任する人物の名前が記載されていたものなのだが、

 その名前に冬月は見覚えがあったのである。
 

 今から15年前、南極の地において葛城教授という高名な学者を初めとする調査団が、

 人類にとって未知の生命体にあたる 「使徒」 というものの調査を行っているうちに、

 その力を制御するのに失敗してしまう、という事故が発生した。 

 この事故は、人類の相当数が死に至らしめられるという、

 歴史上、稀に見る未曾有の大災害へと発展し、

 後に、「セカンドインパクト」 と呼ばれるようにようになった。

 事故を起こした調査団は当然壊滅し、生存者は1人も居ないものと当初は思われていたのだが、

 発生から数日後、付近の海域を漂っていた救命カプセルの中から、1人の少女が救出された。

 少女は腹部の広範囲に渡って大怪我を負っていたのだが、

 幸いにして傷そのものの深さが致命傷に至る程酷いものではなかったため、

 手当の結果、何とか一命を取り留める事は出来たのだが、

「セカンドインパクト」 の衝撃のせいだろう、彼女は言葉を失ってしまっており、

 それを取り戻すのに数年の年月を必要とする事になったのである。
 

 この時の少女こそが、調査団の団長を務めていた葛城教授の娘である、

[葛城 ミサト] その人だったのである。

 冬月は、彼女の父親であった葛城教授とは何度か顔を合わせた事があり、

 彼女が収容された施設の部屋の覗き窓越しに失語症にかかってしまったその姿を眺めた時には、

 気の毒さに胸が締め付けられる思いを味わった記憶があるのだが、その彼女がこうして立派に、

 しかもこの若さでネルフの作戦部部長を任せられる程に回復していたという事は、

 彼にとって実に喜ばしい出来事であったのである。
 

 本来部長級の人事の場合は、間接的にではあるが上司となる副司令の冬月と、

 ネルフ本部の総司令、[碇 ゲンドウ] の2名の決裁が必要となるのだが、

 司令であるゲンドウはこういった事務的な手続きを全て冬月に押しつけてしまっており、

 そのため冬月は、2人の分の事務処理を纏めて1人で行わなくてはならない、

 というような状態に陥ってしまっていたのである。

 そのような状況にいる所に持ってきて、先程述べた個人的な感情も加わって、

 冬月はミサトの詳しいプロフィールに目を通す事無く、簡単に決裁を下ろしてしまう事となるのだが、

 まさか、後にこれがネルフの主要スタッフに対して大いなる厄災を呼び込む事になるとは・・・

 この時の彼に分かる筈もなかった。
 
 
 
 
 

