Kissの温度
 

「A」Edition 8th Other Version
Side-A+S

Written by map_s


 
 
 
 
 
 
 

『・・・・・・・・もしもし、難波さんのお宅でしょうか?』
 

『あ・・・・もしかして、碇・・・・君?』
 

『え、あ、うん・・・・・・どうしてわかったの?』
 

『・・・・・・・・声』
 

『そっか・・・・・』
 

『あの、もしかして・・・・・この前の返事の事?』
 

『実は・・・そうなんだ。えっと、僕は・・・・』
 

『・・・・ストップ』
 

『・・・・・え?』
 

『あのね、私・・・・ちゃんと聞きたいの。電話じゃなくって、直接・・・・・ダメかな?』
 

『・・・・・・・・・うん、いいよ』
 

『それじゃぁ・・・・・・』











 
 
 
 
 
 
 
 
 

              と、いうわけで。

大通りの噴水前に僕は居る。

待ち合わせまでは10分少々余裕がある時間。

目の前を横切る人達をぼんやりと眺めながら、ベンチに腰掛け彼女を待った。
 
 

昨夜はなかなか眠れなかった。

何て言えばいいのか。

どんな言葉で彼女に気持ちを伝えれば、彼女は傷つかずに済むのか。

ずっと考えていたから。
 
 

それが無理だって事は、とっくにわかっているのに。
 
 

『付き合う事はできない、だけど友達でいよう』なんて、エゴイスティックな考えでしかない。
 
 

だから。

僕にできるのは、彼女から目を逸らさず、自分の言葉で、今の自分の気持ちを伝える事だけ。

その結果、どうなったとしても僕が悪いのだから。
 
 

そんな事を考えているうち、いつしか僕の視線は自分の手元に落ちていた。

だから、彼女がすぐそばまで来ていた事に気付かなかった。
 
 
 

「お待たせ・・・・・・碇君」
 
 
 

彼女の声にハっとしながら、顔を上げる。

彼女の姿を捉えた瞬間、驚きの余り声を出せなかった。
 
 

レモン色のワンピース

紅いサンダル

太陽に照らされ、透き通って見える栗色の髪
 
 

まるでアスカが突然現れたような               そんな気がした。
 
 

顔立ちとか、雰囲気とか全然違うのに。

ただ、見間違えただけなのに。
 
 
 

「・・・・・碇君?」
 
 
 

呆然としながら固まっている僕に、彼女         難波さんは小首を傾げながら声を掛けてきた。

彼女の言葉で現実に帰った僕は、頬の火照りを静める事ができなかった。
 
 
 

「ゴメンね、待たせちゃった?」
 

「い、いや・・・・・・だって、まだ待ち合わせよりも5分、早いし」
 

「つまり、碇君はそれよりも前に来てくれてたってわけでしょ?」
 

「えっと、うん」
 

「だったら待たせたと同じじゃない」
 

「・・・・・でも、気にしなくって良いよ。
早く来たのは自分の意志だし、時間に遅れたわけでもないから」
 

こーゆーところが碇君なのよね・・・・・・
 

「え、何か言った?」
 

「何でもなぁい。
ね、私行きたい所があるんだけど・・・・・いいかな?」
 

「でも・・・・・」
 

「・・・・・・もう少しだけ時間、くれないかな?
心の準備、できてないから・・・・・・・・」
 

「・・・・・・・・・・・・」
 
 
 

僕は黙ったまま立ち上がると、肯定の意を込めて笑顔を向けた。

難波さんは嬉しそうに笑うと、腕を絡めて歩き始めた。
 
 
 

「ちょっ・・・・・な、難波さんっ!?」
 

「今日だけ・・・・・・ダメ?」
 
 
 

上目遣いでそんな事言われて、断れるわけないじゃないか             
 
 

僕達はお互い真っ赤な顔をしながら、彼女の言う通りに歩き出した。

かなりギクシャクした足取りだったけど、気にする余裕もなく。
 
 
 
 
 
 
 



 
 
 
 
 
 
 
 
「・・・・・・・はぁ・・・・・・・・・・・」
 
 
 

ヒマだ

せっかくの日曜だと言うのに、アタシは何をしてるんだろ?
 
