*恋文(後編)*
「拙者、恋文を燃やしたんでござる。」
薫は考えもしなかった剣心の対処法に口を小さく開けたまま絶句してしまった。
「我が身に置き換えて考えるとそれが一番良い方法なので実行したでござるよ。」
薫の口がなんで?と型どる。
「やはり誰かただ独りの為に書かれた恋文は他の人間には見せたくないモノでござろう?
それが不測の事態で落としてしまったとしたら、自分以外の誰かに想い人に届けられるよりも、自分の知らぬ所で預けられるよりも、まして自分の所に戻されるよりも、いっそこの世から無くなってくれた方が気が楽でござるから。」
適温に冷めたお茶を一口啜って剣心が笑う。
「だから燃やしたんでござる。それが誰にも見られない一番確実な方法であるしね。」
ようやく薫も金縛り状態から解け、お茶をゆっくりと飲んで乾いた唇を湿らせる。
「なんか・・全然考え付かなかったよ。そんな方法。」
「まぁ、結局拙者の場合は自分が一番良いと思う方法を選択したからであって、薫殿なら『自分が』ではなくその『落し主』が一番良いと思う方法を考えるんじゃ無いかな?」
「! 何で分かったの!」
「は?『何で分かったの』とは何の事でござるか?」
「あっ・・」
ばふっと両手で口を押さえた薫はそーっと剣心を上目遣いに窺い見た。
いかにも口が滑りましたと言わんばかりのリアクションに、剣心は突っ込まずに居られなかった。
「つまり、薫殿も恋文を拾ったと言う事でござるな。」
「え・・・っと・・・」
内緒にしておく筈だったのに呆気なく自白してしまった薫は、深い溜め息を吐いた。
「うん。」
「なんとまあ、凄い偶然でござるな。確率的に言ったら任務で日本中を回っている斎藤と世界を放浪中の左之が偶然遭うくらいの確立でござるよ。」
「う。そうかも。」
「で、薫殿はその対処について先程から悩んでいると、そういう事なんでござるか。」
「そういう事なの。」
薫は机の上に突っ伏してどうしよう〜と小さな声で愚痴った。
「そうでござるなぁ。人それぞれ考え方も違うでござるし、拙者の方法も人に勧められるほど良い考えではないでござるよ。」
暫く剣心がお茶を啜る音と、風が障子を鳴らすカタカタとした音だけが室内に聞こえた。
突然薫ががばっと起き上がり「決めた!」と叫んだ。
「どうするでござる?」
「私も燃やす。」
薫は一旦決めてしまえば行動が早い。
隠してあった恋文を手に取ると台所にいって竈に入れ火を付ける。
和紙はすぐさま青白い煙を出して墨になっていく。
戸口の所で見ていた剣心が、燃え尽きたのを確認して薫の側にいく。
薄らと立ち昇る煙をぼんやりと見ている薫の両肩を後ろからそっと抱きしめると、ことんと体重を預けられる。
「あのね、剣心。私この文の落し主を実は知ってるの。」
「知ってたのでござるか?!・・・それは悩むでござるなぁ。」
「うん。私も何気なく開いてみちゃったんだけど、字に見覚えがあってね。」
「というと、落とした所を目撃したのではなく、字を見てたまたま分かったと言う事でござるか。」
剣心は、薫の間の悪いと言うか運の無いと言うかの偶然に苦笑を禁じ得ない。
「でも、まさか『恋文』とは思わなかったな。だって前川道場で拾ったんだよ?」
「前川道場?」
剣心はふと疑問を感じる。
道場に恋文?
・・・・怪しい。
「薫殿。その恋文前川道場の何処に落ちてたんでござるか?」
剣心に具体的に尋ねられた薫は自分が口を滑らせた事を悟った。
内緒にしようと思ってる端から落し主を特定するような情報を漏らすなんて私の馬鹿馬鹿!
もう口を滑らすまいと急に無口になってしまった薫に、悲しそうな素振りで剣心は呟く。
もちろん作戦の内だ。
「薫殿は拙者がそんなに口の軽い男だと思ってるでござるか?信用されていないでござるな。」
「そんな事ないわよ!」
「別に誰だと特定したい訳ではないでござるよ。ただちょっと気になった事があって。」
「う、でも・・・」
剣心は細く長い溜め息を吐いて哀愁漂う声で駄目押しをした。
「やはり薫殿は拙者が信用できないのでござるな。」
「拾ったのは前川道場の脇の細い小道。ほら、小さい方の水飲み場があるでしょ?」
剣心の悲しそうな所は見たくない!とばかりに根負けした薫が小さい声でとうとう話し出した。
「それは薫殿がいつも顔を洗いに行く所でござるな?」
「うん。滅多に人が通らない所だから、もしかしたら誰にも見つからなかったかも知れないのにね。」
「・・・それでたまたま通りかかった薫殿が見つけて、中を見てみたら知ってる御仁の筆跡だったと・・」
「そういう事。」
「・・・見ただけで分かるとはその筆跡は特徴有る字と言うのは勿論ある程度薫殿が親しい人物でござるな。」
「・・・剣心?本当に落し主を特定しようとしている訳じゃあないんだよね?」
「勿論!」
力強く請け合う剣心だが先程からどうも誘導尋問されている気がする薫は納得が行かない。
特定するつもりはないって言うけど今ので大分範疇が狭められてる気がするんだけど。
し、信用していいんだよね?
薫はかなり不安になってしまったが、ともかく剣心が第3者に漏らす事だけは絶対しないと分かっているので気のせいと言う事で自分を誤魔化す事にした。
一方剣心はというと。
そもそも剣術道場なんて、恋文など持ってきても詮無き場所で。
滅多に人が通る事は無いが、薫殿は出稽古時にほぼ決まった時間に通る小道で。
薫殿が見たら、その人と特定出来る恋文が落ちている。
・・・たまたま薫殿が見つけた?な訳無いだろうっ!!
古典的パターンを踏んだアタック方法だ。
拾った手紙が自分宛ての恋文だったなんて随分印象的な演出ではないか!
剣心は鈍い薫に代わって事の真相を簡単に導き出した。
薫殿が今日一日この作戦に引っかかって恋文の事を延々悩んでいたなんて剣心は当然面白くない。
まあ、その恋心が満たされる事は一生無いと考えれば少しは溜飲も下がるものだが。
不意に腕に力を入れて強く抱きしめる。
「・・・もう恋文の事は忘れる事にするでござる。きっと落し主もそう願っている筈だから。」
「うん。そうする。」
薫は素直に頷いた。
純真すぎる薫殿を守るには、拙者がしっかりしなければならぬな。
剣心は硬く心に誓うと、ふと思い付いたように薫の耳に吹き込んだ。
「拙者も薫殿に恋文を書こうかな?」
薫はその提案に大層喜んで剣心を困らせる事となった。
おしまい。
▲Go To PageTop
▲Go To Back
*恋文(後編)*後書き*
完結です。
剣心が最後に困ってます。
剣心の書く恋文って見たい気がするんですが
どんな事を書くのか想像出来ません。
凄い情熱的なのを書いてたりして。
偏見ですが字はあまり上手くないような気がします。