 ミサトがネルフ本部の部長として着任してから1週間。

 彼女の歓迎会や各部署に対する顔合わせも兼ねた挨拶周りも1段落したあたりでの出来事である。

 ミサトは自分の周囲のスタッフや、上司となる冬月やゲンドウに対しても、

 自分の家に来てくれるように招待をかけた。

 これは歓迎会のお返しの意味を含めて、自分の手料理を振る舞いたいという事だったので、

 普段はこういった事には参加しないゲンドウも、

「お偉いさんからの誘いを断るのはまあいい。
 しかし部下の方から誘ってくれた事を用事もないのに無下に断るのは如何なものか?」

 という冬月の小言が効いたのだろう、渋々といった感じではあったが参加する事になった。
 

 その他の参加者はというと、彼女の直属の部下に当たる、[日向 マコト] と、

 冬月の指揮下にある、[青葉 シゲル] という2名の男性。

 しかし、ミサトの親友でもあり、同じくネルフ本部において彼女と同じように、

 技術部の部長を務めている、[赤木 リツコ] 博士は、招待のかかる数日前から、

 松代にある実験施設に出張で出かけていて不在であったため参加する事はなく、

 その代わりという訳でもないのだが、リツコの部下にあたる、[伊吹 マヤ] という女性を加え、

 総勢5名がミサトの主催する(最後の)晩餐会に参加する事となった。

 中でも、日向の意気込みは凄まじく、

「明日実施する予定なんだけど、参加してくれないかしら?」 という招待を受けた後、

 その日の夕食、そして当日の朝食・昼食迄も抜かすという徹底ぶりであった。

 体調を心配して尋ねてくれた青葉に対し日向は、「別に、直属の上司だから」 と答えていたのだが、

 どうやらそれ以外にも何かしらの理由があったらしい。

 そんな日向には申し訳ないのだが、そもそもミサトにとって一番の親友であるリツコに、

 この会が催されるという事の情報が伝わらなかったという事が、

 彼らを阿鼻叫喚の渦に叩き込む発端となるのであった。
 
 
 
 
 

 さて、実際に晩餐会が実施される当日。

 会場となったミサトのマンションでは、前日から弱火でじっくりと煮込まれた、

 葛城ミサト特製の、いわゆるミサトカレーが、朝から妖しげな匂いを漂わせていた。

「うん! パーペキ!! 後はお客さん(犠牲者)が来るのを待つだけね」

 小皿にほんの少しだけカレーを取り分け、味見を終えたミサトが満足そうに頷いた丁度その時、

 ピンポーン

「はーい」

 どうやらサバトに供えられる哀れな生け贄達・・・・

 では無くて、えー、一応お客さんが到着したようである。
 

「どーぞ、どーぞ、遠慮せずに入って頂戴」

「「「お邪魔しま〜す」」」

 まず葛城邸に到着したのは、日向・青葉・マヤのオペレータートリオのようである。

 ミサトは6人が席に着けるようにと、普段置いてあるテーブルの他に、

 もう一つテーブルを用意したリビングの方へと3人を導いていく。

「好きな所に座っててね、後もうちょっとしたら司令と副司令もみえられると思うから」

「あの葛城さん、これ」

 そう言って日向が差し出したのは、サーバー付きの小さな樽の生ビールである。

 彼はどこからか、ミサトがビール好きであるという情報を仕入れ、密かにこれを用意したのであるが、

 さすがに好みの銘柄迄はこの1週間という短期間の間では把握しきれなかったものとみえ、

 オーソドックスな、一○絞りであった。
 

「あら〜、気を遣って貰って、悪いわね〜。せっかくだからみんなで飲みましょう。
 じゃあ全員揃う迄、これは冷蔵庫に入れて置くわね」

 そういうとキッチンの方へと向かうミサトに対して、

 やはり女性として気を遣ったのだろう、マヤからの声がかかる。

「あ、葛城さん。私、手伝います」

「あ〜、良いの良いの、今日はお客様なんだから、おとなしく座ってて」

「でも・・・」

「それじゃあ、後で料理でも運んで貰うわ、それで良いでしょう?」

「わかりました」

 妥協点を見出しマヤが嬉しそうに答えるかたわら、3人のうちで唯一何も提供する物が無い青葉は、

 抜け駆けを図った同僚を小声で非難する事しか出来なかった。

オイ! ずるいぞマコト、何で一声かけてくれなかったんだよ

い、いや、俺は葛城さんが直属の上司だったから用意した迄で、別にお前の場合はいいと思って・・
 

 とまあ、そういったやり取りが続いているうちにゲンドウと冬月も到着し、

 予定の時間よりは多少遅れたものの、晩餐会の幕が開く事になり、

 キッチンからミサトとマヤの2人の手によって、

 特製のミサトカレーが運ばれてきて、参加者達の前に配られていく。

「な・・・ 何か、刺激的な香り・・ ですね」

「そうでしょう! 何しろこのアタシの特製ですからね」

「さすが葛城さん! いやあ、楽しみだなあ」

 作製者であるミサトと、彼女の部下である日向を除いた4人の気持ちを代弁したような台詞が、

 青葉の口から語られるのだが、当のミサト自身は全く謙遜する事なく、褒め言葉として受け取ると、

 それに追従するかのように、日向の言葉が続く。

 日向の気持ちとしては、決してミサトをヨイショするつもりでは無かったのだが、

 他のオペレーター2人には、どうしてもそのようにしか聞こえなかった。
 
 

