自覚が無いのが困ります










「いやはや。これまでとは。吃驚だよ」





呟きのような浜田の声は直ぐ隣の舞人まで届いているかどうか。

彫像のように固まったまま、栗色の長い髪を持つ少女の姿を目で追っている。

その少女の後を付ける様に、男の影がちらほら。

ストーカーではないだろう。

そこまで断定するにはいささか純情過ぎる、おそらく近隣の高校生やら社会人だろう人影達は、付かず離れず吉永サリーの後を追っていた。









切っ掛けは何気ない吉永サリーの一言だった。

ブラックノワールが滅茶苦茶にしたヌーベルトキオシティの再興が5割方終る頃には、人々の生活も落ち着き、サリーは再びバイトに精を出していた。

家計的が逼迫しているから止むを得ず等という理由ではない。

復興には大勢の人手が要る。

だから微力ながらもお手伝いがしたいと彼女が言い出した時、父親もテツヤも、そして舞人も止める事など出来なかった。

彼女はバイト先を多くの工事現場が集中する地域の弁当屋に決めて、週に5日間みっちりと働き出した。

電話一本で自転車で弁当を工事現場に届けるというサービスもやっていたので、瞬く間に彼女が近隣の人気者になったのは自明の理だった。

自己主張をするタイプじゃなく控えめで大人しい印象の彼女だが、その実芯は驚く程しなやかで強く、優しい笑顔を絶やす事ない常に前向きな彼女。

こんな時だからこそ、その笑顔に癒されたいと思う人間は数多く、後を絶たない。

バイト先は繁盛し、サリーのバイト終了時間をオーバーしても店を閉める事が出来ない。

元々バイトを始めた理由が復興に携わる人々の一端を担いたいだなんて理由だったので、弁当を求める客が来店する限り彼女がバイトを切り上げて帰ろうだなんて思う筈もなく、サリーの帰宅時間は日に日に遅くなっていった。

通勤手段はとうの昔に枯渇した石油も要らなければ、電気も要らない、エコな自転車だったので、サリーの父は心配した。

女の子が一人で帰宅するには寂しい道が、バイト先と吉永家の間にあったからだ。

その心配は舞人とて持っていたもので、自分の多忙さをスカッと忘れて「俺が送ろうか?」などと言い出す始末だった。

勿論、いずみを始め青木や浜田にまで止められたという結果に終ったが。

そんな周りの心配を余所に、サリーは心配しないで笑う。

そして問題の『一言』を零したのだ。

「最近、何故か帰宅時に一人じゃないって安心感があるんです。いつも人の気配がするからかしら?」









「心配になって後を付けてみれば……神様もお釈迦様も吃驚な結末が待ってたね、舞人」

「……」

衝撃から立ち直れていない親友に、浜田は苦笑いを零す。





建物の影に隠れて彼女の帰宅を見守っていた二人は、普段着のままサリーの後を付けようとして、いずみに止められた。

優秀な彼女はそんな分かり易い恰好で出て行って見付かったらどうするんですかと二人を姉のように叱り付け、今考えるとアレはもしかしたら面白がっていただけかもしれない、目立たない黒を基調とした服装に変えるように言い放ったのだ。

