淡く輝く月 すべてが寝静まった夜
青年は細く長く続く土手の上で月を見上げている
過去という忌まわしき記憶を心の奥底に封印したにもかかわらず月の光が封印を解いてしまう
苦く、目を背けたくなる過去、後悔と悔恨で綴られた道
埋もれるばかりの日常と過去を悔やむ非日常と
「・・・・・・」
青年の発する言葉は誰の耳にも届かず霧散する
世界には青年と月と淡い光しか存在しないよう錯覚しそうになる
夢と現の狭間を示す刻
青年を包むように輝いていた淡い光は黒き瞳の前で形作られていく
紅き瞳の天女に
「・・・・」
震える体が 心が 青年を揺り動かそうとする
伝えたかった言葉を・・・たった一つの言葉を口にしようとする
しかし唇からは何も紡がれなかった
ただ、黒き瞳から溢れる涙が全てを物語っている
そんな青年に困ったような表情をする天女
ただ、何も言わずに優しく包み込む
時折漏れる嗚咽は天女の心にどのように届くのだろう
昔と変わらない自分に絶望する青年は何を思うのだろう
凍った刻はいつまでも続くわけではない
それは青年も天女もわかっていた
再び不確かな存在へと変わっていく天女にすがりつく
消えて欲しくない いつまでもこの刻が続いて欲しいと
天女は寂しげに頭を振った 青年と同じ刻は刻めないのだから
お互いの気持ちを示すかのように抱きしめ合う二人
「 」
青年の耳元で天女が囁く 青年にしか聞こえない声で
そして黒き瞳を見据え天女は残す 己の証を
淡い光は青年の腕の中で名残惜しそうにゆっくりと消えていく
再び刻まれ始める生の世界 天女はもう居ない
青年の唇に残る暖かな存在 それは確かに存在した愛しき天女
月だけが見ていた夢現の絆