 全員の前にミサトカレーとサラダ、その他に様々な副菜が並べられた所で、

 まずは会の開催に先立ち、本日の主催者であるミサトの挨拶が行われ、

 その最後に、1つの意見が提出された。

「今後もお互いの意志疎通を図るために、様々な部署の職員を交代で招き、
 親睦を深める会を定期的に設けるようにしてはどうでしょうか?」

「うむ、確かに良い機会だな、私も出来るものならばなるべく実施していった方が良いと思うよ」

 色々調整役として苦労しているのだろう、

 すかさず冬月の方からも、意志に賛同するコメントが述べられる。

 それに対して、ゲンドウはここでもあまり乗り気では無かったのだが、

 周りの様子を窺う限り、どう見ても拒否出来るような雰囲気では無かったため、

 冬月と同様、ミサトの提案を認めるざるをえないと判断するのだが、

 さりとて、自分達が音頭を取るのは面倒くさいと思い、

 この際だからと、その役回りをミサトに押しつける事にした。
 

「反対する理由は無い。が、しかし、私や冬月が主催するような状況になれば、
 あたかも参加を強制しているような状態に見られかねないだろう」

「かと言って、青葉君や日向君達では色々気を遣うだろうし、何より財政的に厳しいものになるだろう。
 そこでだ、葛城一尉。
 すまないが提案者である君自身が今後ともこの会を主催していってはくれないだろうか?」

「私自身は別に構いませんが、本当によろしいのですか?」

問題無い。やりたまえ、葛城一尉」

「は! それでは私、不祥葛城ミサトが今後ともこの会の主催を務めさせて頂きます!」

 とまあ、多少固いやり取りはあったものの、ひとまず収まる所に話しが収まったので、

 今日の一番の目的である、晩餐の宴を始める事になり、

 乾杯用のビールが全員のグラスに注がれていく。

「では、乾杯の音頭を、副司令、お願い致します」

「うむ。ではご指名なので乾杯の音頭を取らせて貰うよ。
 ネルフの益々の発展と、みんなの健康を祈念して・・・ 乾杯!

「「「「「乾杯!!!!!」」」」」

「ングッ ングッ ングッ ングッ ングッ ングッ ングッ ングッ ングッ ングッ ングッ ングッ」

「プハーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ。カーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ。
 やっぱ人生、この時のために生きてるようなもんよね〜〜〜〜、ん! どったの!」