 
 

「・・・・・・・はぁ・・・・・・・・・・・」
 
 
 

リビングに寝そべりながら

出てくるのは溜息ばかり
 
 
 

「・・・・・・・はぁ・・・・・・・・・・・」
 
 
 
 

ミサトは仕事

ヒカリはデートって言ってたっけ

相手が相手とはいえ            羨ましいコトに変わりはない
 
 
 

「・・・・・・・はぁ・・・・・・・・・・・」
 
 
 

洗濯物はベランダで陽を浴びてるし

キッチンも、リビングも、もちろんアタシの部屋も完璧に掃除済み

一ヶ所だけ手を付けていない所があるけど、足を踏み入れる気もしない
 
 
 

「・・・・・・・はぁ・・・・・・・・・・・」
 
 
 

何かしたい

でも何もしたくない

ショッピングとかにでも行けば良いのに

身体がそれを拒否してる
 
 
 

「・・・・・・・はぁ・・・・・・・・・・・」
 
 
 
 

そりゃサ、ショッピングに行くのは好きよ

でも、荷物を持つのがカッタルイじゃない!?

荷物持ちが居れば、サッサと支度するんだけど         
 
 
 

って、アタシってば何考えてるのよ?

何で即座にシンジの顔が思い浮かぶワケぇ?

確かに、アイツのコト、コキ使ってたけどサ        
 
 

あの頃は『下僕』だなんだ言ってたけど

考えてみれば、アタシってホントに素直じゃなかったのよね        
 
 

アイツのそばに居ると安心できた

アイツと一緒にいると楽しかった

場所なんてドコでもいい

シンジを身近に感じてさえいれば、それだけで幸せな気分になれたんだ
 
 

決して認めようとはしなかったけど
 
 

シンジ、今何してるんだろう

相変わらず家事やってンのかな?

それとも、チェロ?

まだ寝てるかも        ウウン、あのシンジなら有り得ないわね
 
 

        もしかしたら、デートとかしてたりして

有り得ない話じゃないよね

シンジ、あれでいて女子には結構人気あったし

でも、それはEVAのパイロットだったからなのかな?
 
 

        でも、可愛い顔してるしなぁ        

アタシ程じゃないにしても、ラブレターくらいは貰ってるかも知れないわね
 
 

なんか、ヤだなぁ        
 
 

アタシの知らないところで

アタシの知らないシンジが

アタシの知らない女の子と        
 
 

ええいっ、ヤメヤメ!!

ネガティブな考えなんて、アタシには似合わないわよっ!

アタシは惣流・アスカ・ラングレーなんだからっ!
 
 
 

        でも

やっぱり寂しいよぉ

シンジぃ        


 
 
 
 
 
 



 
 
 
 
 
 
 

「へぇ・・・・・・こんなトコ、あったんだ・・・・・・」
 

「ココなら静かに話もできるでしょ?」
 

「・・・・・そうだね」
 
 
 

難波さんに連れてこられたのは、とあるビルの中にある水族館。

最近オープンしたばかりらしく、かなりの人出があった。

1時間ほど待たされた後、ようやく館内へ。

そこには、およそビルの中とは思えない程の空間が広がっていた。
 
 

彼女は僕を引っ張りながらあちこち歩き回った。

ずっと笑顔で、会話を途切らせる事なく。

とはいっても、彼女が一方的に話し掛けてくるのに僕が相槌を打つだけ。
 
 

彼女と居るのは楽しかった。

けど、心底楽しめてはいなかった。

彼女の話は面白いし、笑顔は可愛いし。

こんな美少女と一緒にデートできる男は、相当の果報者だとも思う。
 
 

でも。

難波さんはどこか無理をしているような気がして。

明るく振舞おうとしているような気がして。
 
 

この街に来る前、一度だけ『デート』した時のアスカの姿とダブって見えた。
 
 

あの時のアスカは、いつものアスカじゃなかった。

元気で、活発で、有無を言わさず僕を引っ張りまわす            表面上は変わらなかったけど。

でも、何かが違ってた。

そう、今の彼女と同じ                どこか無理していたんだ。
 
 

ただでさえ口数が少ないのに、輪をかけて黙り込んでしまう僕。
 
 

難波さんが哀しそうな視線を向けていたなんて、気付きもしなかった。
 
 
 
 
 
 
 
 



 
 
 
 
 
 
 
 
