夏の星空を眺めながら、僕達は小高い丘の草原に寝転んでいた。
セカンドインパクトで傾いた地軸のせいなのか、空の高いところにサソリ座が浮かんでいる。
その中心に赤く目立って輝くのは……サソリ座のα星・アンタレス。
「赤い……本当に、赤く輝く星」
「天の川の近くであんなに赤く輝く星って、他に見えないな」
実際、隣のいて座とサソリ座の間を流れるように見える天の川には、そんな星は見えない。
本当はもっと赤い星はあるのかもしれないけど、きっと小さくて見えないだけなんだろう。
「碇君、知ってる?」
「なにをかな?」
「あの星、私達の太陽よりも早く、この宇宙から消え去るの」
「そうなの?」
「そう……」
綾波は空に浮かぶ赤く輝く星を、その紅い瞳でじっと見詰める。
まるで何かを、悟ったかのように。
その瞬間、僕はある事を思い出した。
あの赤く輝く星がどうして、あんなふうに赤くて、そして短命なのかを。
「ねえ、綾波」
「なに?」
「アンタレスって星は、可哀相な星だよね」
「……何故?」
そう言いながらも綾波の声にはちょっとだけ、悪戯っぽいものが混じっているのに僕は気が付いた。
きっと僕が正しい事を言うか、興味津々なんだろう。
僕はそんな子供っぽい綾波に心の中で苦笑を浮べながら、彼女に向かってこう言い始めた。
「あの星って太陽よりも大きいから、その重さで寿命が短いんだろ?」
「そうね。そしてこの星系の太陽よりも、急激な核融合を起こして……」
「結局、長生き出来ないんだね」
僕がそう言った直後、この小高い丘を駆け抜ける、ひんやりとした夜の風。
寝転んでいた草原の草達が、その風に弄ばれるように、ザワザワとざわめき始める。
その気流の冷たさを感じながら、僕は隣に居る彼女に向かって、静かに話し始めた。
「その理屈から言えば、綾波はきっと長生きしそうだね」
「何故?」
「だってさ……ほら!」
「えっ!?」
その言葉が終わらない内に、僕は急に起き上がると、綾波の身体を持ち上げてみた。
あの頃と全く変わらない、華奢な綾波の身体。
いや、その全てが変わらない彼女は、10年経った今でも14歳のままの姿を保っていた。
「こんなに軽いんだから、きっと僕よりも綾波は長生きするよ」
「…………………………………………………………………」
少し悪ふざけをしたような僕のその言葉に、綾波は何故か悲しい表情を浮べる。
そして、僅かな沈黙の後、彼女はポツリとこう呟いた。
「…………ダメ」
「……え?」
「駄目。私より碇君が先に死ぬなんて、そんな事は駄目」
「綾波?」
「碇君は必ず、私が守るもの」
そう言った彼女の瞳には、あの頃の僕を守ろうと戦った時の、決意の色が垣間見える。
そしてその直後、その赤い瞳から涙が、滲み始めた。
僕はその彼女の涙を見た瞬間、僅かにバツの悪い気分が胸に湧き上がり、自己嫌悪に陥る。
「ゴメン。ちょっとした冗談だったんだ……でも、本当にゴメン…綾波」
「碇君……私は気にしていないわ。でも、絶対これだけは約束して」
「何を、かな?」
僅かに険しくなった彼女の言葉に、僕は言葉が詰まりそうになった。
そして、次に耳に届いた彼女のその言葉に、涙を流さずにはいられなかった。
「みんなの分まで、私達は生きましょう」
「……………………………………うん」
心地良い声が、僕の耳から脳髄に響き……そして消えてゆく。
この世界で生きる僕が唯一、安らげる時間。
それは、いつまでも変わらぬ少女の姿をした綾波が、僕の前に現われるこの時だけだった。
・
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・
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そして僕は、夢から覚める。
涙を一杯に溜め、そしてソレを頬に伝わらて、濡らしながら。
草木の生えていない、砂と廃墟と、そして赤い海の海岸の砂浜で。
水平線から登る太陽は、あの頃と全く変わらない。
僕は伸びた髪と髭を少し邪魔に感じながら、砂浜を踏みしめるように起き上がった。
「おはよう綾波……今日も僕は、生きてるよ」
水面の上に立つ少女に向い合い、僕は朝の挨拶をする。
そして “にこり” と微笑みながら、彼女の姿は霧散するように消えて行く。
もう10年、僕はこんな生活を、来る日も来る日も送っていた。
「あと何年、僕はこうしてこの世界で、生き続けるんだろう?」
朝日を浴びながら、僕はそんな事を考えていた。
でも多分、僕はまだこの世界で生き続ける事が出来るだろう。
だって、僕は孤独じゃない。
ずっと綾波が僕の事を、見詰め続けてくれるんだから。