「いえ、何でもありません」

 ミサトの飲みっぷりの良さに全員が注目していたのだが、丁度彼女の真向かいに座ったマヤが、

 慌てて誤魔化しの言葉を口にする。

 内心、納得の行かなかったミサトではあったが、続く日向の言葉によって、

 とりあえず、気にするのを止める事にし、自慢? の料理を全員に勧める事にした。

「さあ、そんな事より、せっかくの料理が冷めてしまいますから、頂きましょうよ」

「そうね、おかわりもたくさんあるから、遠慮しないでどんどん食べて!」

「「「「「いただきます」」」」」
     
 パクッ

「「「「「▼!?*@∵¥Å♂∃Ψ煤凵`∞∧§∀£凵UΘ〒◎∂塔ョ∠♀◆」」」」」
 


 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
しばらくお待ちください。         

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 碇 ゲンドウが目覚めたのは病院のベッドの上だった。

 ぼんやりと開いた眼の焦点が段々と合い始め、

 それと一致するかのように頭の方も回転を始めるのに従って、

 今現在、自分が見ているこの白い天井に、見覚えが無い事に気づいてくる。

 何だろう? 何かとてつもなく悪い夢を見ていたような気がするのだが、

 まるで、頭の中に霞がかかったようで、肝心の所が思い出せない。

 そのままの状態が持続すれば、恐らくゲンドウの思考は、

 無限のループに囚われてしまっていたのだろうが、その鎖を断ち切るかのように、

 彼に対して救いの言葉が差し掛けられる。
 

「お前も気がついたか」

「冬月!」

 ゲンドウが声をかけられた左側の方に視線を向けると、

 そこのベッドの上では冬月が上半身を起こした状態で、ゲンドウの所を眺めている。

 どうやら2人とも同じ目にあって入院したらしいが、記憶が定かでは無いゲンドウは、

 冬月に対し、自分達が入院する事になった原因について尋ねる事にした。

「教えてくれ冬月、俺とお前、何故2人揃って入院するハメになったんだ?」

「何だ、覚えていないのか? 葛城君の所で出されたカレーを口にしたからだろう。
 あれから既に1週間が経っているらしい」

「1週間が!?」

 冬月のこの言葉によって、ゲンドウはようやく事の一部始終を思い出す事が出来たのだが、

 それと同時にどうしても納得出来ない事があった。

 それは、葛城一尉が何故自分達を毒殺しようとしたのか、という事である。
 

 葛城一尉を本部に転任させるのに当たっては、その身辺が改めて徹底的に調査され、

 思想・信条等も含めて、一切問題無い事が確認されているのである。

 従って、彼女がどこか他の組織から送り込まれたスパイで、

 ネルフのトップ2人を狙ったとは到底考えられないのだ。

 となると、個人的な恨みという事になるのかもしれないが、

 これ迄ゲンドウや冬月が直接的に彼女とコンタクトを交わした事は無く、その線も考えにくい。

 唯一考えられるのは、父親を亡くした彼女が、セカンドインパクトの前日、

 葛城調査隊の中で1人だけ南極を離れていて、難を逃れる事が出来たゲンドウに対し、

 さか恨みと言っても良い感情を抱いていた。

 という事ぐらいなのだが、それにしても冬月迄巻き込む必要は無い筈なのだ。

 イイ加減、ゲンドウも考えが煮詰まって来て、そろそろ限界を迎えようとしていたその時である。

 シュッ

 左目の目元にセクシーなほくろのある、白衣を着た金髪の美女が病室のドアを開き入ってきた。
 

「如何ですか? ご気分は」

「ああ、それ程悪くはないよ」

問題無い

 金髪美女の質問に素直に答える冬月とゲンドウ。

 今入ってきたこの美女こそがネルフの技術部長であり、

 ミサトの親友でもある、赤木 リツコ博士その人である。

 ゲンドウはお互いに親友同士であるリツコならば、ミサトが何故このような凶行に及んだのか、

 何か知っているのかもしれないと、今回の事件の事について尋ねてみる事にした。