時計を見た

あと僅かでお昼だ

でも、何もする気がしない

何も食べたくない
 
 
 

『アスカぁ、お昼ご飯できたよ?』
 
 
 

シンジの声が聞こえたような気がして

アタシは勢い良く起き上がった
 
 

でも、キッチンには誰も居ない

この家には、アタシ以外誰も居ない
 
 

沸き起こる孤独感
 
 

アタシは両手で自分の肩を抱いた

震えが止まらない
 
 

身体が、寒い
 
 

ココロが、寒い
 
 

サムイ
 
 

サムイ
 
 

サムイ
 
 

独りは             イヤ
 
 
 
 
 
 
 
 

             でも
 
 

シンジもそうだったのかな

独りで凍えていたのかな
 
 

今はどうだか知らないけど

今も独りかもしれないけど

アイツはそれを選んだんだ
 
 

乗り越えるために
 
 

殻を破るために
 
 

強いんだよね、シンジは
 
 

ナヨナヨしてて

ビクビクしてて

弱っちいヤツだと思ってたのに

ホントは強かったんだ
 
 

強がっていたのはアタシ

ホントに弱かったのはアタシ

支えてもらっていたのはアタシ

護ってもらっていたのは             アタシのほうなんだ
 
 

ダメだよね、それじゃ

アタシも強くならなきゃ

頑張らなきゃ
 
 

シンジが頑張ってるんだもん

アタシも             そうだよね、シンジ
 
 
 

『頑張ろうよ、アスカ』
 
 
 

シンジならきっとこう言ってくれる

アタシを励ましてくれる
 
 
 

             
 
 

シンジの笑顔を思い出したら

震えが止まったよ
 
 

アリガト、ね

シンジ
 
 

今度逢った時には

絶対に言うからね
 
 

今までずっと言えなかった

感謝の言葉を
 
 

アタシの             
 
 
 
 
 

piririririririririri!
 
 
 

電話のコール音が、アタシの思考を中断させた
 
 
 

「ハイ、葛城ですが」
 
 

『あ、アスカ・・・・居たのね?』


 
 
 
 
 
 
 
 
 



 
 
 
 
 
 
 
 

くいくいくい
 
 
 

「・・・・・・え?」
 
 
 

難波さんが僕のシャツを引っ張った。

そのおかげで、僕は深海の底から浮かび上がるかのように現実へと引き戻された。

薄暗い照明。

水槽の向こうに、何とも形容し難い体型の魚が泳いでいる。

どうやらここは深海魚の展示室らしい。

あまり人気がないようで、人影もまばらだ。
 
 
 

「碇君・・・・・・」
 

「・・・・・うわわぁっ!?」
 
 
 

突然、間近に迫る彼女の顔。

僕は驚きのあまり、飛び跳ねるようにその場を離れようとしてしまった。

だけど、彼女はそれを許さなかった。

両腕でしっかりと僕の腕を掴んだまま、グっと身体を引き寄せる。
 
 

         この、肘に当たる柔らかな感触は            じゃなくってぇ!?
 
 
 

「な・・・・・なななななな難波さんっ!?」
 

「大声出さないで・・・・・目立つでしょ?」
 

「で、で、でででも・・・・・・」
 

「ココなら人は居ないし、静かだし・・・・・・ちょうどイイかな、って思って」
 
 
 

低い、静かな口調。

彼女の視線が、まっすぐに僕を射抜く。

今までの明るさは嘘のように、彼女は真剣な表情で僕を見ていた。
 
 

抱かれた腕に、振動が伝わる。

彼女の肩が、微かに震えている。
 
 

怖いんだ。

答えを聞くのが、怖いんだ。
 
 

でも。

彼女は逃げていない。

逃げようともしていない。
 
 

だから僕は

彼女の肩に手を置いて

静かに彼女の身体を後ろへ押した。
 
 

ほんの半歩だけ開いた距離。

永遠に縮まる事のない距離。
 
 

僕は小さく息を吸って、言葉を吐き出そうとした。

だけど。
 
 
 

「・・・・・・・・やっぱり、ダメかぁ・・・・・・・」
 

「・・・・・・え?」
 

「いいの。
最初からわかってたコトだもの・・・・・・だから、いいの」
 
 
 

難波さんはそれだけ言うと、くるりと振り向いて天井を仰いだ。
 
 

