業師の
KISSの温度「N」Edition

 男には過去があった。
 忘れてしまいたい過去があった。
 

 かつて男は、名を””と言った。
 その男は探究心と好奇心が人一倍強く、
 またそれを突き詰めるための行動力は人の2倍優れていた。

 男はそんな自身の能力をよく弁えており、
 それを十二分に役立てる事の出来る組織にその身を置く事にした。

 そして時が過ぎた。8年の時が過ぎた。
 男はいつしか、その世界では名を知らぬ者がいない程の存在となっていた。

 そんな男に別の組織から声がかかった。
 裏切り者には死を!
 この世界の暗黙の了解であったが、男の探究心はあまりにも強すぎた。

 また声がかかった。第三の組織から声がかかった。
 毒を喰らわば皿まで、と、これも引き受け男は走った。
 脇目も振らず、ただずうっと走り続けてきた。
 

 転機が訪れた。
 懐かしい女と再び巡り会えた。
 8年ぶりの再会であった。

 女の名は””といった。
 美しかった。
 8年の歳月が実に見事に女を磨き上げていた。

 また女は、実力も相当なものを蓄えていた。
 男が所属している組織において、本部のbRの位置に座していた。
 序列から言えば、自分よりも遥かに上の役職だった。

 男は揺れた。
『この女と幸せになりたい』
 悩みに悩んだ末、ついに男は決意した。

「一緒に逃げてくれ」
 トリプルスパイが幸せになるにはそれしかないと思われた。
 一か八かの賭けだったが、女は”コクリ”と頷いてくれた。

 男は感激し、固く心に誓った。
『必ず幸せにしてみせる』
 2人の逃避行が始まった。

 隠れた。
 紛れた。
 潜んだ。

 組織の追及をかわすため、男は名を””へと変えた。
 その甲斐があって、ひとまずは落ち着きを取り戻す事が出来た。
 長いようで、そのくせ過ぎてしまえばあっという間の出来事だった。
 

 喜ぶ事があった。子供が産まれた。
 更に数年、2人目が産まれた。
 ようやく『人並みの幸せ』というものを実感出来るようになってきた。

 余裕が出てきた。
 この幸せを訴えたくてホームページを作った。
 ・・・が、初めのうちは思わしくなかった。

 男は努力した。
 元より行動力は人の2倍はある。
 段々と協力者が現れるようになってきた。
 

 ”D”さん。”M”さん。
 2人ともとても素晴らしい作品を幾つも提供してくれた。
 嬉しかった。感謝した。
 

 Dさんの作品には励まされた。
「マイ スイート ホーム」
 いつかこんな家庭を作りたいと思った。

 このページの看板作品となる
「KISSの温度」
 立ち上げてくれたのも彼だった。
 

 Mさんの作品には見習うべき所、感心させられる所が多々あった。
 理由があって彼自身のページを閉鎖する時、信頼し、全作品を預けてくれた。
「福音ヲ伝エシモノ」
 ネット史上に残る名作を保存出来た事に安堵した。

「KISSの温度」
 立ち上げたのがDさんなら、それをここ迄盛り上げてくれたのは彼だった。
 

 やがて人が人を呼び、更に新たな協力者が名乗り出てきた。

 ”W” ・・・まあ、コイツはどうでも良い。
「KISSの温度」
 一編も出しやがらないし。

 ”K”さん。
 MIDI、CG、実に多才だった。
 SSはウィットの効いたコミカルな作品に思わずニヤリとさせられた。

「KISSの温度」
 良い意味で予想を裏切る展開に幾度となく唸らせられた。

 リンクを張ってくれるページも増えていった。
 驚異的なペースを誇り、協賛してくれる”M”さん。
 コミケという新たな目を開かせてくれた”K”さん。
 いつも三姉妹を引き連れてやって来てくれる”I”さん。
 世界がどんどんと広がっていった。
 

 そして20ヶ月。
 ページのカウンターはついに30万を突破した。
 1つ仕事をやり遂げた充実感を味わった。

 男は新たな世界を求めて引越しをした。
 荷造りが大変だった。
 今も荷物はまだ完全には片付いていない。

 新居に友達を招いた。
 その際妻は玄関で自分達を出迎えてくれた。
 まさに絵に描いたような幸せの構図だった。

 たが、幸せな時間が長く続いたせいで、
 男はかつて持っていた緊張感を徐々に失っていった。
 結果としてそれは油断に繋がり、大いなる失策を招く事となった。
 

 ある日仕事中に妻から、『道に迷った』とTELが入った。
 さっそく、日記のネタにさせてもらった
 方向音痴な所は作戦部長をしていた当時と全く変わっていなかった。

 それを読んで顔色を変えた者が居る。
 こんな女性は世界中を探しても2人と居るもんじゃない。
 となると、その旦那の正体は・・・ 考える迄もなかった。

『ついに見つけたぞ””、いや、今は””か』
 長い間男を追い続けてきた2人のKさんの苦労が報われる時が来た。
 Wもそうだったが地方に飛ばされている今のコイツには何も出来ない。

 実は彼らこそが、裏切り者を追って地に潜ったチェイサーだったのだ。
 灯台元暗しだった。
 まさかこんな近くに潜んでいたとは。

 エモノを用意して男と連絡を取った。
 連絡を受けた男は全てを悟った。
 自分の正体がバレたという事を。

 呼び出しに素直に応じた。
 待ち合わせ場所は大きなファンがある殺風景な所だった。
 やって来た相手に対し,男は声をかけた。

「よう、遅かったじゃないか」

 相手は答えず銃口を男に向けた。
 旧ソ連製のトカレフ。
 セーフティーロックが無く、引鉄を引いただけで弾がでる無骨な拳銃だ。

 沈黙の時間がしばし続いた。
 死を目前にしてなお、男の心は平静であった。
 自分でも不思議だった。

 やがて相手はゆっくりと引鉄を・・・ 引く事は無く静かに腕を下ろした。
 そのまま背を向けると、相手はその場を去ろうとした。
 男はまた、声をかけた。

「どうした! 撃たないのか?」

「奥さんに伝えておいてくれ、ほっけ、とても美味しかった。と」

 そう言い残し相手は姿を消した。
 八王子のそごうで買ってきた「ほっけ」と、妻の料理が男の命を救ってくれた。
 奇跡と言っても良い出来事だった。

 男はつくづく思った。
『カレーを出さなくて良かった』と。
 家庭料理の定番であるそれだけが何故か妻は昔から不得手だった。
 

 男は無事家へと帰った。
 愛する妻と子供達が自分を温かく迎えてくれた。
 生きていて良かったと実感した。

 男はKISSをした。
 妻にKISSをした。
 子供達にKISSをした。

「どうしたの急に?」
 問い掛ける妻に男は照れながら答えた。

「まあ良いじゃないか、マイハニー!
 答えになっていなかったがそれで十分だった。

 男は今・・・・・     幸せだった

 

 

 

 

 


管理人のコメント
 『問題無い』の業師さんから、はじめての『KISS』を頂いてしまいました♪
 しかも、な、なんと、『「N」Edition』です!(^^;
 
 「方向音痴」をこの様なネタにしましたか。
 う〜ん、なんてゆーか……Misatoさんにわるいってゆーか。
 でも、カレーは『問題無く』食べれますよ?(笑)
 
 「N」の男の昔の名前は「R」
 本当は「Ryouji」ですが 、なんかちょっとうれしいかも。(笑)<Rei
 
 業師さん。さすがにうまいっす♪
 ありがとうございました。
 
 
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