 無論、女性であるリツコに対して、罪を犯した親友の事を尋ねるのは多少気が引けたのだが、

 帰ってきた答えは、ゲンドウの予測の範疇を遙かに越えて行くものだった。
 

「赤木君、葛城一尉は何故我々に毒を盛ったのだね?」

「はあ? 毒って何の事です」

「親友を庇いたい君の気持ちはわからんでもないが、事実を隠蔽する事は出来ん。
 どうか正直に話してくれたまえ」

 ゲンドウの質問に、初めは腑に落ちない、といった表情を浮かべていたリツコだったが、

 ほんの少ししてからどうやら今回の事について誤解しているらしいと気づき、

 それを解くために彼女は事実をありのままに話す事にした。

「わかりました司令。
 ですが、葛城一尉の作ったカレーからは、毒物・劇物の類は一切検出されておりません」

「馬鹿な! それじゃ何故我々は」

「司令のおっしゃりたい事はわかります。
 しかし本当に葛城一尉は毒を盛ってなどはいないんです。ただ・・・」

「ただ・・・ 何だ?」

「ただ、彼女の作る料理は、司令や副司令のように気が遠くなる程
 とてつもなくマズイという事なのです」

 ポカンと開いた口が塞がらないゲンドウと冬月。

 実はこの2人ばかりではなく、マヤや日向、青葉の3人も病院に担ぎ込まれていたのだが、

 診断の結果はどこにも異常は認められなかったのである。

 また、先程リツコがチラッと述べていたが、

 当初ミサトは何らかの薬物をこの5人に対して摂取させたものと判断されて身柄を拘束され、

 証拠品としてカレーが検証されたのだが、薬物に対する反応は一切出てこなかったのである。

 そうこうしているうちに松代での実験を一通り終えたリツコがネルフ本部に帰ってきて、

 事件の発生を知る事となった訳だが、過去何度となく、

 今回のゲンドウ達と同様の被害を受けていた彼女は、

 即座に事件の全容を把握するのに至ったのである。
 

「念のため司令と副司令のお体は、一通り検査させて頂きましたが、
 全然、100%、完璧に問題はありませんでした」

「従って、早々に退院していただいて、すぐにでも職務に復帰して貰います。
 何しろこの1週間の間に、それこそ仕事が山と溜まっているのですから」

 情け容赦無くゲンドウと冬月を追い立てるリツコ。

 彼女がここ迄事を急いているのは、実はちゃんとした理由がある。

 何しろ彼女は本部に帰ってきて以来、一睡もしていないのだ。

 何故なら、ゲンドウと冬月、ネルフのbPとbQが揃ってこういった状態であったため、

 本来ならば彼ら2人が処理しなければならない事柄が全て滞ってしまっていたのである。

 こういった場合ネルフ本部内において、『実質的なbR』 と暗黙の了解がなされている作戦部長が、

 2人の職務を代行するのが普通なのであるが、現在の作戦部長はあのミサトである。

 普段暇な時ですら、そういった仕事を部下の日向に押しつけているミサトには、

 その方面の能力が皆無である事をリツコはよく知っていたため、

 結果として彼女は、司令・副司令・技術部長、全ての仕事をこなさなくてはならなくなったのである。
 

「わかった。では、手続きを・・・」

「その前に・・・ 司令! 1つだけ確認したい事があります」

「何だ? 急ぐんだろう、手短に頼む」

「司令、司令は今回の悲劇を招いた会の席上で、ミサトに対して、
 今後会を主催するようにと指示を出されたとの事ですが・・・ 事実ですか?」

 あっ! という表情を浮かべて、互いに顔を見比べるゲンドウと冬月。

 確かにあの時ゲンドウはミサトに対して、名指しでその事を依頼したのだ。

 となると、またいつの日かこれと同じ惨劇が繰り返される可能性が非常に高い。という事である。

「やっぱり・・・ そうなんですね!?」

 リツコからの再度の確認に、力無くこっくりと頷く事しか出来ないゲンドウ。

 自分の軽はずみな発言を悔やんでみても、最早後の祭りである。

「赤木君、何か、葛城君を止める良い方法は無いものかね?
 我々だけならまだ良いが、今後これ以上犠牲者を出すのは忍びない。」

 言葉の無くなったゲンドウに代わり、冬月の方からリツコに対して、対応策が無いか?