彼女の背中はとても小さくて。

華奢で。

触れたら壊れてしまいそうで。
 
 

僕は何も言えなかった。
 
 
 
 
 

どれくらいの時間が過ぎたのだろう。

立ち尽くしたままの僕達。

横たわる、沈黙。
 
 

それを破ったのは、やっぱり彼女だった。
 
 
 

「・・・・・ね、聞いてもいいかな・・・・・ウウン、答えて」
 

「・・・・・なに?」
 

「碇君が好きなヒトって・・・・・・・・・どんなコなの?」
 

「・・・・・・・・・」
 

「教えて?
碇君を・・・・・・碇君の心を捉えて離さない女のコ・・・・・・・そのヒトのコト、知りたいの」
 
 
 

彼女が息を飲んでいるのがわかる。

僕は答えなきゃならないんだ。

僕は             
 
 
 

「・・・・・・・あのね、難波さん・・・・・僕の好きな人は、かっ「ストップ!!」」
 
 
 

口を開いた途端、彼女の手が、声が僕を制した。

俯いたままの彼女に、僕は何も言えなかった。
 
 
 

「・・・・・やっぱり、いい・・・・・・・聞きたくない。
聞いたからって私がそのコになれるワケじゃないし、変に嫉妬心持つのもイヤ・・・・・・・・・」
 

「・・・・・難波、さん・・・・・・」
 

「それにね?私、他のコから聞いたの・・・・・・・碇君に振られた時、なんて答えられたかって。
『他に好きなコがいる』って・・・・・言わなかったんでしょ?
私が初めてだったんでしょ?
だから、いい。
私、残念だけど・・・・・・・・諦める。
そのかわり・・・・・・・2つだけ、願いを叶えてくれないかな?」
 

「・・・・・・・なに?」
 

「今日だけでいいから・・・・・・・私のコト、ユリコ、って呼んで。
碇君のコト、シンジ・・・・って呼ばせて。
・・・・・・・そうすれば、私・・・・・・・・」
 

「・・・・・・・・うん」
 

「・・・・・・・アリガト」
 
 

難波さんは僕の手を取ると、一本ずつ指を絡めてきた。

僕の手の中にスッポリ入ってしまう小さな手を、ほんの少しだけ力を込めて握り返す。
 
 

その日、彼女は

夕方になって駅で別れるまで

僕の手をずっと握っていた。
 
 

彼女の手のぬくもりと

最後にチラッとだけ見えた、彼女の涙。
 
 

雑踏の中に彼女の背中が飲み込まれ、視界から消えるまでの間ずっと

僕はその場に立ち尽くしていた。
 
 

早くアスカに逢いに行きたい

そう強く思いながら。
 
 
 
 
 
 
 
 
 



 
 
 
 
 
 
 
「・・・・・・・・へぇ、そういうコトぉ・・・・・・・・」
 

『あのぉ・・・・・・アスカ、さん?』
 
 
 
 

受話器の向こう側で(珍しく)狼狽しているリツコを無視して、アタシは怒りの炎を全身に背負っていた

ミサトのヤツ、このアタシを差し置いてそんなコト考えてたなんて        
 
 
 

「・・・・ねぇリツコ、用意してもらいたいモノがあるんだけど・・・・・・・聞いてくれるわよね?」
 

『バラしちゃったのは私ですものね・・・・・・良いわ、聞きましょうか?』
 

「あのね・・・・・・」
 
 
 

アタシは必要なコトだけをリツコに伝え、受話器を置いた
 
 

後はミサトが帰宅するのを待つだけ

たった一言

『禁酒一ヶ月』

と、宣告してやるだけ
 
 
 

もう誰にも止められない

アタシは止まらない
 
 

待ってなさいよ、バカシンジ              


 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
next

 

   Side-A、Side-S に続いて、Side-A+S、アスカさんとシンジ君の両方お話を頂きました。
 シンジ君。彼女との決別は、そのまま3年間住んだ街との決別でもあり、アスカさんへ向かう心を表しているような気がします。
 
 そして、いよいよアスカさんが動き出します。
 一体ミサトさんは、アスカさんに内緒でナニを隠しているのでしょう?(笑)
 なんだか、このままでは終わりそうにない予感を秘めて……次回へ!
 


 【INDEX