*恋文(前編)*
『別にこれが貴方の元に届かなくても良いのです。
ただ自分自身と向き合う為に、文章という確固たる物に気持ちを書き留めたかっただけなのかも知れません。
私は貴方を慕っています。
いつの頃からか私自身はっきり思い出せない程遠い昔から・・・』
軽い気持ちで道場脇の小道に落ちていた紙に目を通した薫は、深い後悔に捕らわれた。
丁寧に折られた上品な鈴蘭の透かし彫りの入った和紙にしたためられた文章は【恋文】と呼ばれる物だったのだ。
何だか救い難いミスを犯してしまったかのような悲痛な顔で薫は手に持った恋文を見た。
「どうしよう。」
ポツリと呟く。
薫がここまで後悔しているのは、ただ誰の物とも知れぬ恋文を盗み見てしまったからだけではない。
誰の物とも『知れた』恋文を見てしまったという原因があるのだ。
これを落としたのは前川道場でも古参の落ち着いた男性で、薫も良くお世話になっている人物なのだ。
何故それが分かってしまったかと言うと、文字に見覚えがあったからだ。
最初の4行で見るのを止めた為、誰に宛てた物なのか分からない事だけがせめてもの救いだった。
ものがものだけに誰かに口軽く相談する訳にもいかないし、まして本人に直接返す勇気も無い。
「どうしよ〜。」
薫は半べそで空を仰いだ。
剣心はその日障子紙を買いに町中に出掛けていた。
掃除の最中にうっかり障子に穴を空けてしまい、修繕跡の多く残る居間の障子をこの際張りかえることにした為だ。
薫の趣味に合うかどうか分からないが、下の方に花の透かしが入った障子を安く手に入れる事が出来、剣心は顔にこそ出さないものの上機嫌で顔見知りの甘味処に入った。
腰掛けた剣心の目に、鮮やかな朱色に焼き付くような白い紙が飛び込んできた。
注文した品が来る迄の間手持ち無沙汰だった剣心はその紙を開いて見た。
『野に咲く一輪の花の様に私を引き付けて止まない貴方は、私の全てなのです。
この胸に溢れる想いが貴方の目に映る事が叶うなら、私がどれ程貴方を想っているのか分かって頂けるのに・・・』
「・・・これはまた、情熱的な恋文でござるな・・・」
剣心は途中まで目を通してしまった恋文を元通りに綺麗に折り、取り敢えず膝の上に置いた。
今更見なかった事にして元の場所に置く訳には行かないでござるしなぁ。
忘れ物だと言って店の者に預けてしまおうか?
剣心は暫くお茶と団子を頂きながら考えたが、とうとう決断を下した。
「どうしよ〜。」
薫は居間の机の上に先程の恋文を乗せ悩んでいた。
どうする事も出来ず持ち帰ってしまったが、だからと言って事態が好転する訳も無く、今や薫の最大の悩みとなっていた。
こっそり持ち主に返すのが良い、とは思うのだが薫が拾った事は出来れば内緒にしておきたい。
そんなに上手く事が運ぶのだろうか?
普段だったら剣心に即相談と言う所だが今回ばかりはまずい。
薫が唸っていると玄関の戸が開く音と、「ただいまー」という剣心の声がした。
薫は取り敢えず恋文を机の下の書物の間に挟んで隠すと、帰って来た剣心の為にお茶を入れる支度を始める。
「薫殿。ただ今帰ったでござる。」
「お帰りなさい。剣心玄米茶飲む?」
「いただくでござるよ。それと薫殿、気付いたと思うが障子を張り替えるつもりでござるから。」
「え?障子?」
薫は意味が分からないという様に剣心に問い返した。
問い返された剣心は内心「なんと気が付いていなかったのでござるか」と驚きつつ、無言で穴の空いた障子を指差す。
「あ、穴が空いてる。ごめん。今気が付いたかも・・・」
剣心は心此処に在らずと言った薫の様子をつぶさに観察して、どうやら何か悩み事を抱えているらしいと当たりを付けた。
相談してくれる様子の無い薫を残念に思いながら、取り敢えず剣心は今日自分が遭遇した恋文の事を話題に出した。
「薫殿。拙者今日珍しい体験をしたでござるよ。」
お茶を飲んでいた薫が興味を引かれたように首を傾げる。
「買い物を終えて甘味処で休憩してたら面白い物を見つけてしまって。」
「なぁに?面白い物って?」
剣心は茶目っ気たっぷりに微笑んだ。
「恋文でござるよ。」
「こ、こいぶみぃぃ〜っっ?!」
薫は驚きの余りつい叫んでしまっていた。
剣心が意外な、というかオーバー気味の薫の反応に驚いて目を瞬かせる。
中腰のまま固まってしまった薫を見て、剣心は何かまずい話題を振ってしまったのかと考えてみたが思い当たる節は無い。
そこでピンと来た。
ははぁ、薫殿が抱えている悩みにニアミスしてるでござるな?
「や、な、何で恋文なんて・・・」
ぎこちなく逸らされる視線、かみまくる台詞。
なんでこんなにタイムリーに『恋文』の話題が出るのよ〜(汗)
薫は軽いパニック状態に陥っていた。
剣心はそんな薫の様子が何だかおかしくて可愛くて、知らず口元が緩んでしまう。
「何ででござるかな?まぁ偶然その席に座っただけなんでござるが、最初見た時は中身がそんな物とは気が付かず軽い気持ちで中を開けてしまったでござる。」
「・・・見たの?中?」
「最初の2・3行分だけ。それがまた情熱的な文章が連綿と綴られていてこっちまで恥ずかしくなってしまったでござるよ。」
その時の事を思い出し剣心は目を細めて薫にゆっくりと微笑んだ。
思いも掛けない優しい笑顔を向けられて薫は頬を赤く染める。
やだっ・・・!なんでこんな簡単に赤面しちゃうのよ。
思わず両手で熱っぽい頬を隠す薫に、剣心は続きを喋り出す。
「物が物故に店の者に忘れ物だと言って預けるのも躊躇われて、甘味処でだいぶ悩んだんでござるが、結局その恋文を持って店を出たでござる。」
「えっ?じゃあ持って帰ってきたの、剣心?」
びっくりして困った声で尋ねる薫に剣心は朗らかな笑い声を上げた。
「まさか!」
「じゃあその恋文を剣心は何処に置いてきたの?まさか警察じゃないでしょうね?」
「それこそ『まさか』でござるよ。」
剣心が苦笑いをして手を軽く左右に振る。
あっさりと一言。
後編に続く
▲Go To PageTop
▲Go To Back
*恋文(前編)*後書き*
後編に続きます。
ドタバタ物を書くつもりでした。
出来上がってみればドタバタしていない
普通の話しになってます。
まあ、こんな話も有って良いのではないでしょうか?