 という質問が投げかけられるのだが、その台詞の後半部分はいかにも実直な冬月らしく、

 自分が被害にあった事よりも、他のスタッフ達に対する心配が見てとれる。
 
 とは言うものの、さすがにリツコといえど、言われてすぐに名案が浮かぶとは思えなかったのだが、

 意外や、彼女はすぐさま対応策を提案してくる。

 実はリツコは、ゲンドウと冬月が目を覚ますよりもかなり前の段階で、

 ミサトの悪魔の宴が今後も続いていくという情報を仕入れていたのだ。

 その情報源が誰かというと、マヤ・日向・青葉のオペレーター3人衆であり、

 ゲンドウと冬月と同様に今回被害にあった彼女達であったが、

 中年、あるいは老年の域にさしかかろうとしていた2人に比べ、

 まだ20代の3人は、かなり早い段階で目を覚ましていたのだ。
 

「1つだけですが・・・
 恐らくかなりの確率でミサトの暴走をストップさせる事が出来ると思われるアイデアがあります」

「ほう、それは何かね?」

 問いかける冬月には答える事はなく、リツコは黙ったまま視線をゲンドウへと移していく。

 何か言いたい事があるのだが躊躇しているようだ。

 常に物事を理路整然と話す事の出来るリツコにしては珍しい。

 ゲンドウは彼女の意を汲んで先を続けるように促す事にした。

「何だ? 言ってみたまえ」

「わかりました。それではお言葉に甘えまして・・・ 司令には1人、お子さんがいらっしゃいましたね」

 常日頃の様子から、「何があっても動じないのではないか?」

 と思われているゲンドウの身体が強張るのが、傍目にもはっきりと見て取れた。
 
 
 
 
 

『今日の夕食は何にしようかな? 夕べはペスカトーレにサーモンのマリネと割とイタリア風だったし、
 ええと、今日のお買い得品は』

 ここは第二新東京市にある第三中学校の2年C組。

 そこには、わざわざ家から持参してきたスーパーのチラシを広げて、、

 真剣な眼差しで今晩の献立を組み立てる食材を探している14歳の少年が居る。

 少年の名前は、碇 シンジ君。

 もうこの名字から既におわかりの通り、彼こそがネルフの総司令・碇ゲンドウの1人息子である。

 父親が第三新東京市に居て、何故息子である彼がここ第二新東京市に居るかというと、

 シンジ君はわずか4歳という、甘えたい盛りの年齢で母親を亡くし、

 それから程なくして、父親の知人の所に預けられる事になったからなのである。

 母親の死、そしてそれに続く父と子の別離に、彼の父親を知る大抵の人物は、

「彼が父親に捨てられた」 ものと思ったのだが、真実はそうでは無かった。

 ゲンドウは10年前、人口進化研究所という所の所長をしていた当時から、

 いずれ 「使徒」 が第三新東京市に侵攻してくる事を知っていたため、

 妻と共に最愛である息子に危険が及ばないようにと、

 涙を呑んで第二新東京市にシンジ君を疎開させる事にしたのである。
 

 それから10年、「親は無くとも子は育つ」 とは良く言ったものである。

 ゲンドウの心配をよそにシンジ君はすくすくと育っていたのだが、

 親元を離れて暮らしているというのは、やっぱりその心に暗い影を差し込んでいたようで、

 彼はどちらかと言えば内向的で、おとなしい少年であった。

 ところが逆に、これが女子生徒達の母性本能を刺激し、母親似で中世的な彼のマスクと相まって、

 シンジ君は常に彼女達の人気の的でもあったのだが、

 後に彼と同居する事になる、14歳の少女の台詞を引用させて貰えば、

『多分、サードインパクトが起こったって気づかない程の鈍感!

 だと言う彼本人は、全然その事をわかっていなかった。
 

 そのため、モテる男の宿命として、普通であれば妬まれたり、

 嫌がらせを受けたりしても不思議は無かったのだが、シンジ君の場合はそう言った事は無く、

 男子生徒達ともごく自然に接して行けていたのである。

 むしろどちらかと言えば男子生徒からの方の人気が高いくらいで、

 シンジ君の側に近づく事の出来ない女子生徒達の不興を買う程だったのである。

 何故彼がそれ程迄に男子生徒達の人気を勝ち得る事が出来たかと言うと、

 それは偏に、彼のとある腕前が大変、

 なんて言葉では到底言い表す事が出来ないぐらい、優れていたためなのである。
 
 

