ぱら、ぱら。
ぱら、ぱら。
ジオフロントに、雨は降らない。
ここに来た当初は、そう思っていた。
だけど、そんなこともなかった。
たまに、雨は降る。
初めてここで雨を見たとき、先輩が教えてくれた。
地下だと熱気がこもりやすいから、外壁を暖めてしまうでしょ?、って。
ぱら、ぱら。
ぱら、ぱら。
湿った土から、ほころびる水滴。
厳密には雨とは言えないけれど、私はそれを雨と呼んでいる。
まるで箱庭のような規模の、閉ざされた世界。
こんな非現実的な空間にも、やっぱり当たり前のように自然がある。
それがなんとなく嬉しかった。
うまく言えないけど、私はこの雨が好き。
ぱら、ぱら。
ぱら、ぱら。
お昼休みも、終わり、っと。
そろそろお仕事に戻らなきゃね。
そう思って、本部に戻った私を待っていたのは、先輩───赤木リツコ博士。
「マヤ?」
「はい、先輩」
「え、ええっと…今日、あなた…」
「はい?」
「誕生日なのよね?」
え?あ、そういえばそうだったっけ。
なんか地下の生活が長いせいかな。月日の感覚、おかしいのかも。
「そうですけど…それがどうかしましたか?」
「はい、これ…プレゼントよ」
「えっ!」
「と、言っても、最近ウチのミミに生まれた子猫なんだけど。あなた、前に猫が欲しいとか言ってたわよね?」
「は、はい!」
嬉しい。ずっと前に冗談のように言っただけなのに。
そう思うと、ちょっと泣けてきた。
でも、我慢。
素直に泣ける時期は、もう卒業しちゃったもの、ね。
『みー…みー…みぃ?』
大人になりかけ、といった風のまだ小さな猫。
「もらって、くれるかしら?」
私はこくり、と頷くと、そっとそのケージを受け取った。
さすがにいきなり猫を上げる、といった普通ではあまりないだろうプレゼントにはちょっと驚いたけど。
でも……可愛い〜!
ぷにぷにの肉球…ひょろっ、としたしっぽ…うう、今すぐ抱きしめてすりすりしたくなる〜〜!
「じゃ、そろそろ研究室に戻りましょうか?レイが待ってるわ」
この子に夢中になっていたのが分かったのかしら?
ちょっと呆れたような目で見られちゃった。
そう、今日はレイの定期検診だったわね…
あの子、何度言っても無茶ばかりするんだから…
その辺、シンジ君にそっくりね。
「あらあら、可愛いわね…どうしたの?その子は?」
私の住んでいるマンションの管理人さん。
もう60代を越えてらっしゃるだろうお婆さんだけど、そんな様子なんか微塵も見せない。
明るくて、面倒見も良くて、いつも甘えてしまっている。
「あ、職場の先輩がくれたんですー」
「あら、そうなの…ここでペットを飼うのはいいけど…まだ大人じゃないでしょ?あなたが仕事でいないときはどうするつもりなの?」
あ。
ど、どうしよう…そんなこと全然思いつかなかった…
「やっぱり。全然考えてなかったでしょう?」
読まれてた。
うう…私ってどうしてこういうところ抜けてるのかしら…
なんだか情けなくなってくる。
「はい…」
「ふふふ、そんな顔しないの。可愛い顔が台無しよ?」
「でも…」
どうしよう…せっかくの先輩からの誕生日プレゼント…なのに…
また、泣きそうになる。
「…私の所に預けなさい?朝、仕事に行くときに預けてくれればいいわよ」
「い…いいんですかっ!?」
「ちょ、ちょっと…そんな勢い良く迫らないでちょうだいな…その子、落としちゃうわよ?」
「あ…ごめんなさい…」
思わず飛びつきそうな勢いになっちゃった。
だって、この子が飼えるんだもんね♪
「ふふ、いいのよ。他ならぬマヤちゃんの為ですもの、ね?」
でも…どうしても甘えちゃうなぁ…なんか、お母さん、っていう感じなのよ。
「あ、ありがとうございます!」
「それじゃ、早速明日の朝からね?寝坊しちゃダメよ?」
「はいっ!」
やっぱり、お母さんみたい。
今年の誕生日。
パーティとかがあったわけじゃないけど、たぶんずっと覚えてると思う。
この子をもらった日だもん。忘れるわけ、ない。
部屋に帰り着いた私は、そんなことをぼんやりと考えていた。
『みぃー…みゃうぅ…』
と、不意にちょっと甘えるような声を出し始めた。
あ…餌かな?
そういえば、お昼から何も食べてないんだもんね…
こんな時間じゃ、お腹も空くか。
でも、その前に♪
ちゅ…
ミケ(仮称)を腕に抱いて。
「仲良くしようね」のKiss。
口じゃなくて、鼻にだけど、ね。
ぱら…ぱらぱら…ぱらぱらぱらぱら…ざぁー…
地上も、今日は雨、か。
大地を包む、優しい雨に抱かれて。
今日から二人の生活が始まる。
ふぃん
なおのコメント(^ー^)/
けーしぇるさんから「KISSの温度」第二弾です。(^-^)/
ちょっと幼いマヤちゃんの登場。
雨とネコと……とても良い雰囲気が文面からにじみ出ていて、優しい気持にさせてくれます。