セル・オートマトン。
ノイマン型コンピュータの生みの親であるフォン・ノイマンが、その晩年に考案した『自己増殖シミュレーション』である。
簡単な条件付けを与えられた仮想細胞が、周囲の環境に呼応しながら増殖していくというその概念は、やがて人工知能の研究に結びつく。
クリス・ラングトンの作った『アダムのループ』では、解像度の荒いディスプレイの上で果てしなく拡大する紫の絨毯に過ぎなかったそれは、フーゴ・デガリスの作った『リジー』で、仮想空間の中で獲物を捕らえ、異性に恋をして交配するに至った。
しかし、まだ充分では無かった。
ノイマン型コンピューターでは、ハードウェアはおろか、その上で走らせるプログラムの全てに、人間の手が入る必然が有る。
人間が与えた仮想世界の中で活発に行動する彼ら、セル・オートマトンの末裔たちは、モニターの前で猫背になって熱い視線を送る神々の『作品』でしかなかった。
そう、人間は神になった・・・少なくとも、セル・オートマトンの末裔たちにとっては。
しかし、やはり充分では無かった。
人間が求めるのはパートナーであり、人間たちの世界で活発に行動できる・・・そんな存在だったから。
人間の手で与えうる条件付けでは、人間の脳で考え得る環境にしか対応できない。
未だ世界の全てを解き明かせない人間には、人間と世界を共有できるだけの条件付けを、セル・オートマトンに与える事が出来なかったのだ。
やがて人間は、彼らの作品と彼らの神を融合させる事を考えた。
神の手によって、極めて高度な条件付けをされた蛋白素子の採用。
・・・生命とシリコンの融合である。
生体コンピュータを目指す第一歩は、ある種のイカの神経が出発点とされた。
数年後、2メートル四方のガラス基盤を埋め尽くしたイカのニューロン細胞は、短いが規則性のあるパターンを、繰り返しモニターに描き始める。
行動心理学を始めとする数種の心理学に、ややオカルトめいた物まで含む数種の精神分析学まで取り込んだ解析チームは、ある若手の女性学者のささやかな悪戯をきっかけに、そのパターンの解読に成功する。
功労者となったその日本人の学者は、感動に震える声で解読結果を世界に伝えた。
『わたしはだれ?』
完全に独立した自我を持った、初めての生体コンピュータの誕生である。
その後、急速に進歩したニューロン細胞の固定化技術は、やがてイカから昆虫、そして哺乳類へと素材を変えた。同時にそれは、化学誘導技術の確立によってガラス基盤の拘束を打ち破る。
西暦2003年、それらの新しい技術は、六つの層からなる人間の大脳新皮質を遙かに上回る、十七層の立体構造を持った生体電子頭脳として結実した。
人間の手による唯一の外的条件付けとして、かつてのパターン解読以来、開発計画の中心となった女性科学者の人格を移植された、この生体電子頭脳。
自らの人格を分け与えた女性科学者に命名の権利が与えられ、以降、ある特定の呼称で呼ばれる事になった。
これが、『MAGI』の誕生の瞬間である・・・・・・
『MAGI:その開発の概略史』と題されたレポートをパタリと閉じ、レイは傍らを見遣った。
百を少し超える聴衆を前に、熱弁をふるうリツコが見える。
「いいこと?あなた達には、MAGI以上に複雑な条件付けが与えられているのよ?
更には、MAGI以上の自己増殖機能まで!
あなた達はMAGIよりも遙かに高度なセル・オートマトンなのよ!?
科学者としての母さんを超えるには、あなた達に真面目に機能して貰わなくっちゃイケナイのよぉっ!!」
演説はやがて叫びに変わり、その声には涙の色がにじむ。
「・・・知らない・・・わたしたちは、あなたの人形じゃないもの・・・」
講堂の中央付近に寄り集まった104人のレイ達は、口々にそんな事を言いながら、
ひゅぅ〜〜っ・・・すぽんっ☆
・・・と分裂した。208人に増えたレイ。
「・・・また、増えたのね?・・・話し合い・・・やり直しなの・・・」
哀しそうに呟くと、シンジとキスする順番について、終わりのない議論を再開する。
「ちょっとぉっ!!あなた達の議題はコレでしょおっ!?」
背後の黒板をバンバン叩きながら、泣き崩れるリツコ。
その黒板には、『碇ゲンドウ・籠絡計画』の文字。
・・・どうやら、リツコの計画は、その立案段階で失敗したようだ。
レポートの束を胸の前で抱きかかえたレイは、仲間達とリツコをしばらく眺め、やがてくるりと背を向けた。
「・・・碇くんが呼んでる・・・」
誰の耳にも届かぬ呟きを残し、シンジを求めて歩き去った・・・抜け駆けである。
その後、取り残されたレイ達の議論は、832人に増殖して講堂から溢れ出すまで続いたという・・・・・・
一方、シンジは・・・
二回の自己増殖を経た四人のレイに前後左右を囲まれ、白目を剥いて気絶していた。
なおのコメント(^ー^)/
一人分けてください!(爆)
と、どなたかもおっしゃられていたような気が……(笑)
ああ、こんなコメントしかつけられない。(滝汗)