 さて、それが何かと言うと・・・ 言う迄も無いだろうが 「料理」 の腕前である。

 彼のその腕前は、まだ弱冠14歳という年齢にも関わらず、超一流料亭の料理人、

 あるいわ超高級レストランのシェフもかくや、という程の域に迄達しているのだ。

 恐らく、中学を卒業した時点で、彼を巡っての激しい争奪戦が展開されるのは必死の情勢であり、

 一説によると契約金の高騰を防止するために、『1年後にドラフト会議が開催される』

 という噂迄もが飛び交っている程なのである。
 

 セカンドインパクト後のこの時代、第三新東京市に限らず肉親を失った家族は、

 日本全国至る所におり、逆に全員が無事であったという家族を捜す方が難しい程なのだ。

 第二新東京市においてもその情勢が変わる筈は無く、

 親、特にシンジ君と同様、母親を亡くした子供達の食事の実体は悲惨なものであった。

 しかし、女の子達の大半は自ら薦んで料理を覚え、

 彼女達が中学に上がる頃にはそんな状態も大分改善される事になったのだが、

 男子生徒達はそういった機会を見つけられないままに現在まで至ってしまい、
 

 朝は − カ○リーメ○トを初めとする栄養補助食品。

 昼は − 購買で買ったパン

 夜は − カップ、またはインスタントラーメン
 

 というメニューを延々と繰り返す者も居たぐらいなのである。

 そんなあまりといえばあまりにも侘びしい食生活を送っていた彼らにとって、

 シンジ君が毎日持参する手作りのお弁当は、まさに宝箱のように思われていたのである。

 ある時、涎を垂らさんばかりに自分の弁当の中味を覗き込む1人の友人を見かねたシンジ君が、

「今日は、何となくパンが食べたいんで、良かったら交換しない?」

 と提案した所、その覗き込んでいた友人ばかりではなく、

 周りにいた全ての少年達が、文字通り 「餓鬼」 と化してしまい、

 シンジ君のお弁当を巡る一大争奪戦が展開される事となってしまった事があったのだ。

 以降彼は、何度と無くお弁当を提供する事となり、

 その存在は今や、友人達にとってまさに神にも等しいものとなっていたのである。

 ともあれ、彼は中学2年生として、勉強に、遊びに、そして恋・・・ は太平洋上の巨大空母の甲板で、

 前述の少女と出会う迄お預けとなるのだが、立派に青春を謳歌していた。
 
 
 
 
 

 それに対して、父親であるゲンドウは、直接シンジ君とコンタクトを取る事こそ無かったものの、

 息子の周囲にガードを兼ねた情報収集者を複数配置し、

 常に最新のデータを取得する事に余念がなかった。

 事実、今もゲンドウが所持しているカードケースの中には、

 わずか2週間前に撮られたシンジ君の写真がしっかりと収まっているのであるが、

 ネルフ内部において、その事を知っているのは誰も居ない・・・ いや、今迄は居なかったのである。
 

「確かに私にはシンジという息子が居るが、それが今回の件と何の関係が有るというんだね?」

「司令、今更隠し立ては無用ですよ。
 シンジ君の料理の腕前が玄人はだしだというのは、司令もよくご存じでしょう!」

「私は隠し立てなどしてはいない。仮に、あくまで仮にだ。私がシンジが中学を卒業した後、
 進学はせずにそのままプロの道に進もうとしている事を知っていて、
 せめて高校迄は進学しておいた方が良いんじゃないか。と思っていたとしてもだ」

