純粋で学術的な好奇心など、大気の圧力から逃れた此処では虚しいものね。
天王星の美しいリングも見飽きた。
オリオン座の凍った黒馬なんて、一目見れば十分だわ。
眼下の蒼い球体を見下ろし、ランダムな白い筋の動きを見つめる。
雲と呼ぶらしいそれは、人生の真実である決定論を否定するかに見えて、私のささやかな慰めだった。
だけど、神の手は完璧。
どんなに巨大な循環サイクルだって、其処には調和が存在する。
雲の発生と移動のメカニズムを観察によって理解するにつれて、それらが物理法則のレールに添ってしか動けない事に気が付いた。
私は再び退屈に捕らわれる。
所詮、神が与え賜うたシナリオの上でしか、踊る事は出来ないのね・・・
絶対的な運命に抗えぬのなら、実存する物質は神の精神の鏡像に過ぎない。
存在するという行為から意味が抜け落ちる。
いや、そもそも『意味』という概念が虚構なのかもしれない。
運命に従う・・・私自身の存在意義を希薄に感じながら、存在しようという意志に価値を見出せない。
やがて私の巨大な瞳に、赤い巨人が映るだろう。
何故かは判らない。
だけど、それが運命だから。
そして私は、巨人の心を探るだろう。
何故かは判らない。
だけど、それは私の本能。
神のシナリオがそれを求めるのなら、従う事に躊躇はない。
アンチテーゼは、テーゼ無くして成り立たないから。
運命に逆らうという行為自体、私を捉える運命への肯定なのだ。
刻は至れり。
目的に最も適った配列で並ぶ巨大な目を、観察し、理解するべき対象に向ける。
彼女も所詮、運命の走狗に過ぎない。
巨大な機械人形を神の意志に従って踊らせる為の、ちっぽけな歯車・・・
歯車に心があったとして、それが何だというのか?
その心を暴いたところで、何が変わるというのか?
・・・考えるだけ無駄なのだろう。
彼女の心も、連綿と続く経験の蓄積に他ならないのだ。
条理の道筋を追うだけの単調な作業を、しかし始めなければならない。
光を、放つ。
紅い服の少女を包み、その心を暴き出す。
彼女の魂を編み上げる因果を、一つ一つ、丹念に・・・
そう・・・嬉しい事があったのね?
だから、そんなに一生懸命走ってる・・・大切な人に、その事を伝えたくて
「イヤァァッ! 見ないでェェェッ! 」
・・・だけど、その人は貴方を見てはくれなかった
貴方が彼女を想う程には、彼女は貴方を想ってはくれなかったのね?
「やめてぇっ! アタシに思い出させないでぇぇっ! 」
そう・・・痛いのね、こころが・・・
だから貴方は、痛みから逃れようと必死だった
自分の価値を作り出して、誰かに見て貰おうと必死だった・・・
「違うっ! 違う違う違うっ! 」
いいえ、違わないわ・・・
死に物狂いで掴んだ貴方の価値を・・・そう、奪われてしまったのね・・・
「シン・・・ジ・・・? 」
彼が、貴方の存在理由を打ち崩してしまったのね・・・・
「ぅぁあっ、シンジ・・・シンジ・・・」
だから憎むのね・・・
彼を・・・彼の周りの人たちを・・・
そして、彼に勝てない自分自身を・・・
「あああっ、シンジ、シンジ、シンジィィイイイイッ!! 」
「好き好きィイイイッ!! 」
・・・はい?
「シンジぃっ、愛してるぅぅぅっ! 」
・・・へ? や、なんで?
「シンジ一切れでご飯三杯はカルイわぁぁぁっ! 」
え? だって、憎んでるんじゃ・・・?
「シンジの瞳にハートは釘付けなのぉぉっ! 」
うそ・・・なんでアレで好きになるのよ!?
「える、おー、ぶい、いー、LOVE! LOVE! シンジ!! 」
ちょ、ちょっと待ってよ! そんなのヘンよ、不条理だわ!
「知らないわよそんなの。ああっ、愛しのシンジさまぁ♪」
や、だって貴方の運命は・・・
「うるっさいわねぇ・・・シンジッ、シンジィィィ!! 」
運命は・・・運命は・・・
「シンジを想像しただけで、軽く三回はイけるわぁぁ・・・」
あ・・・あうあうあう・・・
「・・・って、ナニ言わせんのよ、いやあん♪ 」
ィイヤアアアアアアアッ!!
「モニターの波形が・・・これは! 」
「ん? どうしたね、伊吹くん。」
「はいっ、精神汚染ですっ! 」
「セカンド・・・の筈は無いな、アレはもとからイっておる。」
「・・・はい。」
「ふむ・・・使徒も災難だったな。放っておきたまえ、こちらの被害の方が深刻だよ・・・」
振り返った冬月の前には、背中を掻きながら転げ回るスタッフ一同。
モニターの中では、自我崩壊してATフィールドを失った使徒が、ボロボロに崩れ落ちていたのだが・・・
「まったく・・・恥をかかせおって。」
頭を振って呟く冬月が、注意を払う事はなかった。