けーしぇるさんの
KISSの温度「A」Edition

 蝉の鳴き声。
 山の向こうに見える、積乱雲。
 緑も、新緑から少しずつ、色を増しつつ。
「夏」が、そこかしこに見える。
 四季が世界に戻って、巡ってきた初めての夏。
 季節を知らなかった子供達は、少しだけ、ほんの少しだけ、大人になって。
 
 
「ねぇー…シンジぃー…暇ぁ?」
 少し投げやり口調のアスカ。
 語尾が上がっていく辺り、どうでも良さそうで。
 ゴロゴロとフローリングを転がっている辺り、午後のけだるい暑さに気持ちも同調してしまった模様。
「ん?…ゴメン、暇、無い」
 カチャカチャと、昼ご飯の後かたづけ中のシンジ。
 こちらはそれなりに忙しいのか、かったるそうな雰囲気を見せてはいない。
「なぁーんでよぉー…せーっかく人が誘ってあげてるんだからさぁ、すこしはつき合おう、って気持ち見せなさいよー」
 やはり語尾が延び延びになってしまうアスカ。
 まだゴロゴロと、床の涼しいところに寝転がって涼もうとしている。
「今日は…母さんの命日だから…」
 すこし、寂しそうな表情を見せながら。
 シンジは答えた。
 
 かなかな、かなかな…
 
 一瞬の、間。
 蝉の鳴き声が、静寂を強調する。
「そ、っか…そういえば、今日はそうだっけ…」
 転がるのを止め、天井を見つめながら、アスカは呟くように返事を返す。
「うん…ゴメンね」
「や、しょーがないわよ。久しぶりなんでしょ、アンタのパパに会うのも」
「ん、そうだね…3ヶ月ぶりかな?」
「相変わらず忙しいわねー…アンタのパパも」
「そうだね…」
 すこし、しんみり。
「ま、しょーがないわよね…」
 再び、呟きながら、アスカはゴロゴロと転がりだした。
 
 
「んで?どーだったのよ?久しぶりのパパは」
「ん、どうだろうね…リツコさ…じゃなくて、リツコ母さんも一緒だったよ。もう、父さんもリツコ母さんの前じゃあれだもん、なんか父さんのことで悩んでたのがバカらしくなるよ」
 夕食。
 食卓に向かい合いながら、シンジはうろたえるゲンドウを思い出し、笑いながら答える。
 すこし、アスカの表情が曇った。
「でさ………アスカ?」
 すこし夢中になってしまったのか。
 目の前のアスカが、表情を曇らせたのに気づかなかったシンジ。
 ようやく、その様子がおかしいことに気づいて、呼びかけてみる。
「あたし、もうお腹いっぱい…ごちそうさま…」
 だが。
 そう残して、アスカは自室に消えてしまった。
 明るかった食卓を彩るのは、再び静寂。
「アスカ…?」
 去り際のアスカの肩が、震えていたように思えた。
『感情の揺らぎが激しくなるようなことはなるべく避けてください…フラッシュバックをおこして恐慌状態に陥る可能性がありますから』
 脳裏をよぎる医師の声。
 そして、静寂を打ち破るように、電話が鳴り始めた。
 
 
 (家族。かぞく。カゾク。
 アタシに、もうないモノ。
 過去に、捨ててしまったはずのモノ。)
 アスカは、ベットにもたれながら、過去を思い描いていた。
『アスカちゃん…私と一緒に、死んで頂戴…』
『私は別に、あの子の母親を辞めてもいいんですよ?』
『私たち、家族じゃない…血は繋がっていなくても、家族じゃない…』
『また僕と一緒に、暮らしてくれないかな…?』
 (シンジ…
 楽しそうだった。パパと一緒がいいの…?
 私じゃやっぱり、家族に、なれないのかな…?)
 視界が、少し滲んだ。
 (もう泣かない、って決めたのに…シンジ…寂しいよ…一人は、イヤだよ…ミサト…)
 ここ半年ほど、ミサトはこの家にあまり帰って来られないでいる。使徒戦の残務処理。そのために毎日あちこち飛んでいる。
 仕方ないこととはいえ、アスカは一抹の寂しさを感じていた。
 ミサトがいなくてもまだシンジがいるとはいえ、ずっと一緒にいたのだ。
 アスカにとっては、家族そのものだった。
 そのミサトは電話をよこすたびに謝っていた。
 心遣い、はわかった。彼女なりに、現状に責任を感じていることも。不器用ではあるけれど、それが彼女なりのコミニュケーションの取り方なのだろう。家族、としての。
 だが、ミサトは今ここにいない。
 そして。今、シンジまでいなくなったら。
 (多分、アタシは…また壊れる…)
 涙は出なかった。かろうじて。
 
 
 かち、かち、かち…時計の秒針の音が、やけに大きく聞こえた。
 この、時間が溶けてしまったような感覚の中で、その音だけが、かろうじてアスカを「ここ」に留めていた。
「…アスカ?ねえ、アスカ…?どうしたの…?」
 ふすまの向こうから、声が聞こえた。
「こないで…いまは、こないで…」
 掠れるような、細い声でやっと返すことの出来る返事。
 このふすまを越えられたら、たぶんアタシは泣いてしまう。
 そう、思った。
 優しくされたら、たぶん泣いてしまう。
 でも…シンジなら、きっとそうする。
 そう、思った。
「!……………ゴメン、入る…よ…?」
 (コナイデ…ヤサシク、シナイデ…)
 すーっ、とふすまが開いた。
「来ないでっ!」
 辺りにあったモノを、手当たり次第投げつける。
「…アスカ」
「来ないでって言ってるでしょっ!出てけ!出てけぇ!!」
 枕、シーツ、目覚まし時計。ノート、鞄、雑誌…
 ありとあらゆるものが飛んでくる。
「アスカ」
 
 抱きしめられてる。
「離してっ!離して…よぉ…」
 震えてる。
「ゴメン、アスカ…」
 暖かい。
「どうして、優しくするのよぉ…」
 泣いている。
「アスカが…好きだから……」
 ぼやける。
「一人はもう…イヤなの…イヤなのっ!」
 
 
 初めてから一年、二度目のキスは、涙の味だった。
 
 ふぃん
 
 おまけ(笑)
「くぅ〜っ!これで帰ったときの酒の肴が増えたわ♪は〜やっく帰れないかな〜♪」
 と、宿泊先のホテルでモニタを食い入るように見つめている某国連非公開組織の作戦部長がいたとかいないとか。
「よくやったな、シンジ…」
「シンジ君、アスカ…お願いだから、まだお祖母ちゃんと呼ばれるようにはならないでね…」
 と、やはりモニタを食い入るように見つめる某特務機関の総司令とその妻がいたとかいないとか。
 
 
 

as822568@mail.fsinet.ne.jp

なおのコメント(^ー^)/

 けーしぇるさんがいらっしゃいました。
 五人目のKISSの戦士です。(^-^)/
 お話のほうは、切ないLAS……と思いきや、みんながモニターしているという。(汗)
 シンちゃんとアスカさんにプライベートはないのか?!
 逆に見せ付けてたりして。(汗)
 なにはともあれ、これからもよろしくお願いします。


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