「はいはい、とにかくですね、ミサトの暴走をくい止めるためには、
 どうしてもシンジ君の力が必要なのです。料理人として超一流の才能を持った彼の力が」

 はっきり言って、もうすっかりバレバレなのに、なおそれを認めようとしないゲンドウに、

 リツコは呆れたような口調ではあったが、シンジの事を言い募る。

 一方冬月は、そんな2人のやり取りをしばらく黙って聞いていたのだが、

 会話が噛み合っているんだかいないんだか、何となく話しの筋道が見えなくなってきたな、

 と感じるようになり、まずはリツコのアイデアというものの核心部分の抽出にかかる事にした。

「赤木君、どうもよく話しが見えないんだが、ともかく君はシンジ君をどうするつもりなんだね?」

「シンジ君にこの第三新東京市に来て貰って、ミサトが主催する会の料理長を努めて貰います」

「駄目だ! 駄目だ! 駄目だ! 使徒が襲来してくるかもしれないこの第三新東京市に、
 シンジを連れてくるなんて、この私が絶対に許さ〜ん」

「碇! お前は少し黙っていろ。赤木君、もう少し詳しく話してくれないかな?」

「わかりました」
 

 それに続くリツコの説明はこうだった。

 今のままではミサトの料理によって新たな犠牲者が出る事は必死の情勢である。

 そこでこれを未然に防ぐためには、ミサトにはあくまで会の主催だけを務めさせ、

 料理は誰か別の人間に作らせるように仕向ければ良い訳なのだが、

 その場合、外部からプロの人間を呼んでくれば、どうしてもカドがたってしまう。

 その点司令の息子であるシンジ君の場合はそういった心配はなく、料理の腕前もお墨付きである。

 おまけに彼は丁度中学2年生なので、エヴァのパイロットとなるチルドレンの1人。

 という風にでっち上げれば、ネルフの組織内に組み入れる事も可能だというのだ。

 実はこれ以外にも、ミサトがこの世の中でビールの次に大好きなのが美○年である。

 という事もあったのだが、そこ迄話してしまうとあの親馬鹿ゲンドウが、

 決して首を楯に振らない事が予測されたので、ついにこの事は最後迄伏せられたままであった。

 そして説明がひとしきりおわった後、冬月は顎に手をやって何かしら考えていたのだが、

 しばらくの後、最後の確認を行うため、リツコに対して今一度口を開く。
 

「なる程! 確かにそれが最善の策のように思えるが・・・ 赤木君、君の事だ、この事はMAGIで・・」

「はい。3つとも条件付きでしたが、いずれも賛成でした」

「その条件とは?」

「ミサトとシンジ君が同居する事です」

 どうやら全ての条件が出揃ったようである。

 後は、司令であり、父親でもあるゲンドウの決断次第だが果たして?・・・

「どうだ? 碇」

「・・・・・・・・・・」

 やはり、返事がない。

 司令としての公人の立場を取るか? 父親としての1人の人間の立場を取るか?

 千々に乱れるゲンドウの心であったが回答期限はすぐ目前に迄迫っていた。

「司令・・」

「碇!」

「司令! ネルフのため!! ひいては全人類のため、ご決断を!!」

「も、問題・・・・・」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 2日後、第二新東京市で暮らすシンジ君の元に、別れて暮らすようになってから初めて、

 実に10年目にしてようやく、父親からの手紙が届けられた。

 震える手で中味を取りだしたシンジ君の目に飛び込んできたのは、たった一言。

来い」 という文字だけであった。
 
 
 
 
 
 

 ・・・・・・・・・・こうしてシンジ君は・・・・・・・・・・

 おさんどんを行うため第三新東京市へと向かう事となったのである。

 ミサトの恐怖に覆われようとしていたネルフにとって、まさに彼の存在は飯屋であった。
 
 
 
 
 
 


 業師さんから『Luna Blu』一周年記念小説『メシヤの召還』を頂いてしまいました。
 掲載が遅れてしまって申し訳ありません。(^^;;;
 
 な、なんとっ、シンジ君が第3新東京市に呼ばれた理由が、ミサトによる被害を最小限に食い止めようとする為だったとはっ。
 思わず納得してしまいました。
 最初、とってもシリアスなお話かと思いきや……
 この展開は読めませんでした。(^^;;;
 
 あ、あと、個人的に、このお話のゲンドウの「親ばか」ぶりがすっごく気に入ってしまいました。(笑)
 親ばかのゲンドウって、どこか愛らしくありません?
 それは自分がそうだから?(汗)
 
 な、なにはともあれ一周年記念小説。
 ありがとうございましたぁ。(^-^)/
 
 
 この作品を読んでいただいたみなさま。
 のあなたの気持ちを、メールにしたためてみませんか?
 みなさまの感想こそ物書きの力の源です。


 業師さんのメールアドレスは wazashi@nifty.comです。

 さあ、じゃんじゃんメールを送ろう!


 Index