怖い秘書には逆らわずに、舞人はブラックジーンズに黒のスタンドカラーシャツ、浜田は黒のスラックスに黒のセーターといういでたちに着替えていた。

夜の空気に見事に溶け込み、気配さえ完璧に消せば、風景の一部として見付かる心配は皆無だ。

場所を決めて張り込めば、サリーは予定通りにやってきた。

今日もバイトの終了時間を1時間もオーバーしてのお帰りである。

多少疲れた顔をしていても、笑顔を絶やさぬ彼女は一生懸命自転車を漕いで帰宅を急いでいる。

舞人もまたその笑顔に一日の疲れを癒され見惚れていたのだが、浜田の肘が脇腹を突いた事で本来の目的を思い出し、彼女の近辺に気を配った。

そして、サリーを守るように後ろを付いてくる、男性の一群を見付けたのだ。

犯罪者と日々対峙している舞人と浜田だからすぐに分かった。

こいつらは何か悪さを企んでいる訳ではない。

その使命感に燃える瞳は、自分達のものと何となく似通っていて、疑う事は出来なかった。





舞人は壁に背を預けて、はぁと長い溜息を吐いた。

常に自信に満ち溢れて停滞を自分に許す事が出来ないタフガイには珍しい姿だ。

「まさかサリーちゃんを守る為にあんな自警団が居るだなんてね」

「そうだねぇ。多分自発的な輩が始めたのがあれよあれよという間に増えたんだろね」

「常に人の気配がある訳だよ」

「サリーちゃん、気付いてないみたいだね。あんなに大勢のナイトに見守られて帰宅してるって事」

ぴくりと舞人の眉が動き、渋面が浮かび上がる。

親友の浜田は舞人が何に反応してそんな表情になったのかピンと来て、その子供っぽさに少し笑った。

「舞人。あんなに可愛くて良い子なんだから、これくらいの事予想してなかったの?」

「……言われれば納得なんだけどね」

「サリーちゃんを守りたいって思う人間が自分だけじゃない事がそんなにショック?」

「……」

半眼で自分を拗ねたように睨み付けて来る舞人に、勇者特急隊としての凛々しさも、旋風寺コンツェルンの若き総帥としての威厳も無い。

あるのは十六歳の少年の嘘偽りの無い本音だけだ。

浜田は笑って、サリーとその他大勢の護衛団が消えて行った方向を見遣った。

もう少しすれば無事に彼女も家に帰り着くだろう。

「学校でもモテてそうだね、サリーちゃん。バイト先にも学校にも、もしかしたらご近所さんにも、彼女に恋心を抱いている男が居るかも。ライバル一杯で、ヤル気出るだろ?」

「……浜田君、俺で遊んでるだろ」

「応援してるんだよ、舞人」

「そりゃ、頑張るよ。負ける気は正直しないけど……」

歯切れが悪い舞人の瞳には何かに対する心配がゆらゆら揺れている。

憂い顔の美青年も絵になるなぁなどと漫画家志望の浜田は考えてしまったが、親友が元気が無いのを見るのは忍びない。

両肩をがしりと掴んで、その勢いでバンバンと叩いた。

「舞人だってサリーちゃんに負けないくらい魅力的で女の子にモテまくりなんだから!大丈夫だよ!」

「サリーちゃん、きっと自分が色々な人を虜にしてるの、気付いてないんだろうね」

「自分がモテるって所はスルーなんだね、舞人。まぁ良いけど。サリーちゃん、鈍そうだね、そっち方面には」

「自覚が無いまま、マズい事にならないと良いけど。ほら、その気が無いのに極上の笑顔を向けちゃったりして、相手を勘違いさせるとか。下心有りの好意を知らないで受け止めちゃって、誤解させたりとか」

「心配の種は尽きないねぇ」

「……俺の居ない所で変な事にならないと良いけど。俺、やっぱり明日から送って行こうかな」

「あー、無理無理。いずみさんにスケジュール見せてもらったけどそんな暇なさそうだよ、舞人。今日だって無理矢理もぎ取ってきた時間なんだから」

無理な注文だと頭では分かっていても、口に出すのは、相当舞人が残念に思っているという事だ。

重症だなぁとなんとなく微笑ましくなって、浜田は舞人の髪の毛をぐしゃぐしゃにしてやった。

学業に仕事に勇者にと忙しいこの親友は、この上さらに恋する青年までやるつもりらしい。

「ちょっと浜田君?!何するんだよ」

「なぁんか舞人が十六歳だなぁって思ってさー!」

「俺は前から十六歳だけど、浜田君疑ってるの?」

「うん、そうそう。実は舞人四十歳くらいかなぁって思ってた」

「はぁ?!眼科行った方が良いよ、浜田君。君、漫画の書き過ぎで目をやられてるんだ」

真面目に受け答えする舞人と、適当に混ぜっ返す浜田は賑やかに帰途に着いた。

帰ったら遅い時間だという事に目を瞑ってサリーにメールを打とうと、舞人がちょっとした決心をしていた事を浜田は知らない。











2008/06/11 UP

END



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