* Rain & Existence *


ぼんやりと煙るような雨の向こうに見てはならない物を見てしまいそうで、先程から剣心は目を伏せていた。
いつから降り出したのか定かでは無い雨は、いつ止むともしれず剣心を益々憂鬱な気分にさせた。

『雨』がこの気分のスイッチでは無い。
むしろ、剣心は雨の天気が好きな方だ。
静かな時がゆっくりと自分を浄化してくれる様で、好きだ。
この気分のスイッチはきっと、この『曖昧さ』、なのだと思う。
障子の向こうがフィルタでも掛けられたかのようにぼんやりと目に映る。
昨日ははっきり見えた桔梗の花一つ一つも、今はその輪郭も曖昧で只の背景と化している。
それはもう桔梗と呼べず、ただそこに色を添えるだけの物となる。

曖昧さはその『もの』の存在を失わせるのだ。




「剣心?そんな所でぼんやりしてると風邪引くわよ?」
道場で一通りの鍛練をしてきたのか、胴着姿のままの薫が居間に姿を現した。
その姿を目にした途端言い知れぬ恐怖が胸元まで込み上げる。
しかしそれは幻かと思うほど一瞬で、瞬きの間に掻き消えてしまった。
はつらつとした声に結んだ髪が肩口で跳ねる様は、こんなにも薫の存在を主張している。
剣心は緩慢な動作で顔を上げると、眩しそうにその姿を眺めた。
薄暗い室内にまるで朝の清々しい光が差し込んだ様で、剣心は知らずうっすらと微笑む。

「なぁに?剣心。私の顔を見るなり笑うなんて。」
薫は剣心の側まで来ると傍らに膝を突き、だらしなく投げ出されていた剣心の手に自分の手を重ねる。
驚くほど冷えた手に薫はそれと分からない程度に眉を顰め、「体冷えてるね。」と優しく言った。
剣心は何でも無いと言うように首をゆっくりと左右に振り、再び外に目を向ける。
薫は暫くそんな剣心を黙って見ていたが、立ち上がって開け放たれていた障子の側まで行く。
先程の剣心と同じように眼前の雨に濡れる庭を見ていたが、やおら振り向くと剣心に問い掛ける。
「ちょっと冷えてきたから障子を閉めても良いかな?」
剣心は肯定の言葉を口にしようとしてそのまま動きを止めた。
先刻まであれ程に鮮やかだった薫の姿が、けぶる雨に融けて見えたのだ。
薫の肩はその向こうの白に融けてもう輪郭も定かではない。
袴の濃紺も曖昧に背景に色を添えるだけの物になりつつある。

『曖昧』に薫が溶け出して、存在が消える。


ミテハイケナイモノガ、ノウリニヤキツイテ。


電光石火の動きで剣心は薫を力任せに抱き締めた。
背後から闇雲に伸ばされた腕に薫は拘束される。

「剣心っ?!」

万力の力で障子から引き離され畳の上に引きずり倒される。
薫の胸の上に回した手が確かに脈打つ心臓を感じている。
柔らかい感触に、甘い匂い。

剣心はようやく言葉を紡ぐ事が出来るようになった。
「薫殿?・・お願いがあるでござるよ・・」
顔は見えないけどきっと悲しい目をしてる。
薫はどこかで泣いている子供の姿を思った。
「胴着を着替えてきて欲しい。」
薫を抱く腕にきゅっと力が込められる。
「見たくない物を見てしまいそうだから。」
言わずとも伝わる、剣心の悪夢。

ああ、そう言えば胴着姿だったっけ。

薫は人事の様に機械的に考える。
「明るい色の帯をして、柄のはっきりした着物を着て。」
子供の様に我が侭を言う剣心が愛しい。
薫はそっと体を預けて目を閉じる。
「うん。剣心の望むままに。」
その言葉で剣心の腕から力が抜ける。
薫はゆっくりと体を捻って伏せられた剣心の顔を両手でそっと持ち上げる。
思ったより平気そうな顔をしていて薫はほっと息を吐いた。
瞳を見詰めながらそっとキスを贈る。
ようやく剣心は笑顔を見せた。
「さ、向こうで着物を選んで頂戴?」
優しく促され剣心は立ち上がる。


開けっ放しの障子の外を見ても、もう恐怖は感じなかった。



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*Rain & Existence*後書き*          

詩、のような物と考えて大目に見て下さい。
訳の分からない記述が多数出てきますが、深く考える必要は全然有りません!
ニュアンスが伝わってくれたのならと・・・
まあ、この話の雰囲気だけは好きなんです。私。はい。それだけです。